樺さんに報告したいことがあります。今年もやってきた6月15日に

連帯・共同ニュース 第126号  2011年6月14日

■ 樺さん今年も6月15日がやってきます。雨に打たれた紫陽花に心をとどめているひと時にもあの安保闘争やあなたのことを思い浮かべています。今年は東北地方を襲う大地震があり、それに連鎖するような福島の原発震災もありました。まだ、復旧は出来ていません。それよりもまだ福島の原発は危機的状態が続いています。樺さん、あなたにあの安保闘争の日々から51年年目を迎える今年に起こったことを何よりも最初に伝えなければなりません。あなたなら、きっと目立たない形で支援に駆けつけているのでしようか。それとも、若者たちと一緒に原発廃止の行動にはせ参じているのでしようか。樺さん、この大震災とは別に僕らの周辺ではあなたのことや安保闘争のことを知る人たちの亡くなる知らせが増えていることを伝えなければなりません。あなたと再会を果たしているのかも知れませんが、僕らの身近で生まれていることをやはり伝えておきたいと思います。樺さん、僕らがあなたに再会する日が近づけば、あなたのことを誰がどんな風に伝えるのか気になっています。それは余計な心配よとあなたに言われそうですが…
■ 樺さん、今年は若者たちが街に出て政府や権力へ異議申し立ての声をあげています。1960年から1970年代の中ごろまで続いていた若者たちのプロテストの声が街から消えていた日々がいくらか様変わりし始めているのです。あの遠い日々の風景とは違って、サウンドを伴う賑やかな行動です。そこには日本の戦後という歳月が形成したであろう人々の心象風景が映しだされているのでしようか。樺さん、あの1960年に向かう時の若者たちの行動だって、当時の大人たちにはこころ穏やかならぬ印象を与えたものでしたね。「赤いカミナリ族」という言葉だってあったわけですから。自由で奔放な振舞いは当時の若者と同じであり、そこに僕は連続するものを感じています。巨大なサウンドを伴ってのデモやパレードは自由奔放に権力への抵抗の表現としてはあなたのいた時代と同じものです。僕らはこの日本の風土の中で権力に抵抗する行動が蘇ってきていることをあなたに伝えたい。彼らも歴史としてあの日を振り返る時がくるでしよう。
■ 樺さんの霊の前で僕らはそれぞれの思いを伝えたいと思います。それは沈黙の中では発せられるものでもいいのです。そんな集まりを僕らは6月15日(水)の13時から。国会の旧南通用門前で持ちます。小さな集会です。樺さんに献花などをしたいと思います。平日ですので大変かも知れませんが是非ともお集りください。           (文責 三上治)

■「9条改憲阻止の会」は沖縄からのピースウォークにはじまって沖縄知事選の支援活動にいたるまで沖縄での闘いを媒介にした活動をしてきました。普天間基地撤去―辺野古新基地建設反対という基地―安保に対する闘いがあり、これは東アジア(中国―北朝鮮)に向けた軍事態勢の強化を目論む政府との闘いでもあります。そこには沖縄の人たちの自立(独立)意思(琉球弧の自己決定権の樹立)への共感もありました。
■ こうした活動の中で僕らが痛感したことがあります。沖縄での闘いに比すれば本土での闘いの立ち遅れということです。この現実をいろいろな場面で実感したのですが、それを超えて行く道を自問してきました。たいした回答が生まれたわけではありません。その一つは分散的で拡散的な本土の運動や闘いを、時にはまとまった形の行動にしようということでした。これはいくつもの試みをしたのですが、実を結ぶまでには至りませんでした。ここには多くの歴史的要因もあって事が簡単に運ばない事情もあるのですが、来年は「大同に就く」という闘いを実現したいとおもいます。また、人々の意思の結集となるような、いうなら共感を広げるような運動(行動)を創りだそうということです。多くのアイディアが検討されています。
■ 僕らは憲法改定(9条改定)に反対して結集してきました。政府側でこの動きは表面化してはいませんが、民主党の防衛大綱のように9条形骸化は進められています。中国脅威からの防衛を目標にしたのは小泉政権下ですが、民主党政権はそこに舞い戻っています。現実に危機があるからではなく、危機を創りだして行く政治手法は危険です。来年はこの問題に取り組みます。
■ 最後にお願いです。9条改憲阻止の会は皆さんの運営協力金で維持してきました。財政は厳しい状態です。ご協力を。郵便振替口座 00150-4-742044 9条改憲阻止の会 (文責 三上治)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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