欧州議会議員選挙が終わって

写真:ベルギー・ブリュッセルにある欧州議会の建物   CC BY-SA4.0

欧州議会選挙

5月23日から26日にかけて、EU加盟28か国で欧州議会議員選挙が行われた。EU加盟国には4億人以上の有権者が存在する。

1979年の最初の欧州議会選挙以来、投票率はだんだんと低下してきており、近年の2004年から 2014年までの投票率は40%台までに下がっていた。しかし、今回の投票率は上昇して50%を超える50.97%となった。これは、この20年間において、もっとも高い投票率である。〈参照:下のPDF 2ページ 「投票率の変化」〉

議会選挙の結果

欧州議会の議席定数は751である。1979年以来、議会の過半数を占めてきた中道右派と中道左派が今回の選挙で多数の議席を失い、初めて、両派合わせた議席獲得数が定数の過半数に満たなかった:

中道右派 (EPP-ドイツのメルケル首相の政党CDUなど)の選挙前の議席数は217、今回獲得した議席数が179 (マイナス38)。中道左派 (S&D -ドイツの社会民主党や英国の労働党など)の選挙前の議席数は186、今回獲得した議席数が153 (マイナス33)であった。

一方では、リベラル派 (ALDA – フランスのマクロン大統領の共和国前進-REMやドイツの自由民主党-FDPなど)、緑の党派(EFA – ドイツや英国の緑の党など)やポピュリスト/EU懐疑主義 (EFDD – ドイツの右翼政党AfD、イタリアの五つ星運動など)、右翼国家主義/EU懐疑主義派 (ENF – フランスのマリヌ・ル・ペンが率いる国民連合、イタリアの北部同盟など)が進出し議席数を増やした。

〈参照:下のPDF「2019年欧州議会選挙結果・会派別の議席数」〉

 

英国とブレグジット

本来は、英国のEU離脱後の欧州議会選挙となるはずであり、英国を除いた27か国が選挙に参加する予定になっていた。しかし、英国議会で離脱合意の承認が揉めに揉め”混迷状況”に陥り、選挙実施日までに英国はEU離脱をなしとげることができなかった。そのため、あまり乗り気ではなかったようだが、英国も欧州議会選挙に参加することになり、28か国が参加しての選挙となった。

英国の選挙結果は、EU離脱を訴える以外は何の政策も打ち出していない”ブレグジット党”が29%の得票率で最大議席数を獲得した。ブレグジット党の勝利は、EU離脱の協定合意でもたもたしている議会にうんざりし「どうでもいいから、さっさと離脱してほしい」と言う多くの市民の声を反映していた。事実、英国のBBCをはじめその他のメディアの報道は、明けても暮れても、ブレグジットをテーマにしたものばかりであった。今もその状況は、ほとんど変わっていない。

第2位にランキングしたのが、EU残留を支持する自由民主党で16%の得票率を得た。第3位は、最大野党・労働党で、10%の得票率、前回選挙に比べてマイナス10ポイントという惨敗ぶりであった。労働党の惨敗は、離脱したいのか残留したいのか、明白なスタンスを示さない労働党に嫌気がさした多くの労働党支持者が労働党に投票せず、残留派は自由民主党に、ブレグジット派はブレグジット党に、投票したことに起因している。第4位はEU残留派の緑の党で、得票率7%、前回選挙に比べてプラス4ポイントという好結果であった。第5位は、メイ首相の率いる保守党で、得票率は4%(マイナス15ポイント)と、予測はされていたものの、大惨敗に終わった。

《グッドバイ、ミセス・メイ!》

写真: 2019年5月24日、ダウニング・ストリートNo.10・首相官邸前でメイ首相が辞任発表

OGL 3 ソース: https://www.gov.uk/government/speeches/prime-ministers-statement-in-downing-street-24-may-2019

5月24日、「ブレグジットを混迷状態に導いた張本人」として非難されていたメイ首相が、ついに辞任を発表した。メイ首相は、辞任スピーチの最後に声をつまらせながら涙声で、「私は間もなくこの任務を去りますが、首相を務めたことは、私の人生にとって光栄なものでした。この様な機会を与えられたことに対する私の感謝の気持ちは多大であり恒久的なものです。自分が愛する国に仕えることができたのですから…」と、述べた。

現在、英国は5月24日に辞任発表したメイ首相の後継者となる保守党党首選の候補者についての報道で賑わっている。最終的に全国の保守党員によって選ばれる党首は次期英首相となるわけだ。6月14日に候補者は6人にしぼられたが、その中で、最有力候補者とみなされているのが、前ロンドン市長/元英外務大臣のボリス・ジョンソンである。彼はEU離脱派で「自分が首相になったら、必ず、ブレグジットを遣って退ける。望んではいないが、必要な場合はEUとの合意なしの”ハード・ブレグジット”を遂行することになるかもしれない」と、語っている。どうやら、彼には「英国経済に深刻な悪影響と大混乱をもたらすと予測される”ハード・ブレグジット”を是が非でも避けたい」という強い意思は、ないようである。

英国は、今、EU離脱派とEU残留派の対立で分断されている。「離脱するか残留するか」との激しい口論の末、家族・夫婦・友人関係に亀裂が生じたケースも少なくないという。英国が最終的にブレグジットするか否かは、さておき、はたして、この深く分断されてしまった英国社会が癒され統一される時が来るのか、定かではない。

EUとロビイスト

EUでも分断化の現象がみられる。40年間、欧州議会で過半数の議席数を占めEUの政策に影響力を及ぼしてきた中道右派と中道左派が後退し、議会の構造は細分化された。5年毎に行われる欧州議会選挙は、国の政治に不満をもつヨーロッパ市民にとっては、抗議の投票をする場としてみなされている。

「有権者は変革を求めている。だから、市民は、ここ数十年、現状維持し議会のエスタブリッシュメントとなった中道会派よりも新しい反対分子を選んだ。一方、EU支持者は、欧州議会が右翼勢力に乗っ取られることを恐れ、結集して投票に臨んだ。そのため投票率は上昇し、緑の党派やリベラル派の進出もみられた」と、シンクタンク・欧州外交関係評議会のマーク・レオナルド 委員長は 述べる。

しかし、EUという巨大な統治機関の中で、変革を求めるヨーロッパ市民の声を反映するような政策が、実際に打ち出されていくような可能性はあるのだろうか ?

ジャーナリストの村上良太氏が、ちきゅう座に掲載された記事「日欧に共通することは政治の私物化に対する市民の怒り」の中で、欧州連合の実態を鋭く描写している:

「英国やフランスで欧州連合に反対する人が増えている理由は欧州連合が移民の流入につながるから、という単純な理由ではない。その底には欧州連合という統治機構自体への不信感と構造的問題が露呈して腐臭を放っていることがある。欧州連合の腐臭とはブリュッセルに存在する欧州委員会など、欧州連合の最高意思を決める組織が腐敗している、ということである。

…….実を言えば欧州委員会や欧州議会の要人が規制すべき企業に天下りしたケースは多数ある。金融だけでなく、医療や食品、環境など重要な分野に産業ロビイスト達が入り込んでロビー活動を行い、さらに天下りを仕掛けている。欧州連合のロビイストを監視しているCorporate Europe Observatory(NGO)によると、金融産業のロビイストだけでブリュッセルになんと1700人も存在しているのだ。もちろん、他の産業のロビイストも暗躍している。…..」

欧州連合やドイツ政府のロビー活動を監視するドイツの非政府組織・Lobbycontrolが、最近、”2019年 欧州連合 – ロビー報告書(EU-Lobbyreport 2019)”を公表した。報告書は、EUに屯するロビイストの恐るべき実態を明らかにしている。Lobbycontrolは、下記のキーポイントを提示している:

① 企業/産業ロビーがEUの政策決定に及ぼす影響力は非常に甚大である。しかし、EUは、この重大問題に、ほとんど取り組んでいない。企業/産業ロビーの政策決定への影響力を制限する効果的な規制がない。

② 企業/産業が法案起草や政治上のプロセスをハイジャックできる場合もある。

③ さらに、中心的役割を果たすのがEU加盟国の国首である:彼らは、透明性に欠ける欧州理事会を利用して、自分たちの国の産業の利益を無理に押し通すことを何度もやっている。その一例として挙げられているのが、ドイツ政府である。ドイツ政府は、例えば、効果的な排ガス検査や税金回避・脱税を取り締まるための改善された規則の制定を緩めたり遅延させたりしている。

④ 企業による影響力の中心的ファクターとして:EU官僚機構が企業の専門的知識に依頼していること(例:法案の起草、規則、食品規格の制定などー食品産業が食品規格を裁量したりすることなど)、企業が政治家を自分たちのロビイストとして雇うこと(天下り)などがある。

⑤ EUには、およそ25,000人のロビイストが存在する。その内の3分の2のロビイスト(およそ16,670人)には(全員合わせて)年間15億ユーロという莫大な金額の予算が与えられている。彼らは、それぞれの企業/産業の利益のために、この莫大な資金を基にロビー活動を行ない、EUの法・規則・政策の決定、ヨーロッパの世論づくりなどに甚大な影響を及ぼしている。

⑥企業/産業ロビイストは欧州委員会の委員とミーティングする機会を容易に得られる特権がある。最近、28人の欧州委員会委員の内の22人の委員のミーティング内容を分析してみたところ、その70%以上が企業ロビイストとのミーティングであったことが分かった。

明らかな事実は、ヨーロッパ市民のためにあるべき欧州連合という統治機関が、多数のロビイストによって動かされているということである。だから変革を求める市民の声を反映させるような政策が打ち出されるとは、とうてい考えられないのだ。真の変革を必要としているのは、腐敗しきったEU自体なのだから。

以上

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参考記事

ニューヨークタイムズ:   European Election Results Show Growing Split Over Union’s Future

BBC:European Election 2019: Results in maps and charts

ガーディアン:European election latest results across the UK

ニューヨークタイムズ:Of Civil Wars and Family Feuds: Brexit Is More Divisive Than Ever

ちきゅう座:日欧に共通することは政治の私物化に対する市民の憤り

tagesschau: LobbyControl kritisiert EU

https://chikyuza.net/wp-content/uploads/2019/06/ATT00007.pdf

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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