水漏、安普請だろう-はみ出し駐在記(追補)

工作機械の工具やテーブル、刃物台のクランプなど、限られたスペースで大きな力を必要とするところには油圧シリンダーやアクチュエータが使われている。電気モータを入れるスペースもないし、力も足りない。油圧を使わないですめば、油圧ユニットもソレノイドバルブもいらない。コストを下げられるのだが、どうしても使わないと機械として成り立たない。

油圧、もともとの動力源は電力で、電気モータで油圧ポンプを駆動して、電力を作動油の圧力に変換している。圧力をかけた作動油を油圧シリンダーやアクチュエータに配管やホースで供給してテーブルや刃物台などをクランプする。

 

日本の工場では、刃物台やテーブルなどをユニットとして組み上げて、それを機械本体に搭載する。そこに油圧パイプがあってもさほど面倒な作業にはならない。ところが客先での修理に、いちいちユニットを取り外してはいられない。かなりの重さがあるから、取り外しにはフォークトラックが必要だが、どこにでもある訳じゃない。どうしても機械本体に取り付けたまま、ユニット内の障害のある部品を交換する作業になる。

テーブルや刃物台は部品も多いから、分解も組み上げも一仕事になる。組み上げるとき、油圧パイプも取り付けてゆくのだが、油圧パイプの両端のジョイントをしっかり締めてしまうと、部品間の遊びがなくなって組み付けられない。そのため両端のジョイントは仮止めのまま、機械部品を全て組み上げてから、最後に本締めする。

油圧パイプが一本二本なら、本締めを忘れることもないのだが、五本六本と本数が増えると、中には部品の陰に隠れてしまうのもあって、ジョイントを締め忘れることがある。

 

全て組み上げて、メイン電源を入れれば、油圧ユニットも稼働して油圧シリンダーやアクチュエータに作動油が供給される。圧力はたかだか35キログラム/平方センチ程度なのだが、それでもジョイントを締め忘れると、隙間からかなりの勢いで作動油が噴き出す。研究所の試作工場で、ジョイントの締め忘れから、作動油が二十メートルはあろうかという天井まで噴き上がったことがある。

全く同じミスをした。幸い噴き出た作動油を正面から受けることはなかったが、ジーンズがずぶ濡れになった。油としては軽いのだが、油であることにかわりはない。ぼろきれでふき取って作業を続けたが、気持ちが悪い。左右のももの辺りまでですんだものの、夜遅くまで残って作業という気にはなれない。

 

早めにモーテルに引き上げて、湯船でジーンズを洗った。洗ったジーンズを車にもっていって、夏なのにヒータをかけっぱなしにして乾かした。洗うとき、床に水がこぼれないように、飛び散らないように気を付けた。こぼれはしなかったが、飛び散った。飛び散ったとはいっても、シャワーを浴びたときにシャワーカーテンの端から飛び散るのとたいした違いはない。部屋ではいつも裸足だったら、濡れた床は気持ちが悪い。いつものようにタオルで丁寧に床の水をふき取った。

 

ベッドに転がってテレビを見ていたら、誰かドアと叩いている。モーテルのフロントの人だった。バスルームを見せてくれと言われた。バスルームをちょっと見て、なにか腑に落ちないような顔をしていた。部屋を一歩出て、下の階のから水が漏れで。。。一人ごとのように言いながら歩いていった。それを引きとめて、ジーンズを洗ったとは言えなかった。

かなり注意しながら洗ったから、飛び散った水は大した量ではない。シャワーを浴びるだけでも、その程度ならシャワーカーテンの隙間から飛び散る。ちょっとした水で水漏れを起こす、安普請でしかない。

 

アメリカに行って、都市部しかみないと、石造りの重厚な建物ものばかりだと思いかねないが、郊外の一戸建て住宅は言うに及ばず、二階建て三階建てのアパートでも木造の安普請のことが多い。ニューヨークから出張でよく行ったミネソタやネブラスカ辺りまでは、冬の寒さが厳しいから断熱はしっかりしている。断熱はしっかりしていても、地震がないから、建物自体は柔な木造の安普請が多い。しっかりペンキが塗ってあるから、傍から見ると大層な家に見えるが、いってみれば張子の虎のような安普請。安モーテルで太ったアメリカ人が歩くと、建物が軋んだ音がする。ときには揺れを感じることすらある。

 

日本の家屋が木と紙でできていると馬鹿にされてきたが、今日日、一戸建てにしても集合住宅にしても、断熱対策では劣っても耐震設計はしっかりしているし、アメリカの住宅より余程しっかり立てられている。ちょっと水をこぼしたくらいで階下に水漏れなどありっこない。

日本のプレハブ(工場生産)然とした建物を見慣れているものには、アメリカやヨーロッパの石造りで堅牢な建物に、少なからず畏敬の念のようなものすらある。確かに堅牢なのだが、アメリカではその多くが歴史上のものであって、日常生活の場である建物では、日本のプレハブの方がよほどしっかりしている。こんなところでも歴史の忘れ物が残した劣等感を引きずったまま、払拭しきれないでいる。

 

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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