ある勉強会で浜矩子(はま・のりこ)同志社大学教授の講演を聴いた。
「国家経済破綻」がテーマであった。以下はその聞き取りノートである。
浜教授は次の3点に絞って話した。
第1に、ギリシャ問題をめぐるEU(欧州共同体)の対応のこと
第2に、日本経済も同質で深刻な問題を抱えていること
第3に、歪んだ経済「不等辺三角形」のこと
教授が強調したのは当事者による「問題設定の誤り」でありその修正である。
《ギリシャ財政問題の本質》
ギリシャ問題の本質は明確なのにEUのリーダーはそれを誤認している。そのために適切な対応ができないのである。ギリシャは「奉加帳」方式による解決を図っている。奉加帳を回されたEUやIMFは緊急融資や保証や基金設立を決めて一部はすでに実行している。このためか市場は小康状態のようにみえる。この対応は適切でない。「ギリシャ問題」の根源は、もともと加入条件未達のギリシャを「ユーロ圏」に加盟させたことである。「通貨統合」という経済行為を、ドイツの「囲い込み」という政治問題に転化した。「奉加帳」はギリシャの財政危機を解決しない。しかも借金の山を抱えている加盟国はギリシャだけでない。欧州諸国の多くも財政不健全であり国家総破綻の恐れがある。「ユーロ圏」の崩壊はカウントダウンに入った。
《問題誤認は日本でも同じ》
問題を誤認している点では日本も同じである。
民主党には「成長政策」がないという批判があがった。それに応えて党は09年末に「成長戦略」を発表した。20年までにGDPの成長率を年率2%(名目3%)にしようとするものだ。本質を外れた誤った対策である。日本経済は統計上では相当に成長しているのである。02年1月に始まり70ヶ月を超えた景気拡大があった。「いざなぎ景気」より長い成長だった。しかし09年末に政府がデフレ宣言をしたように経済活動は収縮している。物価低落、安売り合戦、これを私(浜)は「ユニクロ型デフレ」と呼んでいる。日本経済は、「モノの値下げ」、そのための「ヒトの値下げ」(賃金カット)という「マイナス・スパイラル」、「出血景気」に陥っている。失業と格差の拡大から、課題は「貧困」へ進行している。
《永遠の暗闇の回避策は》
世界の財政危機はさらに深刻である。世界の国債価格と通貨が暴落して1ドルが50円、1ユーロが100円を割るという事態もそんなに先ではあるまい。これでは世界経済も日本経済も「永遠の暗闇」である。この回避策はあるのか。その回答を得るには「何が問題か」を確定しなければならない。
私(浜)は「経済活動は正三角形である」というテーゼをもっている。初めは1つの三角形を考えたが現在は3種の三角形を想定している。
第1は「成長・競争・分配」の三角形
第2は「地球・国家・地域」の三角形
第3は「ヒト・モノ・カネ」の三角形
ところがグローバル・ジャングルの中で三角形はあるべき正三角形から歪みが生じた。
《歪んだ三角形から正三角形へ》
第1の三角形は、「成長」「競争」のベクトルが異常に伸びて「分配」が挟み撃ちされている。民主党政権が「コンクリートから人へ」、「人間尊重の経済」というのはこの歪み是正の観点からは正しい。
第2の三角形では、リーマンショック前に「地球」(「何が何でもグローバル」)と「国家」(ナショナル)が出しゃばりすぎた。3等辺は歪んでいる。資本主義のもとで「経済は国境を越える」というのは誤りだ。経済主体としての国家は「保護主義」や「統制経済」を前面に立てたがる。「市民の共同体」たる「地域」はワリを喰う。
第3の三角形は、「ヒト」が最大の被害者になっている。カネ(金融の暴走)、モノ(過大な住宅・自動車)の犠牲となりここでも三角形が歪んでいる。
要するに上記3種の三角形において、虐げられている「分配」「地域」「ヒト」を強化・復権すること。これが「暗闇の回避」の手立てである。
以上が浜教授の講演要旨である。このあと質疑応答があった。併せて要約簡記する。
《質疑応答では》
◆日本の国家破産
問い 日本のデフォルト(国家の債務不履行)危機はいつ来るのか。
浜 日本国の破綻がいつ来てもおかしくない。為替か金利かいずれかの市場変調から始まろう。日本国債は日本人が保有しているから安心だという説もあるが、90%は機関投資家の保有である。彼らは危機を感じたら含み損回避のために損切りも辞さないだろう。
◆社会主義について
問い 今日の講演には資本主義体制の危機という観点がなかったが、資本主義では危機は解消しないのではないか。社会主義は軍拡競争に敗れたのであってシステム自体まで否定されたのではない。
浜 私は資本主義が既に終わったと思っている。資本主義は国民国家とともに発展した。国民国家を前提にした労使対立の体系で現代資本主義は説明ができない。資本主義に代わるものはなにか。私は〈グローバル市民主義〉というものだと思っている。ここでいう市民は「フランス革命」的な市民とは異なる概念であるが。
◆新しいビジネスモデルは
問い 日本企業の新しいビジネスモデルとしてどんなものが考えられるか。新しい産業はなにか。
浜 そういう形での定義は難しい。leading industry は何かという発想の時代は終わった。日本では「集権的管理」が高度成長を支えたが、時代は「競争的分権」へと変化している。「開かれた小国モデル」と言い換えてもよい。ヨーロッパではルクセンブルグ、スイス、デンマーク、オーストリアなどが、アジアではシンガポール、香港、台湾などのイメージが浮かぶ。
《回避策に感ずる難しい道筋》
質疑応答を含む約90分の講演は迫力があり聞かせた。私の感想を4点ほど記す。
第1 ギリシャ財政問題はグローバルな問題だった。
10年2月14日に本ブログでこの問題を取り上げたときにはジョゼフ・スティグリッツすらギリシャ財政問題をローカル事件ととらえ投機者の仕掛けとみていた。ノーベル経済学受賞者を含む多くの識者も見通しが甘かったのである。
第2 財政危機に対する認識は厳しくクールである。
私のいう「国債バブルは本当だろうか」どころの騒ぎではない。
教授は日本のデフォルト(債務不履行)も「いつ起きてもおかしくない」と発言した。
日本人が債権者だから安心という説も木っ端微塵である。
第3 回避策はウォームな「理想主義」である。
「歪んだ三角形を正三角形へ」という脱出策は文句のつけようもない。と同時に抽象的でありウォームであり理想主義的に過ぎると思う。教授自身も講演中に解決策が「精神訓話的すぎる」と言っていた。「分配ベクトル」の重視にみる所得再分配的思考と、ケインズ政策の帰結といえる財政破綻への批判とは整合的ではない。
第4 縮小均衡通過後の成長回復軌道か
浜教授の言説を辿ると、一旦「市場原理」が指し示す均衡点への経済収縮もやむなしと言っているように聞こえる。それは苦い薬だが、静かに考えれば「縮小均衡通過後の成長回復軌道」は、経済の原理に適っているのかもしれない。人間の心情にも合致すると思う。
ウォール街の将軍たちは決してヤワではない。欲望のおもむくままにマネーを撒き散らした人類の営みを是正するのは簡単ではないだろう。高度成長を国是とした戦後日本が試されているのである。