ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人の容疑者を膝で首を地面に押しつけて窒息死させた件で、怒った人々による暴動に発展しただけでなく、各地で抗議運動を呼び起こしています。なぜ撮影されていることが薄々わかっていながら警官たちが殺人をやめなかったのか、その動機とか心境が理解を超えるものでした。もちろん、そうした事件は過去にも多数起きています。しかし、この殺人を見ると、容疑者が無抵抗になっているのは明白で、殺すほどの制圧の必要性は映像では見ることができません。実際、4人の警官は懲戒解雇処分を受けました。解雇されることが予想できなかったのでしょうか?それともそれを上回る何かのメリットがあったのでしょうか?
現場に行かず、日本にいても考えられることは限られているのですが、その限られた状況で思うには、今年が米大統領選の年であり、この白人警察による黒人の殺人に抗する黒人の暴動事件が何らかの影響を及ぼすのではないか、ということです。言うまでもなくトランプ大統領は白人男性のマッチョ的な価値を売りにしています。一方、民主党のバイデン候補は南部の黒人層に支持を集めていました。こう考えると、1つのことが影を投げかけます。それはカリフォルニア大学バークレー校の社会学者、ジェローム・カラベル教授が以前書いていたことです。1930年代以後、フランクリン・D.ルーズベルト大統領はニューディール政策を実現し長期の民主党政権時代を築きましたが、その民主党政権を支えたコアリションが崩壊するきっかけが1964年だったことです。そしてその原因が公民権運動の高まりによって白人と黒人の確執が先鋭化したことでした。民主党政権を支えた様々な組織の共闘路線には黒人と白人の協力があったのですが、公民権運動の激化で南部の白人労働者グループが民主党支持をやめ、人種差別的だった共和党支持に転じていったことでした。カラベル教授はハフィントンポストへの寄稿で次のように述べていました。
「ヒラリー・クリントンと民主党の敗北は米国に特有の政治的危機の結果でもあり、その根源は1964年に遡る。この年、その後長く続く白人の共和党への移行が始まったのだ。リベラルのリンドン・ジョンソン(民主党)が保守のバリー・ゴールドウォーター(※ 共和党)と大統領選を争った時、1932年に始まり米国政治を支配してきたニューディールの共闘路線(※New Deal coalition) に初めて亀裂が生じることになった。原因は公民権運動にあった。公民権運動は深南部の白人の間に強い反感を生んだ。そして、伝統だった民主党への支持を切り替え、サウスカロライナ州、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピ州、ルイジアナ州の5州が共和党の手中に落ちることになったのだ。共和党を率いていたのは州の自決の権利があるとして、公民権法案に反対していた男である。ジョンソンはゴールドウォーターに大差で勝ったが、もはや南部諸州が民主党に忠実である、ということはなくなってしまった。
1968年までに公民権、学生、反戦、その他の60年代の対抗運動の高まりへの不満が募り、長く続いた労働者、南部、北部の黒人やリベラルの白人たちのニューディールの共闘(New Deal coalition) が次第に脆弱化し、解体へと向かっていた。この時期、最大の変化は北部で起きた。北部の労働者の多くは白人だったが、彼らの中には、この時代に顕著な人種暴動や学生の反乱にうんざりしており、民主党支持をやめてリチャード・ニクソンに投票した人たちも多かった。その結果、イリノイ州、オハイオ州、ニュージャージー州、インディアナ州など労働者階級を大量に抱えるすべての北部州で共和党が勝利したのである。同時に、南部の動きも活発になっていた。かつての南部連合11州のうち9州はニクソンか、レイシストのジョージ・ウォレスに投票した。ウォレスは「今日も(有色人種は)隔離、明日も隔離、永遠に隔離!」と語った男である。」(「Democratic Debacle 民主党の敗北」 ヒラリー・クリントンの敗北の根っこは1964年に遡る)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202002290302266
カラベル教授のテキストは人種対立が激化すると、白人と黒人の間に亀裂ができ、それが民主党を支える労働者の連帯を崩壊させてしまうのだと言うことを示唆しています。それは恐らく、現代も続いていることでしょう。日本にいるとあまりわかりませんが、アメリカ人にとって黒人奴隷制をめぐる南北戦争は今も、この戦争にまつわる小説や研究書が毎年のように書かれているほど、国民心理を左右する大きな国民的な出来事です。
日本で自民党が危機に陥ると尖閣諸島や北方領土などの領土問題を浮上させる動きがあるのと同じで、保守派の勢力は民衆の心の弱いツボを理解しているのです。2012年7月、民主党の野田首相の時に日本の石垣市議ら活動家が尖閣諸島に上陸して中国との間で軋轢を起こしました。7月から9月まで右翼議員や活動家らによって3回繰り返されています。これが2012年12月の総選挙における自民党の復活大勝を決めた政治的文脈にあると筆者はみています。安倍総裁のモットーが「日本を取り戻す」だったことは記憶に新しいところです。
ミネソタ州はラストベルト地帯に隣接しており、前回の2016年の大統領選でこの地域の白人票がトランプ候補になだれ込んだことが決定打となったことは記憶に新しいことです。米国において黒人人口は10分の1ほどに過ぎず、ヒスパニック系が増えているとはいえ、圧倒的多数が白人です。人種対立が深まるほど、トランプ陣営は有利になる可能性があります。サンダース候補であれば若い頃から公民権運動に参加して警察に捕まったほどですから、この対立をより普遍化した言葉で語って白人に訴える力が期待できたでしょうが、バイデン候補がどこまでこの対立において力強い普遍的なアピールができるのか、そこが今新しい要素として浮上してきているように思います。
そういう風に見ると、一連の流れがどこか筋書きあるのようにも思えてきました。陰謀があろうとなかろうと、無意識の糸が見える気がしたのです。もちろん仮説に過ぎないのですが。その意味で、マスメディアで暴動がセンセーショナルに取り上げられ、暴力シーンが激化すればするほど白人有権者の民主党離れの可能性も考えられます。
村上良太 ジャーナリスト
ルポ「立ち上がる夜 ~<フランス左翼>探検記~」
翻訳 マチュー・ポット=ボンヌヴィル著「もう一度・・・やり直しのための思索」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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