[オーウェル化するイギリス] 今から十数年前、イギリス西部イングランドの或る大学に短期留学しました。その滞在期間中、その大学が設置している外来研究者用の宿舎に泊っていました。月毎の寮費を寮の事務室に収めに行き、ついでに雑談しているとき、担当の中年女性の事務職員が私に、日本の自衛隊イラク派兵(2003年12月~2004年2月)を「サムライ・ジャパンは素晴らしい」といって褒めました。そのあと話題を変えて、「ところで、私たちイギリス人は、オーウェルのいう《1984年の社会》を選んだのよ」といいました。
[個室にも監視カメラ] そういわれてみると、街角にも、学内の至る所にも、私が宿泊していた外来研究員用の個人部屋の内部にも、監視カメラが設置されていることを思い出しました。その外来研究員用の個人部屋で、テレビを観ている場合も、シャワーを使用している場合も、寝室で寝ているときも、監視カメラがじっと私を視ています。監視カメラに写る個室内の私の姿は、監視システムの担当者が視ているか、録画されていたかもしれません。
[日本も直に監視化する] その事務職員は、近代民主主義の祖国といわれるイギリスのそのように監視社会化している状況に懐疑と違和感を覚えているのでしょう。その事務職員の発言は、監視化がイギリスほど進んでいない日本からきた私への、《日本もまもなく監視社会になりますよ》という忠告だったのかもしれません。
[自己批評好きなイギリス人]「オーウェル化」とは、イギリス固有のシニカルな自己批評でしょう。イギリスに滞在して面白いところは、日常生活でそのようなシニカルな話題が出るところにあります。さらりと、自発的に《反英国的な自己批評》をしてみせるのです。サマセット・モームがエッセイや小説で語る、イギリス人のこのシニシズムの渋さは、日本ではまず経験しない渋さですね。日本人が日本を批判すると「反日だ」という反発が出てくるようになってきました。日本のためを思い日本を批評することを「反日」と決めつける。この余裕のなさは情けなくありませんか。
[《私は偽善者です》と自己批評するイギリス人] 別の機会でイギリスに滞在しているとき、よく買い物で訪れた或る小売店で、多くの客がレジの前で長い列を作っていました。最後尾に私が近づいたとき、私の直前にいた客が「どうぞお先に」といって順番を譲ってくれました。私がその男性に「ありがとう」と礼をいうと、「私は偽善者なのです」と平然と答え、ニヤリとウインクしました。私はとっさに、「だから、あなたはシェクスピア国民なのですね」と応えました。そのやりとりを聞いていた店にいる人々はみな、どっと爆笑しました。日英友好の一場面です。
[中国でもすすむ監視化] 今日のイギリスにも、まだ大英帝国の余栄があるようです。最近、イギリスの空母が中国を威圧するために、遠路はるばる中国の沖合にまでやってきました。その中国の港町・上海の或る大学で講義をするために招かれて滞在したことがありました。10年くらい前のことです。宿泊したのはその大学が経営するホテルです。その個室でも、監視カメラが居間・寝室・トイレ兼バスルームに設置されていました。その点、イギリスと非常に似ています。
しかし、そこに滞在しているうちに、監視カメラに慣れてしまい、まったく気にならなくなりました。慣れですね。慣れて、違和感が無くなり、生きる負担が少なくなります。日々の生活で反復する行為は「習慣化し=自然化する」(三木清)のです。監視への慣れもそうです。
[残飯昼食も監視されていた] その中国に滞在した折、最初の日、セルフサービスの食堂で朝飯を取りました。そこで皿にとった饅頭が多すぎて、一つ余ったので、食堂出口近くにある「残飯捨場」に捨てないで、自分の個室にもってきて、昼に昼飯用に食べました。約70年前の敗戦直後の食糧難のつらい経験がこのような行為をさせたのかもしれません。
ところが、次の日の午前中、私の個室に、私を世話するその大学の教員から電話がかかってきて、「昼食を一緒に食べましょう」と提案されました。その昼食のとき、「先生、昼食はこのレストランで昼食を取ってください。先生は無料です」と知らされました。私の「残飯饅頭昼食」は監視カメラで観察されていたのです。親切に感謝しつつも、すこし複雑な心境になりました。
[戦争への慣れと相互監視] 人々は戦争が始まったとき、驚き興奮しますが、しだいに戦時に慣れてきます。戦時では、国民は相互に監視し合います。身近に、利敵行為をする非国民は居ないかと猜疑心で高ぶります。《私は愛国者である》と競って誇示するようになります。隣組、いまでいう「自治会」は、かつてスパイ摘発の組織になりました。
[日本婦人の戦争参加] 戦時になると日本の女性たちは、戦地に赴く兵士たちを全国各地の駅で激励しました。そうすることで、日本の女性たちは、初めて家庭から社会に解放されました。平時でなく、戦時の男だけでなく女も戦争に動員することで展開する「女性解放作用」です。《男は戦争、女は平和》という図式はどこまで妥当性があるのでしょうか。自分の眼で歴史経験を直視しなければ、真実は開示されません。
[自由の女神の雄姿] ルーブル美術館にあるドラクロアの名画「民衆を導く自由の女神」(1830年)は、三色旗を掲げ、屍を乗り越えて民衆の先頭を走っています。「戦争は女の顔をしていない」と言う方がいます (スヴェトラーナ・アレクシェヴィッチ)。けれども、特に先の日本の15年戦争(1931~1945年)では、実はそれどころではなかったのです。繰り返し駅頭に立ち兵士に炊き出し飯を配っているうちに、女性たちは戦争参加=「銃後の守り」に慣れ、女性たちの顔も戦時化してゆきました。
[軍都・広島、宇都宮] 被爆都市・広島がそれ以前の日清・日露の戦争のときは「臨時首都かつ軍都」であったように、本稿筆者の故郷・宇都宮も軍都でした。宇都宮連隊の近くの桜で飾られた並木道は、かつては「軍道」と呼ばれていました。
[餃子と戦時監視] 餃子は宇都宮の名物食品です。その餃子に戦争体験が記録されています。戦中・戦後から宇都宮の各家庭では、しばしば餃子を作り食べてきました。父親や男兄弟が中国に戦争で赴き、当地で餃子を食べ覚えて、帰国後家庭で作らせたからでしょう。自分の家で作った餃子を近所にも「お裾分け」をしあう親近性がありました。その食文化に戦争体験が記録されています。餃子が地域に隈無く普及するように、人間関係の緻密な特質を背景にして、戦時の相互監視のベルトはできあがっていったのでしょう。
[女の戦争参加] 中国大陸や南太平洋の戦場に出向く出征兵士を、宇都宮駅頭まで送る人々の先頭で日の丸小旗を振っていたのは、後に当地で選出される有力な或る国会議員の母親でした。街のひとびとは彼女に「戦争ばぁさん」という渾名をつけていました。男だけでなく、女にも先の戦争(1931-1945年)で燃え上がった者がいたのです。弟の日露参戦を悲しみ嘆いた与謝野晶子は、その「15年戦争」のときでは、どうだったでしょうか。
[監視カメラつきの《豊かな社会》] 戦時だけでなく平時でも、安定し豊かな生活のために不安定な要因を除去する。そのために相互監視が深まる。個人単位の監視が「豊かな物質的生活」を保証するための前提になると、人々はその監視を容認するようになる。こうなると、「プライヴァシィ」は死語になります。「なあに、他人も自分と同じ生活をしているのさ。なにも、知りたいとは思わないな」と思うようになるのでしょうか。
[菅首相の国民監視プログラム] 貿易で大きく中国に依存している日本国の首相である菅さんは、「情報化システム」によって、監視社会に日本を「改革」しようとしているのでしょう。その意味では、菅首相は「中国と同質的」・「親中国的」なのです。これは、たんなる皮肉ではありません。政治家の意識を超えて同質な社会管理が地球規模で進行しているのです。
[デジタル化・マイナンバー] 菅首相の学術会議委員任命拒否も、その国民監視への「改革」の一環でしょう。それを取り消す気配は全くありません。反対者がしだいにその不当性に慣れてしまい、「自然状態視する」のを待っていないでしょうか。ここでも、反復は習慣化し自然化することになりはしないでしょうか。菅首相の「デジタル政策」も、デジタル技術によって高速に緻密に国民を監視する制度を作ろうとしているのではないでしょうか。「マイ・ナンバー制度」に国民それぞれの氏名を結びつければ、国民個人監視の強力な手段となります。堤未果の近著『デジタル・ファシズム』(NHK出版)が注目されるゆえんです。
[既定コースの一生を生きる社会] 社会全体が安定するためには、不確定要因を最小化する。そのために、個人が既定の行為範囲を逸脱するような「異常な行為」をしないように、個々人の生活を管理しなければならない。人間の一生の経路が見えるように管理された社会を設計しなければならない。社会安定化のために、個々人は生まれ・生き・死ぬまで、既定の経路を生きる。かつてのアメリカ映画「ソイレント・グリーン」(1973年)が描くような、あらかじめ決定づけられた《エコロジー管理社会システム》が、いま、この地上に生まれつつあるのではないでしょうか。いうところの「維持可能な発展目標(SDGs)」に、そのような陰惨な社会が生まれる可能性はないのでしょうか。
[管理は必要善か] そのような「安定し・安全な・安心できる社会」を組織し維持するためには、私生活が監視され制御されることが必要条件となる。不安定要因である「異分子」は排除する。社会批判家などの社会を不安定化する要因は可能な限り除去することになりはしないでしょうか。
[監視社会は豊かか] しかし、《豊かな生活のために人間を監視する社会》は、本当に豊かなのでしょうか。そのような監視社会に生きることを条件とする「社会《再》契約」が、暗黙の内に無意識に、じわじわと事実上進行していないでしょうか。日本国憲法が規定する基本的人権も、そのような傾向から、深く静かに浸食され空文化しはじめていないでしょうか。とすれば、護憲問題は9条だけではありません。特に高校や大学で社会契約論を教えている方々は、そのような点に注意してほしいと思います。(以上)
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