はじめに
石破茂が総理大臣になったので、わたしの友人、知人はほっとしている。だれも自民党支持者ではないが、首相が安倍晋三の後継者を自認する高市早苗でなくてよかったという。わたしは、自民党から政権を奪い取るためには、高市総裁・総理の方がよかったと思う。
アベノミクスを継承し、引き続き軍備を増強し、安倍政権と統一教会の関係をごまかし、「私権の制限もあり得る」として表現の自由を抑圧し、靖国参拝をやって対中国関係ばかりか対韓・対米関係も悪くし、十分な議論もなく改憲に突進するといったことを、高市総理大臣にぜひやらかしてもらいたかった。そうすれば、どう見ても1年くらいで、政権は確実に立憲民主党を中心とした野党に転がり込むと思ったのだが。
すでに本ブログ「八ヶ岳山麓から(491)」によって中国環球時報紙に現れた石破茂論を紹介したが、そこに中国人学者が引用した、石破茂著・倉重篤郎編『保守政治家・石破茂』(講談社 2024・08)を読んでみた。この本は、9月の自民党総裁選直前に、総裁・総理の座を争うために書かれたもので、「石破茂のすべて」といった内容である。中国人学者も認定したように、石破茂という人が自民党という保守政党のリベラルな路線を代表する人物であることがありありとわかる。
石破氏のこの著書は、編者の聞き取りによっている。生い立ち、思想形成など自伝の部分が大きいが、ここでは安倍晋三と石破茂の違いが顕著な安全保障・中国台湾問題にかぎってみてみたい。
いわゆる「安保法制問題」について
憲法改正問題では石破氏は自民党の憲法改正推進本部で、9条を担当した。その第二次改憲草案は、9条第1項を継承しながら戦力不保持をうたった2項を削除、そのうえで1項を「自衛権の発動を妨げるものではない」として「国防軍」の保持を明記した。石破氏は、これと「国家安全保障基本法」を組み合わせることで、国家の自然権的権利として国連憲章でも認められている限度で集団的自衛権の発動を保証しようとした。
安倍氏はこれを無視して、政府見解の解釈を変更することで, さきの安全保障関連法案をつくり、2015年9月これを国会で強行採決し、限定的な集団自衛権の行使に道を開いた。石破氏は安倍氏が(第二次草案を無視し)「考えを変えた」として安倍氏と対立した。簡単にいえば、石破氏は安保法制という解釈改憲による海外派兵のやり方に反対したのである。
対米自立・対等平等の日米関係について
石破氏は「日米安全保障条約は、……おそらく世界で唯一の非対称双務条約です」という。もちろん、日米同盟を解消せよとか、在日米軍を要らないなどというのではない。「条約上の義務として国家主権の重要な一部である領土(軍事基地の管理権)を提供するというのはほぼ例がなく、これが戦後80年近く続いていることで、我々日本人は、独立とは何か、国家主権とは何か、自衛権とは何か、といった根幹として突き詰めて考えるべきことを、ずっと先送りしてきたのではないか……」というのである。
もちろん、「先送りしてきた」のは主に自民党である。今日では、共産党以外の主だった野党もその仲間入りしている。そのうえで、石破氏は「わたしは防衛大臣在任中から、在日米軍の管理権を日本側に移管するという政策を提起しています。在豪(正しくは濠)米軍がそうであるように、自衛隊が管理する基地の中に、ゲストとして米軍が存在するならば、米軍基地で起きたことへの対応は日本政府が担うことになります」
そして、アメリカの領域内(例えばグアム)に自衛隊の訓練施設を設置することも提案している。「自衛隊が常時アメリカ領に駐留することになれば、そちらの地位協定も必要になってくる。「在米自衛隊の待遇と在日米軍の待遇は同じでなければならない。……そうなってはじめて対等になるわけです」
日米同盟を対等にする、その一つの試みとしてアメリカ領内に自衛隊を駐留させる、このアイデアを突飛だとか、空想とか実現不可能と笑うのは、自民党の国会議員だけではないだろう。政治ジャーナリストや専門家の中にも多いと思う。だが、わたし(阿部)は検討に値する提案だと思う。
石破氏の「普天間になぜオスプレイが配備されているのか、横須賀になぜ原子力空母ロナルド・レーガンが、三沢にF・16が、嘉手納にF・22が配備されどのように運用されるのか……ほとんど日本側には説明されてこなかったのが実態」という言葉をどう受け取ったらいいだろうか。
わたしも、米軍による半占領状態に慣れ過ぎて、日本人は民族の独立、国家の主権について論じる能力を失っていると思う。日本の政党の中で、日米安保と地位協定を一番問題にしてきた政党は共産党だ。共産党に石破提案をどう考えるか、聞いてみたい。
「台湾有事は日本有事だ」について
安倍晋三の提起した「台湾有事、即日本有事」について、石破氏は、「即有事」の可能性は相当低いという。石破氏は概略次のようにいう。
「かりに中国が台湾に軍事的な攻撃をする状況になったとする、その際に文字通り日本本土も同時に攻撃することはほぼあり得ない。なぜなら、ロシアはウクライナを侵略しているが、NATO加盟国に対しては攻撃を仕掛けない。それはNATOを敵にまわしてしまえば、勝算はほぼなくなるからだ。同じことは中国と台湾の関係についてもいえる。かりに中国が台湾を攻撃したとしても、日本まで攻撃してしまえば、ただちに日米同盟を敵にまわすことになる」
「ただし、中国が台湾に武力行使をし、アメリカがこれに反撃するとなれば、アジア有数の戦略拠点である在日米軍基地はフル稼働となる。そうなれば、日本は中国から直接の脅迫、あるいは武力行使を受けることなる可能性は高まる」
だが、わたし(阿部)は、中国がアメリカと日本を敵にまわして軍事的勝利を得られるかといえば、これはかなり難しいと思う。中国軍首脳はこれを十分承知しているだろう。
日本は中国とどう向き合うか?
ところが、石破氏は、「外交力と抑止力は二択ではない(どちらか一方ではない)」と、正論を吐きながら、いま具体的に中国に対してこうあるべきだという主張はない。「米中の競争関係や中国の国内情勢、経済状況、軍拡の意図と今後、などについて詳細に分析し、効果的な対中抑止力を構築しつつ、この大国の持つ経済的潜在力を引き出し、3000年来地政学的に引っ越しのできぬ国同士としてできる限りの共存共栄を図っていく」というにとどまっている。
なにか具体策があるかと言えば、「岸田政権は、防衛費の大幅な増額や反撃能力の保有といった、積極的な安全保障政策の展開にふみきりました。だからこそ、強化された抑止力(即ち戦力)を背景としてむしろ積極的な外交を同時に行い、日中関係を新たな局面へと前進させることができるはずだ」という文言があった。肝心なのは、その「積極的な外交」とは何かである。これを語ってほしかったのだが。
いずれにしても、石破氏は「かつては、自民党でもそうそうたる方々が両国間のパイプ役を務めた。いまは逆に、真面目に日中関係を前に進めようとする政治家を、『媚中派』などとレッテル貼りをし、攻撃するような一部世論すら存在する。少なくとも国会議員であれば、外交は好き嫌いで語れるほど甘いものではない、ということを肝に銘じるべきだ」と、自民党の極右派を非難している。
さて、衆院選の結果を見なければ、今何とも言えないが、石破総理は旧安倍派の圧力に抗して、この立ち位置をどこまで維持できるだろうか。
(2024・10・20)
初出:「リベラル21」2024.10.23より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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