第2章 日本の支配階級構造の要 官僚身分の階級への転化
1)はじめに
現代の日本では官僚だけが非合法の階級闘争をやっている。本来全体の奉仕者である官僚が独自の利害を持ち階級を形成することは、日本国ではそれ自体非合法な事態である。それゆえ官僚が自らの階級的利害を守ろうとする闘争は非合法的な闘争にならざるをえない。官僚は日本の支配階級である、資本家階級とその政治的代表部(議会、政府、自民党、最近では民主党)を支配し束ねてきた。ところが1990年代に入って官僚支配にほころびが目立つようになり、支配階級内部での利害関係に基づく抗争がおき、それに対して官僚支配体制を防衛しようとする闘争が、その階級闘争の主要な内容であった。その際官僚階級は行政機構である、検察、税務署、公安警察を使ってその階級闘争を展開することができた。従来官僚階級の役割は支配階級を束ねてきたことだったので、被支配階級に対しては、直接の支配・隷属関係が見えてくることはなかった。しかし、民主党への政権交代によって、自民党を隠れ蓑にしてきた束ね方がやれなくなり、さらには3.11以降、日本の支配機構は打撃を受け、従来は黒子として裏に隠れていた官僚階級が、統治の前面に出てくるようになって、日本の権力構造における官僚階級の位置とその役割が目に見えるようになってきた。改めて官僚が階級となっていることについての認識を共有することで、今後の社会運動における敵は誰かという、日本の権力構造の認識を正確なものとしていきたい。
2)階級とは何か レーニンの定義より
階級とは何かということについては色々な見解がある。しかし最も簡単でよくまとまっているのが次のレーニンの定義である。
「階級と呼ばれるのは、歴史的に規定された社会的生産の体制のなかで占めるその他位により、生産手段にたいするその関係により、社会的労働組織のなかでの役制により、したがってまた、彼らが処理する社会的富の分けまえを得る方法とその分量とによって、たがいに区別されている人間の大きな集団である。」(レーニン『偉大な創意』)
この定義に従って現在社会の階級についての素描を与えておこう。現代の資本主義社会では、資本家階級は生産手段を所有しているが、労働者は生産手段を所有してはない。このことから労働者は資本家の下に雇われないと生活できない。そして雇われたときに、労働者は労働力の処分権を売り渡し、資本家の工場やその他の職場で労働するが、その際労働者が実現した価値を含む生産物やサービスは資本家の所有となり、労働者には労働力の価値が支払われるが、残りは剰余価値として資本家によって搾取される。現在の社会では資本家階級と労働者階級が二大階級をなしている。ところで最近顕著な事態は非正規雇用者と派遣労働者の増大である。これらの労働者たちは労働力の価値以下の支払いしか受けておらず、かつ労働者の諸権利からも排除されて、結婚も自己の再生産も不可能となっており、奴隷以下の経済状態にある。この大きな集団の階級性について、検討されるべきである。
土地所有者は大地の占有によってその借り手から地代を取得でき、資本主義社会においても独自の階級を形成している。また独立した小生産者は、自ら生産手段を持ち、自己労働による所有を実現できるので、農民や商店主などの自営業者は減少しているが、独自の階級をなしている。
日本では皇族も独特の経済的地位を占めているが、しかし、大きな集団ではないので階級とは認められない。これに対して官僚は大きな集団であるので、階級を形成しているがどうかは、具体的に検討されるべきである。
3)日本の官僚支配の現状
日本の官僚制は戦前から継続され、変化はなかった。GHQ(アメリカ占領軍)の民主化も、官僚制にだけは手をつけられなかった。明治時代から延々とつづく日本の役人世界(官僚制)の不文律は、年功序列、身分保障(70歳まで)、天下り先の確保である。
具体的にキャリア官僚で見ると、毎年600人が採用され順次昇進して課長になると、それ以降のポストが足りなくなる。1府12省の官僚のトップは事務次官でそれぞれ一人である。したがって課長以上の昇進期には競争に敗れた者を必ず肩たたきによって天下りさせ、渡りをさせていく。その際待遇は現役同期官僚並みとすることで出世競争から脱落したという不平を封じ込めている。このような仕組みを維持していくためには天下り先の確保が死活問題となる。この仕組みはキャリア官僚だけではなく、ノンキャリアや地方自治体においても慣行化している。
(注)
長谷川幸洋『日本国の正体』(2009年、講談社)より
「霞ヶ関にとって天下りは人事異動の一環であり、天下りがあって初めて省内秩序が保たれる。入省すれば『70歳までは面倒をみる』というのは、霞ヶ関の鉄の掟なのだ。」(23頁)
小泉の改革路線は、「09年3月に至って、全面的に敗北した形である。」(24頁)高橋洋一、中川財務相の追放など
首相官邸は官僚に占拠されている。官房長官に官房副長官3名(衆、参から各一名の議員と官僚一名)官房副長官の下に官房副長官補が3人いて全員官僚。(29頁)
「官僚にとって、もっとも大事な既得権益は天下り構造である。たとえば、天下り構造が廃止されるようなら、倒閣さえも狙う。」(31頁)
「もともとの政策を作ったのが官僚であるだけでなく、与党内の政策審議プロセスでも、官僚が法案成立に向けて重要な役割を演じているのである。」(50頁)
「それは官僚が選択肢を示すのではなく、政策をあらかじめ選択していて、政治家を自分たちと同じ結論に導こうとしているからだ。」(52頁)
成長率・金利論争 中川・竹中 対 谷垣・与謝野 財務省は中川に擦り寄る(66頁)
「官僚にとって『権力の実体』は自分たち自身であって、政治家はその権力を行使するための『衣装』にすぎない。」(68頁)
官僚は本来身分であるが、このような身分保障の体系はそれ自体を階級に形成していることを意味する。資本主義が発達した民主主義国である日本で、身分を階級に形成することは憲法に違反している。このような明らかな犯罪行為がこれまで見逃されてきた。まず官僚は自らの階級形成を極秘のうちに行っている。2006~8年の公務員制度改革が法制化されたときに多少は明るみに出たが、しかし官僚の行き過ぎくらいに捉えられていて、階級形成を問題視する見解は提起されていない。というのも日本の資本家政党である自民党自体が官僚階級に支配され、また資本家階級もこれまで官僚階級に従属しているからだ。
2009年の政権交代で鳩山内閣の政治主導がなぜうまく行かなかったか、ということについては既にいろいろな意見が表明されている。その中で、高級官僚100人の入れ替えをできなかったという説があるが、それは正鵠をえている。官僚が階級として形成されていることはいわば非合法な事態であるから、政治は真正面からこれと対抗できたはずだ。しかし民主党にはそのような決断も、人材の用意もしていなかった。政治主導は口先だけに終わり、官僚の統率が出来ずに歴代自民党政権と同じように、逆に官僚に支配されていった。こうなると、自民党以上に官僚べったりとなり、完全に官僚主導の政治運営になっている。
役人の行動原理に先輩批判はタブーというものがあり、前例踏襲、責任回避、が日常的に発生する。アメリカでは政権交代があると3000人のキャリア官僚が入れ替えられるから、彼らが日本のように階級に形成されることはありえない。(逆に、資本家の赤裸々な代弁者たちが、官僚になって自分たちの都合のいいように立法や行政を行う「回転ドア人事」が問題にされている。)日本では政権交代があっても役人の首は飛ばず配置転換もなかったわけだから、官僚は階級としては無傷でいられた。官僚の形式上の長である大臣は長くても数年で交代するが省庁はずっと継続している。ここから、官僚が政治・行政・立法及び国会運営の実際的権力を握るという現状が維持され続けられている。
(注)長谷川、前掲書より
事務次官等会議 定例閣議前日の月曜日と木曜日
「閣議にかけられる案件は必ず事務次官等会議で承認された案件に限られているのだ。これまた法的根拠はないが、慣例でそうなっている。」(79頁)(政権交替直後、鳩山・小沢は、事務次官等会議を廃止したが、一時的措置にとどまった。)
案件はここにあげられる前に各省庁で協議されている。「ところが、実質的に政策が議会どころか閣議ですらなく、事務次官等会議やさらに密室性が高い各省協議という官僚だけの場で決まってしまうと、国民は何が問題になっていて、どう改めようとしているのかすらわからなくなってしまう。」(80~1頁)
官房副長官が事務次官等会議の仕切り役。閣議はお習字大会(86頁)
「つまり前夜の事務次官等会議で了承された案件しか閣議には上がってこないので、閣僚間であらためて議論しなければならないような問題はない。残された仕事は閣議決定や閣議了承の内容を書いた紙に、毛筆で閣僚たちが花押(署名)を書くことだけになる。閣僚たちは次々に回ってくる紙に淡々と黙って花押を記していくのが閣議の実態なのである。」(86~7頁)
財務省 増税の本当の狙いは、既得権益の維持である。(100頁)大臣に財務省から政務秘書官をつけて、政治家を政策通として売り込む。
ばらまき 長谷川の定義「国民の特定層や特定業界に恩恵を与える財政支出」(106頁)
「実はこの特定層への恩恵供与こそが、霞ヶ関官僚が政策を立案するうえで、最も基本的な発想の一つとなっている。」(112頁)福田政権時の緊急経済対策はその典型
その上官僚階級が独自の経済圏を形成しているという問題がある。1955年からの高度経済成長の過程で、以降55年間に官僚の天下りは継続され、官庁も含めた官製企業の就業人口は市場経済のそれを上回るようになっている。石井鉱基が作成した統計ではサードセクター陣営も公的セクターに組み込まれている。この現実に慣らされているせいか、日本の市民はこの官僚支配の現状に不満は言えども変えようとはしない。戦前から延々と続く官僚支配にまるで自然環境のようになじみ、支配されたがっているように思われる。だから自民党員であれ民主党員であれ、官僚支配に対して闘おうとする人たちを孤立させてしまう。
(注)
社民党の石井鉱基は、議員特権で官僚支配についての徹底した調査を行い、2001年という早い時期に『日本を喰いつくす寄生虫』(道出版)を出版したが、その後自宅から出たところで暗殺されている。2006年小泉内閣時代に行政改革・規制改革担当大臣だった渡辺善美は離党を余儀なくされ、『官僚国家の崩壊』(講談社)という著書を出版した中川秀直は完全に干されてしまった。小沢一郎も官僚階級から階級闘争を仕掛けられている。橋下徹にも再稼動に反対したことで恫喝がなされた。
4)官僚階級の経済的基礎
統計的には少し古いが、石井鉱基『日本を喰いつくす寄生虫』より、官僚階級の経済的基礎について紹介しよう。なお、2010年に出版された北沢 栄『官僚利権』(実業之日本社)も参照されたい。
① 日本経済の70%は国に支配されている
まず日本のGDPは、1999年に512兆円であるが、2000年の政府支出:一般会計(85兆円)と特別会計の純計が260兆円、地方公共団体の支出が90兆円、合計350兆円で、これはGDPの70%を占めていたことになる。しかも政府支出の給与分は民間最終消費としてダブルカウントされているから、残りの30%のなかにも政府支出がカウントされることになる。(石井鉱基『日本を喰いつくす寄生虫』、道出版、12頁)政府支出に限って国際比較すれば、アメリカ:194兆円/1059兆円、イギリス:45.6兆円/164兆円、フランス:31兆円/163兆円、ドイツ:30兆円/240兆円、日本:260兆円/512兆円である。(同書、13頁)
② 日本最大の貸金業、民間銀行を圧迫する政府系金融
公的金融機関(648.6兆円):資金運用部(348.2兆円)政府系金融機関(185.8兆円)中央政府(13.3兆円)地方公共団体(10.8兆円)公的金融法人企業(9.1兆円)その他(81.5兆円)
民間金融機関(520.4兆円):都市銀行(215.1兆円)地方銀行(134.1兆円)第二地方銀行(50.6兆円)信用金庫(68.7兆円)信用組合(14.2兆円)貸金業者(37.7兆円)
政府系金融機関は、金融事業は経済活動ではなく行政事務(行政権の作用に属する事務)であるので行政経費として処理され経営コスト面で民間より優位にある。(同書、16頁)
③ 経済人口の4割が税金に依存している
被扶養者:6254万人(49%)
民間企業の雇用者:2781万人(22%)
税金部門の雇用者:3665万人(29%)
内訳:公務員、議会、政党など470万人(3.7%)福祉、医療、教育、文化、スポーツ、NGOなど1330万人(10.47%)行政企業、(特殊法人、公益法人、第三セクターなど)490万人(3.86%)官公需専門企業800万人(6.3%)農林水産系保護団体・個人545万人(4.29%)
その他30万人(0.24%)(同書、18頁)
5)官僚による支配の実体
国家の官僚制自体は国家の発生とともに形成されるものであるが、近代国家の官僚制は絶対王政をその起源とする。日本の場合、明治時代の官僚制がそのまま継続しているわけだから、ある意味では絶対王政を取り仕切ってきた官僚が、同じ精神構造で現在の民主主義国家と資本家階級を支配しているということになる。議会に対する支配の構造はすでに見たが、官僚の経済的基礎を踏まえるならば、資本家階級への支配も実現可能である。
また官僚階級はサードセクターを植民地にしており、このサードセクターの非営利・協同セクターとしての自律に絶えずブレーキをかけてきている。例えば特定非営利活動法人(NPO法人)法制化にあたって、出資を認めようとはしなかった。これを認めれば生協法人のように、事業で自立でき、官僚の植民地とはならないので、経済的自立ができるような仕掛けを蹴飛ばしたわけだ。その代わりにボランティア団体であるNPO業界にも、天下りの仕掛けを作っている。国が中間支援組織に補助金を出して、それと引き換えに自治体職員を受け入れさせているのだ。これが官主導の公共を改めるという触れ込みの「新しい公共」の真実である。
(注)長谷川、前掲書より
「霞ヶ関は個別業界への恩恵供与から一歩進んで、自分たち自身の利権拡大に全力で走り始めた。」(114頁)
中身を見るとほとんどが「官への支出」(115頁)
施設費、それも何に使われているのか分からない。
「財務省は毎年暮れに予算編成が終わった後、記者や論説委員たちに分厚い資料を配って、予算の内容を説明するが、独立行政法人など『官への支出』がどのくらいになるかといった情報は一切発表したことがない。
各省庁は民間企業に仕事を発注する前段階で、まず自分たちが所轄する独立行政法人や公益法人にカネを回し、さらに独法が子会社のようなファミリー企業に仕事を発注する仕組みが一般的になっているのだ。」(118頁)
専務理事政策
「官僚はそうした産業の業界団体をつくる。・・・・業界団体が出来ると、財団法人や社団法人化を目指す。・・・うまく成功すれば、天下りポストが一つ増える。」(126頁)
「衆院調査局の調査では、07年度で独立行政法人や公益法人など約4500法人に約2万5000人の霞が関官僚が常務理事などの形で天下りし、その天下り先に12.1兆円が補助金や助成金などとして国庫から支出されていた。」(130~1頁)
6)官僚が階級となっている理由
以上の分析に基づきレーニンの定義と照らし合わせて日本の官僚の階級形成について証明していこう。
①「階級と呼ばれるのは、歴史的に規定された社会的生産の体制のなかで占めるその他位により、」―→ 国有あるいは公有財産による生産様式を独占している。 ②「生産手段にたいするその関係により、」―→ 生産手段の上位占有者である。 ③「社会的労働組織のなかでの役制により、」―→ 労働者を指揮・管理する役員である。 ④「したがってまた、彼らが処理する社会的富の分けまえを得る方法とその分量とによって、」―→ 12兆円の税金でファミリー企業が事業を行っている。 ⑤ 「たがいに区別されている人間の大きな集団である。」―→ 資本家階級でも、労働者階級でも、土地所有者階級でも、自営業者でもない、国有財産と税金に寄生している階級であり、中央官庁と地方自治体、そしてそれぞれの天下りを合計すると、就業人口3665万人のうち50万人位を占めると思われる。
この階級のパワーは相当のものであり、野田をして官邸デモのシュプレヒコールを「大きい音」と表現させたことの基本的要因である。まさに古代ギリシャの奴隷が言葉はしゃべるがポリスの政治にとっては単なる音としかみなされなかったように、今日の日本の政治を取り仕切っているのは官僚階級であり、それ以外の人々の声は彼らにとっては雑音でしかない、という現実を明るみに出したのだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion954:120808〕