私たちはこんな本を望んでいるのか ― 『流出「公安テロ情報」全データ』第三版とネットと出版メディア ―

著者: 北川 明 きたがわあきら : 第三書館編集部

12月24日『流出「公安テロ情報」全データ』第三版が第三書館から刊行された。

これは同書初版からすべての個人情報を削除したもので、A5判480ページのうち300余ページにも及ぶ墨塗りだらけの紙面が続く、異様な一冊である。

私たちはこんな本を望んでいるのか。

ネット上で自由に閲覧できるデータを印刷出版するとき、このような形でしか許されないのか。すべての人々、とりわけ出版メディアを生業とする人たちにそれを問いかけるために、この本は出版された。

11月25日に出版された『流出「公安テロ情報」全データ』初版は、ネット上に大量流出した公安警察作成と見られる「テロ情報」を多少の見出し付けと配列考慮を施しただけでそのままそっくり印刷出版したものである。内容は警視庁外事三課による違法な捜査、全イスラム教徒=「テロリスト」と見なした全国規模の長期にわたるイスラム教徒敵視・迫害の記録である。国内モスクに多数の刑事を配して出入りするムスリムを全員尾行監視して銀行口座まで徹底調査して作り上げた公安警察版「テロリスト・リスト」。

「熱心に祈っている人物は怪しい」「最近ヒゲを剃ったのは怪しい」といった基準での「容疑」は全世界十数億のムスリムを憤慨させずにはおかないものである。

それら「テロリスト情報」がFBI、CIA、DST(フランス情報機関)と交換されたことも流出情報に含まれている。

そうした違法捜査の全容を知らせるための公益性を考えて、『流出「公安テロ情報」全データ』初版では全データをそのまま出版した。すでに百万人単位の人たちがネット上で閲覧したり保有している情報であるので、個人情報を含めて全部そのまま公刊したのである。

ところが、刊行直後からこの本に掲載された違法捜査被害者のイスラム教徒たちから「プライバシー侵害」を理由に出版差止めが東京地方裁判所に申立てられ、それを認める仮処分が次々と出された。

版元としては、違法捜査の被害者の特定、なかんずく本人がそうと知るためには個人情報が不可欠であり、プライバシーも含めて「テロリスト・リスト」に掲載されている事実を知るためにも全データを示す必要があると主張した。

被害者が公安警察側に抗議し、情報抹消を要求し、賠償を請求し、名誉回復を求める被害者救済のためにも、個人情報の明示が不可欠であるとしたが、裁判所は一切の個人情報の削除を命じる仮処分を連続して出した。

第三書館は当初申立て人2人の個人情報を4ページ半削除した第二版を刊行したが、裁判所は次々と他の個人情報削除を強制してきた。

そこで出版されたのがこの第三版である。ここでは裁判所の求めるような全個人情報削除がほどこされている。

この本の全ページをとくと見て頂きたい。

ネット上で自由に無料で得られる情報であっても、出版されるとこんな形で有料にしなければならないのか。

出版メディアは「自殺」を迫られているのではないのか。この問いは全出版人に向けられている。

奇しくも同じ12月24日、警視庁は遂に流出情報の事実性を認めた。『流出「公安テロ情報」全データ』の内容は公安警察の違法捜査の実態を示すものであることが公安警察自身によって明らかにされたわけである。

とすれば『流出「公安テロ情報」全データ』は違法捜査被害者のムスリムたちが被害救済を求めるために重要な証拠資料となることが確実である。

この新事態をふまえて、裁判所はすべての仮処分を取消して『流出「公安テロ情報」全データ』初版の完全刊行、自由販売を認めるべきである。それが言論出版の自由が保障される社会を維持するための唯一の道である。