米国の宗教右派と中東政策

最近、新たにスーザン・ジョージの『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』(作品社、2008)を読んだので、そこから得た知識により、先日書いた「アメリカの原理主義(1)(2)」を補足したい。

(1)福音主義者はどのくらいいるか?

 アメリカには福音主義者(福音派=エバンジェリカル)は果たしてどのくらいいるのだろうか。先日の記事では、はっきりした統計はなく、成人人口の約25%ないし44%、実数で5000万人ないし9000万人という、極めて漠然とした数字を挙げるとともに、「我々には米国内に7000万の仲間たちがいる」というジェリー・ファルウェル師の言葉を紹介した。
 スーザン・ジョージもいくつかの統計数字と、ジャーナリストのビル・モイヤーズの「約7000万人」という推計、および政治学者の故アーサー・シュレジンガーの「有権者の40%を構成する」との推測などを基に、「7000万人という数字は、確実で、控え目で、どちらかといえば楽観的にすぎるかもしれない」と述べている。アメリカの成人人口が約2億1000万人なので、7000万人とすると、成人のおよそ3人に1人が福音主義者ということになる。
 ただし、先日の記事でも指摘したとおり、福音主義者がすべて原理主義者というわけではなく、福音主義者のうち、聖書の一語一句を完全な真理であると信じて疑わない頑迷な保守的クリスチャンを原理主義者とみなすならば、福音主義者の3分の2程度が原理主義者ではないかと思われる。

 例えば、福音主義者の6割は「アメリカ国民の意志よりも聖書の方がアメリカの法に影響力を持つべきだ」と考えている。しかし、さらに驚くべきは、この調査に答えた全アメリカ人の32%が同様の主張を支持していることである。つまり、アメリカ国民の3人に1人は、憲法や民主主義よりも聖書の方が政治の指針になるべきだと考えているのである。したがって、アメリカ国民全体の67%が「アメリカはキリスト教国である」と答え、71%が「アメリカ人の生活と政治に宗教がもっと強い影響力をもつべきだ」と考えているとしても、もはや驚くには値しないのかもしれない(という驚愕の事実が明らかになる!)

(2)宗教右派はなぜイスラエルを支持するのか?

 先日の記事でも述べたことだが、アメリカの宗教右派、とりわけクリスチャン・シオニストと呼ばれる一派がパレスチナ問題においてイスラエルを強硬に支持する背景には、彼ら独特の終末史観がある。原理主義の「前千年王国説」によると、イエスの再臨は近い将来(40年以内?)起こることになっているが、そのためにはイスラエル国家が「神の約束の地」パレスチナ全土を支配することが条件となる。というのも、キリストの再臨はエルサレム(言うまでもなく、イスラム教の聖地であるアルアクサ・モスク抜きのエルサレム)で起こることになっているからだ。それゆえ彼らは、イスラエルに土地の放棄を求めるような、パレスチナ人に対するいかなる譲歩にも激しく反対するのである。彼らにとって、イスラエルの建国は神の奇跡の証であるからだ。そのため、彼らはその目的を促進するため、アメリカやロシアやその他の国々にいるユダヤ人をイスラエルに帰還させるための資金を提供し、イスラエルへのユダヤ人の移住を推進しているのである。そのような活動を推進しているジョン・ヘイギー師のような人物について、「(彼らは)イランへのアメリカの核攻撃が中東でのハルマゲドンの戦いの幕開けになると信じている」との証言もあるほどだ。

「聖書にあるすべての記述は文字通り正しく、実際にあったことだと思いますか?」
 はい 55%
「イエス・キリストは処女マリアから、人間を父親とせずに生まれた、と信じますか?」
 はい 79%
「聖書はキリストがいつの日にか再臨するとしています。次の1000年の間にキリストは再臨すると思いますか?」
 はい 52%
「あなたが生きている間にキリストが再臨すると思いますか?」
 はい 15%

 これは米誌『ニューズウィーク』が2004年12月、18歳以上の米国市民1009人を対象に行った調査結果である(河野博子『アメリカの原理主義』集英社新書参照)。ちなみに、対象者の宗派分布は米国民一般の宗派分布とほぼ等しいので、大体、米国民一般の意識を代表しているといえるだろう。そう思ってこの数字を改めて見ると、驚愕しないだろうか。

 われわれは一体、アメリカ人を知っているのだろうか? 別に無神論が正しいと主張するつもりはないが、それにしても、聖書に書いてあることが事実そのままであると信じる人が国民の過半数を占めているとは、一体、どういう国なのだろうか? アメリカ人の宗派や信仰に関する種々の統計から推計すると、アメリカ人の成人の約3人に1人は福音派(エバンジェリカル)で、約4人に1人が原理主義者という数値が得られるが、もっと単純に信仰面だけ見れば、およそ2人に1人は原理主義的信仰を持っているとも考えられる。そして、それが恐ろしいのは、そのような信仰が、中絶や同性愛といったアメリカの国内問題だけでなく、外交政策にまで深い影響を及ぼしている、ということだ。

 「地球最後の日々を描いた小説」という副題がついた近未来小説『レフト・ビハインド』シリーズがアメリカでは1995年以降、大ベストセラーになっており、シリーズ全体(全12冊)では7000万部以上を売り上げ、現在も記録を更新しているが、これは新約聖書の「ヨハネ黙示録」に沿って、キリストが再臨しハルマゲドンの戦いを経て千年王国に入るまでの7年間をスリラータッチで描いた作品である。キリスト教に反対する勢力は、国連を使って世界政府を樹立するが、この「グローバル・コミュニティ」の本部は「ニュー・バビロン」(現在のバグダッド)に置かれているそうだ。そして最終12巻では、空を光り輝く虹色の雲が覆ったかと思うと、天が裂け、そこから白馬に乗ったキリストが現れる。キリストの口から言葉が発せられるたびに、グローバル・コミュニティ軍の兵士はばたばた倒れ、体が裂け、噴出した血が池になる、らしい(前掲書参照)。無神論者が読めば、全く荒唐無稽としか言いようがないが、原理主義的信仰を持つ人(アメリカ国民の約半数)が読めば、「極めて聖書に忠実に終末の7年間を描いている」という反応になるのも不思議ではないだろう。

 「モラル・マジョリティ」を創設し、80年代の宗教右派の政治力増大に大きな役割を果たしたジェリー・ファルウェル師は2001年8月、「ハルマゲドンはどのくらい近いか」という文章を発表し、当時の世界情勢と比較しつつ、以下のように、終末の到来が迫っていることを主張しているそうだ(同前)。

1.イスラエルが約束の地に帰る(「エゼキエル書」37章)→すでに帰った。
2.中東で紛争が起きる(「エゼキエル書」38-39章)→すでに起きている。
3.中東地域は大量破壊兵器の脅威にさらされる(「イザヤ書」24章、「ヨハネ黙示録」8章)→すでに起きている。
4.西欧列強はローマ帝国を復活させようと連携を組む(「ダニエル書」7章)→EUはすでに現実のものとなった。
5.西欧列強の指導者は、イスラエルとの和平協定をでっち上げる(「ダニエル書」9章)→欧州とアメリカの指導者らは中東和平を斡旋しようとしてきた。
6.反キリスト勢力が力を得て世界経済を支配する(「ヨハネ黙示録」13章)→すでにグローバル経済は存在する。
7.偽の預言者が反キリスト勢力の宗教的なまやかしに手を貸す(「ヨハネ黙示録」3章)→偽の預言者はあちこちに現れており、聖書やキリストの再臨を否定している。

 ファルウェル師のような原理主義者によれば、中東での大戦争は、ハルマゲドン、つまり世界に終末における善と悪との最終決戦の端緒になると見られており、その舞台となるのが「聖なる地」エルサレムであり、キリストが再臨するためには、パレスチナ全土におけるイスラエル国家の維持が前提になるとされている。それゆえ、こうした異常な信仰を抱く宗教右派は世俗主義的ネオコンやシオニストのユダヤ・ロビーなどともイスラエルの絶対的支持という点で利害を共有するのである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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