経産省前脱原発テント座り込み日誌12月11日版

経産省前テントひろば、脱原発テント設置日(2011年9月11日)から1807日目(2016年8月21日)にテント強制撤去。2025年12月11日は、座り込み5,206日目。これは、マハトマ・ガンディー「非暴力、不服従」の実践です。

(注) 2025年8月から、土・日・休日の座り込みを、休みにしました。

中国敵視? 「そんなことより」原発動かすな!「そんなことより」戦争するな! 12月5日 (金)(Km)

 寒空の座り込み時にFwさんと眼科談義:微細な手術には上手下手の落差大、私は大手術を受けろと入院手続しかけたけれど、他病院に診てもらって何ら眼に手を加えないで治った経験も。

 Szさんの「原発では明日がない」と「原子力発電NO」の歌で経産省抗議行動開始。

Kmが、本館に向かって<経産省よ嘘をつくな、原発は安全ではない、原発は安くはない、原発が無くても電気は足りている、原発はクリーンではない、…>コールし、柏崎刈羽論議が始まった新潟県議会を注視しよう、9日(火)に耐震・プラントトラブル・避難などの院内ヒアリング集会を開催予定、9月10日の山中委員長の記者会見発言「東京電力福島第一原子力発電所の事故の教訓を踏まえますと、あれぐらい大きな原子力発電所の事故になっても、放射線の影響で何か健康被害を受けた方というのは、今のところ全くおられない。」がひどい。

 Heさんが、関電の原発稼働を批判。

 Kmが、日本が中国と台湾に侵略してきた歴史から高市首相の「存立危機事態」発言批判。

 Skさんが、中国は一つです、内政干渉は許されません。エネ庁の村瀬長官が「原発が再稼働しない為に26兆円の化石燃料の輸入増」は嘘、自動車や石油化学工業でも化石燃料を使用、フェイクニュースで原発が動いても電力料金は安くならない。国富とは国民の命と豊かな国土とそこに根を下ろして人々が生活すること。11月25日に新潟県庁を1200人が包囲、花角知事の公約違反を糾弾、都民として何としても柏崎刈羽の再稼働は認められない、原発事故を起こした東電に原発を動かす資格はない。

 Kmから、そう言えば私たちも以前に経産省を包囲した、東電残して原発続ける経産省がひどい。

 Yoさんが、歴史を踏まえず中国に対して戦争を宣言したような高市発言、中国人は決して日本に侵略されたことを忘れない、高市氏はどういう歴史認識・世界観を持っているのか、マスコミは一体何をやっているか、おだてるから支持率が下がらない、憲法を守れ。

Kmから、水曜に議員会館で防衛省への院内ヒアリング集会に参加、膨大な防衛予算を追求し、イスラエル軍主催セミナーへの防衛省・自衛官参加を糾弾。

Moさんが、「座り込め、ここへ」を歌い、新潟県に一千億円出して柏崎刈羽再稼働がひどい、玄海でドローンらしきものが出たが未だに解決していない、原発を無防備に海岸線に林立させておいて何が安全保障かと訴え、「水に流すな」を歌う。

Bdさんが11月24日の東海第二集会に200人が集まりデモをした、3日には日本原電本店抗議と東電本店抗議も。雪の中で原発事故が起こったらどうなるのか、関東圏で原発は要らない。「そんなことより」が流行語大賞に良いのでは、私たちは「そんなことより」原発やめろよ、これを合言葉に。

Rnさんが、高市首相が外交的に発言すべきではない話をいきなり言ってこれだけ炎上している。経済的損失が膨大だ。私たちも民衆外交としてチュニジア大使館などを訪問し好意的に歓迎された、他国も続ける。宮沢賢治の「世界全体が幸せにならなければ、個人の幸福もない」。アメリカのベトナム戦争と反戦運動を思い起こし、ガザ虐殺と荒れ果てたがれきの山としたネタニヤフとイスラエルの責任を糾弾。さて、年末は12月26日が最終行動日、年始は1月5日(月)14時から年始行動。原発もダメ、戦争もダメ、資本主義もダメ。

 Ttさんが、核兵器が必要だという予算に怒り、日本国憲法を無視する「政治的自由」を糾弾し、<原発いらない、命を守れ、電気は足りてる、地震の国に原発危ない、汚染水流すな、柏崎刈羽再稼働反対>コールで終わる。

終了後、首相官邸前でも柏崎刈羽再稼働反対集会。

12月8日 (月) (保)

 早番のKuさんが、いつもより、かなり早く来られたので、一休みして11時10分に事務所を出発した。途中でMiさんと落ち合うはずであったが、居られなかった。また電車の事故が起きたのであろうか? 電話は来ていないので、そのまま経産省前へ。荷物を降ろしてセッティングを開始していたら、Miさんが来られた。理由を聞いたら「いつも早く着きすぎるので30分ばかり遅くした結果」とのことでした。セッティングは至って順調で、11時50分に終えることが出来た。

 早速、反原発ソングを掛けて通り掛かる人々にアピールした。Miさんは温かいお茶とお菓子を用意してくださった。美味しく頂く。

 経産省前に着いて間もなく右翼の街宣車が外務省に向かって「中国と直ちに断交せよ!」とがなり立てていた。「中国軍機が自衛隊機に向けてレーザー光線を発射した」という発表を、防衛省が昨日した事に対する反応であった。高市が発言を撤回しないので、中国も挑発をエスカレートさせたものである。双方がこぶしを振り上げてしまったので、降ろすに降ろせない事態になっている。戦前なら、断交イコール戦争である。右翼はいつも勇ましいことを言って、世論を煽り立てる。中国から多くを依存している日本に於いて、輸入品が入って来なくなったら、直ぐに食べることもままならなくなるのである。戦前のように「欲しがりません勝つまでは」にしてはならない。ここはどうやって、こぶしを下ろしていくか、冷静に考えるしかない。「時間をかけての対話」しかない。右翼の勇ましい物言いに載せられてはならない。

 高市政権は自民・維新・参政・国民民主などと一緒になって「スパイ防止法」の成立を画策している。来年の通常国会に法案を出してくる。何が問題か?国内においては、如何なる情報も外国勢力を利するものだから、漏らしてはならない。戦前においては、天気予報さえ軍事機密という事で抑え込まれた歴史がある。港で風景画を描いていたら、軍事情報を敵に漏らしたとして、刑務所に入れられた事は有名。「物言えば唇寒し秋の風」「見ざる聞かざる言わざる」の世界を作ろうというのである。

 「こういう事を断じて許してはならない」という事で、きょうのお昼から夕方まで衆議院議員会館前と院内で抗議集会が開かれていた。色々な団体が集会を開くようになります。高市発言に危機感を感じた若い人たちが、首相官邸前で抗議集会を開いたという嬉しいニュースを聞きました。老体に鞭打もうひと踏ん張りしましょう。寒さに気を付けて。

 きょうの参加者は担当者4名と常連5名。Fさんからはきょうもカンパを頂きました。有り難う御座いました。

12月9日 (火) ( kenji ishigami )

 後番dで、13時30分頃に到着。Yさんが座り込み中。直ぐに事務所に向かった。会計処理しなくてはならないものが多いらしい。やがてOgwさんが食事から戻る。Aさん到着。Oogさん、日比谷図書館から戻る。今日は一段と寒い。次回からさらなる防寒が必要。

 「沓谷から」 2025年12月1日 第4号、「金子文子」を読む。

 金子文子1903-1926とは、人間の平等を訴えたアナーキスト、自分の意志で動いたとき、それがよし肉体を破滅に導こうとも、それは生の否定ではない。肯定である。「死にかえてでも自分の意志を貫くこと、それが文子の生きることだった」「社会でいないことにされ頼れる人もなく生きた文子が、ただひとつよりどころとしたのは自分自身だった」

 文子は広島県出身の佐伯文一と山梨県出身の金子きくのを両親に1903年横浜に生まれた。婚姻届けを出していなかった両親は、文子の出生届を出さなかった。その後、父は叔母(母の妹)と関係ができ家を出て行き、母は中村、小林と同棲生活を送り、小林の郷里に移った後は、小林と別れた母と母の実家に移った。その間、無戸籍のために学齢期になっても学校に行けなかった。

 1912年、母方の祖父の子として入籍し、父方の祖母、叔母が住む朝鮮半島忠清北道の岩下家に送られた。そこで伯母による激しい虐待を受け、奴隷のように使われた。学校には行くことができた(高等小学校まで卒業できた)が、近所の子供たちと遊ぶことは禁じられ、ひたすら女中として扱われた。

 誰にも愛されず迫害された文子は1916年、自殺を企てる。しかし文子は、「死ねば、祖母や叔母の無情や冷酷からは逃れられるが、世にはまだ愛すべきものが美しいものが無数にある。私の住む世界も、祖母や叔母の家ばかりとは限らない。世界は広い。そうだ、私と同じように苦しめられている人々と一緒に苦しめている人々に復讐してやらねばならない。そうだ、死んではならない」(獄中手記 何が私をこうさせたか 岩波文庫172頁)と、生きていくことを決意する。

 1921年、文子は朝鮮人の共産主義、無政府主義者を知る。翌年、朴烈と知り合う。朴は官立ソウル高等学校師範科に入学し、官費で学んだ。1919年、3,1独立運動に参加し、10月、日本に来た。文子は「青年朝鮮」に掲載された「犬ころ」という詩を読む。「何と力強い詩であろう。ひとくさり、ひとくさりに私の心は深くひきつけられ、読み終わった時、まるで恍惚として私の胸の血は躍っている、あるいは力強い感動が私の全生命を高く上げていた」(獄中手記385頁)そして文子は朴に会い、文子が思い描いていた通りの人物だった。

 1923年9月1日、関東大震災が起こる。3日、ふたりは検束され、警視庁に引き渡された。1924年、爆発物取締法違反で追起訴。「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子、又は皇太孫に対し危害を加え、又は加えんとしたる者は死刑に処す」いわゆる大逆罪に該当するため、裁判は大審院の1審のみとなることから、予審判事は文子の転向を求めた。

 文子は拒否。3月25日、ふたりに死刑判決。若槻礼次郎首相は恩赦を上奏、裁可を得て死刑から無期懲役へ減刑。朴は、自分の減刑状の受け取りを拒否したが、「きみのため、その恩赦状を預かってやろう」と言って、文子の恩赦状を受け取った。が、文子はいきなり破り捨てた。その後、朴は千葉刑務所に、文子は宇都宮刑務所栃木支所に移された。

 1926年7月23日、自分で編んでいた麻糸で自殺したとされている。

  金子文子の獄中歌集から。

  派は知らず流儀はなけれ 我が歌は 圧しつけられし胸の焔よ

  我が心嬉しかりけり 公判で死の宣告を 受けしその時

 映画「金子文子 何が私をこうさせたか」浜野佐知監督 2026年3月6日から、静岡市静岡東宝会館、浜松市シネマイーラで。シネマイーラでは3月7日、静岡東宝会館では3月8日、監督らの舞台挨拶があります。

12月10日(水) (高木)

天気予報では、一番寒い朝ということだった。当番の高木が急用で事務所に行くことができなくなり、グッズは、佐藤保っちゃん一人で搬出してもらう。経産省前でドッキングしてセッティングへ。思ったほど寒くはない。風がないせいか、薄日が差すと暖かいほど。気温15℃。外務省横のイチョウの葉は、ほとんど散ってしまった。経産省には植木屋さんが入り、欅の葉などを剪定していた。

雀は植木の下の方にいる。米撒きおじさんが来て、郵便ポストの脇に米をまくと、瞬く間に食べてしまう。保っちゃんと高市内閣批判をはじめたら終らない。

規制庁前抗議をしたあと、ヨーカンさんと木村さんが回ってきてくれた。木村さんはアメリカ大使館前で「ガザ虐殺やめろ」「普天間基地をかえせ」「辺野古基地建設をやめよ」の一人シュプレヒコールをやったら「婦人警官が出てきた、はじめてだ」と言って自撮りした動画を見せてくれた。

そこに、この間、田舎に行っていたWさんが登場。さらににぎやかになって、「青森県東方沖地震」と八戸から下北半島の各種原発施設の被害状況や、「被害はない」とはいうものの、実際のところはわからないといったことを、原発に詳しい木村さんを中心に話した。

「北海道・三陸沖後発地震注意情報」も発令された。陸側プレートと海側プレートの沈み込みところで、そんなところに原発を集中とせていることがおかしいのに、再稼動や新原発開発に向かっているのは許せない。

日か落ちると一挙に寒くなった。当番のAnさんがガラガラ声で来た。少し早いが、撤収することにした。

12月11日(木) (M.U)

Inさん、Yoさんと3人で設営。通りかかった女性が「これから何か始まるんですか?」と尋ねてきたので、チラシセットを渡し、私たちの活動内容を話す。女性は福島に住んでいたこともあるそうで、「やっぱり原発はダメですよね」と言って立ち去った。13:00いつもツイキャスをしている男性が裁判所方面から現れた。男性は私がiPadで流す「原子力発電No!」の歌に合わせて踊るYoさんの姿を撮って行った。Inさんが、信号待ちをしている若者3人組を見つけ、チラシ配りを試みたが、受け取ってもらえなかった。今の原発推進策が続けば、一番困るのは、若者たちなのだが。残念!若者たちが歩き去った先の銀杏並木を見ると、先週まで鮮やかな紅葉を見せていた葉がすっかり落ちて、枯木になっていた。そう言えば、先週金曜日官邸前で「柏崎刈羽原発動かすな」集会をした時に歩道脇に銀杏の葉がたくさん積もっていた。新聞は、新潟に続いて北海道知事も泊原発再稼働に同意を表明したと伝えている。今こそ市民の「原発いらない」の声を高め、この流れを押し返さなければならないと思う。14:20 Taさん、Suさん、Okさんが到着。後半担当の方々に後を託し、私は明日12月12日18:15~19:15官邸前での「柏崎刈羽原発動かすな」行動に備えるため帰路に就いた。

=====添付資料======

・原発週報2025.12.3-12.9.   編集:漆原牧久

・テントニュース325号

・251209質問文案

=====今後の集会・行動等==========

◆12月16日(火)柏崎刈羽原発をめぐる市民集会 参議院議員会館101会議室 13:30~

◆12月17日(水)原子力規制委員会前                  12:00~13:00

◆12月19日(金)経済産業省前     17:00~18:00

◆12月19日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動 18:15~19:15 ⇒19:30~20:30 

   ※この日は「総がかり行動」があるため時間をずらして実施します。

◆12月21日(日)脱原発テントひろば青空川柳句会 12:00~

◆12月21日(日)脱原発カフェ「ドイツの脱原発に学ぶ」16:00~18:00 

場所:経産省前テントひろば事務所(東京都港区西新橋1-21-8新虎ビル2F)

報告:折原利男さん

◆12月24日(水)原子力規制委員会前         12:00~13:00

◆12月24日(水)大間原発建設差し止め裁判10:30~ 東京地裁103号法廷

         報告集会、衆議院第二議員会館第一会議室12:30〜14:30

◆12月26日(金)【119回JKS47月例祈祷会】

会場:経省前脱原発テントひろば 時:午後2時30分より

◆12月26日(金)経済産業省前     17:00~18:00

◆12月26日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動 18:30~19:45※この日は「原発いらない金曜行動」に合流

◆12月28日(日)レイバーフェスタ 板橋区グリーンホール  11:00~18:00

◆12月30日(火)~1月1日(木)「学び、遊び、つながる 請戸川河口テントひろば」主催バスツアー実施 申込は杉山さんまで
◆ 1月 5日 (月) テントひろば新春抗議行動 14:00~16:00

◆ 1月 9日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動18:15~19:15

◆1月16日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動18:30~19:45※この日は「原発いらない金曜行動」に合流

◆1月23日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動18:15~19:15

◆1月30日 (金)「柏崎刈羽原発動かすな」首相官邸前抗議行動18:15~19:15

「柏崎刈羽原発動かすな」呼びかけ:漆原牧久 Tel:080-5646-0794

========【書籍紹介1】========

◎渕上太郎遺稿集 発売中

経産省前テントひろばで販売しています。

書名:「脱原発 経産省前テント ここに在り!」

発売元:情況出版 価格:1500円のところを500円

〈出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net// 

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