欧州の暗雲はさらにひろがっている
―――頑迷ドイツの石頭をすげかえよ!―――
欧州では極右・ポピュリスト政党の伸長が著しい。ながく権力を維持してきた既成政党は失墜しつつあり、民主主義の危機だとかファシズムの時代が近いとか暗鬱な空気に覆われている。
先の欧州議会選挙では、親EU中道会派が過半数を維持したものの全体として右傾化が鮮明になった。さらにドイツでは9月の州議会選挙で、国政与党SPDは惨敗もしくは大きく後退した。ナチスまがいの極右・AfDは、テューリンゲン州で第1党となり、戦後はじめて極右が州議会選で勝利した。ザクセン州およびブランデンブルク州でも僅差での第2党と躍進した。
フランスでは国民議会の決選投票が行われ、左派連合が第一勢力となったが宙づり議会となり、政治空白をへて発足した新内閣は右派中心となり、右翼・国民連合(RN)は強固な影響力を持つにいたった。RNはいまや新内閣の命運を事実上左右する立場にあり、ルペンはキングメーカーの地位を確立したと目されている。欧州で台頭する極右は、いずれも反移民、人種的民族主義、反EU・反ユーロをかかげ、経済的不満を背景にさらなる勢力伸長が予想される。
本稿では、これら極右の伸長を抑えるには、経済の停滞からの脱却が最重要課題であり、そのためには共通通貨ユーロの大欠陥と、ユーロとEUのありかたの改革を急ぐことが必須であること、そして、そのためにはまず何よりも頑迷ドイツの石頭をすげかえなくてはならないこと、それなくしてはユーロとEUは崩壊必至であること、これを述べたい。
欧州経済は長期にわたり停滞基調が続いている
―――停滞を招くのは頑迷ドイツの石頭―――
極右・ポピュリストの主張が浸透するのは、結局のところ経済が低迷しているからだ。経済の低迷が第一の要因であり根本原因だ。経済が停滞から脱却していけば、極右・ポピュリストの声高な主張はおのずから弱まり衰退していく。経済が停滞していなければ、移民に職を奪われるとか移民対策の「過剰な」福祉支出への反感とか、また自国国民第一を掲げる排外的愛国主義も、さらにはEUへの反感も、これほどの大きな問題にはならず、弱体化していく。
ヤニス・バルファキスによれば、「2008年には欧州全体の所得は米国よりも10%高かった。だが2022年までには米国のほうが26%高くなった。GDPの比較だけでなく個人の所得の面でも貧困化している。このような衝撃的な運命の逆転は、2008年の世界金融危機を受けて欧州各国政府が前代未聞の緊縮財政政策を導入し、自国経済に打撃を与えたことに起因している」。
欧州経済はリーマンショック(2008年)で下落し、さらにユーロ危機が続いた。リーマンショック直前のGDP水準に回復したのは、実に2016年になってからだった。
その後若干の緩慢な伸びを見せたが、コロナ禍に襲われ、次はウクライナ戦争のなかでインフレと金融引き締めとなった。
緊縮を押し付けるドイツ
このような経済の停滞のなかで一貫して変わらないものは何か?
それはドイツが固執する緊縮政策の押し付けである。ドイツはギリシャ危機・ユーロ危機のさなかにもECB(欧州中央銀行)の金融緩和・量的緩和とEUの財政出動に反対しつづけた。このため、ギリシャは大恐慌におちいりポルトガル,スペインは不況が深刻化するなか、EU の支援と引き換えにドイツ主導の財政緊縮を迫られた。大量失業が引き起こされ、現在にいたるまでその影響は続いている。イタリアは緊縮策によって医療体制が弱体化しコロナ禍では惨状を呈した。このためイタリア国民の反ドイツ感情が急激に高まった。
しかし、その後もドイツは「ドイツ好みの財政緊縮措置をEU法に制定して,財政緊縮ルールを強化した」(田中素香)。リーマンショックとギリシャ危機・ユーロ危機のあと、EUは均衡財政をめざす「安定・成長協定(SGP)」を強化すべく、一連の規則・指令の策定を行った 。これをリードしたのはドイツである。
「こうして、2008年以降の緊縮政策は欧州大陸全体の投資を圧殺し、欧州は長期的な衰退の道をたどることになった」(バルファキス)。
米国と比較したEUの時間当たりGDPや従業員一人当たりGDP(購買力平価換算)をみれば、その停滞が鮮明になる。米国と対比した低下スピードは加速しており、その差は拡大しつつある。(下図参照)
(出典:Reuters Graphics 2024/9/10)
コロナ禍では、財政赤字が拡大して一時的にSGPは停止された。だが、コロナが収束したとたん、ドイツは早速SGPの再開・見直し協議において緊縮強化を求めている。
このドイツによる一貫した緊縮財政の押し付けがEUを「衰退の道」に追いやり、欧州民衆の不満、反感を鬱積・蓄積させ、それが各国の極右・ポピュリストの跳梁を生んできたのだ。
絶対的真実:誰かの黒字は誰かの赤字 誰かの支出は誰かの収入
緊縮策は当然のことだがドイツの停滞を招いている。ドイツの停滞と「衰退の道」をみれば、「ドイツの1人当たりGDP(購買力平価ベース)は2017年の米国の水準の89%から2023年の同80%に低下した。G7加盟国では、この期間で最大の相対的衰退だ」(マーチン・ウルフ)。
そこで緊縮一辺倒のドイツの石頭を簡単に分析しよう。
誰かがカネを借りていれば、誰かが必ずカネを貸している。あるいは誰かが支出していれば、必ず誰かの収入になる。これは絶対的に正しい恒等式である。MMT(現代貨幣理論)の部門別収支分析やケインズ式のISバランスはこれにもとづいている。
経済を政府部門と民間部門に分けると、
政府部門収支+民間部門収支=0―――(1式)となる。
このとき政府が財政赤字であれば、民間は必ず黒字(貯蓄超過)である。逆は逆だ。
つぎに経済を政府部門と民間部門と外国部門(海外)に三分すると
政府部門収支+民間部門収支+外国部門(海外)収支=0――(2式)
(ここで「外国部門の赤字」とは自国の黒字=自国の経常黒字。逆は逆)
政府と民間が両者とも黒字を出している場合には、かならず外国部門は経常赤字になる。
現在の日本の場合、政府が財政赤字でかつ民間が貯蓄超過であり、そして経常黒字だ。これは政府の財政赤字を民間の貯蓄が上回って、日本国内全体は貯蓄超過で黒字になり、従って外国は経常赤字になるというわけだ。
以上にもとづき、ドイツの状況をみていけば、
国内民間部門は常に貯蓄超過だ。家計は恒常的に倹約のすすめによって貯蓄を膨らまそうと必死だ。だから消費需要は常に押さえられて需要不足に向かう。他方、企業の設備投資も抑制基調で推移してきた。企業は借金をろくにせず貯蓄超過だ。企業の貯蓄超過はリーマンショックからユーロ危機を通じて急上昇し、対GDP比で2-4%近くを記録するに至った。そして財政支出はどうかといえば、財政赤字を抑え込むことを憲法に明記しており、適切な財政支出ができない。
この結果どうなるか?消費需要も抑制され、設備投資も抑制され、財政支出(公共投資や政府消費)も抑制される。だから国内の有効需要全体が抑制される。
であればどうなる?上記のように、
「政府と民間が両者とも黒字を出している場合には、かならず外国部門は経常赤字になる」。
外国部門の経常赤字はドイツの経常黒字だから、ドイツ経済は外需依存によって成り立っていることになる。国内が大幅な貯蓄超過=大幅黒字であり、内需不足だからそれをカバーするのは外需でしかない。
実際、ドイツの経常黒字は異常なレベルに膨れ上がってきた。これは周知のところだ。ドイツの貿易依存度・外需依存度はきわめて高い。2015年から2019年まで、経常黒字は対GDP比8%越えが続き、その後コロナ禍に見舞われて低下したが、それでも2022年で4%を維持している。(下図を参照)ちなみに日本は2-3%、高くて4%程度である
(出典:永濱利廣 「日本のGDPがドイツに抜かれる理由」)第一生命経済研究所 Economic Trends:2024/1/4 )
自分で自国を貧しくするドイツの愚かしさ
これがドイツ国内を貧しくしているのだ。内需不振だから相対的に国内向けの生産は伸びず、外国向けの生産が伸びるだけなのだ。つまり、多くを外国人に向けて生産しているわけだから、自国内への生産物の供給は低下する。当然のこととして、その分ドイツ国民は物的に貧しくなる。そのかわりにカネだけは溜まる。貿易黒字・経常収支黒字でカネは溜まる。カネは溜まる一方だ。しかし国内への物的生産物およびサービスの供給は低迷する。それが長期にわたっているのだ。この外需依存の本質は飢餓輸出を考えればすぐわかるだろう。
こうしてドイツ国内は貧しくなり、それが政権与党への不信感を高め国民の不満を蓄積させ、極右の抬頭を招いている元凶なのだ。自国内への生産物供給が抑制されていれば、国民が納得できる移民・難民の受け入れ態勢などできるわけがない。観念的な人道上の論議とか寛容な多文化主義とかの議論は肝心の問題を忘れているのだ。
以下は旧東ドイツ地域の状況を述べたものだが、ドイツ全体にもあてはまることだ。
「幹線交通網の近代化の他方では、資金不足、合理化のためにバス、電車の路線が廃止され、地域、農村部が過疎化していきます。また青少年が親元を離れ、残る住民の高齢化が進みます。スーパー、薬局、医者、介護等々、日常生活に不可欠な社会機構が消滅してしまっているため、都市部に出かけなければならないのですが、高齢者には体力的にも経費的にも無理です。孤独な生活を強いられ、人間関係が成り立ちません。社会環境の低下に従って住民の社会意識も低下していきます。
その世話役を買って出ているのがAfD のメンバーで、個人的なコンタクトを取り、失くした故郷意識への郷愁が高められてきます。住民は、その彼らが極右派であることが信じられないのです。あるいはまた、右であろうが左であろうが、そんなことは、どうでもいいことになります。」
(T・K生:ドイツ在住「ドイツ通信第209号 ドイツの三つの州選挙とアメリカの大統領選挙に共通する問題点(2)」 ちきゅう座:2024年 9月 19日)
ドイツ国民は「世界最強の工業品輸出国」などという、まやかしのキャッチフレーズにたぶらかされ自国を貧しくさせている。自分で自分を貧しくしているのだ。この愚かさに気づかなくてはならない。
しかし、金をためるということは資本主義の本質である。カネのためのカネ、利潤のための利潤、「蓄積のための蓄積」はマルクスのいう資本の本質だ。
この資本の本質は「あばら家にすむ質屋の婆さん」とでも言おうか(ただし、質屋は生産しないから不正確だが)。婆さんはカネの亡者なので、カネをいくらため込んでもあばら屋を改築しようとはしない。それよりもっとカネを貸してもっとカネをため込むことが第一なのだ。ドイツはこのあばら屋に住む質屋の婆さんと云うべきである。
そして、「皆さんも質屋の婆さんになれ!それが美徳だ!」と、緊縮策をEU加盟国全体へ押し付けるのがドイツなのだ。
(つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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