絶対的真実:誰かの黒字は誰かの赤字  誰かの支出は誰かの収入 ――頑迷ドイツの石頭をすげかえよ!――(その三)

◆皆がドイツになったら?――緊縮は世界経済を不安定化、緊張状態に
 ドイツは外需依存に傾斜して、国内は長期にわたって民間設備投資は低水準、公共投資は抑制され、個人消費は停滞した。また海外直接投資も増大していった。この極端な外需依存経済によって対外黒字・対外資産は累積していった。つまり国民生活を実際にささえる国内の実体経済は低迷に陥ってきたのだ。
 同時に、ドイツはEU全体に自らの緊縮策を押し付けてきた。それが、EU財政ルール=安定・成長協定だ。それは、EU加盟およびユーロ導入の条件であり、「財政赤字はGDP比3%を超えてはならず」かつ「財政赤字残高(政府債務残高)が60%以内を原則とする」というものだ。これがEU域内の停滞を生んできたのだが、対外的に見た時はどうなるか?実はこのような原則は、全く持続不可能で非現実的なものである。なぜなら、EU全体がこの原則を満足させる状態になったならば、現実的にはEU全体が緊縮策のもと、巨大な経常黒字圏になるしかないからだ。
◆誰かの黒字は誰かの赤字
 前述したように「誰かの黒字は誰かの赤字」であった。これは絶対的真理であった。ある国が経常黒字になれば他国が赤字になるのだ。全ての国が黒字になることは出来ない。
 それでは、ドイツの主張どおりに安定・成長協定を守り、全てのEU諸国が緊縮に走ったら? 換言すれば、全てのユーロ圏諸国が皆ドイツの様に経常黒字・貯蓄超過になったらどうなる?
 いうまでもなく、EU圏以外の地域が赤字になるしかない。これはEU圏全体がドイツと同じ輸出攻勢によって巨大な世界シェアを奪うことを意味する。言うまでもなかろう。これは世界経済の安定的成長にとっては重大な脅威になってしまう。ドイツの理屈を受け入れるならばそうなるしかない。だが、それは現実的には不可能な空論でしかないのだ。
◆債務ブレーキをはずせ=緊縮策を撤廃せよ 
 持続不可能な外需依存から抜け出すには、政府がのりだし財政を膨らませ、内需を増やすしかない。従ってドイツの緊縮政策=債務ブレーキの緩和ないし撤廃が不可欠である。当面は緩和にとどめるにしても、ごく近い将来には完全に撤廃しなければ同じ事態が繰り返されるだけだ。
(債務ブレーキとは「国債による借り入れは非常事態を除き、原則として名目GDPの0.35%以内に抑える」というもの。憲法に明記されている)
 現在、外需依存の限界がはっきりと露呈した。外需が減速してドイツはたちまちおかしくなった。中国経済の大幅減速、持続的ユーロ 高が外需依存に痛撃を与えることとなった。加えてウクライナ戦争は、ロシアへのエネルギー依存を切断して内外需双方に大きな打撃を与えた。ドイツ経済はコロナ禍をはさんで2019年以降停滞したままだったが、さらに直近2年間はマイナス成長に転落することは不可避となった。
 債務ブレーキは持続不能であることを明確に認識すべきである。これまで債務ブレーキを保つことが出来た要因は、上記のとおり単純である。内需低迷(抑制)と外需への依存である。そして、内需低迷は2000年代前半のシュレーダー・ハルツ改革(改悪)によるコストカットがもたらしてきたのだ。緊縮策は基本的には労働側の犠牲と外需があってこそ成り立つものである。
債務ブレーキをめぐって連立政権が崩壊
 政治・経済双方が混乱の度を深める中で11月に入り、連立政権は崩壊した。11月6日、ショルツ首相(SPD)は予算案をめぐって対立していたFDP(自由民主党)のリントナー財務相を解任し、連立政権は崩壊に至った。総選挙は来年2月下旬の実施となった。ショルツとリントナーの対立点は何かといえば、2025年度度予算案の穴埋めをめぐるものであった。
 しかし、直接的な赤字穴埋めは微々たるもので、2兆ユーロをこえる全体の歳出案に対してわずか90億ユーロだった。ところがわずかなものとはいえ、リントナーは憲法に書き込まれている債務ブレーキに反するとして、譲らなかった。ショルツはウクライナ支援のための赤字は「非常事態」にあたると主張していた。この対立で連立は瓦解した。
 リントナーは「借金を増やせと、ショルツ首相は最後通牒をつきつけてきた。だが、私は「新たな借金はしない」と就任宣誓をおこなった。これを破るわけにはいかない」と述べたそうだ。
 バカバカしい話である。ショルツとリントナーが対立したといっても、穴埋めでは債務ブレーキをほんのすこし緩和するだけである。ドイツの政府債務残高対GDP比は、コロナ禍で増加したものの依然65%程度にとどまっているのだ。債務ブレーキをめぐっては、SPD(社会民主党)は23年12月の党大会において債務ブレーキ条項緩和の方針を決定している。緑の党の党大会においても債務ブレーキは「時代遅れ」だとの発言がなされている。
 とはいっても、これらの動きは債務ブレーキの完全撤廃=憲法からの削除まで明確に主張しているわけではない。(債務ブレーキの撤廃は、ドイツ国内のみならず安定・成長協定をはじめとしたEUレベル、ECBレベルの全体的な改革につながっていく)ショルツは首相になる前は財務相を務めていたし、憲法の債務ブレーキ条項は完全な誤りだとは考えていないだろう。緩和を考えているだけのことだと推察される。だからシュルツはリントナーと同類であり、基本的には依然として緊縮財政を支持している。それに、なんといってもドイツ国民は債務ブレーキ賛成が多数派なのだ。昨年末の世論調査では60%をこえる国民が現在の債務ブレーキ条項を支持したと伝えられる。ドイツ国民は依然として愚かな考えに捉われたままだ。
◆債務ブレーキによる企業側の攻撃
 しかしドイツ国内は停滞の度をつよめている。これに対応して大企業、中小企業とも海外への資本逃避を急いでいる。海外展開が急増すればリストラの急増は必至だ。その一方、国内では勤労国民に対する経営側の攻撃も必至だ。すでに経営側の意向を体したFDP・リントナーは以下のような対応策を提示している。
・財政支出削減で構造改革の推進。
・経営サイドを制約する各種規制の見直しと新たな法規制の禁止
・旧東独支援のための連帯賦課金を全面廃止、法人税減税、児童手当の増額。
・気候変動対策の目標値見直し・撤廃。再エネの買い取り等補助金全廃。シェールガス採掘の開始
・労働市場再編、生活保護の削減など労働意欲の減退防止
 一見すればわかるように緊縮策による労働側への攻撃だ。かってのシュレーダー・ハルツ改革のいわば第二弾であり、コストカットが基本になっている。労働側を抑圧し利潤回復をはかろうとの画策だ。ここで認識すべきは、緊縮策を支持している限り、基本的には企業側と同調することとなり、手玉にとられるだけ、ということだ。
                           (つづく)

追伸:次回は緊縮策の誤りを述べたい。これは「日本の政府債務200%は大変」という誤りと同じ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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