腕時計で人をみるか

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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『国家の罠』に、厳しい外交交渉の場を潜り抜けてきた佐藤優らしい話があった。「ロシア人はみなタフネゴシエーターで、なかなか約束しない。しかし、一旦、約束すれば、それを守る。また、『友だち』ということばは何よりも重い。政治体制の厳しい国では、『友情』が生き抜く上で重要な鍵を握っているのである。このことはイスラエルをはじめとして世界中で活躍するユダヤ人についても言えることだった」

肩書きや体面はいやでも見えるが、はじめてあった相手をどこまで信頼できるのか、信頼してはならないのか――初対面の相手をどう評価するかについて佐藤の考えが書かれていた。話の内容や口ぶりやそぶり……、探り合いの話を転がしながら、総合的に相手を観察して当面の結論をだすのだろうが、相手が「普通の時計をしているから、こいつは信頼できるとヤツだと思った」というくだりがあった。

なにかの拍子に気づくことはあっても、人がしている時計なんかいちいち気にして見ちゃいない。それでも見えた時計から、している人たちをおしなべてみてみると、佐藤優の時計基準の人物評価、まんざら的外れではないような気がする。している腕時計で何度か考えさせられたことがある。

アメリカの画像処理メーカの日本支社では、三十半ばの営業マンがブランドの腕時計をしていた。一人だけなら、ちょっと見栄っ張りというのか格好をつけたのがいるということですむのだが、セミナーや展示会で何人もがブランドの時計をちらちら見せて、恥ずかしかった。使いぱっしりのような仕事をしている営業マンには不釣合いで、まるで借り着のように時計が浮いていた。

成績の上がらない営業マンが毎年レイオフになるなかで生き残ってはいるものの、何かの拍子で何時わが身かという会社だった。そんな不安を抱えながらも何年か生き延びていると、ストックオプションで、まとまったあぶく銭のような金を手にすることがある。金さえだせば人は言うことを聞くという文化のもとでのあぶく銭、つい自分へのご褒美の気持ちもあってブランドの時計ということらしい。

ある代理店では、社長以下何人かの営業マンがローレックスをしていた。こっちも成金趣味の見栄なのだが、社長の弁にそれを認めたくしてしまうものがあった。「たかが腕時計で人の価値を測る人たちがいる」「相手がそうなら、それで信用というのか信頼が得られるなら、そのちゃちな価値判断を逆手にとって、ローレックスをちらちらさせてやればいいじゃないか」「一万円もしない時計でも時間は正確で何も困らない、でもローレックスを見せればいいのなら、こんな与し易い相手はいない」

アメリカの産業用制御機器メーカの日本支社には、毎月どこかの事業部から人が来た。上は社長や副社長、下はアプリケーションエンジニアまでいろいろな人たちだったが、従業員を二万人以上かかえた会社の社長、さすがにローレックスが板についていた。社長以外は、副社長も含めて誰も目につく時計はしていなかった。多いのはセイコーで、会社のノベルティの時計をしているのもいた。

ノベルティの多い会社でボールペンや傘、シャツからセーターにビジネスバッグやブランケット……思いつくものはなんでもあって、腕時計もいくつかの事業部に気の利いたものがあった。隠匿物資のようにキャビネットに入れておいたが、ノベルティの腕時計、どんなものかと使ってみたら、これが意外と悪くない。物理的な重さも軽いが、したときの気持ちの軽さは使ってみなければ分からない。

そんな時計をしていたとき、セイコーの関連会社と製品開発の協力話を始めた。アメリカの本社にまでお連れして、協業体制をつくりあげていった。なんのときだったか忘れてしまったが、もしよかったらうちの時計を記念としてどうですかと言われて、うれしさ半分、そりゃないだろうという気持ち半分だった。ノベルティの時計をしてはいるけど、普通の腕時計を買う金がないわけじゃない。グランドセイコーとそこそこの値段のクオーツの時計が机の引き出し入ったままだった。

四十半ばのオヤジにおもちゃのような、ある意味かわいいノベルティの時計。サラリーマンサラリーマンした人の目には変わったヤツに見えるだろうが、このちょっとツイストした快感がわからないのは寂しい。

日付と曜日もついていて軽くて腕に負担のかからない、余計な飾りがなくて見やすい時計がいい。フツーの時計で正確な時間に日付と曜日が分かればそれでいい。そんな安物の時計が見えてしまうなら見えてしまうでいいし、見たい人は見ればいい。それでどう評価されようが、したい人にはさせておけばいい。見せパンでもあるまいし、人様に見ていただくためにしているわけじゃない。

まして、それで人物評価?する方も期待する方もそれなりの人たちということだろう。それなりの人たちに、それなりのお付き合い、ノベルティの時計ほどの価値もなければ重さもないが、それはそれで軽くていい。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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