自由主義メディアとEU加盟国の焼身自殺

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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4月19日(金)午後、明治大学自由塔において中国人独立ジャーナリストの喩塵氏の講演を聴いた。土地収用・移転問題等共産党権力の暗部を勇敢かつ慎重に報道している。例えば、2008年来自焚を含む54人の抗議的自殺が知られているが、実数はその何倍にもなると、中国社会の政治経済的矛盾の重大さを衝く。そして、「メディア人最高の夢である自由」を追求し続ける覚悟を我々聴衆に示して、講演をしめくくった。

ここにセルビアの週刊誌『ペチャト』(2013年3月29日)と『ヴレーメ』(2013年3月28日)がある。前者はセルビア民族主義系のメディアであり、後者は親欧米的セルビア・リベラル系のメディアである。そこにまことに衝撃的記事があった。いまだEU加盟を果たせないセルビアの事件ではなく、すでに2007年にEU加盟を実現させた隣国ブルガリアのショッキングな事件である。

『ヴレーメ』の記事は4ページにわたり、タイトルは「自焚、人間たいまつ、8人の焼身」である。『ペチャト』の記事も4ページにわたり、タイトルは「ブルガリアとルーマニアの絶望──絶望したブルガリア人とルーマニアの深刻な貧困はEU加盟を求めるセルビアの行く末だ」である。

両誌によると、2月上旬以来ブルガリアでは首都ソフィアをはじめ各地で電気料金引上げをきっかけに、貧困、腐敗、マフィアに抗議する民衆デモが続発し、民有化された企業の再国有化が要求され、「鉄道は売らないで」、「めざめよ、ブルガリア!」、「暖房よこせ」などのプラカードがかかげられた。そんな雰囲気の中で首都ソフィアを含め、各地で2月中旬から3月上旬に8人の焼身抗議事件が起った。勿論、非焼身の抗議自殺も起った。焼身者8人のうち4人から7人の死亡が報じられているが、正確な数は不明である。死者の一人がプラメン・ゴラノフ、36歳、男性、写真家、登山家であり、東ブルガリアのヴァルナ市の市長舎前で焼身自殺を遂げた。

私、岩田がここで着目するのは、民族派誌と市民派誌における問題を取り上げる姿勢の相違である。『ペチャト』の表紙は全面に両手を拡げて燃え盛る人物の写真、キャプションは「EUにおける焼身自殺」。『ヴレーメ』の表紙はあるセルビア人政治家の腕組みした普通の写真。EU加盟国ブルガリアの事件とは関係なし。『ペチャト』の記事にある写真は、ヴァルナ市長舎前にすえられたプラメン・ゴラノフの遺影にろうそくの灯や花束をささげるブルガリア常民達の写真である。『ヴレーメ』の記事には焔を胸から背中から両腕両足から吹き出させながら疾走する人物の写真がつけられている。キャプションは「反中国の抗議、ニューデリー路上のチベット人」である。

セルビアは社会主義体制崩壊後の社会であって、報道の自由、「メディア人最高の夢」がすでに実現されている社会である。にもかかわらず、自由派、市民派の中心的メディアが隣国のEU加盟国のウルトラ級の悲劇を報道するにあたって、EUにおける悲劇をチベットのそれへ読者の関心をそらすような編集をする。何故か、考えざるべからず。またブルガリアの人口は中国の150分の1、従って単純計算すれば、中国で1200人の焼身自殺者が1ヶ月で出現したことに相当する。考えざるべからず。

ちなみにゴルノフ氏の名前プラメンは「ほのお」を意味する。象徴的偶然である。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1255:130421〕