同書が1月下旬に言視舎(旧・彩流社企画)から刊行された。当「ちきゅう座」サイトのAさんから書評または自評のお勧めをいただいた。人さまに依頼するのは手間がかかる。「自著を語る」のは手前味噌か言い訳になりがちで気が進まぬ。自ら手短な内容紹介をすることにした。
本書の一番のキーワードは「生産力過剰」である。
①資本制システムの原理と仕組みが必然的にもたらす生産力過剰、すなわち市場規模に比して生産力が構造的に上回っていることが現代世界経済の根本問題をなしている。②かつては恐慌と世界戦争が大規模な浪費や破壊を行なうことで過剰処理メカニズムとして機能したが、そのメカニズムはもはや失われた。さりとて、個人消費も過剰処理役としては力不足である。③近年では、中国をはじめとする新興国の生産力発展が過剰の増幅要因となっている。
④生産力が過剰状態にあるため生産部門が余剰マネーの有利な運用先ではなくなったことが、ニクソン・ショック(1971年のドル・金交換停止)やその後の金融自由化などとも相まってカネ余り(金融肥大化)をもたらした。この余剰マネーが自己増殖を求めてあれこれの投機に狂奔し、その挙げ句に例えばリーマン・ショックのような金融危機を引き起こした。
⑤実物経済にも及んだ世界同時不況の主因は「金融の暴走」などではない。もともと生産力過剰という病根を抱えていたところへ金融危機が起きたために、消費者や企業、投資家たちの心理が不安や警戒心や悲観的予測などで一挙に冷え込み、病根が表面化しただけのこと。水位が下がって岩礁が露出したために航行に支障をきたすようになった。⑥過剰部分は人間生活にとって必要不可欠ではない部分であり、消費者から容易に見限られる。⑦金融規制は解決策にならない。生産力過剰の処理策(生産設備の廃棄など)を講じなければ、また同じようなことが起きるだろう。――「骨」だけを示せばこのようになる。 主眼はよりよい人間生活を目指すことにあるから、勢い、論点は狭い経済学の範囲を越えて多方面に及ぶ。いくつか挙げれば――。
人間心理は経済全般に、とりわけ景気変動に大きな役割を果たす。消費行動はその時どきの人間存在の姿を映し出す。脱原発、再生可能エネルギーへの転換は可能か。地球温暖化は防止できるか。新しい国づくりのためには教育改造が大課題となる。資本制システムの変革は可能か。経済のこれからを考えるうえで重要なのは強い政府である。リアルな現状分析・世界認識に基づく戦略の大切さ、その欠落が日本の根本欠陥をなす。思索の時間を持とう。独裁者の問題は民衆自身の問題である。高齢者よりも若年層優先のポリシーを。などなど。項目のみ列挙するとバラバラのようだが、ひとまず系統的な位置関係にある。
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一例として「強い政府」について見ておくと、これは「大きな政府」とは区別される。いわゆる「小さな政府」を目指す際にも、政治指導者のリーダーシップをはじめとする「強い政府(政権)」が必要である。本書では、国有企業の私有化・民営化(プライヴァタイゼーション)を強力に推進したサッチャー政権を代表例として取り上げている。
とはいえ、「強い政府」は必ずしも「良い政府」ではない。ブッシュ(子)政権も、ある 意味では強かったが「良い政府」だったのか。「良さ」の基準は何よりも当該国民にとってどうか、ということだが、他国に戦争を仕掛けたような場合は視野をもっと広げる必要がある。「強い」と「良い」の組み合わせは形式上4つある。①強くかつ良い。②強いが良くない。③弱いが良い。④弱くかつ良くない。日本の歴代政権はどれか。
現在、ヨーロッパではギリシャに端を発する債務危機が起きている。国の借金である国債の発行額は歳入面では税収に大きく左右される。税収は、税制の在り方にも左右されるが何よりも一国の生産活動のパフォーマンスに左右される。生産力過剰は、歳入面に限っても法人税や個人所得税などの税収減に結びつくから、国債増発の一大要因となる。
これはしかし経済に限定した場合の話で、実際には政治上のファクターも考慮する必要がある。本書では「財政赤字は民主政治の必要経費」(p.47)という観点を打ち出している。国の赤字は家計の赤字とは違って国民(有権者)に身近なことではない。国債は国の借金、と言われてもピンとこない。
民主政治のもとでは有権者が神様である。有権者の機嫌を損ねては政権を維持することもできないので、有権者の個別利害に直結する財政支出の削減や増税などには手をつけにくい。こうして、民主政治が財政赤字をどんどん膨らませる一因となる。民主政治とはいったい何だろうか。
ギリシャの場合、歴代政権は、先に挙げた4つの組み合わせのうちいずれだったのだろうか。本書では「国民性」の重要性にもしばしば言及している。商品経済ないし市場経済への適応力・商才という点で中国人とロシア人は違っている、等々。債務危機下でもデモやストライキに明け暮れるギリシャ人の国民性をどう見ればよいのか。債務危機はギリシャだけの問題ではなくEU全体の問題である。
ひるがえって、本書では「緊縮財政は有権者自身に回ってきたツケ」(p.290)という言い方もしている。緊縮財政に踏み切ったイギリスのキャメロン政権が念頭にあった。首相自ら国益のために「商人」としてアジア・アフリカ諸国詣でも精力的に行なうなど、強い政権であることは確かだが、良い政権でもあり得るかどうか。これは少し時間をおいて当該国民が判断すべきことである。
緊縮財政というポリシーはとりにくい。増税や公務員給与の削減などとバランスをとるかたちで社会保障費の確保を約束するという折衷路線が精いっぱいかもしれない。これではしかし「財政再建」には結びつかない。それでも、消費増税を目指すのなら、郵政民営化のために衆議院解散・総選挙に打って出た小泉政権と同様、強い政権を必要とする。しかし小泉政権は良い政権だったのか。(内容紹介は以上。)蛇足:はたして野田政権は強くかつ良い政権たり得るだろうか。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0765:120204〕