自著(『裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして』)を語る

著者: 西川伸一   にしかわしんいち : 明治大学政治経済学部教授
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現職裁判官よる問題提起

名古屋地裁の寺西和史判事が『週刊金曜日』二〇一〇年九月三日の「論争」欄に、「裁判をしない裁判官について 特に高裁長官って何なんだ?」と題した一文を寄せた。彼が取り上げているのは、今年六月一七日に発令された以下の高裁長官人事である()。

表:2010年6月17日付人事異動

氏名新ポスト旧ポスト
大谷 剛彦24最高裁判事大阪高裁長官
大野市太郎24大阪高裁長官福岡高裁長官
池田 修24福岡高裁長官東京地裁所長

「期」は司法修習生の期数。筆者作成。

堀籠幸男最高裁判事が六月一五日に定年退官し、そのポストを埋めるために玉突き人事が生じたのである。実は大野はこのわずか五か月前に福岡高裁長官に就任したばかりであった。にもかかわらず、今回大阪高裁長官へ横滑りさせた点を寺西は問題にしている。着任して日の浅い大野をわざわざ動かさなくとも、池田を大阪高裁長官に就ければすむことではなかったのか、と。

そして、寺西は最後にこう述べている。「誰か、この横滑り人事を「高裁長官なんて大した仕事はしていないから」といった身も蓋もない理由や「先任の高裁長官である大野氏を、(給料は同じだがなぜか)福岡高裁長官より格上とみられがちな大阪高裁長官にした」といった下らない理由以外で説明できる人はいませんか?」

幹部裁判官ポストの事実上の序列

この二つの理由以外に説明できないというのが、私の意見である。とりわけ、後者については客観的データから証明できる。法的には同格の8ポストある高裁長官には事実上の格付けがあるのだ。具体的には、東京を最上位に、大阪>名古屋・広島・福岡>仙台・札幌、そして高松を最下位とする序列になっている。だからこそ、新任の高裁長官となる池田を、大野を差し置いて福岡より格上の大阪高裁長官に就けることはできなかったのである。

繰り返せば、高裁長官ポストには建前はともかく事実上明確な格付けが与えられている。もちろん、地家裁所長ポストもしかりである。全国には50の地裁と50の家裁がある。当然地裁所長も家裁所長も50ポストずつ存在する。ただ、地裁所長が家裁所長を兼任する庁(たとえば、甲府地裁所長が甲府家裁所長を兼任している)もあるため、実際には76ポストになる。そして、8高裁がこれら地裁と家裁を地域ごとにそれぞれ管轄している。

というわけで、東京高裁管内には20の地家裁所長ポストがあり、以下、大阪高裁管内に9ポスト、名古屋高裁管内に8、広島高裁管内に8、福岡高裁管内に12、仙台高裁管内に8、札幌高裁管内に5、そして高松高裁管内に6となっている。

まず高裁管内で序列があり、それは高裁長官ポストのそれに準じている。東京高裁管内の地家裁所長ポストに就けば、高裁長官になれる確率は4分の1程度である。これが高松高裁管内の地家裁所長になると3.9%でしかない。また、高裁管内ごとの地家裁所長ポストにも序列がある。すなわち、高裁所在地地裁所長ポストはその高裁管内の地家裁所長ポストのトップに位置づけられる。これに対して、高裁所在地以外にある家裁専任庁の所長ポスト(東京高裁管内でいえば新潟家裁所長など)はいずれの高裁管内でも下位に置かれる。

なるほど、地家裁所長ポストまで達する裁判官は比較的順調に出世した裁判官ではある。それでも、就いた地家裁所長ポストの事実上の軽重により、彼らは人事部局による自分に対する評価を思い知るのである。

最高裁裁判官への三つの出世ルート

本書はこうした裁判官幹部ポストの格付けを明らかにしたものである。そのための手法としては、一つひとつのポストにつき歴代就任者を割り出し、その一人ひとりにつき出身大学からはじまってそのポストに至るまでと、そのポストののちに就いたポストを調べる。こうして得られたデータをポストごとに累積すれば、ポストごとの「個性」をつかむことができるのではないか。

仮にある地裁所長ポストにこれまで20人が就いているとして、そのうち半数が高裁長官に進んでいるとすれば、このポストは高裁長官への有望ポストとみなすことができる。あるいは、このポストの就任者の半数に特定の共通な経歴がみられれば、そういう栄進ルートが形成されていることを示唆していよう。本書はこのような仮説に従って、最高裁長官を頂点とする幹部裁判官110ポスト、のべ1322人について分析を行った。

その結果、最高裁裁判官(15ポストあるうち職業裁判官に慣例として割り当てられている6ポスト)へ至る特定の出世ルートが導き出された。それは現在三つ存在する。

(1)事務総長ルート:東大あるいは京大卒→最高裁事務総局局付および/あるいは課長→最高裁事務総局局長→東京高裁管内の地裁所長→最高裁事務総局事務総長→東京高裁長官→最高裁裁判官

(2)司法研修所長ルート:東大あるいは京大卒→最高裁事務総局局付および/あるいは課長→最高裁事務総局局長→東京高裁管内の地裁所長→司法研修所長→大阪高裁長官→最高裁裁判官

(3)首席調査官ルート:東大あるいは京大卒→最高裁事務総局局付および/あるいは課長→調査官あるいは上席調査官→東京高裁管内の地裁所長→首席調査官→高裁長官→最高裁裁判官

出世ばかりに目を奪われている裁判官は「ヒラメ裁判官」と揶揄される。本書が目指したのは、「ヒラメ」化せざるをえない官僚制的人事システムが、裁判官の世界に深く組み込まれていることを実証することである。その成否はともかく、「裁判官の独立」の理想と現実の乖離をいささかなりとも示しえたとすれば、筆者としてこれにまさる喜びはない。         (文中敬称略)

『裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして』 西川伸一著(五月書房2010年9月10日刊)7600円+税

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  http://www.chikyuza.net/
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