被害者を置き去りにした議論は認められない

1 被害者が求めたものは「強制動員慰謝料」
 10月30日、韓国大法院は強制動員被害者が新日鐵住金(旧日本製鉄の後継会社)に対して起こした強制動員訴訟の判決を出した。大法院は、被害者原告の請求を認め、被告新日鐵住金に原告(4人)に対し1人当たり1億ウォンの賠償金を支払うよう命じた。画期的かつ歴史的判決である。
 安倍政権は、この裁判原告を「徴用工ではなかった」「朝鮮半島出身労働者」であると言い、あたかも「徴用工」を騙って、「賠償金」を得ようとしている者であるかのように描き出している。これは日本軍「慰安婦」動員に「強制性はなかった」と詭弁を弄するのと全く同じ手法である。しかし、彼らはたとえ「募集」に応募して来日し、旧日本製鉄で働くことになったにせよ、その「募集広告」は虚偽広告とも言うべきものであった。そして、その労働実態は強制労働そのものであった。原告は紛れもなく強制動員被害者であった。大法院はそれを明確に認定して、判決を出しているのである。

 判決は、被害者原告の請求趣旨、その原因、事実関係について、以下のように認定している。
 「本件で問題となる原告らの損害賠償請求権は日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(以下「強制動員慰謝料請求権」という)であるという点を明確にしておかなければならない。原告らは被告に対して未払賃金や補償金を請求しているのではなく、上記のような慰謝料を請求しているのである。」
 原告は、給料を殆ど支払われておらず、強制貯蓄もさせられていた。それは今に至るも支払われていない。しかし、原告は訴訟ではその債権の返済は求めるのではなく、あくまで強制労働被害に対する慰謝料支払いを請求したのである。

 そして、これを裏づける事実関係については次のように認定している。
 「① 日本政府は日中戦争や太平洋戦争など不法な侵略戦争の遂行過程において基幹軍需事業体である日本の製鉄所に必要な労働力を確保するために長期的な計画をたてて組織的に労働力を動員し、核心的な基幹軍需事業体の地位にあった旧日本製鉄は鉄鋼統制会に主導的に参加するなど日本政府の上記のような労働力動員政策に積極的に協力して労働力を拡充した。② 原告らは、当時韓半島と韓国民らが日本の不法で暴圧的な支配を受けていた状況において、その後日本で従事することになる労働内容や環境についてよく理解できないまま日本政府と旧日本製鉄の上記のような組織的な欺罔により動員されたと見るのが妥当である。③ さらに、原告らは成年に至らない幼い年齢で家族と離別し、生命や身体に危害を受ける可能性が非常に高い劣悪な環境において危険な労働に従事し、具体的な賃金額も知らないまま強制的に貯金をさせられ、日本政府の苛酷な戦時総動員体制のもとで外出が制限され、常時監視され、脱出が不可能であり、脱出の試みが発覚した場合には苛酷な殴打を受けることもあった。④ このような旧日本製鉄の原告らに対する行為は、当時の日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した反人道的な不法行為に該当し、このような不法行為によって原告らが精神的苦痛を受けたことは経験則上明白である。」(注1)

2 「強制動員慰謝料請求権」は請求権協定の適用対象外
 大法院は上記のように事実認定した上で、被害者の「強制動員慰謝料請求権」は、「請求権協定の適用対象に含まれるとは言えない」と結論づけ、被告企業に対し慰謝料支払いを命じた。何故ならば、「請求権協定は日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定ではなく、基本的にサンフランシスコ条約第4条に基づき、韓日両国間の財政的・民事的な債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのものであったと考えられる」からである。
 確かに、サ条約第4条(a)は、「この条の(b)の規定を留保して、日本国及びその国民の財産で第二条に掲げる地域(注2)にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。)で現にこれらの地域の施政を行つている当局及びそこの住民(法人を含む。)に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。」とのみ規定している。
 大韓民国-李承晩政権は1948年9月、「連合国の一員として対日講和会議に参加し、対日賠償請求を行う」との方針を打ち出した。「対日賠償審議会」を設置し、『対日賠償調書』を作成してもいた(1949年9月完成)。しかし、日本等が強硬に反対し(「韓国は交戦国ではない」、「上海臨時政府は承認されていない」等の理由で)、講和会議参加の道を閉ざされた。これにより韓国は、他の「連合国」のようにサ条約第14条に規定する「(日本が)戦争中に生じさせた損害及び苦痛」に対する「賠償」を支払われるべき対象国とはならなかった。また、植民地支配を不法として、それへの賠償を日本に求めることも国際的に承認はされなかった。
 ただ、サ条約は、カイロ宣言-ポツダム宣言をその基礎に置いている。それ故に、日本が「清国人より盗取」した台湾や、植民地支配によって「人民」を「奴隷状態」に置いた朝鮮などは、日本に放棄、分離させることを規定した(第2条)。そして、これに伴い、日本から分離するに当たって、植民地支配時代の日韓双方の請求権を処理するための規定として第4条を置いたのである。
 日韓請求権協定は、このサ条約4条に基づいて日韓間で交渉され、締結された協定である。この限りにおいて、それが「戦争賠償」を処理するものでもなければ、不法な植民地支配に対する「賠償」問題を解決するためのものでもないことは明白である(注3)。現に、韓国側が交渉過程で提出した「対日請求要綱(8項目)」からは、1949年に作成した『対日賠償調書』には入っていた植民地賠償の性格を有する要求項目は除かれていた。「強制動員被害者」に関わる請求として、「対日請求8項目」中の第5項目に「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済」が挙げられていたが、それもあくまで「弁済」を求める趣旨のものであって、不法行為に対する賠償請求というものではなかった。
 従って、日韓請求権協定第2条による「財産、権利及び利益並びに請求権」の「解決」とは、あくまで両国間の「財政的・民事的な債権債務」の政治的「解決」であった。その中に、「日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害」に対する賠償(慰謝料請求)など含まれる余地はなかったと言うべきである。
 こうして大法院は、被害者の「強制動員慰謝料請求権」は消滅していないと判断し、企業に慰謝料支払いを命じた。サ条約-日韓請求権協定の、交渉、締結経過から見て、妥当な判断と言える。「国際法違反」「あり得ない判決」などと非難される筋合いはない、と大法院は思っているだろう。

3 「完全かつ最終的に解決済み」は虚構
 しかし、日本政府は上記のような韓国大法院の判決を仔細に検討したのか否かは不明であるが、ただ「日韓請求権協定で、この問題は完全かつ最終的に解決済み」と繰り返し、韓国政府に「適切に対応するように」と求めている。この主張は幾つもの点で間違っている。
 第1に、日本政府は一貫して、「日韓請求権協定によって個人の請求権は消滅していない。外交保護権が放棄されただけ」との見解を表明してきた(注4)。最高裁も、西松建設訴訟で「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではな」かったと判断している(注5)。つまり日韓両政府間で当事者の頭越しに「完全かつ最終的に解決」したことにしても、消滅せず、実体として残っている「請求権」が厳然と存在するのである。それを日本の政府・司法は、「救済されない権利」などと言って恬として恥じない態度を取っている。許されることではない。それ故に、西松建設や三菱マテリアルは、中国人強制連行被害者との間で包括的解決をめざし、被害者に謝罪するとともに、「基金」を設けて補償等を実施し、記念碑建立などの記憶継承事業を行った。他方、新日鐵住金が何らの対応もしない中、韓国大法院は被害者の法的救済に踏み切ったのである。
 第2に、日本政府じしんが、今回の訴訟で争われているような慰謝料請求権については、「財産的価値を有すると認められる実体的権利というものに該当するかどうかということになれば、恐らくそうではないだろう」「(協定締結後に)『財産、権利及び利益』について一定のものを消滅させる措置をとったわけでございますが、そのようなものの中にいわゆる慰謝料請求権が入っていたとは記憶しておりません」(注6)と述べているのである。即ち、強制動員・強制労働=「反人道的な不法行為」による精神的・肉体的被害に対する慰謝料請求権は、請求権協定の適用対象とはならず、従って、「財産権措置法(法律144号)」で消滅させるものではなかった、と政府・外務省じしんが認めているのである。大法院とほぼ同じことを言っていたのである。
 第3に、1965年の請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」と言いつつ、他方で、日本政府は、韓国人原爆被爆者のための「人道医療支援基金」に40億円を支出し、サハリン残留韓国人の「里帰り」支援や韓国帰国・定住のための事業(住宅建設等)を実施し、日本軍「慰安婦」のために「アジア女性基金」を通じて医療・福祉支援を行い、「基金」に10億円を拠出して来た。これらの事業は「人道的」な立場から実施されたことになっているが、日本政府はこれらの措置と日韓請求権協定2条との関係について、きちんと「整合」するような見解を示していない。日本の朝鮮植民地支配が残した問題は、1965年にすべて決着がつけられるようなものではなく、問題が顕在化し、被害者が補償・救済を求める中で、日本政府はその都度何らかの対応をとることを余儀なくされてきた。今回の強制動員被害者に限っては何故「人道的」対応をとることができないのか?できないはずはないのである。

4 被害者に責任を負わせることはできない
 今回の大法院判決の主文は、「上告を全て棄却する。 上告費用は被告が負担する」。つまり2013年7月10日、ソウル高等法院での差し戻し審判決を大法院はそのまま認めたということである。ソウル高等法院の差し戻し審判決は、2012年5月24日の大法院判決の法理をほぼなぞった判決であり、これを再上告しても大法院で、被害者の請求を認めたソウル高等法院判決が覆る可能性は殆どなかった。それ故、被害者原告、代理人、支援者は新日鐵住金に対し、上告を取り下げ、強制動員問題の早期解決、被害者救済に向けて話し合うことを求めた。
 しかし、会社は「引き続き裁判で会社の主張を述べていく」と、これを拒んだ。ただ、この会社の態度は、「最終判決が出たら従う」ということを含意していたはずである。現に、会社は2012年5月の大法院判決の後、同年6月26日に開催した株主総会では、一般株主の質問に対し、「万が一、というお話でしたが、いずれにせよ法律は守らなければならない、ただ私どもとしてはそうならないよう努力していきたい」(佐久間常務・当時)という主旨の答弁をしていたのである。
 ところが、新日鐵住金は10月30日、大法院で最終確定判決が出るや、それに「従う」と言わず、「極めて遺憾」と言い、「今後、判決内容を精査し、日本政府の対応状況等もふまえ、適切に対応して参ります。」とのコメントを出したのみであった。この裁判は、日韓請求権協定に関わり、日韓の外交関係にも影響を及ぼすものであることは事実である。しかし、強制動員被害者と強制労働を強いた企業という「私人」を訴訟当事者とする民事訴訟であることもまた確かである。その民事訴訟で判決が最終的に確定したのである。そうであればその判決に服するのが当然である。この期に及んで、「判決内容を精査」する必要も、訴外の日本政府の対応を「忖度」する必要もないはずである。2013年7月の時点では、この訴訟の原告4人全員が存命であったが、10月30日、この判決を聞くことができたのはただ一人、94歳の李春植さんのみとなった。これ以上結論を先送りすることは人道上許されないと言うべきである。
 原告たちは10月30日の大法院判決をかちとるために20年以上も裁判を続けてきたのではない。彼らは侵害された人権の回復、新日鐵住金の謝罪を求めてたたかってきたのである。新日鐵住金が被害者に誠実に向き合い、過去の強制動員、強制労働について謝罪し、何らかの償いを行うことをただ求めてきた。この原告らの運動、彼らの人生を否定することは許されない。原告には訴訟を起こす権利があり、それを争い、そして今回の判決を得た。彼らには何の落ち度もなければ、責任もない。その原告にこれ以上の負担を負わせるべきではない。
 日本政府は民事訴訟に不当に介入すべきではない。新日鐵住金は企業行動規範=「1.法令・規則を遵守し、高い倫理観をもって行動します。」「8.各国・地域の法律を遵守し、各種の国際規範、文化、慣習等を尊重して事業を行います。」に恥じない行動をとるべきである。それが会社の国際的信頼や企業価値を高め、新日鐵住金の韓国内での地位を揺るぎないものにするだろう。
  

(注1)被害者の動員、強制労働の実態に関しては、判決文冒頭の「1. 基本的事実関係」で詳述されているので参照されたい。「法律事務所のアーカイブ」=justice.skr.jp/ に全文が掲載されている。
(注2)「第二条に掲げる地域」とは、旧植民地支配国・地域であった朝鮮、台湾、千島、樺太、南洋諸島など、第二次大戦の結果により日本から分離、分割され、日本が「すべての権利、権原及び請求権を放棄」した地域・国のこと。
(注3)カイロ宣言は「朝鮮の人民の奴隷状態に留意し軈て朝鮮を自由且独立のものたらしむる」と宣言している。そうであれば、少なくとも米英中は、人民を奴隷状態に置くような日本の朝鮮植民地支配は不法であると認識していると推測しうる。しかし、連合国は韓国の日本に対する植民地賠償要求は認めなかったのである。
(注4)1991年8月27日、参議院予算委員会における柳井俊二条約局長答弁-「…日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでござい
ますけれども…これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権その ものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。」
(注5)2007年4月27日、西松建設中国人強制連行事件訴訟についての最高裁判決。
(注6)1992年3月9日、衆議院予算委委員会審議における柳井俊二条約局長答弁。

【参考資料・文献】
 ・「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」(山本晴太弁護士、「法律事務所のアーカイブ」=justice.skr.jp/)
 ・『日韓交渉-請求権問題の研究』(太田修著、クレイン)
 ・『50年目の日韓つながり直し-日韓請求権協定から考える』(吉澤文寿編著、社会評論社)
                                   2018.11.20

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔eye4496:181122〕