「被爆79年」を迎えた広島市は8月6日、平和記念公園で恒例の平和記念式典を行った。ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ紛争で核兵器が使われるのではないかという危機感が世界に広がる中での式典で約5万人が集まった。そこでは松井一実市長による「平和宣言」や岸田文雄首相の挨拶などがあったが、「核兵器廃絶」を願う広島市民の立場から見ると、市民の願いを背にして語られた平和宣言と首相挨拶には深い溝があり、市民からは落胆の声がもれた。
核抑止力に依存する為政者は政策転換を
松井市長の「平和宣言」は長文だが、私が注目したのは、次のくだりである。
「1989年、民主化に向けた市民運動の高まりによって、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊しました。かつてゴルバチョフ元大統領は、『われわれには平和が必要であり、軍備競争を停止し、核の恐怖を止め、核兵器を根絶し、地域紛争の政治的解決を執拗に追求する』という決意を表明し、レーガン元大統領との対話を行うことで共に冷戦を終結に導き、米ソ間の戦略兵器削減条約の締結を実現しました。このことは、為政者が断固とした決意で対話をするならば、危機的な状況を打破できることを示しています。
皆さん、混迷を極めている世界情勢をただ悲観するのではなく、こうした先人たちと同様に決意し、希望を胸に心を一つにして行動を起こしましょう。そうすれば、核抑止力に依存する為政者に政策転換を促すことができるはずです。必ずできます」
要するに、世界の為政者が「核抑止論」を放棄すれば、「核兵器廃絶」は実現するというのだ。
「核抑止論」とは、核兵器の保有はその法外な破壊のために、かえって戦争を抑止する力となるという考え方だ。昨年5月に広島で開かれG7広島サミットで採択された「核軍縮に関するG7首脳会議広島ビジョン」は「われわれの安全保障政策は、核兵器はそれが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」として、G7各国が核抑止論を是とする立場であることを明確にしていた。
「平和宣言」は昨年も「核による威嚇を行う為政者がいるという現実を踏まえるならば、世界中の指導者は、核抑止論は破綻しているということを直視し、私たちを厳しい現実から理想へと導くための具体的な取り組みを早急に始める必要があるのではないでしょうか」と述べていたが、今年はより積極的な発言になったように感じられた。
核禁条約の締約国会議にオブザーバー参加を
以上のような立場から、「平和宣言」は日本政府にもこう要請している。
「NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議が過去2回続けて最終文書を採択できなかったことは、各国の核兵器を巡る考え方に大きな隔たりがあるという厳しい現実を突き付けています。同条約を国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石として重視する日本政府には、各国が立場を超えて建設的な対話を重ね、信頼関係を築くことができるよう強いリーダーシップを発揮していただきたい。さらに、核兵器のない世界の実現に向けた現実的な取組として、まずは来年3月に開催される核兵器禁止条約の第3回締約国会議にオブザーバー参加し、一刻も早く締約国となっていただきたい」
核抑止論からの脱却、核禁条約参加に背を向けた首相
ところで、岸田首相は、挨拶で何を語ったか。肝心と言える部分は次の部分だろう。
「七十九年前の広島と長崎にもたらされた惨禍、人々の苦しみは二度と繰り返してはなりません。被爆の実相を後代に伝えつつ、非核三原則を堅持して、『核兵器のない世界』の実現に向けて努力を着実に積み重ねていくことは、唯一の戦争被爆国である我が国の使命です。
核軍縮を巡る国際社会の分断の深まりやロシアによる核の威嚇等により、核軍縮を巡る情勢は一層厳しさを増しています。しかし、『核兵器のない世界』への道のりがいかに厳しいものであったとしても、我々はその歩みを止める訳にはいきません。核兵器不拡散条約(NPT)の維持・強化のため、『ヒロシマ・アクション・プラン』の下での現実的かつ実践的な取組みを進め、核軍縮に向けた国際社会の機運を高めるべく、国際社会を主導してまいります」
核抑止論からの脱却、核兵器禁止条約への言及はなかった。
そればかりでない。私たちにとって重大なことが、着々と進行していることをぜひ指摘して置かねばならない。
強化される米国の「核の傘」
7月29日付読売新聞によれば、日米両国政府は28日、外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)を東京で開き、在日米軍司令部を「統合軍司令部」として再編し、自衛隊との連携の円滑化を目指すと発表した。核抑止力を含む拡大抑止に関する閣僚協議も初めて開催し、米国が核を含む戦力で日本を守る体制を強化いる方針を確認した。同紙によれば、今回、閣僚協議を開催したのは、核保有国であるロシアのウクライナ侵略を受け、危機感を強めた日本が強く働きかけた結果だという。
なんのことはない。日本政府は「核抑止論」から脱却するどころか、米国の「核の傘」をますます強化すべくしゃかりきになっているのだ。これでは、広島市民の訴えとは深い溝が広がるばかりである。
初出:「リベラル21」2024.08.08より許可を得て転載
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