「いざ新居浜へ」の続きです。
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製品もっていってデモをご覧いただければといってはみたものの、個々の製品がバラバラにあるだけで、製鉄向けのデモソフトがあるわけじゃない。パソコンの画面に仕事で見慣れているものが表示されていれば、何か分かったような気になるが、製品ごとのバラバラの情報を頭のなかで組み立てて想像してくださいといわれて、ピンとくる人はまずいない。
あまりいい例ではないが、例えば、染みだらけのような月の表面の写真を見せて、これを錠剤と見立てて、錠剤表面の欠陥検査をしてみましょうといったら、製薬会社の生産ラインにいるひとたちは、あまりにかけ離れたイメージに間違いなく面食らう。
デモシステムを構成する製品はデモルームにある。大阪支店にもないことはないが、持ち出すのを喜ばない連中もいる。なにも東京からとも思うが、東京のマーケティング崩れが勝手にやってることで、大阪支店は面倒なことにはかかわり合いたくないと思っている。東京から大阪支店に送っておいて、営業マンに頼んで新居浜まで車で持っていけばいい。製鉄向けのデモソフトがないのはどうしようもないにしても、せめてループコントローラの外面を表示するデモソフトが欲しかった。アプリケーション・エンジニアに頼み込めばなんとかなりそうだったが、事業部に言えば適当なものが出てくるだろうと安直に思っていた。
ざっと状況を説明して、手持ちのハードウェアのリストを事業部に送って、適当なデモソフトはないかと訊いた。驚いたことに二つ返事でデモソフトを入れたPLCとループコントローラを表示するソフトを組み込んだタッチパネルに、PC上に連続鋳造機のデモを表示するデモソフトを送るから自由に使えといってきた。
デモソフトをノートPCに入れて、デモルームでデモシステムを組み上げていった。全部独りでやらなければならないのかと気が重かったが、新しもの好きのアプリケーション・エンジニアが何人か寄ってきて、邪魔だからと追い出された。いいおもちゃだったんだろう、ああだのこうだのいいながら、見栄えのいい、そして不慣れなマーケティングが客先でミスをしないようにと改善までしてくれた。
完璧だ。まずは大阪支店でお披露目してからだと、大阪の営業マンにいって社内セミナーの候補日をあげてもらった。その足で新居浜までライトバンに載せていけばと思っていた。
「湯川さんさ、大阪支店でセミナーやって、午後ライトバンで新居浜まで走っちゃおうって思ってんだけど、運転お願いできるよね」
人がいいというのか要領の悪い営業マンで、支店では弄られ役だった。大口客を任せてもらえないから、いくら走り回っても大した売上にはならない。もしかしたらという気もあったのだろう、新居浜行きには、上司にはそう見られないように注しながら積極的だった。とろが「えっ」という反応だった。
「東京から宅急便で送って来たんだから、同じ梱包で送っちゃえばいいじゃないですか。まさかフェリーでなんて……」
今でこそ橋もできて便利になったが、当時はフェリーで渡るしかなかった。車を運転しないものだから、ついとも言えない大ボケだった。
今日は大阪で、明日は新居浜でなんて、アメリカから出張でくるヤツならいいだしかねないことを、まさか自分が、恥ずかしいのを通り越して呆れかえった。アッシーのようで申し訳ないが、車でいかないのなら、用もないのに営業マンに同行してもらうこともない。(若い時に駐在にほっぽり出されてニューヨークでとった免許で、日本では怖くて運転できないペーパードライバーだった。ろくに覚える気がないから、未だになんのことだから分からない道路標識がある)
住重の担当者の都合のいい日ということで日程をたてて出かけていった。
まるで体育館のような広さのところに長机がコの字に並んで、その前にちょっと距離をおいて長机が二つデモ機用にならんでいた。大阪支店で一度デモをしているから大した手間もかからない。制御の視点から見て分かり易いように製品を並べて通信ケーブルを接続して、一台ずつ電源を入れて動作を確認していった。慎重に作業していったが、あっという間に準備完了。セミナーの時間には間がありすぎる。ちょうどいい、用意してきたシステム構成図を手に、担当者にシステム全体の構成からどの製品が何をしているのか、セミナーで話す内容を説明した。
ちょっとした戸惑いがあるようだったが、素人でもあるまいし、PCとパネルコンピュータの表示をみれば一目瞭然、個々の機器が何をしているのか分かる。PC上のSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)が連続鋳造機をグラフィック表示して制御項目のデータが更新されている。パネルPC上にはループコントローラの表示器に相当する画面が表示されていて、設定温度と実測温度と両者の差を表示している。データとして入れてある温度変化に従って、表示が更新されていく。
話に聞いていたものが、たとえデモにしても目の前にある。多少の操作もできるようにしてあるから、実感もわく。表情には感動に近いものが見えるのに、どことなく落ち着きがない。
どんなもんだという誇りにも近いものがあったが、なんで担当者がそわそわしているのかが気になった。
時間になったのだろう、二人三人と入ってきた。七、八人しかいないのはいいにしても、全員が新入社員じゃないかというほど若い。おいおい、ここまで準備してこの面子かよとがっかりした。でもまだ日本の制御機器に毒されていないこの若い人たちが戦力になってきたときのことを思えばと思うしかない。まさか新卒相手だからと手を抜くわけにもいかない。
配布したシステム構成図に描かれているものとデモシステムを構成している実物とを対照しながら、個々の機器の概要をざっと説明していった。どこかの工学部できちんと勉強してきた人たちなのだろうが、実務経験がないから聞いていることが何を意味しているのか想像しきれない。ここまで来て、ぼんやり聞き流されんじゃと、ゆっくり大事な点だけに絞って説明していたら、担当者がフォローしだした。まるで割って入ってくるような、そしてちょっとイラついた感じで、社内で使っている機器と比較までしながら、目の前にあるシステムの優位性をまるでセールスマンのように説明しだした。
あっけにとられて聞いていた。ひと段落したところで、次の制御の要点に移ると、そこでまた担当者が追加の説明をしてくれる。担当者の説明の方がはるかに長い。若い人相手への上から目線の熱のこもった説明に聞き入っていた。何を言ったにしても前に聞いたことと、さっき聞いたことの受け売りに過ぎない。ちょっと恥ずかし気にしている担当者と目が合った。ありがとうございますと口はださなかったが頭を下げた。
社内設備というのか開発環境との比較を聞けたのが何よりの成果だった。今までどこに紹介にいっても、受け流されているような感じで手応えという手応えを感じたことがなかった。新しい、予想もしていなかった技術や機能を聞いても、自社の現状や限界と比較して話してくれる人はいない。そこまでいくと、社内機密の漏洩になりかない。ひと月かそこらの付き合いでしかない、それも二度目の訪問の外資のセールスマンにそんな立ち入った話はしない。いい人に会えたと思う一方で、この人大丈夫なのか心配になった。
ぼんやりとしか聞いていない新卒しか集められなかったことを気にしていたのだろう。日本の同業の製品を散々使ってきた客の視点での製品の機能や性能の比較、それも実務経験のない人たちへの、例も交えた分かり易い説明、他ではえらない勉強をさせてもらった。
いくら丁寧に説明していっても、そして担当者の補助説明をいれたにしても、一時間もあればおおかた終わってしまう。終わりにするには、ちょっと早すぎる。質門を受けてと思っても、何か出てくる気配もない。それも当然で、若い人たち、日本のシステムも使ったことがないから、自分の知識からでは比較も出来ない。実務で必要とする制御全体の骨格も知らない。何か質問はありますかと訊くのをためらった。余程の事でもない限り、みんなの前で質問してくる人はいない。要をえない質問でもすれば、自分の無知をさらけだしかねないという不安が先にたつ。多くの人がそれは日本人が引っ込み思案だからだと思っているが、日本人だからというわけではない。アメリアでもヨーロッパでも似たようなもので、程度の差でしかない。どこにいっても多かれ少なかれ、質問とは隠れたところでするものという文化がある。
何かあったら担当者に訊いてもらえればいい。話を聞くだけでなく、デモ機に触って表示データの変化をみてもらって、実感していただいた。日本製にこだわっていたらという不安、そしてその不安を払拭できるものがあるということを知ってもらっただけでも大きな前進だった。アメリカ製の製品のゴツさに違和感を感じてはいるが、そんなもの放っておけばいい。一歩海外市場にでれば、それが世界の標準だということを嫌でも痛感することになる。
制御システムの紹介でできるのはここまで。あとは実ビジネスのプロジェクトの要求をどう満足するかということになるが、これは実案件が出てこなければやりようがない。
機器の梱包も終わって、発送を担当者に依頼しなきゃと思ったが、事務所にいったきり帰ってこない。もう全部終わって後は帰るだけ、といってもいつものアルファワンでお世話になるだけなのだが、それでもさっさと門の外にでて自由になりたい。二十分ほども待っていたか、担当者が上司を連れてきた。システムの優位性を実感した担当者が上司に一所懸命売り込んでいた。
「コストダウンにつながるいいシステムを見つけてきた。これは社内で検討する価値がる」
有難い話なのだが、だったら、今日のセミナーに新入社員しか来なかったのは何なんだって聞きたくなった。最初に来た時に仕様というか能力の違いは十分説明したじゃないか。それをお前が自分の言葉で同僚や上司に伝えきれなかったから新入社員だけだったということじゃないか、と距離をおいて後ろでみていた。
技術屋が新しい技術を積極的に採用して生産設備の能力を向上させ続けていると思っている人が多いだろうが、それがそのまま技術屋が主体でないところが寂しい。なりふり構わないほど尻が軽いか、藁にも縋るところまで追い込まれてでもいない限り、技術屋は実績のないもの、今まで技術の延長線ではない新しい技術を採用しようとはしない。(旋盤の試作機を設計していたとき、自分もそうだった)もし上手くいかなかったら、もしトラブルがおきたら、批判されるだけではすまない。それこそ必死になって解決しなければならなのは自分たちで、時には倒れる仲間もでてくることを経験している。
従来通りやっていて起きるトラブルとは種類が違う。今まで遭遇したことのないトラブルの解決には、従来とは比較のしようのないエネルギと時間がかかる。そんな計算に乗りようもないリスクなんか誰も背負いたくない。余程の好き者か現状のままでは生き延びられない、困り果てた技術屋以外には初物に手を出そうとする人はいないし、上司もおいそれとは許可しない。下手をすれば、馘にはならないにしても閑職への左遷が待っている。
技術屋は、経営陣や営業畑の人たち以上に保守的というのか石橋を叩いて渡るようなやり方でいきたい。新し技術や製品は、それまで付き合ってきたメーカが提供するから検討するのであって、開発部隊を人質として差し出すまでのメーカ保証がなければ取り組もうとはしない。
その枠を超えるのは、越えなければ市場で戦い得ないところまで追い込まれた営業部隊で、営業部隊のなかで困り抜いたか先見の目のある人が、技術部隊を説き伏せて事業を革新していく。
一言で言ってしまえば、何をするのかを決めるのは、日本で常識のように思われている技術部隊ではなく営業、それも多くはホームグランドから遠く離れた海外市場で四苦八苦している営業部隊で、本社はなし崩し的に進んでいく状況に引きずられるかたちでしか変われない。戦後の高度成長をもたらした技術革新が内から生まれてきたものではなく、否が応にも取り入れざるを得ないことから始まった歴史のしっぽが太くしぶとく生きていて、人々がかつての成功の延長線でしか考えられなくなっている。
二週間ほどしたある日、担当者から、すまなそうな声の電話がかかってきた。
「藤澤さん、申し訳ないんだけど、もう一度きてくんないですかね」
なんだよ。この間いったら、新卒しか集まらなかったじゃないか。こんどはオヤジ連中か?と思ってもそんなことは言えない。声の調子から薄々分かるが、こっちから言いだすのも癪にさわる。
「えっ、どうしたんですか。また」
「先日見せて頂いて、仕様というより能力の差を実感しました。それで基幹の部隊に資料として配布して、簡単な説明会を開いたんですよ。そしたら、ひどい話で、この間何度も声かけたのに無視していた奴らが、掌返したように見せろってさわぎだしちゃったんで。でも二週間前に、東京からですもんね、またってお願いできませんでしょうか」
うれしくて飛び上がりそうになったが、見栄をははって平静よりちょっと冷えた調子でと思ったが、どうしても上ずってしまった。
「えっ、またですか。いいですけど、いつにします。今週はちょっと無理ですけど」
前回と同じように宅急便で送ってセミナーだが、今回は違う。
担当者がまるで自分のシステムを紹介するかのように説明の全面に立って、居並ぶ先輩に話しつづけた。先輩から質問がでてくると、それが分かっている範囲だと、自慢しているのではないかという抑揚で答えていく。たまに確認の質問が飛んでくるが、まるでアドバイザーのように後ろに控えていればいいセミナーだった。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
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〔opinion10024:200813〕