資本主義のグローバル化は、1970年代末頃から超大国米国の政策当局によって推進されてきたと一般に認識されている。いわゆるグローバリゼーションの中心をなすものであるが、ではなぜ当時からグローバル化が進展したのであろうか。この点については、種々の観点から説明が行われているが、私は次の二つの点が最も重要な問題と考えている。第1には米国社会の支配層としての金融資本家や中産階級市民達が次第に当時流行しはじめていた新保守主義ないし新自由主義のイデオロギーとしての市場主義、規制緩和、民営化、競争促進、自助努力等の政策課題に傾倒するようになり、これを強力に支持するようになったこと、第2には70年代前半には金利が規制されていた銀行業界が、当時まだ金利規制がなかったため資金調達を銀行業界より有利な立場におかれていた証券業界に対抗して金利自由化を主張し要請したため、政策当局もこれを認めざるをえなくなったが、このことは米国が当時海外諸国に対しても資本取引の自由化を要請せざるをえない立場におかれていたことに照応するものであった。米国が70年代末から資本取引の自由化の要請を海外に行わざるをえなくなったのは、70年代半ば頃から貿易・経常収支の赤字を余儀なくされるようになったためであり、海外からの自由な資本流入によって経常赤字を補填する必要に迫られたためである。それ故に米国は資本主義のグローバル化を主導せざるをえなくなったわけであるが、その結果はいかなる様相が出現したかといえば、今日顕著にみられるような米国経済の衰退であった。すなわち米国の政策当局のイデオロギーとしての、市場化、グローバル化が米国の実体経済を却って悪化、頓挫させたとみられるのであるが、どうしてこうした結果がもたらされたのであろうか。本稿ではこの問題の解明に焦点をあてて考えてみたい。
ここに米国経済の衰退と記したのは、リーマンショック以後のオバマ政権下における失業者数が1400万人以上にのぼる点に象徴されている大不況の持続に最も顕著に現れていることは確かであるが、実はこの衰退は30年以上も前から生じていたのである。それ故1970年代に遡って米国経済を考察する必要がある。
周知のように、71年にはIMF体制の崩壊によって73年から世界は変動相場制の時代に移行したが、これに伴い米国ではドル相場が低下しインフレが加速するようになったし、他方では企業の労働生産性も上昇しなかったから、国際競争力が低下し貿易収支の赤字を記録する年度が増えた。これにより前述のように経常収支も赤字傾向を示すようになった。貿易収支が赤字に転化したことは、米国国民の過剰な消費支出が海外諸国からの輸入商品にむけられるようになったことを意味したが、これによって戦後の世界資本主義の中心国・米国はこの時期から世界市場の中心地としての役割を演ずることになったのである。米国への消費財の輸出国は当初は日本が主要国であったが、80年代以後は中国やアジア諸国が比重を高めたと思われる。また米国の産業構造は著しく変動し、製造業は衰退し、巨大企業は海外へ進出して多国籍企業化する。国内に残存した企業は、軍需産業、情報産業、金融・保険業、その他サービス産業等が主なもので、国内産業の空洞化が生じたのである。
ここで米国と最も関係が緊密な日本についても言及しておく必要があろう。日本でも80年代から経済のグローバル化が喧伝されるようになったが、それは全く80年代初頭から資本取引の自由化が達成されたためであった。その自由化の達成は、第1には各種の規制緩和の実現、第2に米国に先導されてきた情報通信技術が、各国およびわが国でも普及してきたことも要因としていた。したがってグローバリゼーションは、金利の自由化を枢軸とする金融自由化を中心として発展するのである。
80年代前半以後近年に至るまでの日米関係としての貿易・経常収支関係についてみれば、米国は日本に対して常に赤字であり、日本は米国に対して常に黒字であった。またこれによって米国は世界最大の債務国(借金国)となり日本は、世界最大の債権国(資本輸出国)となったのである(数年前まで)。そしてこの関係を相当程度反映して米国ドル対日本円の為替相場が規制されてきた。71年までの固定相場制の時代には、1ドル=360円であったことは周知の事柄であるが、73年には変動相場制に移行するや、直ちにドル相場が低下し、80年頃には200円に近くなった。その後80年代前半にはレーガン政権によって高金利・ドル高政策がとられたとはいえ、後半にはドル安となり、90年代半ばには一時79円という最安値をつけたが、その後もち直し数年にわたって120円台の時期もあったが、リーマンショック以後はドルは暴落し現在は80円台前半となっている。
さてドル対円の為替相場変動は、30数年にわたってジグザグの軌跡を辿ったとはいえドルは低落傾向を示し、半面円は上昇傾向を辿り、この間で4倍以上にもなったのはなぜであろうか。それは、ある時期、他の時期での相場変動の因果関係を直接に示すものとはいえないかもしれないが、大ざっぱにいえば30数年前からのドルの低落は、米国での労働生産性の停滞→国際競争力の低下→(他国に比較しての)相対的商品価値の上昇=ドルの貨幣価値の低下といえるであろうし、その半面で円の上昇は、日本での労働生産性の向上→国際競争力の上昇→相対的商品価値の低下=円の貨幣価値の上昇を示すといえるのではあるまいか。ドルの低落は明らかに米国経済の生産力の衰退といってよいのであるが、米国経済の衰退にはいまひとつ別の要因がある。それは米国は経常収支の赤字国であるにも拘わらず、過剰なドル資金を海外に流出させていることによる。
本来、通常の国家であれば経常収支が赤字となれば、資本収支の黒字によって経常赤字を補填し、全体としての総合国際収支をバランスさせなければならない。しかし米国の場合は通常の国際収支赤字国の場合とは違ってこうした国際収支の節度が働かない。それは現在では国際通貨が米国通貨ドルであることによって、ドルを海外に過度に流出させても米国は諸外国から何らの請求を受けないという特権的地位にあるためである。それ故に米国は経常収支赤字が進んでも、一方では海外資本を大幅に流入させ(例えば日本の自動車産業の対米資本流入)、過大な債務国・借金国となっているが、他方では経常赤字を補填するだけの資本収支黒字に制約されない過剰な資本輸出をも行うことも可能なのである。それは例えば米系の多国籍企業として海外諸国に存在する企業への資本輸出であり、他方では海外諸国に100以上の軍事基地をもつことによる基地維持費負担金や軍需品の購入、輸送費等である。米国が海外諸国に軍事基地をもつということは、借金を増やしながら、海外基地に投資してきたということに外ならない。
米国は世界の覇権国家であり軍事国家である。同国の軍産複合体制がこれを支えている。だが米国が海外諸国に対して軍事費支出(対テロ戦争の戦費もこれに含まれる)を増加させ総合国際収支を赤字にするとすれば、同国の経済力は減退すると捉えざるをえない。さらに経済力減退の要因として注目されるのは、連邦政府の財政収支赤字である。政府は軍需産業の企業から軍需品を購入し、これを海外へ輸送するとすれば、一方では財政負担を増やし赤字要因を創りだすと共に、国際収支にも赤字要因を創りだすという関係である。いわゆる財政赤字と国際収支赤字(貿易赤字)との双子の赤字である。80年代前半のレーガン政権の時代から90年代へかけて米国はこの双子の赤字に苦悩したが、その後一時的には財政収支は黒字に転化したとはいえ、しばらくして再び赤字に転化するようになり、国民生活を脅かしてきたと思われる。それは軍事費負担が重いためであり重税国家となるからである。米国が過重な軍事費負担から免れようとするならば、海外における戦争を終結させ軍事基地からの撤退を模索する方途をさぐる以外に道はないであろう。
イラク戦争を終結に導いたオバマ政権は、この方向へ一歩楫をきったといえるのかもしれない。だがまだアフガン戦争が残っているし、国内では政治、経済上の問題が山積している。リーマンショック後に大統領に就任したオバマは、大不況を克服するためにはグリーン・ニューディール策をとると宣言していたが、環境保護政策にケインズ政策をくみ合わせたようなこの政策では不況を克服することが困難であることが明らかになってきたのではないか。前述したように、今日でも失業人口は1400万人以上もいるといわれるし、貧富の格差も広がるばかりである。こうした厳しい経済環境のもとでオバマが唯一成功した政策というのは、貧困者にも民間保険加入を可能とさせた施策に限られるのであろうか。だがこうした政策実現に対しても共和党の支持者の側からは、オバマは社会主義者だといった罵声が浴びせられるような風土が米国にはある。これは全く社会主義というものを知らない、したがってまた資本主義のシステムというものも理解できていない米国人特有の声という外はないと思うが、ここでは立ち入らない。ただオバマ政権による不況克服策が遅々として進捗しない現況への不満から、本年秋の中間選挙の結果では、議会への多数の共和党議員の進出やティーパーティ(茶会)に所属する最右派の議員が若干名含まれたこと、を許してしまった。これは今後の米国と世界のゆくえを占う上で看過できない情況であった。
今後の2年間はオバマ政権は苦難の道を歩むこととなろう。だが下院が共和党議員の多数によって占められたとはいえ、他方ではオバマを支持する黒人、ヒスパニック、アジア系などで構成される下層住民の勢力拡大も無視できないものがある。それ故今後の政情は不透明ではある。けれども2年後の総選挙で仮にオバマが敗れ共和党の大統領が誕生したとしても、現在のような厳しい経済環境を直ちに好転させることは困難であろう。それは世界経済においてはBRICS(ブラジル、インド、中国、ロシア)のような新興工業国の成長促進とイスラム圏での好調も認められ、世界は多極化していくことは必至であると認識されるためである。米国はアジアや中国での自国製品販売の市場の獲得を狙っているが、新興国との競争でうち勝つことは困難であるとみられる。また古くからのイデオロギーとしての、貧困者が貧困であるのは自己責任であり、救済の必要はないといった保守的考え方が国民の多数に受けいれられている限り、米国経済の再生は困難であるとみられるのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study359:101130〕