駐在や出張でいくつかの国と街を見ただけだが、街を走っている車をみれば、その国の経済状況を推し量れると思っている。本題に入る前に、そう思うに至った経験をいくつか書いておく。
七十七年にニューヨーク支社に赴任して目にしたアメリカの惨状には目を覆うものがあった。日本からの小型乗用車に市場を席捲されて自動車大国の誇りはどこにもなかった。モンテカルロ(シェボレーの中型車)がカローラより大きくて千ドルも安いというテレビコマーシャルが窮状を語っていた。マンハッタンの華やかなところでも、古くて汚い車が多かった。ちょっとこすった程度ならまだしも、どこもここもぶつけてへこんだ車を見ない日がない。日本では車検が通りっこない、それこそ廃車寸前の車が高速道路を走っていた。バンパーの代わりに角材をワイヤで吊るしているのもあれば、マフラーが地面をこすって火花を散らしながらなんてのはいつものことで、驚かなくなってしまった。下宿の二階に住んでいた銀行員夫婦のダッジは、運転席のドアをボルトでボディに固定していた。助手席から乗って運転席に体をずらして、奥さんが助手席に乗り込んで出勤していた。
いつ故障で止まってもおかしくない車しか走っていない街もある。焼け焦げたビルが立ちならぶ荒んだ通りに、部品取りされた車体だけの車が捨てられている。もしパンクしてもタイヤ交換はそんな物騒なところを抜けてからにしろと言われていた。タイヤ交換をしていたら、路地から何人かでてきて、「お前がタイヤなら、CB radioはオレがもらうから」という笑い話まであった。
八十年代末、一年ほどクリーブランドで仕事をしていたが、日本車が増えて随分綺麗になっていた。車が新しくてきれいだというだけで安全な街にみえた。九十年の中頃ニューヨークに戻ったら、アメリカの富の象徴だった大型車が姿を消して、日本車と見違える綺麗な車が走っていた。
八十二年に団体旅行で上海から桂林を経由して北京にいった。どこも暗くて灰色の街でたまに走っていたのは上海という名のおんぼろ車だった。何にしたも「解放前は」という枕言葉から始まるお仕着せの団体旅行にうんざりして、夜北京のプレスセンターにコーヒーを飲みに抜け出した。フロントで呼んでもらったらタクシーも上海だった。がたいはでかいがポンコツだった。スピードメーターがかなりの速度で四十五度以上揺れていて、何キロで走っているのか分からない。深夜の北京、広すぎる道に走っている車はないから、飲酒運転か居眠りか、故障でもしないかぎり事故の心配もない。
九十年代の中頃には、スズキからのライセンスでつくられた小型車とフォルクスワーゲンのサンタナがタクシーだった。どっちも鋼板からインパネまでやっと乗用車の体裁という代物だった。それが二〇〇〇代になったら、フルサイズの乗用車が溢れていて交通渋滞に巻き込まれた。軽自動車が目につく日本よりはるかに豊かに見えた。
八十年代、九十年代、そして二〇〇〇年代と中国の乗用車の変わりようは、中国経済の発展とそれを支える工業生産能力に大衆の消費能力を反映していた。
神河かおる(YouTuber)が解説したショッキングなニュースがある。まさかそこまではとも思うが、順当に考えていくと、決して大袈裟な話とも思えない。
「衰退ロシアの一例。ロシア国産の自動車、1月の販売数29台。しかも国産を言いつつ中身は中国メーカー製。ロシアでの中国企業シェアは激増中」
https://www.youtube.com/watch?v=AEUVRUfY_58
神河かおるのニュースソースを探したら、Livedoorのニュースがでてきた。
「ロシア肝いりの国産車ブランド いきなり『失速』 月販わずか29台」
https://news.livedoor.com/article/detail/23730666/
残念ながら、このサイトも消去された。
要点を転記しておく。
「昨年11月に生産開始したロシアの国産自動車ブランド「モスクビッチ」の今年1月の販売台数が29台だったと、ロシアメディアが伝えている」
「モスクビッチは、ロシアのウクライナ侵攻後に撤退したルノーのモスクワ工場を引き継いだブランドだ」
Googleで、モスコビッチの出荷台数に関する記事を探したが、参考にする気にはなれない目標数値はでてきても、実際の生産台数はみつからない。
あれこれ探していたら、南アフリカのBusinessLiveが発行しているBusinessDayの記事がみつかった。
「Russia relaunches Soviet-era Moskvich with Chinese design」
https://www.businesslive.co.za/bd/life/motoring/2022-11-23-russia-relaunches-soviet-era-moskvich-with-chinese-design/
南アフリカ、政治的に中立とは言えないが、自動車生産で利害関係があるとも思えない。官製報道よりはましだろう。
今日、四月二五日urlからサイトを探したが表示されたりされなかったり不安定なので、表題は違うが内容は似たような記事がReutersにもある。下記urlからご覧いただければと思う。
https://www.reuters.com/business/autos-transportation/russia-relaunches-production-soviet-era-moskvich-ex-renault-plant-2022-11-23/
「Russia revives Soviet-era Moskvich brand with Chinese model」
表題にもあるように、中国の自動車メーカがロシア市場を丸呑みにする日がちかい。土着の競合のない美味しい市場にドイツもフランスも日本勢も進出してノックダウン生産をしてきたが、経済制裁を課さなければということから中国の自動車メーカに明け渡すことになってしまった。
記事の冒頭にJACがでてくる。
「Chinese carmaker JAC’s design, engineering and production platform will be used in the revived Moskvich brand」
JAC Motors (Chinese: 江淮汽?; pinyin: Ji?nghuai Qich?; officially Anhui Jianghuai Automobile Co., Ltd.)は、安徽省合肥市に本社を置く自動車メーカ。
「With just 600 vehicles slated for production this year, the relaunch is unlikely to alter the gloomy outlook for the wider industry, whose annual sales could end the year below 1-million for the first time in Russia’s modern history」
「今年生産が予定されているのはわずか600台で、このリニューアルは、ロシアの近代史において初めて年間販売台数が100万台を下回る可能性がある、業界全体の暗い見通しを変えることはないだろう」
年間600台ということは、月五十台。ロシアの自動車製造はT型フォード以前に戻った。ミサイルでもあるまいし、こんな生産台数で採算などとれるわけがない。いくらもしないうちに生産中止になるだろう。
「The ultimate target of producing 100,000 Moskvich vehicles a year, some of which will be electric, is far below the industry average for a car plant of between 200,000-300,000. Tesla makes 22,000 cars a week at its Shanghai plant」
最終的には年間十万台を目指すとあるが、乗用車の生産では年間二十万台ないと採算がとれないといわれてきた。プラットフォームを共通化して生産量を確保して採算ラインを下げる努力が続けられていて、五万台でもなんとかやっていけるところもあると聞いているが、利幅の大きい高級車ならいざしらず大衆車では難しい。
Googleで「自動車メーカ利益率」と入力して検索すれば、世界の自動車メーカの利益率がでてくる。乗用車は高級腕時計と似たようところがある。フェラーリなどの高級車ともなれば、少ない生産台数で高い利益率を確保できるが、世界の自動車メーカの平均利益率は五~六パーセントと言われてきた。これは高級車も含めての平均で、百万そこそこの車では数万円の利益しか得られない。売値が安いというとはディーラーの取り分も少ないということで、メーカとしても販売代理店としても高級車の販売に力をいれなければ、採算割れを起こす。ここにトヨタがレクサスで高級車市場の開拓を進めている理由がある。
ダイムラーやルノー、日本勢も引き揚げて生産設備だけが残った。残った生産設備は生産車種専用に作られたもので、他の車種への流用はほとんど不可能といっていい。引き揚げたということはサプライチェーンも失ったということで、基幹ユニットや部品を調達できなくなった。
自動車メーカはティアワン(Tier1)、ティアツー(Tier2)、ティアスリー(Tier3)と言われる基幹ユニットや部品を提供するピラミッド構造の協力会社がなければなりたたない。ロシアに工場進出したといっても、大量生産できなければ採算がとれない協力会社まで引き連れてとは考えられない。中国のメーカが進出してもノックダウン生産が主流になるだろう。
忘れてはならないのは生産設備で、ほとんどすべて進出企業が持ち込んだものだろう。生産設備メーカの協力なしにはメンテナンスできない。機械部品は何とかなっても、制御機器はたとえ第三国経由で手に入れても、ロシアには調整に必要なソフトウェアもなければ知識も技能もない。
乗用車の生産が壊滅したら、何が起きるか?新車がなければ中古車市場が活況を呈する。ロイター電がある。
「Russians switch to used cars as sanctions pummel auto sector」
https://www.reuters.com/business/autos-transportation/russians-switch-used-cars-sanctions-pummel-auto-sector-2023-02-17/
これもサイトが表示されたりされなかったり不安定です。
要点だけ箇条書きにする。
「Spending on new cars in Russia plunged 52% in 2022 -Autostat」
「2022年、ロシアで新車への支出が52%激減」
「Used cars accounted for almost 75% of all sold in 2022」
「2022年の販売台数に占める中古車の割合はほぼ75%に」
「New car sales down on lower production, higher prices」
「生産台数減、価格上昇で新車販売台数減」
経済制裁の影響はたいしたことはないというのは、どこまで本当なのか?乗用車市場をみればロシア経済にとって大きな損失。日欧の自動車メーカにとっても同じことだが、濡れ手に粟の中国メーカはほくほくだろう。
ほくほくなのは自動車業界だけではない。日曜用品から家電やスマホに衣料品、日米欧のブランドの空白を中国企業が埋めている。経済制裁のせいで中国製品がなければロシアの日常生活がままならなくなってきた。
【侵攻1年】空きテナントに続々と進出 制裁下のロシア経済で増す“中国の存在感”(2023年2月26日)
https://www.youtube.com/watch?v=PJ7DCSNT-Q4
申し訳ない。これも非表示になっている。
下記、urlからテレ朝Newsをご覧ください。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000289241.html
2023/2/28
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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