轍鮒之急

都知事選に関わって、彼方此方のブログを垣間見ている内に、その昔、漢文の参考書を読んでいて出会った荘子の文章の一節が脳裏に浮かびました。 暗唱するまで読んだ程なので、今でもその一節を思い出したのでしょうが、正に、今回の知事選における左派・リベラルの争点(?)設定の誤謬を思い知らされるに充分でした。

その荘子の一文とは、「轍鮒之急」です。

河出書房新社発行の「中国故事物語」に依れば、こうあります。

(以下引用)
人間は上を見て栄耀栄華を望めばきりがないが、これはそんなぜいたくな話ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際に追いこまれて、わずかばかりの救いを渇望する者の心情を、往来の車の轍の迹の水溜まりに落ちこんだ鮒の危急に託して語るのである。

元の話は『荘子』の「外物篇」に出ている。荘子はご存じのように先秦時代の奇矯で皮肉屋の哲学者、それだけに日ごろの暮らしも楽な方ではなかったが、貧乏なんぞなんのそのとばかり、精神の自由に生きることを楽しんだ人である。しかしさすがの荘子も、あるときは無一文になって、飲まず食わずの日が続き、たまりかねたものと見える。さるところの代官をつとめている羽ぶりのいい友人のところに、食い代の借金に出かけて行った。 相手は内心迷惑とは思いながら、無下に断ることもできぬので、苦しまぎれにこんな逃げ口上を使った。

「ああ、いいともいいとも。 二三日うちには領地から取りたてる税金がはいるはずだから、はいったら三百金ぐらいは融通してあげられるよ。 それまで待っていてくれたまえ。」

荘子にしてみれば、三百金なんていう大金が欲しいわけじゃない。目前の飢えを満たすに足りるだけのわずかばかりの金をと思い、恥をしのんでやって来たのに、体よく断りを言われて、情けないやら癪にさわるやら、そこでプンとして言ってのけた。

「いやどうもありがとう。 だがそれには及ばんよ。」

それから、例の皮肉な調子でこうつけ加える。

「ところでさっきね、おれがここに来る途中で、おれを呼びとめる奴があるのさ。 誰かと思ってあたりを見まわすと、往来の車の轍の迹の水溜まりに鮒が一匹いるじゃないか。

『いったいどうしたわけだい?』と聞くと、奴さん、『こんなところに落ちこんで、どうにも動けず苦しくてたまりません。何杯かの水を運んできて、私を助けて下さいな。』と言うんだ。 そこでおれは面倒臭いからこう答えてやったよ。

『ああいいともいいとも。おれは二三日のうちに、南方の呉や越に遊説しにいくところだから、そのついでに西江の水を、どっさりここまで押し運んできてやるとしよう。 それまで待っていろよ。』とね。

そうしたら、鮒の奴、プンとしておこりやがったよ。

『私はいま、どうしても要るだけの水が得られずに困っているんですよ。何杯かの水さえあれば助かるところですが、あんたがそうおっしゃるのならもうよござんす。 いっそのこと、後で乾魚屋の店先に私の死骸を探しに来てもらいましょうや。』ってね。

いやどうもお邪魔したな。失敬するぜ。」

自由人としての荘子のプライドは、精神の屈辱に耐えてまで腹の飢えを満たそうよりは、むしろ飢死を選ぼうという気概を示すのであるが、 普通に使われる『轍鮒の急』ということばは、つまり差し迫った困難欠乏という意味で使われる。

ひどく卑近なたとえだが、読者の中にも、こんな経験をお持ちのかたは少なくないだろう。そのかたが煙草好きの御仁であったとする。日ごろは大のピース党だが夜更けまで仕事(むろん遊びでもいい)していて、あいにく煙草がきれてしまった、煙草屋も起きている時刻ではない。それでも無性に一服喫みたい、となれば、火鉢の灰を掻き廻し、誰かが喫みさしの新生半本でも見つけ出せば、鬼の首でも取ったような喜びかたで、それに火をつけるに違いない。明朝のピース十箱より、眼前の新生半本のありがたさが身にしみる。轍鮒の心情もそれでお察しいただけようというものである。
(引用終わり)

古い本、しかも古本屋で買ったので相当に痛んだ本で、最後の一節が昭和を思い出させます。

都民の必要・止むに已まれぬ願い・要求を実現することを政策に打ちたてず、憲法改悪阻止、極右政治家の都知事阻止、原発反対、等々を掲げても、一般都民の生活感から見れば、余りに日常から隔たりのあるスローガンであることでしょう。

それらの大義名分を、誰もが、しかと自分の眼で見える形にして訴えることが重要なのではないのでしょうか。

嘗て、革新大阪府政を大方の予想に反して打ち立てた故黒田了一氏は、御自身の憲法学の著書中に、自作の歌を載せる程に洒脱な処のある憲法学者でしたが、その訴えは、大阪の公害を無くし、綺麗な空を取り戻そう、と具体的で、切実な要求を掲げて、当時の自民党政権が驚く程に勝利をされました。

嘗ての貴重な経験に学び、教訓を引き出して、今日の危機に備えるべきではないでしょうか。

荘子の教えは、今も生きて居る、と思えます。