近代社会思想史における頭皮剥ぎ(狩り)の謎――インディアン起源か、市民社会起源か

 NHKBS2の午後1時プレミアムシネマで時々アメリカ西部劇を観る。殆ど必ず先住民、所謂インディアンが登場する。理由もなく、白人の町や旅人を襲撃し、殺す。頭皮を剝がされた白人の死体を目撃して、新任の若きアメリカ騎兵隊士官はつぶやく、「何でこんなことをするのか。」映画を観る者にもわからない。

 アメリカ・インディアンの歴史に関する書を三冊読んでみた。書評はできない。気にかかっていた頭皮剥ぎに関してのみ関連記述を引用する。近代社会思想の本質理解にピンポイントで影響する記述だ。

 『アメリカ・インディアンの歴史』(グレッグ・オブライエン著/阿部珠理訳、東洋書林、2010年)
 ――左:インディアンの頭皮を剥ぐインディアンの紋切り型の絵。インディアンのスカルピング(scalp:岩田)の慣行を示すために描かれた。――
 ――右:(スカルプscalpの写真:岩田):インディアン戦士の勇敢さを実証するスカルプが、アメリカ中で見られる。――(p.103)

 『アメリカ先住民 戦いの歴史』(クリス・マクナブ著/増井志津代監訳・角田敦子訳、原書房、2010年)
 ――頭皮剥ぎの起源はよく知られていないが、どうやら18世紀にアメリカ先住民の一部で行われるようになったようである。多くのインディアン部族は、頭皮に人間の魂がこめられていると考えていた。……。頭皮剥ぎに成功したあとに催される祝宴は、何日も、場合によっては何週間もつづいた。収集された頭皮は、部族の伝統にのっとってさまざまな用途に使われた。……、特定の戦士や戦士団の強さと勝利を誇示した。――(p.163)
 ――(絵の写真:岩田)白人開拓者の家族を襲うアパッチ族の襲撃隊。家に火をつけ、白人の頭皮を剥いでいる。このような絵は必ずしも事実に即していないが、インディアンへの敵意を搔きたてた。――(p.214)

 『先住民とアメリカ合衆国の近現代史』(ロクサーヌ・ダンバー=オルティス著/森夏樹訳、青土社、2022年)
 ――17世紀後半、ニューイングランドのアングロサクソン系の入植者たちは、頭皮狩りを日常的に行い、グルニエ(著者が依拠する軍事史家:岩田)が「レンジング」(range:
岩田)と呼ぶ、入植者レンジャー部隊を使って活動を開始した。――(p.85)
 ――植民地当局は、兵士を集めるための動機付けとして、頭皮狩りのプログラムを導入し、それにより先住民に対する入植者の戦争が恒久的かつ長期的に続けれられることとなった。ピクォート戦争(1637年:岩田)の際、コネチカット州とマサチューセッツ州の植民地役人は、最初は殺害された先住民の首に、後には大量に持ち運びが便利な頭皮だけに報奨金を出していた。――(p.86)
 ――頭皮狩りは利益を生む事業であるだけでなく、アングロサクソン系アメリカ人の、大西洋岸に住む先住民を根絶やしにしたり、服従させたりする手段でもあった。入植者たちは、頭皮狩りの後に残され、切り刻まれた血まみれの死体に「レッドスキン」という名前をつけた。――(pp.86-87)
 ――1779年、大陸議会はセネカ(アメリカ独立戦争でイギリス側に付いたインディアン諸部族の一:岩田)から始めることを決定した。三つの軍隊が招集され、……。……ペンシルバニア州議会は入隊の動機付けとして、性別や年齢に関係なくセネカの頭皮を剥ぐことを許可した。大陸軍の正規軍、入植者レンジャー、商業的な頭皮狩りが組み合わされ、セネカの領土のほとんどが破壊された。――(pp.101-102)

 第一書と第二書によれば、頭皮剥ぎは、18世紀に始まったインディアン諸部族の慣行とされている。第三書によれば、17世紀にアングロサクソン植民地当局が採用した原住民駆逐政策の一つである。私達と全世界の人々が見る西部劇に出現する頭皮剥ぎ(狩り)は、勿論、前者の歴史像である。
 後者のアングロサクソン植民政策説は、頭皮剥ぎ(狩り)の起源をイギリス本国の歴史に求める。しかも、近代社会思想・科学生誕の母体となったスコットランドが登場する。17世紀初頭にイギリスが北アイルランドのアルスターに入植者としてスコットランド人を送り込む。アルスター・スコットと称される集団が生まれる。カルヴァン派プロテスタントである。そんなアルスター・スコットが相当数18世紀に続々と北米のイギリス植民地へ流れ込む。

 ――アメリカ先住民と出会う前に、アルスターの入植者たちは、先住民であるアイルランド人を犠牲者にして、報奨金目当ての頭皮狩りの方法を完成させていた。――(p.70)

 前者の論には一つ難点がある。「頭皮に魂がこめられている」と言うインディアンの思想が頭皮剥ぎ(狩り)の理由であるとすれば、何故「18世紀に…行われるようになった」のか、説明が付かない。「インディアンのスカルピングの慣行」とするならば、コロンブス以前にも盛行していたはずだ。
 後者の説が史実であるとすると、市民社会にとってまことに冷厳かつ不名誉な真実にぶつかる。すなわち、現代の普遍人類的価値、自由、人権、私有財産の理念・観念を創造した社会が同時に北米先住人類絶滅政策の具体策として頭皮剥ぎ(狩り)を創造し実行した者でもあると言う事実だ。しかも、その責をインディアン側にのみ押し付けて来た。

 私=岩田に前者の論と後者の説を事実資料によって判定する能力なし。乞う御教示。

                      令和5年正月4日

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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