北アフリカに位置するチュニジアの首都チュニスで3月18日、武装グループが国会議事堂近くにあるバルドー博物館を襲撃し、日本人3人を含む外国人観光客ら21人が死亡した。
襲撃犯は隣国リビアで訓練を受けたとみられ、当局では過激派組織「イスラム国」(IS)との関係を捜査している。
近年における中東・北アフリカでの相次ぐ騒乱に関し、とくに気になった点をいくつか指摘してみたい。
<戻らない過去の歴史遺産>
まずはかけがえの無い貴重な世界遺産・博物館が非情にも次々と無残に破壊されてしまうことには無念さが募る。
日本人犠牲者も出たバルドー博物館襲撃事件のあったチュニジアには地中海沿いのビーチと明るい太陽に輝く“青と白の街並み”や、広大なサハラ砂漠、古代ローマ遺跡ならびに世界遺産としてのフェニキア人植民都市カルタゴの遺跡といった魅力的な観光資源があり、外国人観光客が多く訪れていた。またバルドー博物館にはチュニジア各地の古代ローマ期の遺跡から収集されたモザイク装飾が展示され、世界一ともいわれるモザイク画コレクションを誇っている。
これよりわずか10日ほど前の3月7日、イラク北部にある世界遺産ハトラの古代遺跡の建造物などが、過激派組織「イスラム国」(IS)によって破壊された。ハトラは約2,000年
前、当時のパルティア帝国が建設したとされる要塞都市である。またハトラから北側140
キロしか離れていないモスルの博物館で、イスラム教が禁ずる「偶像」にあたるとして、
収蔵品の石像などを次々に破壊する様子を映した映像を2月末にIS が公開しているが、さらにメソポタミア文明のニムルド遺跡も、3月に入って破壊されたと伝えられている。
こうして次々に破壊されてゆく“戻らない過去の歴史遺産”に対して、残念ながら何等の有効な対処策は見られていない。AFP 通信によると、国連教育科学文化機関(ユネスコ)
のボコバ事務局長は、過激派組織「イスラム国」がイラクの博物館で石像を次々と破壊する映像を公開した問題を巡り、国際刑事裁判所(ICC)に文書で調査を要請し、国連安保理
に緊急会合の開催を求めたと伝えられるものの、世界遺産の破壊防止には何らの効果も発揮されず、世界遺産・博物館の破壊が続いている。
<国連機能に疑問>
それにしても国連の無力を象徴する事例はいたるところで見かける。国連安全保障理事会での理事国の足並みの乱れによって、ロシアなど一国だけの拒否権発動によって提案がつぶされ、何らの対応も打ち出せず、手をこまぬいているとしか言えないケースが多い。
過激派組織「イスラム国」(IS)によって一部地域が支配地域となっているシリアとイラクでは、いずれの国も長期争乱・混乱に乗じて支配され、過激派組織の伸長を招いたが、
いうまでもなくイラクはイラク戦争後の米国による戦後処理の不手際からイラク国内の長期混乱・不安となったが、シリアの場合、善政をひいたハーフィズ・アサド大統領とは異なり、“2代目が亡国に導く”という例にもれず、父から政権を移譲されたバッシャール・
アル=アサド大統領になって不安定化し、2011年3月以降、各地で反政府デモが発生し、
さらに反政府勢力に一部武装勢力なども参加し、当局との間で暴力的衝突に発展し、国連によると4年に及ぶシリア内戦の死者は約22万人、国外に逃れた難民は約380万人、国内避難民は約760万人にのぼり、全人口約2,200万人の約半数が家を追われたという。
このようなシリア政府の暴力的弾圧に対して、国連も主要各国の対応も何らの効果的施策を打ち出せないままにある。国連のシリアへの経済制裁もロシアなど一部理事国の拒否権でつぶされている。また主要国の対応にしても、欧・米などは、シリアの残虐ともいえる暴力的弾圧を人道的にも非難しているのに反して、ロシアのプーチン大統領は、現アサド政権擁護論を展開し、欧・米・日本に反対派を支援しないよう牽制している。
こうした国連及び国際政治面での主要国の対立が世界平和と安定化の妨げとなって、シリア内乱を長期化し、終息されないまま死者だけが増え続けた。シリア政府軍、反体制派諸勢力の戦闘長期化に乗じて、「イスラム国」(IS)が伸長、支配地域の拡大を許してしまった。
<ISが敵視する歴史的大国介入>
次に無視できない点として、欧・米・ロシア等々の対立・利害・思惑が世界不安の悪化をもたらすことはいうまでもないが、IS を生んだ歴史的観点から、欧州列強による植民地支配に責めを負わせる声もある。というのも IS は、植民地支配に根ざした国境の破壊を目標に掲げたと伝えられる。
英国の国立公文書館に過激派組織「イスラム国」(IS)が敵視する構図が記されているという。1916年、第一次世界大戦時、英・仏が戦勝のあかつきに敵国オスマン・トルコが領有する中東地域を分割し、ロシアも加えた3国の領土や勢力圏にするとの密約を交わした。「サイクス・ピコ協定」である。その末尾に「協定の存在に関し、日本政府に通知されるべきであると英国政府は思慮する」とあり、今なおいたるところで中東を悩ます歴史の亡霊は、日本とも全く無縁ではない。
シリアとともに IS の支配地域となっているイラクの場合、米国のブッシュ(当時大統領)が仕掛けた「イラク戦争」とその後の戦後処理の不手際が、IS の伸長・支配地域の拡大につながったことはいうまでもない。
<プアな日本外交と弱い危機管理>
IS による日本人人質殺害の衝撃にしろ、チュニジア博物館襲撃事件での日本人3人死亡に関しても、チュニジア渡航の「危険情報」が低かったとの指摘もある。
すなわちチュニジアでは、2010年末からの「ジャスミン革命」でベンアリ独裁政権が崩壊し、イスラム圏に広がった「アラブの春」の先駆けとなった。そして独裁政権崩壊後、
社会の不満を吸い取るようにイスラム過激派が伸長し、活動を活発化させていた。にもかかわらず外務省の「危険情報」では、4段階で最も低い「十分注意してください」にとどまっていた。
このほか外国での邦人の安全確保・安全把握、ないしは危険情報の提供では、米国や英国、フランスなどに比べはるかに劣っている、というのが大方の商社マンなど海外駐在員の評価といえそうだ。海外における日本人の安全確保がどれだけ守られているか、おぼつかないのではないか。
海外駐在員などからの情報によると、外国でいったん事件が起こった場合、どう行動し、どこが安全かなど身の安全確保を得るにはまず米国大使館筋や英・仏大使館などで「危険情報」を察知してから行動するというパターンで、日本大使館はあまりあてにならない、というのが偽らざる本音のようだ。
それにしても外務省・大使館の方針・姿勢にも時代・情勢の変化に対応した柔軟な変革が必要であろう。国際関係での外交の重要性は言うまでもないが、ただ旧来のようなハイ・レベルのみを意識した、いわば“お高くとまる”プライドは脱ぎ去り、「日本人の命を守る」
という信念を持って、国鉄から JR に変わって職員の国民への姿勢が改善したように、
外務省・大使館は、より幅広い、一般国民レベルの目線に立った活動が望まれよう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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