野党共闘の完敗と自民党の惨敗、東京都知事選における共産党の危機突破作戦は頓挫した(2)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その30)

 都知事選の投開票日を挟んで7月5~8日に実施された時事通信世論調査の結果が11日に発表された。調査は全国18歳以上の2000人を対象に個別面接方式で実施され、有効回収率は58.4%だった。岸田内閣の支持率は15.5%(前月比0.9ポイント減)で2012年12月に自民党が政権復帰してから最も低くなり、2カ月連続して最低を更新した。不支持率は58.4%(1.4ポイント増)、「分からない」は26.0%%だった。政党支持率は、自民16.0%(前月比0.4ポイント減)、立憲6.3%(1.9ポイント増)、維新2.7%(0.3ポイント増)、公明2.5%(0.9ポイント減)、共産2.3%(0.7ポイント増)でほぼ横這いだった。「支持政党なし」は64.1%に上った。

 自民が支援した小池百合子氏が圧勝したにもかかわらず、岸田内閣支持率も自民党支持率もともに下げ止まらない。これは、「政治とカネ=裏金問題」を解明しようとしない岸田内閣や自民党に対して多くの有権者が絶望しており、政治体制を刷新する新しい潮流の出現を期待しているからだ。次期衆院選後に期待する政権の在り方を尋ねた質問に対しては、「政権交代」39.3%が最も多く、「自民党中心の政権継続」36.3%と続いた。まだ決定的とまでは言えないものの、「政権交代」を希望する国民の声が日々高まってきていることを感じさせる。

 自公政権に対する国民の不満や不信が高まると、例によって与党内ではいろんな動きが出てくる。公明党が自民の政権運営に対して批判する(振りをする)とか、自民党総裁戦に目新しい候補を登場させて「党内刷新」のイメージを打ち出すとか、総裁選挙を大々的にキャンペーンして「政治革新」のムードを演出するとか...である。だが、今度はどうもそれだけでは済まされないような気がする。原因はいうまでもなく、都知事選で165万8千票を獲得した石丸伸二氏のインパクトが大きく、選挙中にクローズアップされた石丸氏の存在感が選挙後もテレビ出演を通して拡散しているからだ。事態はもはや従来のような派閥間の「政権たらい回し」のレベルを遥かに超えて展開しており、自民がもし旧来のやり方でしか「ポスト岸田政権」を生み出せないとなると、そのこと自体が激しい批判の的になり、政権を失う可能性が急速に増していくだろう。

 石丸氏の人物像については、「脱既成政党のヒーロー」「方向性のないポピュリスト」「場当たり的トリックスター」などなど、毀誉褒貶が渦巻いている。その中で注目を引くのは、石丸陣営で選対事務局長を務めた藤川晋之介氏への朝日新聞のインタビュー記事である(7月13日)。藤川氏は「なぜ石丸氏は165万以上の票を獲得できたのか」との質問に答えて、次のような説明をしている(抜粋)。
 ――街頭演説を200回超やったが、特徴的なのは細かい政策を全く言わないことだった。「小さな問題はどうでもいいんだ」といって、「政治を正すんだ」という話をずっとやり続けた。彼は「長い時間演説し、政策を主張したって、今までの政治家は政策や公約を守ったことがあるのか」と言う。有権者が本気になって政策を見て、「この政策こそ必要だ」として投票するような選挙に今は全くなっていない。本来なら、政策で勝負するけれど、政策で勝負しても全然意味がない。今までの有識者、政界の人たち、マスコミも含めてそういう政治のムードを作ってきたしまった。そこを直観的に理解した石丸氏だからこそ、ユーチューバーとして無党派層にアプローチするという本領を発揮できた選挙だった。

 この説明は分かりやすい。民主党政権はマニフェストを実行できないまま下野せざるを得なかったし、安倍政権は憲法9条の解釈を勝手に変更して集団自衛権の行使を閣議決定した。岸田政権もまた公約にない憲法違反の安保3文書を閣議決定した。政策に掲げたことは実行せず、政策にないことを国会審議にもかけないで閣議決定するなど、いまや国民の政党不信、政治不信はピークに達している。とりわけ閉塞感が強い若者世代の間では、「恥を知れ恥を!」「政治屋を一掃しよう!」「東京を動かす!」「日本を動かす!」と絶叫する石丸氏への共感が広がった。だが、問題は「石丸現象」が一過性のものなのか、それとも新しい政治潮流の台頭かが必ずしも明確ではないことだ。しかし、藤川氏自身は「政策を街頭で訴えない手法は今後も通用しますか」と聞かれて、次のように答えている(同上)。
 ――この手法は1回限りだ。熱はやがて冷める。冷めた目で演説を聴いても「また同じことを」と思うだけ。石丸氏にはブレーンがいない。ブレーンを使って政策を組み立てていかないと続かない。やはり幅広い人たちに信頼される政策が必要だ。

 石丸氏の選対でありながら、事態の本質を冷静に見ている。「政治とカネ=裏金問題」ひとつさえ解決できない自民政治がダラダラと続く中で、「一発勝負」に出た石丸氏の狙いがたまたま当たったということなのである。ただ衝撃的だったのは、それが「反自民」のうねりとして跳ね返るよりも無党派層を引き付け、蓮舫氏の得票を奪って野党共闘の〝神話〟を打ち砕いた点にある。石丸氏の本質は、伊藤昌亮成蹊大教授(メディア研究)が言うように、「ネオリベラリズム(新自由主義)的な『改革保守』のポピュリズム(大衆迎合主義)政治家」(毎日新聞7月12日、論点「どう見る『石丸現象』」)であってそれ以外の何物でもないが、表面的には「完全無所属」の衣を纏って表れたために、(政治的に未熟な)若者世代には見分けがつかなかったのである。

 この点、百戦錬磨の石破元自民幹事長は石丸氏の本質を鋭く見抜いている。TBSトーク番組で(7月11日)石丸氏のことを聞かれた石破氏は、次のような感想を述べた。
 ――うん、それは脅威ですね、間違いないですね。昔ね、私が当選2回から3回になるころ、平成5年だったかしら。日本新党ブームってのがありましたね。細川護熙さんが颯爽とね、参議院から衆議院に変わられた。その時に「この人だれ?」みたいな人たちがいっぱい当選したんですよね。その時にやはり「若い候補者」「保守」「自民党じゃない」っていうね、そういう訴えで、日本新党ブームって起こって、多くの方が初当選をされた。私は何となくあの光景を思い出しましたね。

 歴史が示すように、新党ブームに乗って登場した細川政権は「政治改革」と称して中選挙区制を小選挙区に変え、それに引き続く「自社さ連立政権」は社会党を壊滅させて自民1強体制を導いた。つまるところ「若い」「保守」「自民党じゃない」の3拍子が揃ったポピュリスト政治家・細川護熙氏は、社会党を連立政権に引き込むことで自民党の窮地を救い、社会党を壊滅させることで自民政治に新たな道を開く「改革保守」の役割を果たしたのである。

 石丸氏が細川氏と同じ道をたどり、同じ役割を果たすことは十分予想できる。石丸氏は、自浄能力を失った自民党を「外から」改革するポピュリスト政治家として表れ、維新はもとより立憲や国民民主まで巻き込んで「自公立国維連立政権」成立の立役者になるかもしれない。立憲民主党が社会党の二の舞にならず生き残るためには、党内の分裂を恐れず本来の革新政党として立ち直る以外に道はないのではないか。共産党もまた党首公選制を導入して権威主義的・閉鎖的体質を払拭し、解党的出直しをしなければ生き残れない。党内の民主的討論の輪を遮断しておきながら、志位氏が「共産主義の自由と未來」を語ることほど、〝悪い冗談〟はないからである。(つづく)

初出:「リベラル21」2024.7,18より許可を得て転載
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