露宇戦争をめぐるセルビア人の感覚

 親ロシア感情が常民の間に強くあるセルビア共和国は、2回の国連総会においてロシア連邦によるウクライナ侵略を非難する決議に賛成投票を行った。侵略主体がNATO諸国であった点でウクライナとは異なっていたにせよ、同じように侵略され、領土の15%を奪われたのである。主権と領土の一体性を守るために、同じ運命にあるウクライナに同調するのは、自然であり、論理的である。

 しかしながら、侵略者ロシアに対する制裁には参加していない。何故ならば、セルビアの場合、侵略者NATO諸国がロシアのように制裁を受けるのではなく、侵略されたセルビアの方が、NATO諸国とそれに従う諸国によって制裁を受けた苦々しい経験があって、そんな自分に甘い二重基準の国々が音頭を取る対露制裁に協力する理由が全くないからである。

 対露制裁問題に関して、ベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2022年4月19日)に興味深い記事が二つ載っていた。要約紹介する。

 第一の記事は、「対ロシア制裁反対請願」である。セルビア科学芸術アカデミー会員、セルビア正教会総主教、ベオグラード大学教授、映画監督等200余名が署名して、「西の圧力と脅迫」をはねのけ、対露制裁を行うな、と要求する。
 アカデミー会員マティイ・べチコヴィチは語る、「ロシアへの制裁を許すなんて、自己卑下にすぎよう。あのヒトラーでさえ、セルビア軍を東部戦線へ派遣するように要求できなかった。そんな事をするのは、ヒトラーにとって近親相姦タブーのように高すぎる壁だった。」
 ベオグラード大学文学部教授ミロ・ロムパルは語る、「ロシアとの協力は、16世紀以来セルビア人存続の基本条件だ。19世紀のミラン王とチトー時代は例外として。」
 ベオグラード大学哲学部教授ミロシ・コヴィチは語る、「ロシアへ制裁するなんて、民族的自殺行為だ。」

 第二の記事は、「ロシアによる制裁の30年」なる小文、セルビアの政権党であるセルビア前進党幹部会員・国会議員ネボイシャ・バカレツの論説である。
 ロシア外務省スポークスウーマンのマリヤ・ザハロヴァの4月13日発言、「ロシアは友人であるとのセルビア側声明をも記録しておこう。おそらく、私達は友人関係に関して相違する見方をしているようだ。私達は友達が苦しい時に常に支える。」への反論である。
 ネボイシャ・バカレツの論旨は以下の如し。
 1992年5月30日の安保理決議757にロシア連邦は賛成票を投じた。安保理15ヶ国のうち13ヶ国が賛成、反対なし。中国とジンバブエは棄権。
 エリツィン大統領、コズィレフ外相の時代だ。その決議は、SRJ(セルビアとモンテネグロからなる新ユーゴスラヴィア)と全世界の経済関係を禁止。輸出入の禁止、海運・航空・陸上輸送の禁止、スポーツ、科学、文化、教育、技術の交流全面禁止。国連史上最酷最厳の制裁。その結果、ハイパーインフレと極度の物不足に陥った。今日の対露経済制裁よりも厳しかった。今日の対露制裁はNATO・EU諸国とそれに同調する国々(日本、オーストラリア、ニュージーランド)だけだ。
 1992年のロシア連邦と違って、2022年のセルビアはEUが課した対露制裁に参加していない。不参加故に、セルビアは未曾有の外的圧力と脅迫にさらされている。ロシアは、「友達が苦しい時に常に支えた。」と言えるか。
 
 対露対北米西欧のセルビア的バルカン外交は、私達にとって参考になる。日本は、当然自然のことだが、ロシアによるウクライナへの軍事侵略を断固として真正面から批判し非難する。しかしながら、北方領土問題や資源安全保障問題をかかえている日本が、経済制裁に関して北米西欧と同一であるのは、不自然である。異なる質の経済制裁外交をロシアに印象付ける絶好の機会を早々と北米西欧に同調することで失ってしまった。G7の中でアジア代表として振る舞う気概が完全に欠如。

 「G6」の使い走りとなって、アジア諸国の独自の対露宇戦争観を築くのを邪魔している。嗚呼!

                  令和4年5月5日(木)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12016:220509〕