青山森人の東チモールだより 第209号(2012年4月22日)

明暗を分けた大統領選挙、

東チモールとギニア=ビサウ

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

ギニア=ビサウ、決選投票前のクーデター

東チモールと同じ旧ポルトガル植民地であった西アフリカのギニア=ビサウも、先の3月に大統領選挙が実施され、東チモールと同じように、過半数の票を得た立候補者がいなかったため上位二名による決戦投票がこの4月におこなわれる予定でした。今回のギニア=ビサウの大統領選挙は、1月に現職大統領が病死したために実施されたものです。

 ギニア=ビサウのその決選投票日は4月29日の予定でしたが、自らを「軍事司令部」と称する軍部によるクーデターが4月12日に起こってしまいました。カルロス=ゴメス=ジュニオール首相とライムンド=ペレイラ暫定大統領は拘束されたようです。しかし13日には首相は首都ビサウのどこか安全な場所に隠れているという情報も流れ、混迷の様相を呈しています。

 4月16日、東チモールのジョゼ=ラモス=オルタ大統領は、ギニア=ビサウの「軍事司令部」から直接電話で調停に来てほしいという依頼を受けたと語り、東チモール外務省にこの件を諮っているとし、CPLP(ポルトガル語諸国共同体)と西アフリカ地域の共同体(たぶん、ECOWAS=西アフリカ諸国経済共同体を指している)の合意があって初めて自分はギニア=ビサウへ行くことができると語りました(『インデペンデンテ』2012年4月18日)。いまのところラモス=オルタ大統領がギニア=ビサウへ向かう準備をしているという報道はされていません。

 大統領選挙が無事に終了し、タウル=マタン=ルアクが新大統領となることが確実となった東チモールの指導者たちは、CPLPで構成された選挙監視団の代表であるカルロス=コレイア元ギニア=ビサウ首相に謝辞を述べ、クーデターを強く非難しました。コレイア元首相が「われわれは(東チモール大統領)選挙が平穏無事に実施されたことを確認した」と語ったその心中は察するに余りあります。ギニア=ビサウと東チモール、くっきりと明暗を分けた大統領選挙となってしまいました。

貧困につけこむ麻薬

 ギニア=ビサウでは、1990年代末に勃発した内戦以降、選挙が実施されてもクーデターが繰り返され、統治能力が極端に低下し、政情不安と汚職そして貧困が蔓延するようになり、そしていつの間にかギニア=ビサウは麻薬取引に国家レベルで巻き込まれるようになっていまいました。政情不安・汚職・貧困と麻薬とが相乗効果をもたらし、この国をさらなる政情不安・汚職・貧困の泥沼に引き込んでいるのです。

 アメリカ大陸からヨーロッパへの麻薬経路の開拓にかんして、麻薬組織は西アフリカの政情不安・汚職・貧困に付け込み、とりわけギニア=ビサウが深みにはまったといわれています。また、ギニア=ビサウは沿岸に多数の無人島が存在するので、中南米から海上輸送される麻薬の荷降ろしをするのに理想的な地形条件を有するともいわれます。たんなる政情不安・汚職・貧困ならば特殊事情とはえませんが、麻薬はこれに凶暴性を付け加えます。とくに凄惨だったのは、2009年3月、軍のトップが大統領側に殺された翌日に今度は大統領が軍によって殺されるという出来事でした。

 ギニア=ビサウで荷を降ろされた麻薬がヨーロッパ市場へ運搬されるとしたら、ギニア=ビサウの政情不安・汚職・貧困の問題は、アメリカ大陸とヨーロッパを巻き込んだ国際的な麻薬問題です。ギニア=ビサウの問題はCPLPやECOWASだけでは手ごわすぎる相手です。ましてや東チモールの指導者が調停役になってもどうすることもできないとも思えます。

 一度麻薬に手を染めたらなかなか抜け出ることができないのは人間だけでなく国家も同様なのかとギニア=ビサウ情勢をみると思ってしまいます。

東チモールも安心していられない

大統領選挙では「明」を飾った東チモールですが、若者や少年が麻薬をやっている、その麻薬は海外から密輸されたものだ、という噂を耳にするのは決して珍しいことではありません。国際犯罪組織の活動場所に東チモールが堕ちる可能性はよく指摘されます。

西チモールとの国境を除けば、東チモールは海に囲まれています。不法漁猟や密輸などを取り締まるべく、海上警備のため東チモール国防軍は7隻(ポルトガルから2隻、中国から2隻、韓国から3隻)の巡視艇を有していますが、そのための港がいつまでたってもできず、中国から高い金を払って買った巡視艇は早くも正常に機能していないようです。ラモス=オルタ大統領はこの件でシャナナ=グズマン首相の連立政権を強く批判しています。デリ埠頭には3隻の巡視艇がいつも浮かんでいるのを見ることができます(「停泊」ではなく「浮かんでいる」といいたい)。海を警備するために使用されていないようです。

一方、貧富の格差が拡大する傾向にある東チモールでは、仕事のない大勢の若者たちが毎日毎日ぶらぶらしています。大統領選挙運動中、件数はわずかでしたが、タウル=マタン=ルアクのポスターや横断幕を破損する者や、選挙運動を妨害する者が現れ、“理由なき反抗”の怒れる若者らはいとも簡単に何らかの政治勢力によって利用されることが証明されました。

この国の若者たちの雇用問題は景気の問題ではなく国づくりの問題なので、数年で解決できる問題ではありません。ぶらぶらする若者たちの不満が、近い将来、何らかの政治的背景が引き金となって組織的に爆発したとしてもそれほど驚くに値しません。新大統領となるタウル=マタン=ルアクの懸念はそこにあり、それゆえ18歳以上の徴兵制を口にしているようです。

東チモールでは格闘集団という名の暴漢集団が若者らを集め、暴力で衝突し、社会不安を引き起こします。貧富の格差は視覚的になってきました。怒れる若者たちは、新築の家々に住む者たちや豪華な四輪駆動の車を乗り回す人たちを観察していることでしょう。“ガス”がたまってきました。

タウルさんのいう徴兵制の目的は若者を兵役につけることに主眼はなく、寮生活をともなう教育機関として国防軍を活用し、若者たちの暴発を喰い止める狙いがあるようです。しかしこの徴兵制は2006年の「東チモール危機」のような事態の発生を防ぐことに効果があるかもしれませんが、貧困問題を解決しないかぎり、一時的な対処にしかならないことでしょう。

貧困と脆弱な海上警備の穴をすり抜けて、いつ何時、思わぬ経路から、東チモールがギニア=ビサウのように麻薬の毒牙にかかるともかぎりません。ギニア=ビサウの混沌とした情勢は東チモールにとって、あすはわが身、人ごとではないのです。

デリ埠頭に浮かぶ3隻の巡視艇。7隻だけでも海上の不法行為を取り締まることは困難であろうに、いつも3隻がここに浮かんでいてよいものだろうか。外部から“侵入者”に東チモールは適切に対処できているとはとても思えない。

2012年4月12日、デリ埠頭。ⒸAoyama Morito

~次号へ続く~