海を警備する船がない
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
不法漁猟を取り締まれない
前号の『東チモールだより』で東チモール国防軍がもつ7隻の巡視艇が正常に機能していないことを書きましたが、『インデペンデンテ』紙(2012年4月23日)にちょうど解説してくれるような記事が載りました。タウル=マタン=ルアク次期大統領が退官したあと、軍の最高位に就任したレレ=アナン=チムール司令官が南海岸の警備にあたる船(複数)を購入するよう政府に求めているという記事です。
2800万ドルも払って中国から買った2隻の巡視艇は南海岸の海の警備に役に立たない、不法漁猟をみすみす見逃さざるをえないのが実情だとレレ=アナン=チムール司令官が船の購入を求める理由を語ります。また巡視艇の修理は東チモールではおこなえず、オーストラリアかインドネシアでしなければならない、他の5隻のうち2隻はポルトガルから譲り受けたもので、これはもう古く、訓練に使っているだけで実践では使えない、2隻を近々PNTL(東チモール国家警察)の海上警備隊へ譲渡することになっている、とレレ司令官は語ります。
当然のことながら、なぜ中国から買った船が機能しないのかという疑問が与野党から出ています。韓国から無償でもらった3隻の船について何も言及されないのも気になります。自動車のように乗り回すだけ乗り回し故障したら新しいのを買うのであれば、お金がいくらあっても足りません。この件で防衛大臣でもあるシャナナ=グズマン首相は国会議員選挙で相当に攻撃されることは必至です。とくに二期目の大統領就任を逃し、現在、国会入りを狙うジョゼ=ラモス=ホルタ大統領は、8月に成立する新政府はいまの政府のように無茶苦茶であってはならず正常に機能しなければならないと語気を強め、政権交代に意欲を示しています。
東チモールに着いてしまったボート難民
海の安全は東チモールの資源を守るためでもある一方、国際的な責任を果たす側面もあります。
今年3月末、東チモール当局はマレーシアから船出したビルマ(ミャンマー)人ボート難民26名をビケケ地方の沿岸で保護し、その対応に苦慮しています。いつもならボート難民はオーストラリア領海で保護・拘留され、その対応の仕方に政府は野党から強く批判されるというオーストラリアの国内問題となるのですが、オーストラリアを目指したビルマ人のボート難民は船の燃料切れから東チモールに漂着してしまったのです。一人頭3500ドルという高額な渡航費をインドネシア人密航業者に支払って目的地へ着けなかったビルマ人難民も不運ですが、東チモール移民局もまた初めての経験に困り果てているようです。
東チモールは、オーストラリアのジュリア=ギラード首相による東チモール難民中継センター建設構想を一蹴した経緯があるので、ボート難民についてオーストラリアにおいそれと伺いをたてにくい立場にあろうかと思われますが、地理上の問題として今回のようなことが再発する可能性はおおいにあるので、インドネシアとオーストラリアとこの件について人道的な対処の仕方をしっかり協議する必要があります。人命を守る観点からも東チモールは海上警備の態勢を早く確立しなくてはならないのですが、人材にしても装備にしても条件を満たすにはあまり不足している状態です。
次期大統領とコーヒーを
4月26日の朝、わたしはタウル=マタン=ルアク次期大統領宅を訪問し、コーヒーをいただきました。他にもカトリック教会の修道女二人とその付き添いの女性一人、計3名のお客さんがいました。
喧騒とした大統領選挙がまるで嘘であるかのように、次期大統領はいま、ひと気のない静寂のなかにいます。ゲリラ時代から今日まで、四六時中、タウル=マタン=ルアクの警護にあたるマウ=カナさんは洗濯しに家に帰ってここにいません。この家の警備にあたるのは、日陰に座っている2名の警官だけです。
この落ち着いた雰囲気なかでわたしは改めて、「おめでとうございます」と当選の祝辞を述べると、「ありがとう」と返事をした次期大統領のその表情は、いまは完全にプライベートな時間であることを示していました。軍に辞表を提出したのが去年の9月2日、退官式が開かれたのが10月6日、それ以来、決選投票日の4月16日まで、相当に体力を消耗したことでしょう。背広を着ればそれなりの肩幅を見せかけることができますが、普段着のシャツ一枚の姿は、すっかり狭くなった肩幅の小さな体躯をあからさまに見せています。
次期大統領は教会からのお客さんに、ごくごく私的な身の上話をしていました。例えば、「わたしの家族はみんなプロテスタントだが、私一人だけがカトリックなのですよ」とか、「大統領選に立候補するといったら家族は泣き出しました」などなど。
2010年に実施された国勢調査によれば、東チモール人の96.9%がカトリックで、プロテスタントは2.2%に過ぎません(その他はイスラム教など)。タウル=マタン=ルアクさんの家系はバスコンセリョスの家族名をもつが、東チモールではこの姓をもつのはタウルさんの家族だけだそうです。プロテスタントの家族ということも東チモールでは珍しい存在なのです。
次期大統領はまた、教会からのお客さんに多数存在する格闘集団について懸念を伝えていました。これはわたしの推測ですが、おそらく教会と次期大統領は、“徴兵制”案について意見交換あるいは調整をおこなっていることでしょう ― 18歳以上の若者をいかに国が面倒を見ることができるか、“徴兵”期間を一年にするか二年にするか、などなど。ゲリラ時代からタウルさんと教会の関係は良く、教会側がタウルさんを慕っているように見受けられます。次期大統領の公の意見は教会との根回しがされているものと考えてよいでしょう。
会議室兼応接室の大きなテーブルには、大統領就任の宣誓式の段取りがポルトガル語で書かれた書類が置かれていました。いま次期大統領にとってプライバシーの時間が一番もてるときかもしれません。11時ごろ、わたしは席を立つと、次期大統領は「こんど時間があったらゆっくり話そう」と言ってくれましたが、大統領に就任したらそうはいかないことでしょう。遠い存在になっていくタウルさんに、わたしは少し寂しさを覚えました。
タウル=マタン=ルアク次期大統領宅から首都デリ(ディリ、Dili)が一望できる。ここは街中からそう遠くない所にあるが、傾斜のきつい坂を昇らなければならない。
2012年4月26日。ⒸAoyama Morito
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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