青山森人の東チモールだより 第212号(2012年5月14日)

東チモールのねじれ国会

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

まだあった異常気象による災難

 今月5日の土曜日から「雨のち曇り」または「曇りのち雨」のどんよりとした天気が始まり、シトシト……ジトジト……と雨が降り続き、日照時間が極端に少ない天候がその翌週の半ばまで続きました。まるで日本の梅雨のようなグズグズとした天気がこの南国の空にふさわしくないのはもう過去のことかもしれません。東チモールに定着した感があります。

 ぐずついた天気は5月10日の夕方になると、本格的な雨天になり、深夜になっても雨は断続的ながらも降りしきり、翌11日の明け方から強い雨に変わりました。11日はこの雨のため、子どもたちは登校しないで自宅待機……つまり堂々と家で遊ぶことができました。雨が強く降るから学校へ行けない、行かない、大人は通勤できない、仕事に遅れる、このようなことは東チモールでは普通のことです。なお学校にかんしては、校舎が水浸しになってしまうので授業にならないという現実があります。

 翌12日、デリ国際マラソン大会が開催されました。日本からも有森裕子がゲスト参加しました。もし11日のような強い雨が降ったらたいへんなマラソン大会になったことでしょう。しかしうまい具合に雨は大会を避けてくれました。大統領主催の国際マラソン大会が水を差されなくて何よりです。

 ともかく11日午前中の雨は首都住民の活動を停止させるほど強い雨でした。例によって例のごとし、川に濁流が流れ出し、海は茶色に濁りました。首都の一部は水浸しになる被害が出たので、山の農村部の被害も心配です。

 ところで、東チモールは異常気象による被害を受けるだけでなく、オーストラリアの炭素税によって歳入減にみまわれるかもしれないことについて前号の『東チモールだより』で書きましたが、災難はまだありました。「京都議定書」の調印国として東チモールも年100万ドルを国際機関に支払わなくてはならないことを、今になって与党CNRTは悔いている記事が新聞に載りました。それによれば、政府は調印する前によく内容を確認しなかったとのことです。異常気象は貧しい国から惜しみなく大金をふんだくるのです。いっそのこと東チモールは「京都議定書」から撤退した方がよいのでは……。

 きょう5月14日、久しぶりに晴れた朝を迎えました。なんとなく重かった身体が軽く感じるから不思議です。東チモールでこんなにお天道様が恋しく想ったのは初めてです。

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11日の午前中に強い雨が降りしきり、首都の住民は外出を控えた。午後にようや雨足は弱まったが、この日は一日中、休日のように人通りは少なかった。写真のこの一帯は水に浸った。浸水の被害をうけた家もある。いくら道路工事をしても首都の水はけ機能は改善されない。道路工事の質が問われる。

2012年5月11日、コルメラ地区にて。ⒸAoyama Morito

連立政権、事実上の分裂

 来る総選挙の投票日は7月7日、選挙運動の期間は6月5日~7月4日と一ヶ月間の長丁場です。そして現在、5月2日~18日のあいだ、選挙技術管理事務局はこの総選挙のための有権者登録を行っている最中です。

 選挙登録をした場所でしか投票できない現行規則によって、大統領選挙では首都から地方への帰省ラッシュが生じてしまい、田舎に帰れなかった有権者は投票できず投票率が低下したといわれています。ラモス=オルタ大統領は早急にこの規則を見直すべきだといい、国会議員の間にも同様の意見が広がりました。

 一方、総選挙のための有権者登録を改めて行うのですから、大勢の有権者は田舎に帰省しなくても首都で投票できるように登録をし直しています。これは現行規則に則った手順です。こうしてみれば現行規則で間に合うのではないかという気がします。

 国会では大統領選が終了すると選挙規則の見直しの審議を始めようとしたところ、なんと連立政権の最大与党CNRTは弱小政党のごとく国会の本会議を欠席して、審議を拒否する行動に出ました。国会議長は与党第二党の民主党のラサマ党首です。ラサマ国会議長の困った様子が毎日のように新聞に載り、CNRTは審議に応じて、与党の責任を果たしてほしいと訴えます。この状態はもう3週間以上続いているのです。

 本会議を欠席するCNRTの論理は、選挙規則変更には控訴裁判所が憲法違反と考える可能性があり、審議の時期が適切でないし、国会予算の問題もあるというものです。選挙登録を改めてしているので、たしかに現行の規則で間に合うかもしれないし、CNRTの言い分も一理あるとしても、審議拒否という強硬手段に出る理由がよくわかりません。一つだけハッキリしているのは、CNRTはもはや連立政権を束ねることがでず、総選挙を前にしてCNRTと民主党が主要政党であった連立政権は、事実上、崩れたということです。

 CNRTが民主党と共闘できず本会議を欠席したのは、もうすぐ任期満了を迎えるラモス=オルタ大統領と組んで総選挙に臨むことを発表しCNRTに見切りをつけた民主党のラサマ国会議長への嫌がらせのように映らなくもありません。総選挙を前にして連立の新たな枠組みを模索する各政党による攻防がすでに始まっているようです。

 さてCNRTによる本会議欠席という手段にたいし、当然のごとく野党フレテリンはCNRTを強く非難します。ところがそのフレテリンが土地法の審議において本会議を欠席する手段に出ました。この土地法は、一度は国会を通過したものの大統領が拒否権を行使し公布できなかったことから、審議のやり直しとなった法律です。フレテリンの本会議欠席の理由はCNRTよりも訳がわかりません。ポルトガル植民地支配からインドネシア軍による占領を経て1999年の騒乱時に至るまで、大勢の人びとが移住を余儀なくされた東チモール独特の悲劇から発生した土地所有権の問題をめぐって、現在も市民の間に紛争が絶えないことは誰もが実感しています。土地法の審議に参加しないことでフレテリンは何を得られるというのでしょうか。CNRTとフレテリンの本会議欠席の動機について、わたしは新聞を読んでもよくわからないというのが正直なところです。

 別々の審議とはいえ最大与党と最大野党が本会議を欠席するという事態に、ラサマ国会議長は、欠席する国会議員は国民の問題を弄んでいると批判し、ますます困り果てています。一院制でも国会はねじれるものなのだとわたしは知りました。

 それにしても任期満了まで国会議員は職務をまっとうしてほしいものです。東チモールの国会議員は選挙戦のフライングをしているように見えます。責任政党による審議拒否や国会空転が珍しくない日本人の老婆心から言わせもらえば、国会議員はちゃんとすべての審議の席についた方がよいのではないか。

二項対立から三つ巴の戦いへ

 26もの政党が乱立する今度の総選挙では(連合を組む少数政党もあるので、有権者が選ぶのは21の政党または政党連合)、一つの政党が議席の過半数を占めることはできず連立政権になることは明らかです。連立の組み方次第でその政党が与党になるか野党になるかが決まります。したがって選挙結果後の手練手管が政党の明暗を分けることになり、選挙運動期間中よりもむしろ選挙後の方が、政情はドロドロと紛糾することが予想されます。

 5年前はフレテリンと反フレテリンという二項対立のなかでシャナナ=グズマンによる連立勢力の議席が過半数に達し、ラモス=ホルタ大統領はシャナナ=グズマンを首相に任命しました。来る5月20日に就任するタウル=マタン=ルアク新大統領の場合は、フレテリン、ラモス=オルタと民主党の連合、シャナナのCNRT、これら三つ巴の対立構図となる分だけ、より複雑な局面を迎えることでしょう。

写真2

総選挙の日程は、6月5日~7月4日が選挙運動、7月7日に投票日である。日本式にいうと七夕選挙だ。そして現在、5月2日~18日のあいだ、選挙登録が行われている。地方から首都に出て勉強や仕事をしている人が現在滞在中の首都で選挙登録をすれば、この前の大統領選挙のようにわざわざ帰省しなくても投票できる。

2012年5月9日、ベコラ地区の役所に張られていたポスター。ⒸAoyama Morito

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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