青山森人の東チモールだより…オーストラリアのアルバニージー政権が継続

アルバニージー政権、二期目へ

2025年3月28日、オーストラリアの与党・労働党を率いるアンソニー=アルバニージー首相は連邦議会の下院(定数150、任期3年)を解散し、オーストラリアは5月3日の投開票日まで一ヶ月余りの選挙戦に突入しました。選挙結果は周知のとおり、労働党が過半数を大きく超える票を得て圧勝、再び政権に就くことになりました。

劣勢から大勝した労働党

去年の末ごろはアルバニージー首相の支持率が低迷し、選挙をすれば労働党は野党・保守連合(自由党と国民党)へ政権を明け渡すことになるだろうと報道されていました。アルバニージー政権低迷の主な原因は住宅費・生活費の高騰でした。

与党・労働党と野党・保守連合の二大勢力に絞った支持率は、選挙戦前の数ヶ月間は野党が与党を上回っていましたが、この状況を一変させたのは今年1月に就任したアメリカのトランプ大統領でした。自由党の党首で保守連合代表(以下、代表)のピーター=ダントンが打ち出すトランプ政権もどきの政策が反トランプ感情の逆風にさらされたのです。2月になると保守連合の雲ゆきが怪しくなりだし、3月上旬では有力紙による世論調査によると、保守連合51%、労働党49%、と2ポイントだけの差に縮まり、それが解散直後の3月31日では、労働党が51%、保守連合が49%、とひっくり返りました。それでも選挙戦に入った時点では二大勢力の支持率は伯仲していました。投票日直前では、どちらが勝っても過半数は獲得できないとか、労働党が過半数を獲得できるかが焦点だ、などと報じられました。

そして5月3日の投開票日、いざ蓋を開けてみると労働党の大勝、野党・保守連合の大敗となりました。5月11日の時点で、労働党は77議席から15も増やして92議席、政権維持に必要な76議席を大きく上回りました。保守連合は53議席から40議席、緑の党は4議席から議席ゼロとなり,その他諸派が10議席を獲り、残り8議席はまだ未確定です。なお、ダントン保守連合代表とアダム=バンド緑の党・党首はいずれも労働党候補者に敗れました。トランプ政権に振り回され不安定な世情にあってオーストラリアの有権者は右にも左にも大きく傾かない堅実な中道に安定を求めたのかもしれません。アルバニージー首相はトランプ政権が仕掛ける関税攻勢にたいして交渉・説得を続けるという落ち着いた対応姿勢を示しながら無難に選挙戦を戦い、安定性を印象付けることに成功したといえます。

トランプ旋風の便乗が裏目となった保守連合

保守連合のダットン代表は、親イスラエルの立場を鮮明にしたり、オーストラリアへの移民については罪を犯した移民の市民権を剥奪しやすくする憲法改正案を検討すると3月に表明したり、選挙期間中の4月下旬、先住民の儀式が過剰に行われていると述べたり、トランプ大統領を連想させる発言を重ねました。極めつけはアメリカのDODG(政府効率化省)を率いるイーロン=マスクよろしく、政府職員の在宅勤務を廃止するなど政府の無駄を削る政策を公約として掲げたことです。しかしこのトランプ的なるものは、反トランプ感情が沸き上がるアメリカ国内を含めた世界各地の例にもれずオーストラリアでも反発を喰らうことになり、4月上旬、ダットン代表は在宅勤務廃止の撤回に追い込まれたのです。

報道の事実確認をしなかった保守連合の代表

軍事情報サイト「ジェーンズ」は、4月14日、ロシアがインドネシア・パプア州にある軍事基地を長距離航空機の配備のために使用することをインドネシアに要請したと報じました。オーストラリのダーウィンから約1200kmしか離れていない所にロシア機が配備されれば、アジア・太平洋地域がいきなりロシアと向き合うことになってしまいます。当然これはオーストラリオで大きなニュースになりました

プラボウォ=スビアントが去年10月にインドネシア新大統領に就任して以来、グローバルサウスの一角を担う国の首席として国際社会のなかで存在感を示そうとしています。インドネシアは中国とロシアに目を向け、2024年11月、なんと初めてロシア海軍との合同演習をし、さら今年1月には東南アジアの国として初めてBRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカの頭文字から名づけられた国際会議)に加盟しました。インドネシアは明らかにこれまでとは違う枠組みへ軸足を移しつつあります。それにしても、インドネシアがアメリカのトランプ政権による不確実性に備えようとしてロシアと中国にさらに接近することはあり得るかもしれませんが、アメリカの同盟国であるオーストラリアの安全保障を脅かす行動をとるとはちょっと考えにくいことです。

アルバニージー首相は「ロシアの影響力をこの地域で見たくない」と警戒しつつ、当然、「ジェーンズ」の報道について事実関係の確認作業に入りました。一方、ダットン代表はというと、これは労働党政権の外交の失敗だ、とここぞとばかり労働党政権を非難しました。しかし事実関係を確認中の時点ではこの非難には「もしこの報道が事実ならば」という前置きが必要です。しかもダットン代表は、「パプア州からダーウィンの近くへ航空機を飛ばしたいというロシアの要請をインドネシア大統領が確認した」という言い方をしたのですからあまりにも軽率です。結局、インドネシア政府は「ジェーンズ」の報道を全面否定したことから、4月16日、アルバニージー首相との二回目の党首討論の場で、ダットン代表は間違いをしたことを認めざるをえなかったのです。ダットンが誤りを認めたのは在宅勤務廃止の件に続いてこれが二度目でした。

こうしてみると労働党が選挙に勝ったのは、保守連合による(野球でいえば)エラーあるいは(サッカーでいえば)オウンゴールのおかげといえるのかもしれません。かくしてアルバニージー首相は5月3日の勝利宣言のなかで、「どこかに頼ったり、借りたり、まねしたりする必要はない」(『毎日新聞、2025年5月4日』)といい、トランプ旋風に便乗しようとしたダットン代表を暗に揶揄したのでした。

なお、今回のオーストラリアの総選挙でわたしが注目したのは、ダットン代表による公約の一つに原発建設があったことです。オーストラリアでは1998年から法律で商業用原発は禁止されていますが、その法律を変えて原発を建設するという公約がどれだけの賛否の注目を浴びたのかはわかりませんが、原発7基を建設する、そうすれば電気代を安くできる、などと言い出したダットン代表の発言の背景には何があるのか、気になります。

パイプラインの行き先を発表するのはアルバニージー首相か

労働党政権が継続することになったということは、チモール海の「グレーターサンライズ」ガス田からひかれるパイプラインの行き先を発表するオーストラリア側の人物はアルバニージー首相であろうということになります。

東チモールか、オーストラリアか、パイプラインの行き先が正式に発表されるのは、もうすぐか、年内ならばいつか、それはわかりません。いずれにしてもアルバニージー首相の任期中に結論がでることでしょう。パイプラインの行き先にかんする発表がいつどのようにされるのか、興味津々です。

両首相による妙な共同声明

パイプラインの行き先といえば、去年2024年12月下旬に出された、東チモールのシャナナ=グズマン首相とオーストラリオのアンソニー=アルバニージー首相の二人よる共同声明を取り上げなければなりません。

まず去年11月のことですが、東チモール国会の国家予算審議のなかでシャナナ=グズマン首相は「グレーターサンライズ」ガス田開発について12月に何かしらの発表があり、来年(2025年)から具体的な作業が始まることだろう、と発言しました。また12月にわたしは情報筋から、シャナナ首相とアルバニージー首相が年末に共同声明を出し、パイプラインの行き先が東チモールに決まったことが正式に発表されるだろうといわれました。シャナナ首相が国会で発言した「何かしらの発表」とはパイプラインの行き先についての発表であろう、そしてそれが東チモールにくることになるのだろう、ついにこの件が決着するのか、とわたしは思ったものです。

2024年12月21日、東チモール政府のホームページ上で両首相による共同声明(全七段落、A4一枚用紙に収まる程度の文章量)が発表されました。しかしその内容とは、「グレーターサンライズ」ガス田を言及するもののパイプラインの「パ」の字も触れられていませんでした。

初めの段落のなかで、「オーストラリアと東チモールは、東チモールの経済発展を支援する重要で新しい取り組みを喜んで発表する」と期待を抱かせる書き出しをしていますが、続く二段落目――「オーストラリアと東チモールは、2018年に締結された歴史的な領海画定条約に則って、チモール海の『グレーターサンライズ』田開発によって東チモール国民への長期的利益を確実とするため責任ある行動をとっている」。何を今さらといいたくなるような文章です。

そして三段落目――「2018年の領海画定条約は、『グレーターサンライズ』田開発のための特別な枠組みをつくった。過去2年間、『グレーターサンライズ』のオーストラリア特別代表のスチーブ=ブラックスACはオーストラリアと東チモール政府そして私的部門と緊密になって戦略資源の開発のための条件づくりをしてきた」。第四段落目では、東チモールの経済成長・生活水準向上・経済多様性を支援するため、オーストラリアは「グレーターサンライズ」田から将来得られる歳入の一部から東チモールの将来のために大きな投資をすることを東チモールに提案してきた……このような調子の文章が続き、オーストラリアがいかに東チモールのことを思っているかを説いているのです。「オーストラリア」が主語となっている文章は共同声明の体を成していません。

すると次の第五段落目は、「オーストラリアと東チモールは」と始まり、「『グレーターサンライズ』田開発計画実現のという両国が共有する目的に向って関連企業と協働しつづけることを楽しみにしている」――と二行だけの短い文章で終わります。「楽しみにしている」とはこれいかに。「協働しつづける所存である」で良いではないかと茶茶を入れたくなります。

第六段落目では第四段落目と同様にオーストラリアがいかに東チモールを支援するかの売り込み文章となっています。ここでは東チモール人の雇用について言及し、2027~2028年までに1万人の東チモール人がオーストラリアで雇用機会を得られるように両国は協働するであろうといいます。あれあれ、舞台がチモール海から逸れてしまいました。

そして最終段落でこう結びます――「東チモールとオーストラリオの両首相は、『グレーターサンライズ』開発と両国関係強化にたいする責任ある言動を示す行為として、これら意味深い取り組みを、来年、直接会って、記念する機会をもつことを楽しみしている」。

共同声明は以上です。支援国が被支援国を思いやる陳腐な内容で占められています。共同声明で発表する必要はまったくなく、不自然です。したがってわたしは次のように憶測してしまいます。もしも本当にパイプラインの行き先が共同声明で発表される予定であったとすれば、そしてそれがそうならずにこんな共同声明になってしまったとすれば、「グレーターサンライズ」ガス田開発交渉にかんして難しい何かが残ってしまったのか、去年11月~12月ごろ東チモール側が胸をふくらませた期待に反する何かが起こったのか、と。ともかく両国によるパイプライン綱引き交渉は継続されていくことでしょう。

今回のオーストラリア総選挙の結果、東チモールとってタカ派的な存在である保守連合が政権に戻ることなくアンソニー=アルバニージー首相率いる労働党政権が継続されることになったことは、東チモール側にとって交渉の連続性が保たれることになり、シャナナ首相にとっては少なくとも朗報であったのではないでしょうか。

青山森人の東チモールだより  easttimordayori.seesaa.net

第535号(2025年5月12日)より

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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