青山森人の東チモールだより…ポルトガル大統領の歴史的な発言

はじめに

49年目の「カーネーション革命」の記念日を迎えたポルトガルの「4月25日」の前日、この革命を歌ったブラジルの詩人で音楽家のシコ=ブアルキは、ポルトガルの最高の文学賞といわれるカモンエス賞をこの授賞式で受けとりました。2019年に受賞が決まりながらも、新型コロナウイルスか当時のボルソナーロ大統領の影響でしょうか?授賞式がおこなわれませんでしたが、この度、授賞式が実現し、晴れてシコ=ブアルキは賞を受けた形になります。今年、在東チモール・ポルトガル大使館が掲げた「カーネーション革命」を祝う横断幕(前号の東チモールだより)にシコ=ブアルキの歌詞を表したのはこうした事情からだと思われます。

さて4月25日のポルトガル国会での出来事はなかなか興味深いものがありますので、以下、報道をわたしなりにまとめ、感想も述べたいと思います。

ルーラ大統領、ポルトガル国会で演説すると……

今年の「4月25日」に招待されたブラジルのルイス=イナシオ=ルーラ=ダ=シルバ大統領は、中国を訪問した後にポルトガルを訪れました。4月25日、ルーラ大統領はポルトガル国会に招かれ、「カーネーション革命」を祝福する演説を始めると大勢の議員が立ち上がって拍手して応える一方、立ち上がってプラカードを掲げながら手で机を叩いて抗議する議員たちもいました。ウクライナ国旗のプラカードや、「汚職はもうたくさんだ」というプラカードもありました。

4月、先に中国を訪問したルーラ大統領は、平和はすべての人にとって有益であるのにたいし戦争は二者だけのものであるとEUはプーチン大統領とゼレンスキー大統領に説得して停戦を協議し、アメリカはウクライナに戦争支援をするのをやめるべきだ、と15日に北京で発言したのです。同時にルーラ大統領は、ロシアによるウクライナにおける攻撃を非難し、マクロン大統領とドイツのオラフ=ショルツ首相(ドイツ)そしてバイデン大統領の立場も擁護すると述べ、停戦平和のための国際機関を設立することが必要だとも述べているのですが、北京での発言となると習近平の意図を意識させたのか、ルーラ大統領の発言は中国とロシアの宣伝だと欧米から反発を喰らいました。ウクライナ政府も、ルーラ大統領にはウクライナを訪問して実態を見てほしい、侵略国ロシアと被害国ウクライナを同列に扱うことは現実に沿っていない、と批判しました。ポルトガルで報道陣に囲まれたルーラ大統領は「わたしは戦争が嫌いだ」「戦争が嫌なだけだ」と強調し批判に対応しました。4月25日、国会前ではルーラ大統領に抗議する人びとが声を挙げました。

「汚職はもうたくさんだ」というプラカードはルーラ大統領の汚職を非難するものですが、ルーラ大統領はかつて一時的に汚職で有罪を受けたことがあります。ルーラが汚職事件に巻き込まれたのは、大統領を二期務めた後の前大統領だった時代の2016年からです。2018年に12年と1ヶ月の禁錮刑の判決が下され政治的に葬られたかに見えましたが、2021年に最高裁が裁判審理の無効を判断したため有罪判決も無効となり、政界に復帰、そして去年(2022年)、大統領選挙で現職のジャイール=シメネス=ボルソナーロを決選投票のうえ僅差(1.8ポイント差)とはいえ破り、大統領に返り咲き、今年の元旦に大統領に就任しました(この就任式には東チモールからラモス=オルタ大統領も出席)。たしかに2021年のブラジル最高裁の判断は裁判審理そのものを無効にしたのであって、ルーラ大統領の汚職疑惑が晴れたことを必ずしも意味するものではありません。

国会議長の毅然とした態度

それにしても記念すべき「4月25日」に迎えた国賓を国会であからさまに非難するとはちょっと非礼が過ぎるのではないでしょうか。抗議行動をとった議員たちの政党はボルソナーロ前大統領あるいはトランプ前大統領的なるものの親派なのでしょうか?…よくわかりませんが、報道ではこの政党CHEGA(シェガ、[十分だ]、[もうたくさん]という意味)は「右派ポピュリスト」とも「極右」とも評されています。

ニュース映像を見ると「カーネーション革命」の記念パレードに参加する人びとのなかにルーラ大統領を大歓迎する人たちもいれば非難する人たちもいます。非難の声のなかには「ルーラはブラジル人ではない、中国人だ」という中国人にたいする差別発言もあり、暗澹とした想いにさせられます。

一つの立場について賛成・反対そして歓迎・非難、様々あるのは当然のことです。ルーラ大統領の立場はNATOと一線を画しています。ポルトガルはNATO加盟国です。しかし国会での国賓の演説中に見せたCHEGAの態度にたいし、ポルトガル国会議長のアウグスト=サントス=シルバが「CHEGA、侮辱はたくさんだ、ポルトガルの名を汚すのをやめなさい」と一喝する姿は一服の清涼剤を与えてくれます。なお、シルバ国会議長は国会議員団(CHEGAは4月25日の国会の出来事で除かれた)を率いて5月2日ウクライナを訪問しました。

分極を望む国ぐに

ブラジルは世界最大の大豆の産出国で、中国はブラジル産大豆の最重要取引国です。ルーラ大統領が中国との関係を重視するのは当然のこと。そして中国は、周知のとおり、3月、イランとサウジアラビアの国交正常化の仲介をするなどして、中東地域におけるアメリカ覇権を脅かしています。ブラジルをはじめとするラテンアメリカ諸国に中道左派あるいは左派的な政権が多く誕生している今、これら諸国がアメリカの裏庭であった負の歴史からの脱却を本気で望むなら、そして中国という選択肢があるならば、手を結んでアメリカ(ドル)離れに傾いたとしても決して不思議ではありません。

東チモールでは中国という選択肢を得て、一方的で傲慢な隣国の“援助国”であるオーストラリア(アメリカの同盟国)に外交交渉を臨めるようになりました。一極だけに依存するとロクなことにならない、一極よりも複数の極があった方が安全保障上の好ましいことは貧しい国は骨身に沁みています。その苦い想いを政策に反映する力を蓄えたときにどうなるか? このことを考えなければならない局面を世界は迎えているにもかかわらず、ますますアメリカ一辺倒政策を邁進させる日本はあまりにも時代遅れです。

謝罪は簡単、責任の取り方が問題

ブラジルのルーラ大統領を巡る出来事を述べてきましたが、「4月25日」の主役であるポルトガルのマルセロ=レベロ=デ=ソウザ大統領のこの日の演説にはさらに注目すべきものがありました。

デ=ソウザ大統領は、ブラジルはポルトガルの非植民地化の先駆者であるので「4月25日」にルーラ大統領を国会に迎えるのは完全に理にかなっていることであると述べ、「ブラジルの過去を振り返ることはわれわれに役立つ。すべての植民地化のすべての非植民地化も可能であり、われわれのしたことにたいして責任を完全に果たすことが可能である」と過去の責任について言及したのです。

「ただたんに謝るのではない。謝罪は疑うべくもなくすべきことだが、やったことにたいし謝るのはときとして最も簡単なことだ。謝り、背を向け、それで終わり。違う。それではわれわれが過去にした良いこと悪いことが及ぼす未来にたいする見せかけの責任だ」。このように過去の責任の取り方についてかなり踏み込んだ発言をしています。そしてデ=ソウザ大統領は、先住民の搾取・奴隷制度・ブラジルとブラジル人の犠牲、を過去の負の行為として捉えました。

「過去にした良いこと悪いこと」の「良いこと」という発言が気になりますが、ヨーロッパの一国の首脳が奴隷制度の責任を口にすることは極めて珍しいことではないでしょうか。奴隷制度で得た利益で欧米諸国が世界の支配構造の基礎を築いたことを思えば、デ=ソウザ大統領の発言は歴史的といっていいはずです。『ガーディアン』『アルジャジーラ』(電子版、2023年4月25-26日)などは、「大西洋を介した奴隷貿易にたいする謝罪と責任について言及した南ヨーロッパ最初の指導者」の発言と報じました。

「グローバル サウス」という呼び方が多用されることに象徴されるように、「途上国」と称されてきたアフリカ・ラテンアメリカ・アジアから新興国が出てくる世界情勢のなか、デ=ソウザ大統領の発言には歴史の必然性があります。「大航海時代」がもたらした負の遺産にかんして謝罪だけではなく責任の取り方について先ずはポルトガルが口火を切りました。他のヨーロッパの指導者たちも後に続き、次にそれを具体的に実行すべきです。

改めて思うにポルトガルの国会議長の毅然とした態度と日本の衆議院議長の説明責任を逃れるばかりのさびしい姿は比べるよしもありません。国家による過去の行為にたいする謝罪と責任にかんするポルトガルと日本の指導者の認識の違いも歴然です。最近「報道の自由度ランキング」が発表されましたが、ポルトガルが7位、日本は68位でした。こういうところにこの順位が反映されているのかもしれません。ちなみに東チモールは17位です。日本は偉そうな顔をして(?)東チモールを支援していますが、頭を下げて教えを乞うてはいかがでしょうか。

 

青山森人の東チモールだより  488号(202355日)より

e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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