シャナナ首相、中国への想いを実行に
前号の「東チモールだより」では東チモールにおけるアメリカ軍の存在について述べました。バウカウの飛行場を〝いじったり〟、人道支援を名目にしてオスプレイを飛行させたり、毎年の軍事演習を定着させたりするなど、アメリカ軍は確実に東チモールにその存在の基礎固めをしています。
しかし東チモールはけっしてアメリカ一辺倒に傾いていません。一方の大国である中国は東チモールの経済に絶大な影響を及ぼしています。「グレーターサンライズ」ガス田開発をめぐる交渉中にオーストラリアが東チモールに盗聴器を仕掛けたことが暴露されてオーストラリアと東チモールの外交関係が悪化したとき、東チモールは中国という選択肢により一層注目するようになりました。
アメリカあるいは中国が世界戦略の一環として東チモールをどのようにとらえているか分かりませんが、仮に東チモールにおける地政学的な意味がアジア太平洋地域における覇権争いに影響するとなると、ことしの9月10~11日にアメリカのバイデン大統領がベトナムを訪問すると中国の習近平国家主席も負けてはなるものかとばかりベトナム訪問を現在調整中であると報じられているような両大国による綱引きが、東チモールをめぐってもされるかもしれません。
大局として観れば、東チモールとしてはアメリカと中国にたいして均衡のとれた外交を心掛けているように見えます。かつて最悪ともいわれたオーストラリアとの外交関係もタウル=マタン=ルアク首相率いる前政権時代に正常化されました。東チモールはどちらに傾くことなく、多極化外交を基軸にすることを目指すでしょう。
しかしながら、東チモールの金庫にとって喫緊の課題であるチモール海の「グレーターサンライズ」ガス田の開発事業は、オーストラリアのウッドサイド社が交渉相手であることから、どうしてもオーストラリアとは利害が対立してしまいます。ウッドサイド社の経営者が考えなくてはならないのは、インドネシアが東チモールを軍事占領しているときにオーストラリアが東チモールの財産であるチモール海の石油資源を盗掘してきたという負の歴史でもなければ、それにたいする道義的な責任でもありません。石油会社の経営者が考慮しなければならないのは株主の利益であり会社の利益です。資本主義の石油企業として当然ともいえるウッドサイド社の態度は必然的に東チモール人を怒らせます。東チモールを代表して交渉にあたるのは東チモールの民族解放闘争の指導者であるから、なおさらです。ここに中国が東チモールに入り込む〝スキ〟が生じます。
シャナナ=グズマンは、今年の選挙で政権を奪還したいま、コロナ禍が去って諸活動が再び活発化してきたいま、そしてこれまで国家財政の大黒柱であった「バユウンダン」油田の開発が終わったことからいよいよ待ったなしで「グレーターサンライズ」ガス田の開発に突き進まなくてはならなくなったいま、中国との外交関係を軸にしてガス田の開発に向けて大胆に行動していくことでしょう。中国側もコロナ禍による停滞期間が終わり、良きパートナーであるシャナナ=グズマンが政権に返り咲いたいま、機が熟したと考えているかもしれません。
シャナナと中国の双方の想いは、今年の選挙で勝利する以前において中国の王毅外相が東チモールを訪問したときに確認し合いました。中国の王毅外相が2022年5月26日~6月4日、南太平洋島嶼七ヶ国(ソロモン諸島、キリバス、サモア、フィジー、トンガ、バヌアツ、パプアニューギニア)を訪問し、そして東チモールを訪問しました。王毅外相は、当時の東チモール政府の要人とはもちろん会談しましたが、それはあくまでも型どおりで真の目的はまるで当時のシャナナ前首相かつ次期首相と会って互いの想いを確かめ合うための訪問と見てとれるほど、シャナナと王毅外相は濃厚な面会をしました。
かくして今年5月の総選挙で政権を奪取したシャナナは、一年前に王毅外相と確認し合った中国との想いを実行に移します。「グレーターサンライズ」ガス田の開発を強引に推進するやり方にたいして、フレテリン(東チモール独立革命戦線)や前首相・タウル=マタン=ルアクPLP(大衆解放党)党首からブレーキがかけられたことを踏まえて、シャナナ首相はいま自らの周辺を物分かりの良い子分たちで固め、〝盤石な〟政権基盤づくりをしています。しかし自分のやりたいようにやれる〝盤石な〟態勢とは、ややもすると組織は弱くなるものです。これが現シャナナ政権の懸念材料です。また、シャナナ首相の想いが強引に進められれば、中国とアメリカを軸とする多極外交のバランスが崩れて、東チモール国内の政情不安を引き起こされるかもしれないという懸念もあります。
東チモール訪中団、杭州へ
今年7月、中国の副外相(本当は当時の外相が来る予定だったが、ちょうどこのころ、外相は姿が消えた?と国際ニュースで報じられていた)が東チモールを訪問し、再び権力の座に就いたシャナナ首相と会談し、両国の関係を再確認し合いました。かくして9月20日、シャナナ首相は中国訪問の旅に出発。目的地は北京ではなく、「第19回アジア競技大会」(9月23日~10月8日、アジア・パラ競技大会は22~28日)が開催される浙江省杭州です。
習近平国家主席は杭州アジア大会の開催式に出席するため、そして海外から開会式に出席するためにやって来る来賓客を迎えるため、22日に杭州入りしました。海外からの要人としてカンボジアの国王や韓国の首相、そしてシリアのアサド大統領も含まれ、東チモールのシャナナ=グズマン首相もその中の一人でした。
9月21日、シャナナ=グズマン首相に率いられた訪中団の一行が、シンガポールを経由して杭州に到着しました。ニュース映像を見ると、その空港に到着したときあたりはすっかり暗くなっていましたが、華やかな衣装をまとった若者や子どもたちの踊りでシャナナ一行は歓迎されています。なお、シャナナ=グズマン首相率いる東チモールの訪中団に、フランシスコ=カルブアルディ=ライ副首相(経済・観光・環境担当調整大臣を兼務)、トーマス=カブラル行政大臣、ガスタン=ソウザ戦略投資大臣そしてネリオ=イザク=サルメント青年スポーツ芸術文化大臣が同行しました。
9月23日、シャナナ首相は地元の大学を訪問し教育分野で関係強化と支援を訴えました。政府関係者・大学関係者・学生たちに大歓迎されています。訪問先での歓迎ぶりは中国としては普通なのか、それとも特別なのか…分かりませんが、ニュース映像を見る限りですが大歓迎という印象を受けます。
習近平の右手を両手で受け止め胸に当てるシャナナ
9月23日、アジア競技大会の開会式が始まる前、シャナナ首相は習近平国家主席と会談しました。二人がそれぞれ歩み寄って止まり、習近平が握手をしようと右手を差し出すと、シャナナ首相はその手を両手で受け止め自分の心臓のある左側の胸にあてました(ニュース映像より)。シャナナ=グズマンの親愛の情を込めた表現です。習近平の表情は普段とあまり変わりはないようにみえますが、内心は悪い気はしなかったはずです。
「一帯一路」を確認し合う
両国の首脳会談は、それぞれの代表団がぞろりと向かい合って座りながら行われました。中国の国営通信社・新華社が伝えたところによれば、習近平国家主席は――両国の絆が向上することは、両国が協力関係を進展させ、両国民が期待を共有していくうえで、実用的に必要なことである――と述べた、と東チモール国営通信社『タトリ』が報じました(2023年9月23日)。また、「一帯一路」の重要性が習近平国家主席によって強調されたとも伝えられました。
シャナナ=グズマン首相は、「中国は東チモールを独立してからだけではなく、長い戦争で困難な状況にあったときでも支援してくれました。このことはとても大切なことです。(東チモールが)戦争に勝ったあと、初めは(諸外国と)外交関係を築くのはとてもたいへんでした、24年間続いた戦争が終わったばかりでしたから。しかし中国は常にわれわれの心の中にいたことをお知らせしておきます。この場を借りて国家主席に感謝を申し上げます」と述べました(『ディアリオ』 2023年9月25日より)。
シャナナ首相が習近平国家主席と会うのは、2014年以来、二回目です。「2014年、われわれが友好関係を含めた二ヶ国間パートナーシップに署名して以来、貴国は良き隣人であり、二ヶ国の関係が深まりました。東チモールは地域の基盤整備の必要性に率先して対応する『一帯一路』を引き続き支援します」(『ディアリオ』 2023年9月25日より)とシャナナ首相は「一帯一路」構想への支持を表明しました。
シャナナ首相はアメリカと中国を対比させています。中国は長い戦争の困難な状況でも東チモールを支援してくれたとシャナナ首相が述べる一方、シャナナ首相は口に出しませんが、戦争とはアメリカがインドネシア軍に東チモールを侵略させて起こされたことは歴史的事実です。この場合の中国による支援とは具体的に何を指しているのかわたしには分かりませんが、ともかく独立以前からの中国による東チモール支援にたいしシャナナ首相は習近平国家主席に感謝を表明している意味は重要です。このことによってインドネシアのよる侵略の背後にいたアメリカとその仲間たち(日本やオーストラリアそして西側諸国)である侵略に加担した側とそうではない中国とを分けたうえで中国に感謝しているからです。そしてこのことは、侵略された側から侵略した側への痛切かつ痛烈なメッセージのようでもあります。
シャナナ、中国の投資を呼び込む
とはいえシャナナ首相はいわゆる侵略した側への“恨み”を間接的に表現するために訪中したのではありません。中国からの投資、とくに「グレーターサンライズ」ガス田開発への投資を呼び込むために訪中したのです。
習近平国家主席と会談するまえの9月22日、シャナナ首相ら東チモール訪中団は、中国・マカオそしてシンガポールの実業家・投資家たち(写真を見ると15名ほど)をホテルに招いて会合を開き、東チモールへの投資を呼びかけました。基盤整備そして農業・漁業・鉱業などの分野、とくに「グレーターサンライズ」ガス田の開発への投資を呼びかけたのでした(『インデペンデンテ』電子版、2023年9月26日)。
シャナナ首相、帰国していきなりオーストラリア批判
習近平国家主席と会談した翌日9月24日、シャナナ首相は中国に留学する東チモール人学生をホテルに招き、とりわけ科学を学び東チモールで活かしてほしいと激励しました。
精力的に訪中日程をこなしたシャナナ首相は、9月26日、帰国しました。なお同日、国連総会に出席したジョゼ=ラモス=オルタ大統領もニューヨークから帰国しています。
シャナナ首相は空港での記者会見で、「中国の支援には大へん感謝している。東チモールで戦争が始まると中国は外交的に支援してくれた。その一方でいくつかの国はインドネシアを支援し、どこかの国はわれわれの資源を盗んだ。したがって中国は友好国だ。中国で実業家と会ったあと契約書に署名をするということではないが、東チモールは投資にたいし扉が開かれている、東チモールに来て大臣たちと話し合ってほしいとわたしはかれらに説明した」とシャナナ首相は述べました(『ディアリオ』、2023年9月27日)。この会見から推測するに、戦争中困難な状況にあった東チモールへの中国の支援とは、外交上の支援を指しているようです。さてここでもシャナナ首相は中国への感謝を言及するさいに、東チモールを侵略した側とそうではない側を区分けして、中国は侵略側にいなかった国として感謝の念を表わすという立ち振る舞いをしています。一方、「われわれの資源を盗んだ」国とは言わずもがなオーストラリアを指します。「グレーターサンライズ」ガス田の開発において、パイプラインを東チモールにひくか、オーストラリアにひくか、に注目される今後の交渉をシャナナ首相は強く意識しているのでしょう。
ところでこのときの記者会見でシャナナ首相は気候変動について発言しました。先進国が気候変動を引き起こし、太平洋の小さな島の国々が沈もうとしている、われわれは小さな島国の仲間になって先進国に補償を求めるべきだと語気を強めたのです。RTTL(東チモールラジオTV局、公共放送)のTVニュースだけを見ると、中国から帰国したシャナナ首相がなぜ気候変動を話題にしたのかその流れ・きっかけがよく分かりませんが、この場でシャナナ首相は、カーボン(温室効果ガス)とウランを中国に売って数十億ドルを得ているとオーストラリアを名指しして非難したとニュースの語り手が述べています。カーボンを売るとは「排出権取引」を意味するのでしょうか?それより気になるのはウランという言葉が東チモールのニュースに登場したことです。東チモールにウランが埋蔵されていますが、掘り出すことは絶対あってはなりません。
日本は仲間外れ?
ちょっと脇道にそれてしまいましたが、中国からの帰国会見のなかでシャナナ首相は、中国ではアジア競技大会の開会式に出席した韓国の首相とも会談をしたことを明らかにしました、韓国による支援に感謝し、投資を呼びかけたとのことです(同『ディアリオ』より)。
中国がいて韓国がいて…日本はいません。日本はインドネシアを支援して侵略側についた国であるし、第二次世界大戦の占領についても何一つ過去を清算していないので、まぁ、外されても仕方ないか……。
青山森人の東チモールだより 第498号(2023年10月9日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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