青山森人の東チモールだより…感情高ぶるシャナナ首相

アミコの疑念

シャナナ=グズマン首相が、ドミンゴス=デ=カマラ大佐(通称、アミコ)を解任してロンギニョス=モンテイロを新たにSNI(国家諜報機関)の長官に任命した件について(東チモールだより 第495号)、解任されたアミコは疑問を呈しました。

『インデペンデンテ』(2023年9月7日、電子版)でアミコは、首相には解任の権限があるから受け入れる、と解任は受け入れるとしながらも、解任を通達するシャナナ=グズマン首相による手紙の内容、とくに「SNIが政治化された」という文言にたいして、「わたしの仕事が政治化されているとはどういうことか」、「何が政治化されているのか」と、納得がいかない胸の内を公に告白しました。

アミコはまず以下のように前置きを述べます(東チモール解放闘争史のおさらいにもなり、往年のゲリラ精神を思い起こさせる)。「初め、フレテリン(東チモール独立革命戦線)が大衆を動員し、FALINTIL(東チモール民族解放軍)を創った。多くの者たちがMをTにかえなければならないといった(*1)。そしてCNRTとなり、それから1年して独立へと至った(*2)。独立へ至るとき、FALINTILはアイレウに駐留し、F-FDTL(FALINTIL-東チモール防衛軍)となり、政治を放棄して軍事・治安のためだけの組織となった(*3)。われわれが身にまとう制服とは骨と血に値する。われわれは国を敬い、誠実に奉仕しなければならない。誰それに奉仕するということではない」。

アミコは解放軍のゲリラ時代からF-FDTLに至るまで、国に尽くしてきたことの誇りを示します。そして前政権である第八次立憲政府は自分を信頼してくれてSNI長官に任命されてからも誠実に任務を行ってきたのに、シャナナ首相に「SNIが政治化されている」といわれてはさぞ誇りを傷つけられたことでしょう、おそらく相当に。

そしてアミコは「SNIの政治化」という文言にたいし、以下の仕事をしたのがいけなかったのかと疑問を呈します。歴史的指導者の親族が巻き込まれた麻薬事件、KHUNTO(チモール人国民団結美しき豊穣)の党員が法律で定められている以上の現金を海外に持ち出そうとした件、PLP(大衆解放党)出身の公共事業大臣が更迭されることになった件、以上三件の例を列挙しました。一件目はフレテリン(東チモール独立革命戦線)、二件目はKHUNTOそして三件目はPLP、つまり政権を構成する三つの与党の党員または党員の家族が引き起こした〝事件〟あるいは〝不祥事〟を取り扱ったことをアミコは強調したのです。時の政権に忖度することのない仕事をしてきたのに「政治化された」とはこれいかに、と。逆に政権に忖度しなかったことが野党寄りであるという意味で「政治化された」と評価されたのかとアミコは皮肉を込めます。

そしてアミコは、自分の犯した過ちとは自宅に武器を隠し持っていた人の家宅捜査をするように科学捜査班に手引きしたことなのか、とさらに皮肉をこめます。「自宅に武器を隠し持っていた人」とはもちろんシャナナ首相によってSNI長官に任命されたロンギニョス=モンテイロのことを指します。

(*1)すべての政党や政治勢力を含み込んだ東チモール解放闘争の最高機関CNRM(マウベレ民族抵抗評議会)が1987~1988年に設立された。議長にシャナナ=グズマンが就任した。しかしこのM(マウベレ)という表現が気に入らないUDT(チモール民主同盟)は参加しなかった。UDTはこの解放組織に参加する条件として、M(マウベレ、虐げられてきた東チモール人という意味)からT(チモール人)とする組織名の変更を要求した。かくてこの要求はのまれ1998年、CNRT(チモール民族抵抗評議会)に改組されたことを指している。なお引き続きシャナナが議長となった。

ところで現在シャナナが党首を務めるCNRT(東チモール再建国民会議)はかつてのCNRT(チモール民族抵抗評議会)と頭文字を同じくした政党であり全くの別物であるが、連続性があるような党旗デザインが採用されている。さらに細かいことを言わせてもらうなら、闘争組織としてのCNRTのTは「チモール(人)」を意味するのにたいし、いまのCNRTのTは「東チモール」を意味し「東」が入っている。UDT は「東」という用語も嫌い、CNRTを「東チモール民族抵抗評議会」となるのをよしとせず、「チモール民族抵抗評議会」となることを求めていると昔わたしはゲリラの山できいたことがある。

(*2)CNRTと改組されたのは1998年4月、住民投票が実施されたのは1999年8月、結果が翌月に発表されたので、アミコの「1年して独立へと至った」というのは正確ではない。例えば、「その翌年に独立への道が拓かれた」といえばよいであろう。

(*3)ゲリラ解放軍FALINTILが軍事組織F-FDTLとなった経過については、拙著『東チモール 未完の肖像』(2010年、社会評論社)を参照。

 

シャナナの反駁

アミコの皮肉のこもった疑念の声がジャカルタのASEAN (アセアン:東南アジア諸国連合)関連会議に出席するシャナナ首相の耳に届き怒りをかったのかもしれません。9月9日、インドネシアから帰国したシャナナ首相は空港の記者会見で、いわく、「誰それを騒がしく捕まえるというのは軍事活動であり、諜報機関の仕事ではない。諜報機関の仕事とは幅広く考えることである。武器を携帯して登場するというのは軍事活動でありSNIがそうなることをわたしは受け入れない。海外からの脅威を感知する者を据えなければならない」(『ディアリオ』、2023年9月11日)。シャナナ首相は、インドネシア当局と協力して麻薬が国内に入らないように取り締まるのがSNIだと仕事内容の例をあげます。そして首相はそのようなSNIの長官には能力のある人物が必要なのだと念を押すのです。

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『ディアリオ』(2023年9月11日)より。

「シャナナ:SNIの仕事はCIAと同様、有能な人物が必要」(タイトル)。

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つまりシャナナ首相は、アミコの認識するSNIは自分の描くSNI像とは質が異なると力説しているのです。なるほどそれはそれで理解できます。アミコはSNIのすべきことを正しく理解していない、だから替わってもらう……こう言われればアミコも納得してくれたのではないでしょうか。それなのに「SNIが政治化された」とは意味が不明です。それなのに、武器を自宅に不法所持していたという、どこをどう突ついても東チモールでは違法となる行為をした人物が「海外からの脅威を感知する者」となりうるのか、それこそ能力が問われるのでは?とますます疑問が深まります。

インドネシアから帰国したシャナナ首相の記者会見はジャカルタで得られた収穫を国民に報告する場でしたがその一部は、シャナナ首相がSNI長官任命の件で感情が高ぶってしまい、疑念を呈するアミコや、ロンギニョス=モンテイロを任命したことに批判的な世論をまるで一喝するような場になってしまいました。大きく手を振りかざして激昂するシャナナ首相の姿は、SNI長官任命問題とはまた違った不安材料が顔をのぞかせたような気がします。シャナナ首相の傍らには、向かって左から、ベンディト=フレイタス外務協力大臣、ミレナ=ランゲルASEAN担当副大臣、そして右側にはアサナミ副首相(農村開発担当調整大臣を兼任、民主党党首)が立っていたのですが(画面に映る範囲で)、シャナナ首相の荒ぶる口調にこの閣僚たちは神妙な顔をしてうつむくばかりでした。「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう…」とシャナナ首相を鎮めてその場を和らげる者がいてもよさそうな場面でしたが、そうはなりませんでした(ニュース映像から受ける印象)。シャナナ首相はシャナナに物申せない者たちで周囲が固められているのではないでしょうか。もしそうだとしたら、この先の第九次立憲政府の政権運営が思いやられます。

 

含みは残されている

『ディアリオ』(同上)には市民団体「守護者」の意見も載せています。SNI長官の任命権は首相にあるのでそれはそれとして、依然としてロンギニョス=モンテイロを起訴する法的根拠はあるとしています。この市民団体はこの件の捜査が止まっていると述べていますが、『タトリ』(2023年9月13日)には、アフォンソ=ロペス検事総長いわく、ロンギニョス=モンテイロの武器不法所持の件は御蔵入りしたわけではない、継続中である、と起訴の可能性があるような含みをみせる発言が紹介されています。さて、どうなることやら……。

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『ディアリオ』(2023年9月11日)より。

「武器不法所持の件でLMを起訴できる」(タイトル)。

いまでもまだLM(ロンギニョス=モンテイロ)を起訴できるという市民団体「守護者」の意見を紹介した記事。「LMが自宅に武器を所持していた件にかんし、いま捜査が止まっていることに世論は疑問視している。市民団体『守護者』はLMの件を裁判所に送ることを政府に求める。法律は正義を求めているのだから」(出だしの文)。

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青山森人の東チモールだより  496号(2023918日)より

e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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