新規感染者1名を出した9月
先月8月は3名の新型コロナウィルス新規感染者が東チモールで出ました。一人目(インドネシア人)と二人目(東チモール人)はそれぞれ新規感染者と登録されてから二週間後に回復者として登録されましたが、8月26日に新規感染者と登録された三人目(インドネシア人)は二週間以降もしばらく回復者として登録されませんでした。先の二人と比べて回復に長引いたようです。しかし9月21日に回復者として登録されました。
その後、新規感染者も治療中の感染者もゼロの状態が9月26日まで続きましたが、9月27日、インドネシア人男性(39歳)1名が感染者として登録されました。保健省によりますと、この男性はスマトラ島のメダン出身で、9月11日にジャカルタに一泊、12日に西チモールのクーパンに一泊、そして翌13日に陸路で東チモールに入国し、隔離施設で二週間健康観察を受け、9月27日、陽性反応が出て感染者として登録されました。
9月30日の時点で、3月6日からの累積感染者数は28名、検査を受けた累積人数は7980名、検査結果が陰性だった累積人数が7592名、結果待ちの人が360名、となっています。新型コロナウィルスで亡くなった人はまだ出ていません。
現在、五度目の非常事態宣言下(9月5日から10月4日まで)にありますが、報道によると、引き続き六度目の非常事態宣言が出され、入国管理規制の強化が継続されるようです。
国会議長の新しい机
5月19日、国会議長の選出をめぐって国会議員たちは乱闘を起こし、国会議長席が壊されてしまいました(東チモールだより 第418号)。壊れた国会議長の机はその後そのまま無残な姿をさらしていましたが、9月4日――21年前のこの日、当時のコフィ=アナン国連事務総長が住民投票の結果を発表し、国連はもう東チモールを見捨てはしないといわせしめ、東チモール解放闘争の勝利が宣言された記念すべき日――あつらえられた議長席が伝統的な儀式をともなって国会に運び入れられました。
これでようやく国会に議長席が戻りました。もっとも破壊された机を飾り続けて、国会乱闘を後世の語り草にするのもまた妙案だったのではないでしょうか。
与党から下野したCNRT(東チモール再建国民会議)にしてみれば不当な手段で国会議長を失ったわけですから、あつらえられた議長席のための儀式に参加したくはありません。欠席です。民主党の議員もこの儀式を欠席しました。国会議員たちが乱闘したことを恥ずべき行為だったと互いに戒め合うための伝統的儀式になればよかったのですが、残念ながらそうはなりませんでした。正常に戻ったのは議長席だけで、与野党の対立は深まったままです。
三度目の正直
新しい議長席が設置された国会に2020年度予算案が提出され、現在、審議中です。思い出してほしいのですが、9月も終わり10月を迎えようというこの時期に東チモールはまだ本年度国家予算案が成立していないのです。
思い出してみましょう。2020年度国家一般予算案は2019年12月2日に国会審議が始まり、その翌日、政権の最大与党CNRTによる圧力で修正を余儀なくされました。予算案、一回目の提出は失敗でした。二回目の提出は12月19日でしたが、審議は年が明けて2020年1月15日に始まり、1月17日、賛成13票、反対15票、棄権25票、CNRTが棄権にまわったことで予算案は否決され、二回目の提出も失敗。タウル=マタン=ルアク首相が率いる第八次立憲政府は予算案を通すことはできませんでした。当然、憲法に則って新政権樹立へと政界が動き、CNRTを中心にした新しい連立勢力による第九次立憲政府の樹立……と思いきや、政権の最大与党がCNRTからフレテリン(東チモール独立革命戦線)にとって代わられるかたちの新・第八次立憲政府をフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領が承認し、一度は辞表を提出したタウル=マタン=ルアク首相は続投となり、CNRTは下野を強いられてしまいました。国家予算を成立できない東チモールは、「12分算方式」(前年度予算額の12分の1を毎月の予算とする方式)を採用して今年1月から国家を運営してきたのです。
以上のような政治的袋小路がもたらした政治災禍に世界共通の新型コロナウィルスという自然災禍が降りかかり、まさに非常事態のもとタウル=マタン=ルアク首相の新・第八次立憲政府は、二回目の提出から時をやや隔てて9月15日、2020年度国家一般予算案の提出へと至りました。三回目の提出は果たして三度目の正直となるでしょうか。政府に今のところ分裂の兆しはないことから、そうなることでしょう。
この予算案はまず8月26日、内閣で承認をうけました。予算総額は14億9700ドル、内訳は以下の通り。
◆2億700万ドル……給与・手当
◆4億9700万ドル……物資・サービス
◆5億7100万ドル……公共譲渡金
◆ 900万ドル……小資本金
◆2億1300万ドル……開発資金(借金の6000万ドルを含む)
立法府として正式な国会の開催初日となる9月15日、政府から国会議長へ2020年度国家一般予算案が手渡され、ルオロ大統領が国会に登場し、国会開催を宣言しました。CNRTの立場としては、現政権が存在するのは大統領が憲法違反をしたからです。CNRTは憲法違反にたいする抗議の表明として、大統領が国会開催を宣言する演説に入る前に国会を退席しました。記者たちに囲まれCNRTの国会退席についてきかれたルオロ大統領は、CNRTの立場は国会議員の問題である、大統領は国会に来て権限を与える立場にある、CNRTの国会退席はかれらの問題だ、とコメントを控えました。
シャナナが関与しない予算案
三回目の提出となったこの度の国家予算案は、出口の見えない政治的袋小路に迷い込んだなかで新型コロナウィルスと闘わなくてはならないという非常事態の最中に作成された予算案です。しかし政治的袋小路や新型コロナウィルスよりも注目すべき点がこの予算案の背景にあります。それはシャナナ=グズマンのいない政府が作成した予算案であることです。
2007年以来、シャナナ=グズマンはCNRT党首として常に権力の中枢にいました(2017年から2018年の数か月間、つまりフレテリン少数連立政権の僅かな間は例外だが、この時期でさえ政局はシャナナの手中にあった)。10年以上ものあいだ国家予算案を作成する政権の要であったシャナナ=グズマンですが、今年13年振りに政権の外にいる立場になったのです。
タウル=マタン=ルアクは大統領だったとき、庶民の生活向上よりも大規模開発に大金を注ぎ込むシャナナ連立政権に痛烈な批判を浴びせました。首相になったタウル=マタン=ルアクでしたが、シャナナとの連立政権内ではシャナナの影響下にあり、自由がききませんでした。そしていま、シャナナの影響下にないタウル=マタン=ルアク首相は脱シャナナの予算案を作成したいところでしょう。そしてまたシャナナ連立政権が東チモールにもたらした功罪をじっくり振り返り、そのうえで国家予算案を作成するのが本来のあるべき姿でしょう。しかし政治的袋小路に迷い込んだ政局と新型コロナウィルスのもたらす災禍のなかではなかなかそうはいかないことでしょう。
十数年間、シャナナ連立政権が邁進してきたのはチモール海の「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインをひいて南部沿岸地方を開発する「タシマネ計画」です。この計画に巨額の資金が投入されてきました。
市民団体「ともに歩む」が政府に送った2020年度国家一般予算案にたいする意見書(9月24日)によれば、この度の予算案では「タシマネ計画」への予算配分は1700万ドルで、昨年度に比べ73%、2年前に比べ85%のそれぞれ減少率となり、「ともに歩む」はこのことを好ましく評価しています。
ただしこのことが即、脱シャナナの表れと見るのは時期尚早です。いま東チモールがおかれている状況では、誰であれ、シャナナであれ、「タシマネ計画」への予算配分は減らさざるを得ないからです。タウル=マタン=ルアク首相が脱シャナナの方向性を目指しているのなら、来年度予算案にもっと明確なかたちで表れることでしょう。
2020年度の予算案は10月初めに採決され、その後、間髪を入れず2021年度の予算案も国会に提出されることになっています。
青山森人の東チモールだより 第426号(2020年09月30日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion10157:20201001〕