青山森人の東チモールだより…新国会議員の初登院そして新政府樹立へさよなら、イザベルさん

女性が主導することになった東チモール国会

6月22日は、5月21日の総選挙で選ばれた新しい国会議員65名が国会に初登院する日でした。初登院の日はまた新国会議員が宣誓就任する日でもあります。総選挙ごとに新たに選ばれる国会議員は第X次国会議員と呼ばれています。今回就任する国会議員は、第六次の国会議員となります。

アニセト=グテレス国会議長はこの日をもって前国会議長となり、CNRT(東チモール再建国民会議)のフェルナンダ=ライが新しい国会議長に就任しました。フェルナンダ……名前から分かるように女性です。東チモール憲政史上、初の女性国会議長が誕生しました。

フレテリン(東チモール独立革命戦線)からの前国会議長であったアニセト=グテレスは2020年5月、当時CNRTが与党から下野したことに伴い新しい国会議長選出をする際に、物理的な抵抗でこれを阻止しようとした結果、国会議員同士による乱闘騒ぎに発展した挙句に就任した国会議長でした。しかしこの6月22日、アニセト=グテレスは笑顔と握手でフェルナンダ=ライに新国会議長の座を譲りました。これで国会場外乱闘(東チモールだより 第418号)という忌まわしい過去が払拭されたといってよいのではないでしょうか。とりあえず、めでたし、めでたし、です。

そして6月26日、国会の副議長と書記長が選出されました。国会第一副議長にCNRTからマリア=テレジニャ=ダ=シルバ=ビエガス(女性)、国会第二副議長に民主党からアレクサンドリノ=アフォンソ=ヌネス(男性)、国会書記長にCNRTからビルジニア=アナ=ベロ(女性)、国会副書記長にCNRTからベンディタ=モニツ=マグノ(女性)と民主党からマリア=テレザ=ダ=シルバ=グズマン(女性)がそれぞれ選出されました。フェルナンダ=ライ国会議長を含めて、国会壇上席は全6名のうち5名が女性、男は一人だけという態勢となりました。これから5年間、東チモール国会は女性に主導されることになったのです。

与野党が逆転しての和やかな政権移譲、そして女性主導の国会……日本人にとって羨ましい限りの進歩的な国会風景です。

連立を組むCNRTと民主党は、6月29日に第九次立憲政府の閣僚名簿を大統領に提出する予定です。6月29日の『インデペンデンテ』紙によれば、首相はシャナナ=グズマン、CNRTから30名、民主党から8名、無所属4名の人員であるとのことです。7月1日、第九次立憲政府の発足式典がとりおこなわれる予定になっています。

初登院の日

さて、6月22日の初登院の日ですが、各政党が選挙前に控訴裁判所に提出した比例代表名簿の順位に沿って、選挙結果として各政党に割り振られた議席数分の人員が登院するという慣例になっています。つまり、例えばCNRTならば党首であるシャナナ=グズマンは、初めから他の党員に議席を譲って国会議員になるつもりはなくても、CNRTが提出した比例代表名簿の第一位にシャナナの名前が記載されているので、この初登院の日だけは登院するというわけです。フレテリンの場合、ルオロ党首、マリ=アリカテリ書記長、そして元将軍のレレ=アナン=チムールが国会議員の席を他の党員に譲るつもりであっても、まずは初登院をして国会議員の宣誓就任式に出席し、それから自分の議席を他の党員に獲るという慣習になっているというわけです。

したがってこの初登院の日は、CNRTのシャナナ=グズマン党首とフレテリンのマリ=アリカテリ書記長が好むと好まざるとにかかわらず国会内で同席せざるをえない状況になるわけで、果たしてシャナナとマリ=アリカテリは挨拶を交わすのかがちょっとした話題となりました。結局、与野党の指導者たちはわりと近い席に座ったにもかかわらず、挨拶を交わしませんでした。ちょっと大人気無いな、挨拶ぐらいしろよ、といいたくなります。

そしてこの初登院の日ですが、4議席を獲得したPLP(大衆解放党)のタウル=マタン=ルアク党首は姿を現しませんでした。これは政治的な理由ではなく、妻・イザベル=フェレイラさんが6月18日の夜に亡くなったという個人的な理由によるものでした。

イザベル=フェレイラさんとタウルさん

まだ新型コロナウィルスの世界的な流行が始まる前のこと、イザベル=フェレイラさんが海外で治療を受けたとき、病気のことが少し報道されたことがありましたが、それ以降、イザベルさんの健康問題は報道されませんでした。去年2022年の大統領選に立候補し選挙戦を終えてからというもの、イザベルさんは公の場から姿を消しました。しばらくシンガポールで治療を受けましたが、3か月前に帰国したときは、癌はすでに末期に入っていました。

夫のタウル=マタン=ルアク首相が今年の国政選挙を闘っていた4~5月、余命いくばくもない妻を思いながらの選挙活動だったので過労と心労が蓄積する辛い時期だったことでしょう。5月10~11日にインドネシアのフローレス島で開催された第42回ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議では、東チモールはまだオブザーバーという立場であるもののASEAN加盟がすでに決まっていることから、タウル=マタン=ルアク首相は東チモール政府首脳として初めてASEAN会議で正式に演説することができました(ミャンマーが参加しなかったのに10人の首脳が手をつないだのは、タウル=マタン=ルアク首相がいたからである)。タウル=マタン=ルアク首相はこのことを、夢が実現した、と帰国後の記者会見で喜びを表現しました。しかしイザベルさんの症状がいよいよ危険な状態になっていたので、夫・タウルさんとしては満身創痍の精神状態だったと推察されます。

国政選挙では本来の力を発揮できなかったことでしょう、タウルマタンルアク首相はPLP党首として議席を半減させてしまいました。このころになるとイザベルさんはもう時間の問題といわれ、周囲の人たちも悲しんでいました。そして6月18日、イザベルさんは永眠しました。長女のローラさん、次女のタマリサさん、一番下にケサディプ君、三人の子どもがいます。

わたしの勝手な想像ですが、首相の妻であるイザベルさんが大統領選挙に立候補するというのは、首相でPLPの党首である夫の立場に反する行為のようであるものの、おそらく妻の病状のことを考慮して、タウル=マタン=ルアク首相は夫として妻の“わがまま”をきいたのではないでしょうか。タウル=マタン=ルアク首相はPLPの推す大統領候補者がいるにもかかわらず、妻のイザベルさんが立候補することについて、「ウチは民主主義だからね」と記者に応じていましたが、好きな事をさせたいというのが本当のところだったのかもしれません。

タウルさんとイザベルさんは「独立回復」前の2001年に結婚し、二人は約20年間共に人生を歩みました。後半の10年間のうち、5年間は大統領夫人(ファーストレディ)となり、最近の5年間は首相の妻でしたが、夫・タウルさんが政界に入る前からザベルさんは法務副大臣や政府顧問となり、主に人権分野で活躍していました。たんにファーストレディとか首相夫人という立場に留まる女性ではなく単独でも人権擁護活動家として名を冠した人でした。タウルさんが首相になったときイザベルさんが人選に口出ししたことで、巷では身内主義ではないかというタウル首相への批判につながったこともありました。

わたしの個人的な印象としては、タウルさんはイザベルさんの尻にひかれるタイプの夫だったのではないかと推測するしだいです。愛妻家の夫だっただけにイザベルさんを失ったタウルさんの落胆する姿はニュース映像を見ても痛々しさを覚えるほどでした。

イザベルさんの極私的思い出

2006年、東チモール危機が勃発したとき、タウルさんとイザベルさんが構えていたラハネ地区の家は国防軍に反抗する勢力の銃弾を受けハチの巣にされてしまい、仮住まいをタシトルにある国防軍の基地内に構えていました。その年、わたしは一度帰国して東チモールに戻る際、デンパサールからディリに飛ぶ機内で偶然イザベルさんと一緒になり、当時大混乱していたディリ市内の状況を慮って、「何処に泊まるの? なんだったらウチにいらっしゃいな。タシトルはちょっと蚊が多いですけど」と誘ってくれたイザベルさんの優しい声はわたしの耳にいつまでも残ることでしょう。

享年49歳、まだまだこれからの若さで亡くなったのはさぞ無念であったことでしょう。イザベルさん、安らかにお眠りください。

2023年6月21日、ⒸAoyama Morito.

バリデ地区にある教会にて、イザベルさんの葬儀。

写真中央、タウル=マタン=ルアク首相と次女のタマリサさん。

 

2023年6月21日、ⒸAoyama Morito.

バリデ教会にて。

国旗で覆われたイザベルさんの棺が教会内に国防軍兵士によって運ばれる。国葬級の葬儀。

 

2023年6月21日、ⒸAoyama Morito.

バリデ教会のイザベルさんの葬儀。

教会に入りきれない大勢の人たちも祈りを捧げる。

 

2023年6月21日、ⒸAoyama Morito.

バリデの教会からベクシ地区にある公共墓地へ移動。

墓地内で会場が設置され、ラモス=オルタ大統領、フレテリンの指導部、政府閣僚の面々がイザベルさんの埋葬に立ち会った。

なおイザベルさんが亡くなった同じ日の早朝、

英雄ニコラウ=ロバトの親類ルイス=ロバトも亡くなったため、大統領はフランス訪問をキャンセルした。

 

2023年6月21日、ⒸAoyama Morito.

ベクシ墓地の入り口にて。

タウルさんの家族が去ってからも弔問の人びとは絶えない。

墓地内の灯りは太陽光パネルによるもの。

 

青山森人の東チモールだより  493号(2023年6月29日)より

e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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