両雄、久しぶりの会談
新政権樹立式典を翌日に控えた6月30日、大統領府でジョゼ=ラモス=オルタ大統領の立ち合いのもと、それぞれ新と旧の首相になるシャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクは久し振りに顔を合わせました。民族解放闘争の両雄が握手をして抱き合って冗談を言い合って談笑する姿は、たとえ政治家として対立する二人であっても理屈なしに国民を喜ばせる光景です。タウル=マタン=ルアクの奥さん・イザベルさんの葬儀にシャナナは姿をみせませんでした。いくらなんでもそれはないだろう、そこまで意固地にならなくてもいいではないか、シャナナにたいしてわたしは想ったし、大勢の国民は悲しくそして残念に想ったことでしょう。しかし6月30日、第八次立憲政府の最期の日、二人はちゃんと新旧政権の引継ぎをすべく会談したことは、大勢の人びとに安心感を与えたはずです。
第九次立憲政府の樹立
新政権樹立式典となる政府閣僚の宣誓就任式は、通常ならばラハネにある大統領府の建物で行われるのですが、7月1日午後に行われた第九次立憲政府の樹立式典は、これ見よがしに大統領宮殿前の広場で海外の外交官らを大勢招いて大々的に行われました。今年の「独立回復」21周年記念式典は選挙投票日を翌日に控えたため実に質素な式典に抑えられましたが、このときに温存しておいたエネルギーをここぞとばかり発散されたかのようでした。
旧政府からタウル=マタン=ルアク前首相やアニセト=グテレス前国会議長などが出席しましたが、下野が決まったフレテリン(東チモール独立革命戦線)のルオロ党首とマリ=アルカテリ書記長は欠席しました。前日30日、せっかくタウル=マタン=ルアクとシャナナ=グズマンが〝大人〟になって会談したのに、ルオロ党首・マリ=アルカテリ書記長とシャナナの組み合わせにおいては残念ながらこの人たちは〝大人〟になれなかったようです。
ラモス=オルタ大統領は海外からのお客さんを大勢招待したとあって、「独立回復」21周年記念式典で軽く流した演説とは違い、この日は十八番である数か国語を使い分けながら各国からのお客さんをもてなすという演説方式を取り入れての力の入れようでした。国際社会の良い子を演出しようとするあまり一般庶民へ気持ちがあまり向いていないようにみえるのがラモス=オルタ大統領のスタイルです。ラモス=オルタ大統領がこの日強調したのは東チモールのASEAN(東南アジア諸国連合)加盟の実現という強い想いでした。一方、首相に返り咲き、新首相となったシャナナ=グズマンはさすがです。出だしだけ来賓客に向けて英語を使いましたが、すぐに「すみません、わたしは国民に話さなければならないので……」と断りを入れてからテトゥン語に切り替え国民に向けたメッセージを発したのです。この二人のスタイルの違いは、人民という海を泳いだシャナナと、国際社会に窮状を訴え続けたラモス=オルタ、解放闘争時代の二人の活動の質の違いを反映していると思われます。
さてシャナナの演説ですが要約すれば、前政権による政策と国家機関の総点検をするという決意表明でした。間接的な前政権批判を外交上の来賓客を前に行ったのです。見直しまたは廃止にする対象としてこの日シャナナ首相がとり上げたのは、例えば、アタウロ島を地方自治体と決めた法律の廃止、飛び地・オイクシの開発計画や旅客船・ハクソロク号の監査などです。その他、国際空港の拡張工事(日本政府が大きく関与)の工事会社の契約見直しなど、数々の公共事業、そして警察組織内の科学捜査班の再構築などなど、前政権が推進した政策や国家機関について撤回を含めて見直し・総点検を100日~四か月かけて実施するというのがシャナナ新政権の基本姿勢であると就任式で強調したのです。旧政権を展望を失った政権と評するだけでなく、新政権の閣僚たちに向けても、「仕事ができない者は去れ」、「公用車から降りろ」、と渇を入れたのでした。
新政権による旧政権への徹底した厳しい批判的態度というのは日本人にとって(少なくともわたしにとって)誠にもって羨ましい限りです。前の政権の総点検を行う、灰色の開発事業は見直し・撤回をする、良くない法律は廃止する、というのは政権交代が実現するからこそ可能となります。これぞ今の日本にとって何よりも必要不可欠なこと。これぞ健全な政治の姿といえましょう。しかしながらそれはそれとして、シャナナの今回の政権樹立式典ですが、指導者たちのこれまでの活動をまとめて自画自賛するビデオを流して外国の来賓客を前にして自己陶酔に浸っているような妙な場面もありました。すべてがこれから始まる時点で新政権樹立式に自画自賛は余計です。何か良いことが達成されたら自画自賛すればよいのですから。そして気になるのはシャナナ首相とラモス=オルタ大統領の対立がすでに始まったといわれていることです。
週が明けて7月3日、新政権閣僚たちの初登庁の日です。9時前に政府庁舎に初出勤したシャナナ首相を待ち受ける政府職員はいませんでした(ましてや日本のように花束をもって出迎える職員はいませんでした、おやおや)。翌4日には初閣議がおこなわれました。これまで見慣れたニュース映像は、閣僚たちが席に座っているところにタウル=マタン=ルアク首相がゆっくりと登場すると閣僚たちが立ち上がって迎え、首相が両手を広げ皆に座るように指示する光景でしたが、これをシャナナ首相がやっていました。報道によれば今後120日間で最優先させる前政権に対する点検事項は何か、とシャナナ首相は各閣僚に確認したといいます。
凡庸で既視感の強い第九次立憲政府の顔ぶれ
新政府の閣僚の顔ぶれですが、CNRTから33名、民主党から10名、無所属の4名、合計47名で、首相にカイ=ララ=シャナナ=グズマン (CNRT)、副首相にCNRTの書記長であるフランシスコ=カルブアルディ=ライが経済・観光・環境担当調整大臣を兼務、もう一人の副首相にCNRTと連立を組む民主党の党首・マリアノ=サビノ=ロペスが経済・観光・環境担当調整大臣を兼務します。そしてシャナナの懐刀であるアジオ=ペレイラが指定席ともいえる内閣長官の席に座りました。大臣職は21(副首相の兼務を含む)、副大臣職は10、長官職が15、が用意されました。そして女性は、大臣が4名、副大臣が2名、長官が1名です。47名のうち女性が7人とは……国会議長席が6人のうち5人が女性で占められたことから抱かせる期待からすれば凡庸な男世界となってしまったものです。そして閣僚名簿には昔シャナナ政権で登場した者たちがずらり再登場となり既視感の強い顔ぶれになっています。変化を期待させるシャナナ首相の意気込みとは相反して新鮮味がありません。
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第九次立憲政府の閣僚
【首相・副首相】
- 首相 カイ=ララ=シャナナ=グズマン CNRT
- 副首相・兼・経済・観光・環境担当調整大臣 フランシスコ=カルブアルディ=ライ CNRT
- 副首相 兼・農村開発担当調整大臣 マリアノ=サビノ=ロペス 民主党
【大臣】
- 内閣長官 エルメネジルド=アントニノ=カブラル=ペレイラ(通称 アジオ=ペレイラ) CNRT
- 財務大臣 サンティナ=カルドソ CNRT
- 外務協力大臣 ベンディト=ドス=サントス=フレイタス CNRT
- 法務大臣 アマンディオ=デ=サ=ベネビデス CNRT
- 行政大臣 トーマス=ド=ロザリオ=カブラル CNRT
- 保健大臣 エリア=ドス=レイス=アマラル CNRT
- 教育大臣 ドゥルセ=デ=ジェスス CNRT
- 上級教育・科学・文化大臣 ジョゼ=オノリオ=ダ=コスタ=ジェロニモ 民主党
- 民族解放戦士担当大臣 ギル=ダ=コスタ=モンテイロ=オアン=ソロ CNRT
- 公共事業大臣 サムエル=マルサル CNRT
- 運輸通信大臣 ミゲル マルケス ゴンサルベス マネテル CNRT
- 通商産業大臣 フィリプス=ニノ=ペレイラ 民主党
- 農林家畜水産大臣 マルコ=ダ=クルス CNRT
- 防衛大臣 ドナシアーノ=ゴメス 無所属(国防軍からの引き抜き)
- 石油大臣 フランシスコ=ダ=コスタ=モンテイロ CNRT
- 内務大臣 フランシスコ=ダ=コスタ=グテレス CNRT
- 社会連帯包括大臣 ベロニカ=ダス=レイス 無所属
- 青年・スポーツ・芸術・文化大臣 ネリオ=イザク=サルメント CNRT
- 戦略投資大臣 ガスタン=フランシスコ=デ=ソウザ 民主党
【副大臣】
- 国会担当副大臣 アデリト=ウーゴ=ダ=コスタ CNRT
- 財務副大臣 エルダ=ロペス CNRT
- ASEAN担当副大臣 ミレナ=マリア=ダ=コスタ 無所属
- 機関能力強化副大臣 パウロ=マヌエル=ドス=レメディオス CNRT
- 保健機関強化副大臣 ジョゼ=ドス=レイス=マグノ CNRT
- 基盤整備副大臣 ジュリオ=ドゥ=カルモ 民主党
- 行政副大臣 ジャシント=リゴベルト=デ=デウス CNRT
- 通商副大臣 アウグスト=ジニオル=トリンダデ 民主党
- 社会連帯包括副大臣 セウ=ブリテス CNRT
- 病院運営化副大臣 フラビオ=フランダン 民主党
【長官】
- 平等庁長官 エビナ=デ=ソウザ=カルバーリョ 民主党
- メディア庁長官 エクスペディト=ディアス=シメネス 無所属
- 土地所有庁長官 ジャイメ=シャビエル=ロペス CNRT
- 中等教育・技術学校庁長官 ドミンゴス=レモス=ロペス CNRT
37.電気・水・衛生庁長官 サントス=ノローニャ CNRT
- 芸術・文化庁長官 ジョルジュ=ソアレス=クリスタバン CNRT
- 水産庁長官 ドミンゴス=ダ=コスタ=ドス=サントス CNRT
- 家畜庁長官 ジョゼ=ビエイラ=デ=アラウジョ CNRT
- 森林庁長官 フェルナンディニョ=ビエイラ 民主党
- 協同組合庁長官 アルセニオ=ペレイラ=ダ=シルバ CNRT
- 職業訓練雇用庁長官 ロジェリオ=アラウジョ=メンドンサ CNRT
- 村落開発庁長官 マテウス=ドス=サントス=タロ CNRT
- 地名及び都市計画庁長官 ジェルマノ=サンタ=ブリテス=ディアス CNRT
- 市民擁護庁長官 マリアノ=レイス 民主党
- 元戦士庁長官 セザール=ダ=シルバ=ドス=サントス CNRT
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まさしく気候変動、〝乾季〟の大雨
政権樹立式典の週末から週が明けると、新政府の面々は初登庁・初閣議をして、いよいよ第九次立憲政府は始動しました。それを待ち構えていたのは大雨による大災害でした。
7月となれば東チモールは乾季に入ったと十分にいってよい時期です。しかし今年は6月半ばから7月にかけて東チモールに雨を降らせる雨雲が発生しました。
その雨雲は、雨季に雨を降らせる雨雲ではありません。そもそも雨季に雨を降らせる雨雲とは、東チモールとオーストラリアの間にあるチモール海に発生する雲です。雨季を過ぎたこの時期に発生したのは、チモール島とその東部に位置するニューギニア島の間に発生した雨雲でした。雨季に発生するチモール海生まれの雨雲は、首都デリ(Dili、ディリ)の町から見ると、まず南部の山岳部から顔をのぞかせ時間がたつにつれゆっくりと首都上空を覆い、そして雨を降らせながら北の海へと去っていく雲です。ところが6月半ばから雨を降らせ始めた雨雲は明らかに行動様式が違っていました。その雨雲は首都デリの中心地から見て、わたしの滞在するベコラ方面の山岳部から首都に覆いかぶろうと行動します。つまり東側からやって来るのです。衛星写真を見るとこの雨雲の発生元はチモール島とニューギニア島の間です。東側からやって来る雨雲の雨の降らせ方は、南からやって来る雨季の雨雲(チモール海生まれ)の雨の降らせ方と明確に異なります。この季節外れの雨雲による雨とは、日本人にしてみれば馴染みのある雨です。シトシトピッちゃんと降ったり、シャワーのようにシャ~ッと降ったり止んだり、強く降ったり弱く降ったりしながら、長時間に渡って降りしきります。そして雨雲はなかなか北の海の方になかなか去ってくれないのです。
乾季に入ったこの時期に発生し東チモールを覆った雨雲は大きな自然災害をもたらしました。
南部を中心に大雨による災害
新政権樹立式典の週末から週明け4~5日にかけての雨は、山岳部地方、特に南部の沿岸地方に近い地域において、たいへんな災害をもたらしました。この大雨は大洪水を引き起こし、道路・橋の寸断、地滑り・土砂崩れ、川の氾濫による人的被害、民家・建物・田畑の損壊など、もしかして2021年4月に首都にもたらした大災害に匹敵するほどの規模になるかもしれません。
7月5日の時点で市民擁護庁の発表によると、九つの地方自治体で274棟の家が被害にあったとのことです。またラウテン地方では下校時の生徒4人(10代後半)が氾濫した川に吞まれ、その後、3人は救助されましたが、一人が行方不明になったようです。
『インデペンデンテ』(2023年7月5日)によれば、コバリマ地方で3日間の大雨で住民は眠れない夜を過ごし、この住民からの情報によると7月4日の時点で165棟の家が危険にさらされたとのことです。そして7月2日からの雨の降り方が尋常ではないと語っています。
道路・橋の分断は人と物の流れの遮断を意味し、その地域の住民にとっては死活問題となります。シャナナ首相は緊急行動をとるように閣僚に指示を出しました。被害の実態はまだ全容が明らかになっていません。シャナナ新政権を待ち受けていたのは野党や市民団体による批判ではなく、気候変動による自然災害でした。被害者への救援活動と復旧作業を早急にできるかどうか、政権は発足早々に手腕が厳しく問われる事態に直面してしまいました。自然は待ってくれません。
青山森人の東チモールだより 第494号(2023年7月9日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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