お久しぶりです。中野@南京でございます。
青山雫氏のレジュメを拝読しました。異郷にありてご報告発表に参加できないことは、かえすがえす残念なことでありますが、「どうしても感想を」と筆をとる次第であります。
青山雫氏は価値形態論は、1電子マネー時代の現代にそぐわないこと、2貨幣の商品起源説は歴史的事実にそぐわないことをもって「役に立たない」と切り捨てているようですね。
価値形態論を「貨幣の歴史的発生論」および「貨幣の歴史的発展の前提」としてとらえるならば、まさにそのとおりだと思います。
しかし、価値形態論の意義はそこにはないのではないでしょうか。それは、「商品経済は貨幣を絶対に必要とすること」、「貨幣が直接的交換可能性(流動性)を独占すること」を論証する場だと思うのです。マルクスはそれを貨幣の商品起源説に託して論証したのだと思います(これは時代的制約だから仕方がない)。
実は、商品起源であろうと、「お上」が制定するものであろうと、経済人類学が想定するような「呪物」起源であろうと、「商品経済は、直接的交換可能性(流動性)を独占するものを絶対に必要とする」ということが明らかになればそれでいいのではないでしょうか。