面白うてやがて悲しき『左遷を楽しむ』

書評:片桐幸雄著 『左遷を楽しむ』(社会評論社刊 1800円+税) を読んで

 

「国鉄民営化」が言われていた頃、ある漫才コンビが「国鉄とは国の金を失うと書く、だから民活が必要」と笑いを取ろうとしているのを見て、そのコンビが嫌いになった。

郵政民営化選挙の折、選挙はいつも棄権と言っていた同僚から「俺たちに比べて郵政職員が優遇されているのはおかしい、と思ったので民営化推進に投票しに行った」と聞き、そういう問題じゃないだろう、と腹立たしかった。さて「道路公団民営化」・・・。この本を読んで、確かに猪瀬直樹氏が顔を出し、なんでこの人が?と思ったことがあったけれど、国鉄、郵政のように関心を持っていた訳ではなかった。子供の頃から今日まで自家用車とは全く縁のない暮らしのせいかと思う。著者が週刊誌に登場し、全国津々浦々に面が割れている人とは知りませんでした。なのでこの本は大手企業の社長派隊反社長派のやり取りの中での出来事として読んでいった。著者にとっては大いに不満なところでしょうがお許し下さい。

はじめに「カミさんの涙」とあるので、そりゃー奥さんは左遷となればさめざめとかおんおんとか泣くでしょう、と読んだら左遷先から東京へ戻ることになって地元の良き人々との出会いを思う感涙であり惜別の涙でもあるようなのでいきなり驚かされてしまった。

あとは片桐氏応援団となり「藤井さん、逆の立場だったらあなたは落ち込むのでしょうけれど、片桐さんとあなたとは人間の出来が違うの。」とばかりすいすい読み進んだ。

栗林公園内での地元の人にもあまり知られていないような朝粥や昼食会をしっかり楽しむというのも、ゆったりとした時の流れと片桐氏本来の嗅覚の良さのせいなのだろうか。

「Um gramm」と言う大衆食堂にも是非行ってみたい。滞在型旅行で地図とこの本を片手に高松を訪れたくなる。一週間で満喫できるだろうか・・・無理だろうな。片桐氏が羨ましい。柄の悪い私は読みながら所々で藤井め、ざまーみろ!と毒づいていたが、当初この本のタイトルは『左遷を楽しむ法』と勘違いしていた。読み終わって「法」が付かないのは誰でもが楽しめるわけではなく、片桐氏だからこそ楽しめたのだと思った。

仕事以外に自分のライフワークをしっかり持っていること。ライフワークが主で仕事(会社勤め)は従であること。そんな人でなければ『左遷を楽しむ』ことは出来ないだろう。

実は、我が連れ合いは窓際族になって終日興味のある本を読んで過ごしたいと熱望していた。大企業ならばあちこちへの左遷もあるのだろうが営業所もない中小企業では叶わぬこと。ならばせめて窓際族でもと思ったのだろうが、多くの中小企業にはそんな余裕もないので、「これ以上時間を無駄に出来ない」とばかりにさっさと会社を辞めてしまった。

そんなことを思い出すと大手、中小の格差をしみじみ感じ、哀しいなあとなってしまう。

とは言え読んでいて、くすっと笑ったり、じーんときたり、風景描写なども目に浮かぶようで心地よかった。夏目漱石風筆の運びや、お世話になった人たちの紹介箇所での須賀敦子を思わせるような透明感のある文章など、私も『左遷を楽しむ』を楽しませて頂いた。

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