このたび社会評論社から、私の著書『転回点としての<現代>を問う』が全五巻で出版されることになりました。これは、現在75歳を迎えようとする私にとって文字通りライフワークとなる著作です。
この本の出発点となっているのは、私が18歳の高校生であった時代に経験した60年代末の第二次安保闘争や東大・日大闘争を頂点とする全共闘運動から受けた衝撃です。その衝撃は、私がその後の人生において経てきた様々な思想上の、また生活上の紆余曲折のなかでも決して消え去ることはありませんでした。この本で私は自分のなかに今なお残っているこの衝撃の跡をたどりながら、それが私の人生にもたらしたものが何であったかを捉えなおそうとしました。それは決して回顧談や懐旧談を語るためではありません。不遜に聞こえるかもしれませんが、私は今あの1960年代末の激動の時代を体験した私たちの世代の核となってきたもの、そして私たちがどうしても後の世代に伝え託したいと思っているものを明らかにしたいと思っているのです。
ではなぜそうしたいと考えるのか、そしていかなることを伝えたいと思っているのか。ある意味今いった自分の過去への拘泥とは裏腹に聞こえるかもしれませんが、じつは21世紀に入ってわれわれが直面しなければならなかった状況に対する危機感がそのことへと私を駆り立てていったのでした。その最初のきっかけとなったのは2001年9月11日のいわゆる「同時多発テロ」でした。さらには2008年の金融危機、2011年3月11日の東日本大震災がそれを加速させました。これらの出来事は、21世紀がひょっとすると破局に向かって世界が暴走を開始する時代となるのではないかという予感をかき立てたからです。その予感は的中しました。今世界は、グローバルなマネー資本主義と強権的な権威主義と蒙昧な極右ポピュリズムとが、人々を刹那的な衝動や欲望へと駆り立てるSNSのような電子情報ネットワークの持つ力によりながら、世界を暴力と分断と抑圧のせめぎあうるつぼへと駆り立てています。ウクライナやガザの悲惨な「戦争」はこのような状況のなかで始まったのでした。ところが今世界にはこのような深刻な状況を前にして、カネや地位や権力への欲望をむき出しにすることが素直な「ホンネ」の表現であると誉めそやし、この状況を打開しようとする努力、たとえば自分たちと異なる他者に対する共感や共生を求めようとすることや、抑圧や差別・格差もさらされ苦しんでいる人々の救済・解放のために戦おうとすることを、さらにはそうした救済・解放のための思想や理論を追求しようとすることを、「タテマエ」や「偽善」であると非難したり侮蔑したりするような風潮が蔓延しています。トランプやネタニヤフのような人間が我が物顔に跋扈しているのはそのせいです。これは、思想や理論、理念や理想をだけでなく人間そのものをも侮蔑し否定する最低最悪のシニシズムの現われに他なりません。そして暴力も抑圧も差別も、他者の悲しみや苦しみも知らぬげに自らのエゴイスティックな欲望だけを追求するこうした風潮を放置することは、必ず人類の生活はおろか地球全体を危うくするような決定的な危機を招くことになるでしょう。こうした危機に立ち向かう努力をないがしろにしてはなりません。そして今そうした努力を蘇らせるためには、あの解放を希求した60年代末の経験をもう一度捉え直し、それを出発点としながら、思想・理論の持つラディカルな批判の力や新たな社会や歴史を構想する力をもう一度獲得するための模索を始めることがぜひとも必要であると考えます。
私はこの本でそうした模索を、カール・マルクス(1818-1883)、フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)、テオドーア・W・アドルノ(1903-1969)という三人の思想家を準拠点としつつ近代市民社会の歴史の捉え返しを行うことを通して進めようとしています。産業資本主義と国民国家体制の誕生した19世紀、戦争と革命の世紀としての20世紀、そして暴力と破局の21世紀と続く歴史をたどり直しながら、危機を克服するための新たな思想・理論の可能性のとば口を見いだすためです。もとより明確な回答が示されているわけではありませんが、三人の思想家に加え、現象学や構造主義、ポスト構造主義などの潮流はもちろん、政治経済、社会、哲学、文学、音楽などの多様なジャンルを縦横に横断しながら、新たな思想・理論の可能性を追求しえたことにはささやかですが自負を感じております。
厳しい出版事情のなか、400字詰め原稿用紙にして8000枚をこえるこの著作の刊行はいささか反時代的ともいえる冒険であり、全巻刊行までには幾多の困難が待ち構えていると思われます。それでもこの著作の刊行が、あらためて人間や社会について原理的な次元にたちかえって反省し、時代の課題に応える新たな思想・理論の構築に貢献できると信じております。その思いを拠りどころとしつつ、社会評論社とともに全巻の出版に向けて努力を傾けていきたいと思っております。ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。 高橋順一
高橋順一(たかはしじゅんいち)1950年仙台市生まれ。現在早稲田大学名誉教授。立教大学卒業・埼玉大学大学院修了。1968年から69年にかけての高校生時代に革共同中核派の一員として70年安保闘争や東大・日大闘争などに参加する。1970年青学大入学後は共産同叛旗派に加わりブントの党内闘争に関わるとともに、三里塚・沖縄・砂川闘争を担っていく。72年三里塚闘争によって逮捕され獄中にあったとき連合赤軍問題に遭遇しその衝撃から運動を離脱する。その後立教大学に再入学し、マルクス・ヘーゲル・フッサール・メルロー=ポンティ・ベンヤミン・アドルノ・吉本隆明・廣松渉らの著作を通じてドイツを中心とするヨーロッパ思想史および戦後日本思想の研究に取り組んでいく。その傍ら文学や音楽の分野にも手を染めていった。その過程でフォーラム90S‘、アソシエ21,変革のためのアソシエの活動や、雑誌『情況』の編集活動にも関わる。著書に『現代思想の境位』(共編著 エスエル出版会)『始源のトポス』(同)『越境する思考』(青弓社)『市民社会の弁証法』(弘文堂)『ヴァルター・ベンヤミン』(講談社現代新書)『ニーチェ事典』(共編著 弘文堂)『響きと思考のあいだ リヒャルト・ヴァーグナーと十九世紀近代』(青弓社)『戦争と暴力の系譜学』(実践社)『ヴァルター・ベンヤミン解読 希望なき時代の希望の根源』(社会評論社)『吉本隆明と親鸞』(同)『吉本隆明と共同幻想』(同)など。翻訳書にベンヤミン『パサージュ論』(共訳 岩波文庫)アドルノ『ヴァーグナー試論』(作品社)同『哲学用語入門』(同)。
【刊行予定表】
第一巻
高橋順一『転回点としての<現代>を問う1―「三・一一以後」の世界と<市民社会の弁証法>の行方 ―』
2026年1月7日刊行 定価8500円
第二巻
同『転回点としての<現代>を問う2― 再検証の試み アドルノの政治・社会思想 ―』
2026年内刊行予定 定価未定
第三巻
同『転回点としての<現代>を問う3― 再検証の試み アドルノの哲学・美学思想 ―』
2026年刊行予定 定価未定
第四巻
同『転回点としての<現代>を問う4― 再検証の試み 冷戦終焉後のマルクス思想の核心とは』
2027年刊行予定 定価未定
第五巻
同『転回点としての<現代>を問う5― 再検証の試み ニーチェと二〇世紀の命運 ハイデガーを介しながら』
2027年刊行予定 定価未定
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1354:250706〕












