NATO同盟国で反プーチン派ロシア・テレビ禁止――ラトヴィアの一事件に見る戦争極限心理――

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 ベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2022年12月10日、p.2)、ビリャナ・ミトリノヴィチ・ラシェヴィチ署名の記事「ラトヴィアはロシア反対派テレビ放送さえ禁止した」は考えこまさせる。意訳・紹介する。
 プーチン政権下で12年間反対派テレビ局としてモスクワで活躍して来たドーシチ放送は、露烏戦争下において「外国代理人」とされて、2022年7月以来、ラトヴィアの首都リガに本拠を移して活動して来た。ラトヴィアはNATO加盟国であり、対露最前線に位置する。そんなラトヴィアにおいて反プーチンのテレビ局ドーシチが放送免許を否認されて放映出来なくなった。12月6日(火)の事である。
 ドーシチの記者が放映中に露軍を「わが軍」、直訳調では「われわれの軍」と語った事が問題となったらしい。ドーシチ放送は、その記者を解雇し、さらに1万ユーロの罰金を支払わされたが、それだけでは収まらず、ラトヴィアの電子メディア規制委員会は、30分ほどの審議だけでドーシチの免許を取り上げてしまった。「国家安全保障と公共秩序に対する脅威」がその理由である。
 ドーシチ放送社長の抗議によれば、ドーシチは、クリミア併合に反対し、ウクライナ侵攻に反対し、ロシア連邦内外のロシア人市民に真実をとどける仕事をして来た。「わが軍」、「われわれの軍」が「戦争犯罪を犯している。」と言う文脈でロシア人市民へ呼び掛ける表現であった。ドーシチ放送社長は、規制委員会の決定を馬鹿気たことだと非難する。規制委議長、ドーシチ放送の天気予報図にクリミア半島をロシア領とする地図を使用していたではないか。ドーシチ社長、私の記憶に誤りがなかりせば、それはクリミア併合以前のことだ。
 ビリャナ記者の理解によれば、ウクライナ戦争の十ヶ月間に、バルト海諸国の社会意識では、反対派ロシア人と「真の」ロシア人との差異はどんどん消えて行ったようだ。ロシア人はロシア人だ。

 私=岩田の推量的感想を述べる。戦争においては、わが軍と敵軍しかいなくなる。ロシア人の戦争反対派、反戦論者は、戦争の当事者ではない。戦争を対象化している。それに対して、この事件に登場するラトヴィア人はすでに戦争当事者の社会心理にある。ウクライナ軍=ラトヴィア軍=我が軍、ロシア軍=敵軍、それだけである。ドーシチのロシア人反対派のように「我が軍、ロシア軍が戦争犯罪を犯している。」と言う表現さえ反現実のように聞こえる。現実は、直截に「ロシア=敵=悪=犯罪=鬼=魔」だけである。敵軍=わが軍とは何たる事か!ロシアに関して「われ」や「われわれ」なる表現が許されない情況において、ロシア人市民派は、ロシア軍を示すに「わが軍」とテレビで発言してしまった。
ところで、「真の」ロシア人コメンテーターに言わせれば、ドーシチ達は、ロシア人若者を反プーチン政権に向かわせる役目を西側に期待されて、それなりにその役割を果たし終えて、御役御免にされたと言う単純な事態に過ぎない。

 私=岩田は、ロシアやセルビアのリベラル・デモクラット達が北米西欧市民社会の露烏戦争認識を同胞に伝えようとする努力を立派と見るものである。と同時に、大変気掛かりな事がある。北米西欧市民社会深層のリーダー達の権力支配・貨幣増殖・普遍強制への執念に、彼等が鈍感なことである。その結果がこの悲劇であろう。

                    令和4年師走24日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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