はじめに
依頼テーマ:「新自由主義政策と新たな財閥再編――日本経済の進路」
頭記への修正:2008リーマンショック以降「新自由主義政策」→「何でもあり」へ
「財閥・企業集団」→大きな解体再編過程.背景に資本主義のグローバル化
報告の構成と狙い:(Ⅰ) 企業と資本の経済理論を一瞥することによって、資産の所有と一体化していた資本が、所有と経営の乖離を進めるに従ってその機能を純化してきた過程を示し、(Ⅱ) 戦後日本資本主義の支配的資本つまり経済主体となった企業集団構成企業における日本的経営・生産システムが、その過程のピークを示すものであったことを論じた上で、(Ⅲ) 冷戦終結後の米国主導の資本主義のグローバル化の中で、それがどのような変容をとげつつあるのか、(Ⅳ) その結果、日本企業ひいては日本資本主義は、どのような問題に直面しているかについて試論する。
Ⅰ.企業と資本の経済理論
Ⅰ−1 原理論における資本と企業
・資本とは何か? 「自己増殖する価値の運動体」(マルクス、宇野弘蔵)
・原理論の資本(資本家)は個人企業を前提。資産(生産手段)の所有者が同時に資本。
家(所有と経営の一致)。企業は「点」であって産業別・企業別の個性は捨象。
・資本家は自らの運動が作り出す経済法則に支配され、経営における裁量の余地は無い。
Ⅰ—2 段階論における資本と企業(1)——自由主義段階——
・3000以上の個人企業(パートナーシップを含む)からなる綿工業企業(軽工業段階)。
・原理論における企業と同様に、経営における裁量の余地は少ない。
Ⅰ−3 段階論における資本と企業(2)——帝国主義段階——
・重工業株式会社(金融資本)の登場によって、経営者による裁量が可能になる。
・資本の二重化(現実資本と株式資本)→所有と経営の分離(大株主の支配)→経営者
の登場(配当政策、資金調達、生産計画、マーケッティング、企業提携等)→経営学
の登場。
・金融資本のドイツ型と米国型:資本(株式)市場の在り方と独占形成の違いで。(ドイツ
のカルテルと米国のトラスト、日本の財閥コンツェルン)
Ⅰ—4 現代資本主義における金融資本の変容(米国型と日本型)
・現代資本主義とは? 両大戦間期を過渡期とする「社会主義と対立する資本主義」(宇
野弘蔵):三つの指標(管理通貨制、大衆民主主義、福祉国家)。*ソ連崩壊後をどう考
えるか?
・米国の経営者(支配)資本主義:株式所有の分散による支配的大株主の減少・消滅(バ
ーリ・ミーンズ『近代株式会社と私有財産』1932年、A.D.チャンドラー2世『The Visible
Hand, 1977.邦訳『経営者の時代』)。
・日本の法人資本主義(企業集団):企業間株式持合による経営者の相互信任(詳細後述)。
・共通する特質:資本家隠しの資本家的企業(peaple’s capitalism)。資本家とは「資本
の運動の人格的担い手」だから、経営者こそ資本家。
・ その基盤:大衆民主主義下の大量消費社会(支配的産業としての耐久消費財産業産業)
Ⅱ.日本的経営・生産システム(会社主義)の構造と意義
Ⅱ−1:法人資本主義(用語は、奥村宏『法人資本主義』1975年)
・大企業株式会社(上場会社)の支配的大株主が法人株主によって占められる状態
・企業集団の形成(旧3大財閥系と銀行系3集団):大企業相互の、特に銀行を中心と
した業種を超えての株式持合+系列融資・集団内取引・共同投資・社長会
・ほぼ完全な経営者支配の確立:社長は自社の大株主ではないが、同系他社の大株主で
ある自社の代表者として株主権が行使できる。社長会はその集合体=大株主会。
・その社長の出自は従業員(新入社員→係長→課長→部長/→取締役→(常務・専務・
副社長)→社長。欧米(アングロサクソン系)ではBusiness School 出の経営者マー
ケットから供給される。後述する内部労働市場の延長線上に内部経営者市場。
・米国では、戦後強大な資産家となった年金基金等の機関投資家の経営者に対する反乱
が目立つが、日本では経営者の独裁が徹底。
Ⅱ−2:日本的労使関係・経営システム(大企業の正規従業員):いわゆる終身雇用・年功
賃金・企業別組合の「三種の神器」(アベグレン)
・① 大学(White C)高校(Blue C)の新卒の「社員」としての一括採用(身分差の撤
廃)、② 職務区分無く期間の定めのない定年までの長期雇用、③ 俗人色の強い年功賃
金制度(戦後インフレ期の生活給から出発), ④ 長期間をかけての勤務評価による能
力主義的選別での、しばしば中間管理職への配置転換を伴う内部昇進制度→激しい同
世代間競争→中間管理職・経営者の選抜(一種の選挙制)→職務の専門家でなく所属
企業の専門家(転職してもつぶしが利かない)
[欧米の場合]労働市場vs経営者市場。職務ごとに細分された労働市場(職務と賃率
の連動)
・トップから末端まで「会社員」としての同質性、連続性(末端ほど労働者性が強く、
上向するほど経営者性が強まるという、階級・階層区分の不明確性)、中間に広いグレ
ーゾーンが存在(「奴らと俺たち」の世界との違い).経営者に労働者的性格が残り、
労働者が次第に経営者的性格を帯びる
・企業別労働組合:階級性の希薄化。組合役員への出向→会社の人事管理の一環に組み
込まれる
・企業の共同体的性格(会社人間)
Ⅱ−3:日本的生産システム:現場主義
・労働者:① On the Job Training を基本とする技能習得、② Job Rotation による多能
工としての育成(自分の職場・両隣の職場・両隣建屋内の職場の仕事をこなす)、③一
部は技術者の仕事もこなす(メンテナンス、トヨタのあんどん:ライン停止の権限)
・技術者:中央研究所と共に工場現場に配置、作業現場の提起する問題の取り組み
・最終工程における欠陥製品の排除でなく、生産プロセスでの品質の作り込み
・管理職場単位を基礎とした小集団活動(生産・経営両面でのカイゼン運動)
Ⅱ−4:会社主義の意義:全員参加経営
・旧ソ連、中国の学者による日本の工場見学の印象:日本の方が社会主義的
私の答:社会主義でなく会社主義(馬場宏二が学術用語に)
Ⅲ.資本主義のグローバル化と企業のグローバル化
Ⅲ−1.現代資本主義の3局面
1)ケインズ主義と福祉国家形成(1945〜80):社会主義への譲歩と対抗
・東西冷戦(パックス・ルッソ=アメリカーナ)を背景としたIMF(金・ドル本位制)
体制、大衆民主主義、ケインズ政策による福祉国家形成:1960年代から70年代初頭
にピーク(米国ジョンソン政権「偉大な社会」,日本1973「福祉元年」)
・福祉国家とは? (社会主義的理念の資本主義への部分的内部化:生存権と労働基本権)
・その挫折:ベトナム敗戦と石油危機:スタグフレーション+アブセンティズム(米・
英などアングロサクソン系と仏・伊などラテン系諸国で深刻.例外は日・独)
2)過渡期としての市場原理主義と新自由主義(1980〜90):資本主義的反動
・英国:サッチャー政権、米国:レーガン政権
・福祉縮小・労組つぶし、規制緩和と小さな政府、対ソ軍拡競争
3)米国単独覇権下のグローバリゼーション(1990〜現在)
・ソ連型社会主義の崩壊と中国の市場経済化
・米国単独覇権の確立:ICT技術革新、インターネットの民間開放、米国経済の巻き返
し(敗北した製造業、農業と金融業での)
・ICT革新に支えられての金融グローバリゼーションと産業グローバリゼーション:そ
れぞれを担う金融資本の2類型(投資銀行と情報通信企業)
Ⅲ—2.金融グローバリゼーション
・米国主導の金融グローバリゼーション:アメリカナイゼーション
・他国への金融市場の自由化押しつけ:貨幣市場を資本市場で繋ぐ米国金融市場の世界
化、24時間常時取引可能なグローバル貨幣(為替)市場と資本(証券)市場の成立
・投資銀行を主役とした金融化商品(サブプライムローンの証券化,多段階CDなど)、
金融派生商品(デリバティブ)の開発・販売:リスクの不分明化
・景気循環の変容:バブルの頻発、産業循環からバブル循環へ
・その帰結2008年秋のリーマンショック:金融規制の復活と抵抗のせめぎ合い
・日本でのバブルとその崩壊(1990s)の先行:日本のメガバンクの投資銀行業務拡大
はこの後のこと:日本の3大メガバンクは世界金融市場を席巻できるか?
Ⅲ—3.産業グローバリゼーション
・発端:90s米国製造業のリストラクチャリング:部品・製品のアウトソーシング、オ
フショアリング,海外直接投資
・中国などBRICs(労働力大国)の台頭とその外資利用による工業化政策の結合(祖型
は1970sのNICs):資本移動による労働力市場の事実上の世界化(グローバリゼー
ションの本質)=資本にとっての労働力商品の供給制約の量的・質的緩和
・新興国の急成長と先進諸国の産業空洞化と労働市場需給の悪化(失業拡大)
・ICT革新を背景とした産業グローバリゼーションの展開
・ICT関連産業(パソコン・携帯電話・スマホ等およびソフト供給企業)の特質(自動
車・家電との対比で):
・擦り合わせ(integral)型(自動車・家電)と組み合わせ(modular)型
・modular型産業における生産工程の(レゴブロックのような)細分割化。産業内・企業
内国際分業の展開:各部品の生産と組立について、最適な労働力(技能・技術と労賃)
が調達可能になる(労働市場の事実上の世界化)。+運輸革新(空輸と大量化)
・米国のマイクロソフト、アップル、デルなど:設計部門と販売部門を掌握し、生産部
門は持たないファブレス企業が典型
・日本企業はintegral型の自動車がなお有力なため、modular型への進出に立ち後れ、
米系資本への高級部品供給者に甘んじている。
Ⅳ.展望——日本企業ひいては日本資本主義のゆくえ
Ⅳ−1 グローバル市場を舞台とした二つの新しい金融資本類型(仮説)
・投資銀行型とICT関連型産業企業:なお米系世界企業がイニシャティヴ
日本出自の世界企業:ソニー、ソフトバンクていど
・このタイプの世界では日本の「企業集団」型金融資本は時代遅れ
・むしろ自動車産業のmodular化に注目:電気(電池)自動車、水素自動車の登場と自動
車へのIoTが進めば、自動車産業自体がmodular産業化する可能性がある
Ⅳ—2 より大きな視野と長期的視点からの展望
・「モノ造り神話」からの解放の必要:その二つの根拠:
1)歴史的必然から 2)私の価値観から
・日本企業の社会主義的変革との関連:日本的経営・生産方式の到達点と限界(再論)
1)所有論視角(所有の社会化論)からの社会主義論
2)労働力商品化の止揚論視角からの社会主義論
参考文献:① 柴垣和夫『現代資本主義の論理』(1997年、日本経済評論社)第1章「福祉国家・日本的経営・社会主義」第2章「資本と企業の経済理論」。② 柴垣「グローバル資本主義の本質とその歴史的位相」(政治経済研究所『政経研究』90号、2008年5月。③ 柴垣「宇野理論と現代資本主義」(桜井毅・山口重克・柴垣和夫・伊藤誠編『宇野理論の現在と論点』(社会評論社、2010年、所収)。④ 柴垣「戦後日本資本主義」(鶴田満彦・長島誠一編『マルクス経済学と現代資本主義』(桜井書店、2015年、所収)
日時:1月16日(土)1:30~5:00
場所:明治大学・駿河台校舎・研究棟第9会議室(2階)
JR「御茶ノ水」駅から徒歩4分―明治大学リバティタワー裏手
テーマ: 「資本主義のグローバル化と日本の産業・企業構造の再編成」
講師:柴垣和夫(東京大学名誉教授)
参考文献:『現代資本主義の論理-過渡期社会の経済学─』柴垣和夫著(日本経済評論社,1997年)
『マルクス=宇野経済学とともに』柴垣和夫著(日本経済評論社,2011年)
論文「グローバル資本主義の本質とその歴史的位相」(政治経済研究所『政経研究』90号,2008年5月、所収)
論文「宇野理論と現代資本主義論ー段階論との関連でー」(櫻井・山口・柴垣・伊藤編『宇野理論の現在と論点ーマルクス経済学の展開ー』社会評論社、2010年)
論文「グローバル資本主義と経済政策-景気対策に焦点を置いて」(経済理論学会『季刊経済理論』51巻3号,2014年10月)
論文「戦後日本資本主義-その再生・発展・衰退-」(鶴田満彦・長島誠一編『マルクス経済学と現代資本主義』桜井書店,2015年)
参加費・資料代:500円
共催:現代史研究会&ちきゅう座 問い合わせ先/090-4592-2845(松田)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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