2014年9月13日世界資本主義フォーラムにて報告 モンドラゴン協同組合企業グループをどう見るか

スペインのバスク地方を基盤とするモンドラゴン労働者協同組合企業グループは、成功した労働者協同組合の一大グループとして、世界的にも注目されてきた。その工業部門の中心的企業でもある「ファゴール家電」 (労働者協同組合)はスペイン最大手、EU全体でも有数の家電メーカーでもあった。そのことは、労働者が資本家なしでも、立派に近代的工場を、基幹産業を運営できることを示し、マルクスも、将来の共産主義社会の基礎として、労働者協同組合の全国的連合を構想していた。

しかしその成功していると見られていた「ファゴール家電」 が昨年2013年10月に多額の負債を抱えて倒産した。背景にはスペイン全体が陥っている経済危機があるとはいえ、モンドラゴン協同組合企業グループも大きな曲がり角にあるといえる。

 

<モンドラゴン協同組合企業グループ>

モンドラゴン協同組合企業 (スペイン語: Corporación Mondragón)グループは、スペインのバスク自治州に基盤をおく労働者協同組合の企業グループで、約250企業(120協同組合、約130のその他企業)(企業数については、違う説明もある)、8財団、1共済組合、13海外サービス機関からなり、約83,000人(うち約6割が組合員)の労働者を抱える巨大労働者協同組合グループで、スペイン国内だけでなく、国外にも工場などを持ち、一部、多国籍企業化している。

 

1980年の国際協同組合同盟(ICA)の第27回モスクワ大会におけるレイドロウ報告「西暦2000年の協同組合」によって、協同組合の成功例として、日本の総合農協とともに高く評価されたことから、世界的に注目されるようになった。

 

スペイン内戦時、人民戦線派の従軍記者・編集者として闘った、バスク人のカトリック聖職者ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父が、内戦後のフランコ統治下の1943年にスペイン・バスク地方の町モンドラゴンに開設した小さな技術専門学校を母体に、1956年にはその卒業生5人によって、彼らの名前の頭文字をとって「ウルゴール」と名づけられた最初の工業協同組合が作られ、石油ストーブとコンロの生産を始める。その後この労働者協同組合は家電部門へと生産と経営を拡大し、次々に新たな工業協同組合も設立し、これが今日スペイン最大手の家電メーカーとなりながらも、昨年2013年10月に多額の負債を抱えて倒産した「ファゴール家電」をはじめとするグループの前身となる。なお1956年には、これら労働者協同組合グループを資金的にサポートするものとして「労働人民金庫」が設立され、グループの中枢的機能を担うようになる。「モンドラゴン」は「ファゴール」グループを中心とする工業グループ、「エロスキ生協」を中心とする流通グループ、「労働人民金庫」や「ラグンアロ共済組合」を中心とする金融グループ、そして教育協同組合や技術専門学校、製品開発研究所、経営指導やコンサルタント部門などを含む、グループ全体の支援部門に分けられる。なおモンドラゴングループには、「ファゴール」(FAGOR)と名の付く企業は今回倒産したファゴール家電協同組合(FAGOR Electrodomesticos)以外にもいくつかあり、今回の倒産とは無関係の企業も存在する。

 

<労働者協同組合を取り上げる意味>

●株式会社が、株式の持ち株数に基づいて意思決定されるのに対して、協同組合は、出資金の多寡にかかわらず、組合員の一人一票によって意思決定される、その意味で、協同組合は、形態的には平等、民主的な機関である。

 

●生産手段を私的所有ではなく、組合員により共有する組織。(労働者協同組合・生産協同組合)

 

●協同組合工場は、資本家なしでも、労働者自身が、近代的工場を運営できることを示し、その工場の内部では、資本と労働の対立、搾取をなくす、資本主義から社会主義への過渡形態。(マルクスの評価)

 

「資本主義的株式企業は協同組合工場と同様に、資本制的生産様式から結合的(組合的、原語はdie assoziierte)生産様式への過渡形態とみなされるべきであるが、ただ対立が、前者では消極的に止揚され、後者では積極的に止揚されるのである。」

 

労働者たち自身の協同組合工場は、旧来の形態の内部では、旧来の形態の最初の突破である。といっても、それはもちろん、常に、その現実的組織においては、既存制度のあらゆる欠陥を再生産し、また再生産せざるをえないのであるが。だが、資本と労働との対立は、その工場の内部では止揚されている、――たとえ最初には、組合としての労働者たちは彼ら自身の資本家だという、すなわち、生産手段を彼ら自身の労働の価値増殖に使用するという、形態にすぎないとはいえ。こうした工場は、物質的生産諸力・およびこれに照応する社会的生産諸形態の特定の発展段階では、いかにして自然的に、一生産様式から新たな一生産様式が発展し出来上がるかを示す。協同組合工場は、資本制的生産様式から発生する工場制度がなければ発展しえなかったであろうし、また、この生産様式から発生する信用制度がなくても発展しえなかったであろう。信用制度は、資本制的個人企業が資本制的株式会社に漸次的に転形するための主要基礎をなすのと同じように、多かれ少なかれ国民的な規模での協同組合企業の漸次的拡張の手段を提供する。資本制的株式企業は協同組合工場と同じように、資本制的生産様式から組合的(原語はdie assoziierte)生産様式への過渡形態と見なされるべきであるが、ただ、対立が前者では消極的に止揚され、後者では積極的に止揚されているだけである。」(カール・マルクス『資本論』第3部第5篇第27章、下線部は引用者)

 

「もし連合した協同組合諸団体(united cooperative societies)が協同のプランに基づいて全国的生産を調整(regulate)し、かくしてそれを諸団体のコントロールの下に置き、資本制生産の宿命である不断の無政府と周期的変動を終えさせるとすれば、諸君、それは共産主義、“可能な”共産主義以外の何であろう」(カール・マルクス『フランスにおける内乱:国際労働者協会総評議会の呼びかけ』)

 

日本でも農協や生協は巨大で、一般化しているが、労働者協同組合は、最近はワーカーズコープやワーカーズコレクティブとも呼ばれ、一部では注目されつつあるが、まだ一般化していないし、歴史も浅く、多くは福祉や介護、清掃、食品製造や販売など、小規模で行うものが多い。農協や生協と違って法制化もされていない。

 

しかし多国籍企業を中心とする資本主義大企業が支配するこの資本主義社会全体を変革しようとする場合、多国籍企業などの基幹産業自体の在り方を変えないことには、根本的な変革にはならない。

ところがこのモンドラゴンは、先端技術をも含む基幹産業の一角で、民主的運営と効率性を両立させながら、これまでは持続的に発展、拡大してきたのである。

 

●このモンドラゴンの成功例は、基幹産業、先端産業でも、労働者協同組合形式でもって効率的に運営でき、成功できることを実証しており、資本主義に対するオルタナティブな社会・経済システムとして、労働者協同組合を基礎とした構想を根拠付けることにもなる。なお実はマルクスも上記のようにこのような労働者協同組合を基礎とした共産主義社会の構想を描いていたと思われる。

 

ところが旧ソ連は上意下達型の中央集権的指令経済になってしまい、労働者の主権、主体性・自発性、創意工夫を奪い、崩壊してしまったが、一方、旧ソ連のこの行き方に対抗して「労働者自主管理社会主義」を掲げて、まさに労働者協同組合的な企業管理をめざした旧ユーゴスラビアも、その利点を発揮できず、非効率と格差の拡大、悲劇的な民族紛争のうちに瓦解してしまった。なぜ旧ユーゴで失敗し、なぜモンドラゴンで、効率性とも両立させながら、持続的に発展しえているかも研究・検討されるべきである。しかしその成功しているといわれたモンドラゴンでも、ファゴール家電の倒産のように、資本主義社会の中で、しかもグローバル化が進んだ今日の社会の中で、生き残ってゆくのは大変なことでもある。

 

●労働者協同組合を育成、拡大してゆきさえすれば、社会が根本的に変わるのであろうか。残念ながら問題はそう単純ではない。(マルクスのプルードン批判、ラサール批判)

圧倒的な資本力と市場支配力を握っている多国籍企業をはじめとする大企業に対抗して、労働者協同組合企業が単純に市場で勝利し、大資本を駆逐したり、それら大資本企業を労働者協同組合企業に変えられるわけではない。

 

●その意味で、私は、現存する多国籍企業や大資本を変えないで、労働者協同組合のみを育成、拡大してゆけば、社会が根本的に変わるなどとは思わないし、大資本、大企業を変えるためには、政治的変革を踏まえた、つまり社会主義的変革をめざす政権の下、それら大資本、大企業を、法的、経済的、社会的に規制して、変革してゆくことと並行してでないと、その全社会的変革は成し遂げられないであろう。

 

●ところで今日の議会制民主主義の定着した社会にあっては、その変革は暴力革命ではなく、労働者・市民の多数による支持と同意、そして彼らの積極的参加の下の、民主的、平和的な変革でなければならない。

 

●そのためにはまず何よりも労働者・市民に、株式会社という資本の支配する企業形態ではなく、労働者・市民が真に主体となり主人公となる「労働者協同組合」や「労働者自主管理」という企業形態が可能であり、現実的だということを積極的に納得させる必要がある。その具体的な実例として労働者協同組合の実践は意味があるのである。問題を抱えつつも、これまで一定の成果を上げてきたその現在進行形の実例としてモンドラゴンはあるのであり、本稿でこれを取り上げる理由もここにある。

<マルクスのプルードンとラサールの協同組合論批判>

マルクスは、協同組合、とりわけ協同組合工場を積極的に評価したが、それが全面化した、「自由で平等な生産者の連合社会」(共産主義社会)を実現するためには、プロレタリアートによる政治権力の獲得が先決・前提であるとし、協同組合を自己目的化(マルクスのプルードンなどへの批判)したり、国家の補助により協同組合を育成させようとするラサール流の協同組合論に強く反対した。そして協同組合は「政府からもブルジョワからも保護を受けずに労働者が自主的に作り出したものであるときに、初めて価値を持つ」とした。

「我々は、協同組合運動が階級敵対に基礎を置く現在の社会を改造する諸力の一つであることを認める。この運動の大きな功績は、資本に対する労働の隷属に基づく、窮乏を生み出す現在の専制的制度を、自由で平等な生産者の連合社会という、福祉をもたらす共和的制度と置き換えることが可能だということを、実地に証明する点にある。

 しかし、協同組合制度が、個々の賃金奴隷の個人的な努力に限られる限り、それは資本主義社会を改造することはできないであろう。社会的生産を自由な協同組合労働の巨大な、調和のある一体系に転化するためには、全般的な社会的変化、社会の全般的条件の変化が必要である。この変化は、社会の組織された力、すなわち国家権力を、資本家と地主の手から生産者自身の手に移す以外の方法では、決して実現することはできない。」(国際労働者協会(第一インターナショナル)のマルクスが執筆した「個々の問題についての暫定中央評議会代議員への指示」の「5.協同組合労働」)

このようにマルクスは政治権力獲得先行論であるが、私は労働者による政治権力獲得、社会主義政権を準備するもの、そのための意識改革・社会認識の変革を準備するものとしても、さらには社会主義に向けた一定の経済基盤を確保するためにも、協同組合やNPOなどの非営利・協同セクターの拡大が必要だと考え、単純な政治権力獲得先行論はとらない。(これについては紅林進「民主制の下における社会主義的変革」(雑誌『プランB』No.23所収、2009年10月刊行)参照)

 

<スペイン内戦とアリスメンディアリエタ神父>

 現在、モンドラゴンは、200以上の協同組合等からなる、従業員8万人以上を抱える巨大な協同組合グループを形成しているが、その始まりはホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父がスペイン・バスク地方の町モンドラゴンに作った小さな技術専門学校に始まる。

 

 バスク語、バスク人はスペインの他の地方と言語、民族的に異質の存在(ヨーロッパの他の言語とも異質で、類縁関係が不明)であり、フランコ時代の中央政府による民族抑圧(公的な場でのバスク語の使用やバスク語の教育も禁止)もあり、今日でも分離独立派ETA(バスク祖国と自由)のテロに象徴されるように、自治や独立への志向が高い。バスク地方は元々は貧しい地域であり、海外に移民や植民者を多く出し、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルや南米独立の英雄シモン・ボリバルもバスク系の出自である。またゲバラやアジェンデもバスク系の名前であり、それぞれバスク語で峠、牧草地を意味する。しかしこの地方は良質の鉄鉱石を多く産出したため、それを用いた製鉄業、造船業が発展し、スペインの重工業の中心地域となり、今日ではスペインで最も豊かな地域になった。

 モンドラゴン(フランス語で「龍の山」の意)は、バスク州ギプスコア県の山あいのデバ渓谷に細長く沿った、面積33平方キロ、人口27,000人の小さな町である。

 

 スペインは、1936年、人民戦線政府が成立。それに対し、保守のフランコ将軍が反乱を起こし、ナチス・ドイツ軍とムッソリーニ・イタリア軍の全面的な支援の下、人民戦線側民衆や国際義勇軍「国際旅団」の英雄的な抵抗にもかかわらず、英仏政府などの「不干渉」という名目の傍観的対応や人民戦線側の内部対立もあって、ファシスト・フランコの勝利に終わった。バスク人のアリスメンディアリエタは人民戦線側の従軍記者や編集者として闘うが、フランコ軍に捕らわれ、危うく処刑されそうになるが、編集者という身分を隠して、処刑を免れる。このスペイン内戦で、カタロニアと並んで人民戦線側の拠点であったバスク地方は徹底的に破壊される。ナチス・ドイツ空軍が無差別爆撃を行った バスクの街「ゲルニカ」はそれに強く抗議してピカソが描いた絵でも世界にその名を知られている。

 

 内戦終了後、1941年、アリスメンディアリエはバスク地方ギプスコア県の、内戦によって荒廃した町、モンドラゴンにカトリックの副司祭として赴任。1943年には、技術専門学校を作る。そして1956年にはその卒業生5人によって、彼らの名前の頭文字をとって「ウルゴール」と名づけられた最初の工業協同組合が作られ、石油ストーブとコンロの生産を始める。その後この労働者協同組合は家電部門へと生産と経営を拡大し、次々に新たな工業協同組合も設立し、これが今日スペイン最大手の家電メーカーとなりながらも今回倒産した「ファゴール家電」の前身となる。そして1959年には、それら労働者協同組合グループを資金的にサポートするものとして「労働人民金庫」を設立。グループの中枢的 機能を担うようになる。

 

 「モンドラゴン」は「ファゴール」グループを中心とした工業グループ、「エロスキ生協」を中心とする流通グループ、「労働人民金庫」や「ラグンアロ共済組合」を中心とする金融グループ、そして教育協同組合や技術専門学校、製品開発研究所、経営指導やコンサルタント部門などを含む、グループ全体の支援部門に分けられるが、以下、順に紹介する。

 

<スペイン最大手、ヨーロッパ第5位の家電メーカーとなった「ファゴール家電」(今回倒産)などの工業グループ>

 前身の「ウルゴール」が1964年に「ファゴール」グループとして再編され、今日、スペイン最大手の家電メーカーとなり、その製品の多くをEU等に輸出し、ヨーロッパやアジアなどに国外工場や現地法人を持ち、EU第5位の家電メーカーとなりながらも、今回多額の負債を抱えて倒産した「ファゴール家電」などの労働者生産協同組合。モンドラゴン協同組合グループのいわば本流ともいうべき労働者生産協同組合。なお「ファゴール」はブランド名でもあり、「ファゴール」と名の付く協同組合も、今回倒産した「ファゴール家電」以外にもいくつかあり、今回の倒産とは無関係の企業も多い。

 

なおファゴールの生産ラインにおいては、労働者の自主性の尊重、労働の人間化が追求されて、職場労働者の話し合いによって、ベルトコンベアー式の生産ラインをやめて、より人間的な一貫組み立て方式を採用した職場もあったとのことである。

 

<労働者協同組合でもある「エロスキ生協」>

 また「エロスキ」という生協は、スペイン最大、EUでも有数の生協として、スペイン第2位の流通グループとなっている。このエロスキ生協が日本やスペインを含めた世界各地の生協と違う点は、日本などの生協は消費者を組合員としていて、その生協で働く労働者は、消費者・利用者として組合員になることはあっても、あくまで雇用労働者であって、従業員として組合員であるわけではないのに対し、この「エロスキ」では、消費者組合員と労働者組合員とからなり、理事会も両者から50%づつ理事を選出する。つまり消費者協同組合であるとともに労働者協同組合でもあるのである。日本の生協において、そこで働く労働者の労働条件が必ずしもよくない、ある場合には一般企業よりも過酷であるということも言われるが、「エロスキ」においては、 従業員は対等な主体なのである。

<労働人民金庫(CAJA LABORAL)

 この信用協同組合なくして、今日の「モンドラゴン」の発展はなかったと言われる、重要な機関である。経済危機の中で、ヨーロッパの多くの協同組合や生協がつぶれたり、株式会社に転換していったのは、金融機関の支援を受けられなかったためといわれているが、協同組合が自前の金融機関、資金調達機関を持つことは重要である。協同組合は、組合員の出資金以外に、株式会社と違って、株式市場で資金を調達することができないため、それに代わる社会的資金を調達するためのルートが必要である。マルクスも、「信用制度は、資本制的個人企業が資本制的株式会社に漸次的に転形するための主要基礎をなすのと同じように、多かれ少なかれ国民的な規模での協同組合企業の漸次的拡張の手段を提供する。」(カール・マルクス『資本論』第3部第5篇第27章)と書いて、協同組合企業の国民的な規模での漸次的拡張にとって信用制度が重要な役割を果たすことを指摘している。

もっとも今回のファゴール家電の危機と倒産に際しては、モンドラゴンのグループ金融機関である「労働人民金庫」(CAJA LABORAL)は融資等で柔軟に対応できなかった。それはグループ内融資に関して、バーゼル銀行監査委員会の規制に基づくスペイン中央銀行からのグループ内資金融通規制があるため、十分な資金融通ができなかったためである。

<保育園から大学までの教育協同組合>

 モンドラゴングループの端緒が、アリスメンディアリエが作った技術専門学校であったことに示されるように、アリスメンディアリエやモンドラゴングループは絶えず教育を重視してきた。今日、保育園、小学校から大学までを協同組合形式で運営している。またヨーロッパでも有数の高い水準の工業製品開発研究所(協同組合)も有している。

 

<モンドラゴン基本原則>

 モンドラゴングループは、1987年10月に、全体会議を開き、「モンドラゴン基本原則」(十原則)、「組合資本原則」、「協同組合間連帯基本基準」、「職務評価基準」を定めている。

 

「モンドラゴン基本原則」は、①自由加入 ②民主的組織(一人一票原則) ③労働主権(賃金労働者を原則として雇用しないなども挙げられている) ④資本の手段・従属性 ⑤組合員の経営管理への参加 ⑥給与の連帯性(協同組合の実情に応じた給与。内部的には労働評価基準に基づいた連帯。外部的には地域社会の平均給与水準に基づいた連帯。ただし地域の給与水準が適切でないときはその限りでない) ⑦協同組合間の共同 ⑧社会変革の追求 ⑨協同組合運動の国際連帯 ⑩教育の推進 の十原則である。

 

 そしてモンドラゴンが一貫して追求してきたのが、雇用の確保・拡大であり、合理化努力をして、効率性は追求するが、首切りは行わず、失業者を出さないということを大原則としている。つまり余剰人員が出た場合は、人手の足りない協同組合に再配置したり、新規の協同組合を立ち上げたりするのである。

 

 また官僚主義に陥ることを防ぎ、民主的運営を保障するものは、情報の民主化であり、情報が公開されており、それに対して現場の労働者が自由に発言できることである。モンドラゴンではできるだけ、情報の開示や時間をかけた討議、一般組合員の参加を重視している。

 

<左右からの批判>

 ところでモンドラゴンに対しては、左右からさまざまな批判が加えられてきた。保守派やカトリックの保守的部分からは、アリスメンディアリエ神父は、「赤い司祭」と非難され、資本主義企業家たちからは、「協同組合は税制優遇をゆすりと脅しで獲得して伸びてきた私利私欲の団体で、労働貴族だ」という批判が加えられた。この批判には労働者協同組合に労働者たちが合流しだしたことに対する資本家側の恐怖が背景にある。

 正統派社会主義者からの批判は、協同組合の積極的な面は認めつつも、協同組合が市場の原則を受け入れ、資本主義企業との共存を受け入れているとして批判し、協同組合は不十分な解決であり、「室内」社会主義だとして批判した。

 

 もうひとつの批判は、バスクの新左翼的なラジカル民族主義グループETA(バスク祖国と自由)によるモンドラゴンや協同組合主義に対する批判である。彼らは「革命的正統的プロレタリアートとして自分たちの工場で闘争する代わりに、協同組合主義に訴えることによって抑圧から逃れようとしている」と批判し、「協同組合の神話」を打破し、「協同組合主義者を自称するテクノクラート階級に対して闘おう」と呼びかけた。そして一九七二年には、協同組合は株式会社と同じだとして、モンドラゴン内部に、「労働者=企業家」の神話を打ち砕き、ストライキ権の回復、給与格差反対、資本蓄積反対の闘争を呼びかけ、モンドラゴン指導部は「スペイン新植民地主義の代理人」であると非難した。これに呼応して、一九七四年には、モンドラゴン内部の一部において、 初のストが発生した。(以上の記述は石塚秀雄著『バスク・モンドラゴン:協同組合の町から』彩流社に基づく)

<ファゴール家電の倒産の衝撃>

モンドラゴン協同組合グループの中核企業ファゴール家電協同組合(FAGOR Electrodomesticos)が2013年10月に約8億(8.5億ユーロ、約1,100億円の負債という説明もある)ユーロの負債を抱えて倒産したことは、日本を含め世界の協同組合関係者に大きな衝撃を与えた。

ファゴール家電協同組合は2008年から2013年まで連続して6年間赤字を続けてきた。赤字を出し続けるファゴール家電協同組合に対してモンドラゴン協同組合グループ全体も、継続的に財政支援してきたが、ここにきて、それも限界に達し(それ以上支援を続けると他の協同組合にも赤字が波及する恐れ)、財政支援を打ち切り、それが倒産につながった。(モンドラゴングループでは、基本的に5年連続の赤字を出せば、その協同組合を閉鎖することになっている。)

ファゴール家電協同組合(FAGOR Electrodomesticos)のモンドラゴン協同組合グループにおける位置

スペインペ最大手の家電メーカー(主な製品:冷蔵庫、洗濯機、食器洗浄機、電気コンロ等)、国内第10位の企業グループ。EU第5位の家電メーカー。

国内シェア16.35%、フランス14.2%、ポーランド7.2%

ヨーロッパにおける市場占有率:6%、売上高1,489百万ユーロ(2012年、2007年の1/3) 製品700万台

従業員(2007年時点)4,400人(うち協同組合員は4,000人、被雇用労働者(契約社員)400人)

     (倒産時の2013年10月時点)従業員1,800人

     (2014年3月時点)従業員約800人

国内3工場のほか、国外13工場(フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、中国、モロッコ、アイルランド)、そのほかに海外子会社もあり。

モンドラゴン協同組合グループの生誕、発展史的に見て、また事業規模の大きさからも「ファゴール家電」はモンドラゴングループの象徴的存在であった。

※なおファゴール(FAGOR)と名のつく、労働者協同組合は、ファゴール家電協同組合(FAGOR Electrodomesticos)以外にもいくつかあり、その中には今回の倒産とは無関係の企業もある。

 いわば「ファゴール」は企業名であるとともに、ブランド名でもあった。

<業績悪化、倒産に当たっての協同組合員と非正規被雇用労働者に対する対応の違い>

今回のファゴール家電の業績悪化、倒産にあたっては、協同組合員については、モンドラゴングループの内規に従い、他の協同組合に配置転換、早期退職(60歳まで給料の80%を退職給付金として支給)、モンドラゴン・グループの共済組織LAGUN-AROからの失業手当(給料の80%を支給)など、資本主義企業とは違って手厚い保護がなされた。しかし非正規の契約社員である被雇用労働者については全員解雇。正規の協同組合員と非正規の被雇用労働者(契約社員)との差は大きな問題。モンドラゴンには、「被雇用労働者(契約社員)は組合員の20%以下にする」との内部規定があり、待遇もできるだけ均等にしてきたが、業績悪化、倒産時の非正規の解雇は雇用の安定性ということからは問題。倒産した協同組合の組合員が、他の協同組合に配置転換されてために、そこで雇用されていた非正規の被雇用労働者が解雇されるという自体も起こっているとも伝えられる。(要確認)

<ファゴール家電の倒産の原因>

・スペイン自体の経済危機(2008年に始まる世界金融危機の影響)

 直接的にはスペインにおける住宅バブルとその崩壊(ファゴール家電は新築住宅向け電化製品を主要な製品としていたため)

   ファゴール家電以外の一般企業でも多数企業が倒産。

   失業率は2013年には26.6%となり、25歳未満の若者では過半数の56.5%となった。

・安い中国製、韓国製、インド製などの家電製品に市場を奪われる

・ポーランドなど国外工場への投資とそのための資金負担増

・労働者企業であるため業績が悪化しても資本主義企業のような解雇や「合理化」が困難

・怪しげな金融商品に手を出す(要確認)

等々が言われるが、真相はまだ不明。

<岐路に立つモンドラゴン>

 確かにモンドラゴンは、半世紀に渡って拡大、発展し、変貌も遂げてきた。取り分け1986年のスペインのEC(EUの前身)加盟以降、EU単一市場で、多国籍企業と競合し、生き残って行くために、モンドラゴン自身、よりいっそうの合理化、効率化を進めざるを得ず、また国外にも進出して多国籍企業化を進めざるを得ず、それに対する批判もなされている。国外の低賃金を搾取しているのではないかとか、資本主義的多国籍企業と変わらなくなってしまうのではないかといった批判である。あるいは現地子会社や提携先の企業が協同組合形式をとっていないではないではないかといった批判である。そしてスペイン全体の経済危機の中であるとはいえ、グループの中心的企業「ファゴール家電」の今回の倒産である。

 なおモンドラゴンでは、当初1対3の範囲内に抑えられていた組合員間の給与格差も、後に1対6まで上限が引き上げられた。しかしそれは高度な特殊技能等を持った専門家を確保するためであって、通常はおおむね1対4の範囲内におさめられているとのことである。しかしこの給与格差の問題については議論の分かれるところである。

 

 またモンドラゴン基本原則にもうたわれているように、労働者協同組合においては、原則として賃金労働者の雇用は行わないことになっており、本来ならばすべて正規の組合員にすべきところであるが、現実にはモンドラゴンでもパート労働や雇用労働が用いられており、モンドラゴン従業員の平均で2割くらいが雇用労働で占められている。しかしできるだけ、彼ら彼女らを組合員化したり、組合員ではなくても、均等の待遇を保障しようとする努力は払われているようである。しかし倒産にあたっては、資本主義企業とは異なり、協同組合員に関しては、手厚い配慮がなされているものの、非正規の被雇用労働者については、それらの保護が与えられず、解雇の対象になってしまう。

 

 なおモンドラゴンには、労働組合は存在しない。協同組合員は雇われる存在ではなく、労働者でもあり、経営者でもあるという建前であるからである。労働組合に代わるものとして、組合協議会という協議・決定機関が設けられ、人事や賃金の分配、その他の労働条件や安全対策、福利厚生について協議・決定を行う。しかしこのシステムで、本当に労働者の権利を守れるのであろうか。人事や労働条件等に不満があったり、不利益を受けた場合、その受け皿となって、それをバックアップしてゆく労働組合の組織は、この組合協議会とは別に必要と私は思うのだが。

 

<我々にとってのモンドラゴンの意味>

 モンドラゴンを象徴する「ファゴール家電」の今回の倒産に見られるように、確かにモンドラゴンは岐路に立たされている。我々がモンドラゴンから学ぶべきことは、決してモンドラゴンを理想視することでもなければ、それを真似ることでもない。「ファゴール家電」の倒産を教訓としながらも、「労働者協同組合」という資本主義的な株式会社とは違った、民主的な企業形態が基幹産業や先端産業でも可能であり、資本主義企業に対抗して、立派に経済運営できるということを学び取り、そして日本においても労働者協同組合やワーカーズコープ、ワーカーズコレクティブなどの企業形態を拡め、またそのような非営利・協同の経済セクターを現実に築いてゆくことである。日本には、労働者協同組合を法的に保障する法律さえないが、この法制化の課題はその出発点である。ただし必ずしも協同組合形式をとらなくても、株式会社形式をとろうとも、実質的に労働者が主体となった、民主的な運営は可能であり、 企業形態だけの形式主義に陥ってはならない。協同組合形式をとっていても、初心を忘れ、資本主義的行動を追求すれば、資本主義的営利企業となんら変わらなくなってしまうのである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  http://www.chikyuza.net/
〔study621:140815〕