前回触れたように、6月からドイツは日照り続きだったようだ。7月10日から12日にかけてやっと雨らしい雨が降った、しかし新聞報道では、最近、野菜が値上がりしているとのこと。ドイツ西部地方を除いてほとんど雨が降っていなかったのが原因だという。
長期にわたって雨が降り続くと、畑の作物は根腐れしてしまうので、収穫時期を早めてまだ未成熟な内から刈り取らなければならなくなる。今年の様な旱魃では、麦なども既に茶色みを帯びた黄色(枯れ草色)に変色していて、急いで収穫しなければならないそうだ。ドイツでも「異常気象」の常態化が起きている。
フルダ、バンベルクへの旅-カトリックの街への不純な巡礼旅
フルダ、バンベルク、そしてその途中のヴュルツブルクは、中世ドイツの三大カトリック都市(町)と言われている。歴史家ミシュレの書いた『魔女』(岩波文庫に翻訳されている)の中でも、これらの町の教会が相互に競い合って魔女と目される女性たちを拘束し、磔にして、焚刑や斬首に処したり、地下牢などに一生涯監禁し、外部との接触を断たれたまま、薬草の研究や実験に強制的に従事させられた話が出ている。
ゲーテの『ファウスト』の中のヴァルプルギスの夜に出て来る魔女たちが、怪しげな薬草などを鍋で煎じる場面などは、おそらくこういう中世の実話などを基にして、その後の「魔女伝説」として伝えられたことがモデルになっているのであろう。
もっとも、ヴァルプルギスの夜の舞台は、ニーダーザクセン州ゴスラー近くにある有名なブロッケン山であって、この三大カトリック町とは別である。
フルダは、なかなか瀟洒な町だ。街中には多くの寺院(教会)があり、またあまり大きくはないが美しい庭園をもった宮殿(館)もある。旧市街地が手ごろな大きさなのも良い。
もちろん、「魔女Hexe」を監禁したであろう円筒形の堅牢そうな石の塔(Hexen Turm)や修道院もある。
以前、ゲッティンゲンの語学学校に通っていた頃、孤独感を紛らし、また同じ場所にいることの退屈さから脱出する目的からも、よくこの町にやってきた。街中をぶらつき、「バルカン料理」という看板のレストランで飲食し、夜遅くなってゲッティンゲンに帰っていくことが何回かあった。
時にはフランクフルト空港からゲッティンゲンに行く途中で、途中下車し、宿を見つけて一泊したこともあった。
今回の旅では、なんとなくそういう懐かしさもあって途中下車してみたいという気になった。降りるのは久しぶりである。日曜日でもあり、観光客が大勢いた。
かつて何度も歩いた道を、先ず下町の方へ行く。レストラン以外、日曜日で商店は皆閉まっている。街中から少し離れたところに新しくスーパーマーケットが出来ているが、街中の商店などはそのまま残っている。この辺は東京などと違って、いつ来ても同じ懐かしい光景である。閉まってはいたが古本屋もそのままあった。
石畳の道をゆっくり歩く。車の数が以前と比べ物にならないほど増えていたのには驚かされる。車のプレートを見る限りでは、FD(フルダナンバー)以外の車がかなり来ているように思われた。
宮殿に付随する庭園の前のベンチに座って、しばし涼む。因みにこの庭園は無料で誰でも入れる。呑み気をこらえてバンベルクへ向かう。
フルダの修道院
フルダの宮殿(館)
バンベルクのZauberfest(魔法祭り)
バンベルクの宿は予約すらなかなか取れない。聞くところによれば一年先の予約もあるという。20年くらい前には考えられなかったことだ。
今回の旅を思い立ったのは、13日である。そして翌14日に、ホームステイ先の女主人に頼んで宿を探してもらい、予約してもらった。実は自分で探すこともできるのだが、去年、パソコンで探して申し込んだはずが、すべてホテルのレセプションで「予約なし」と言われてしまった苦い経験がある。どうやらプリンターに接続したパソコンでなければ、上手くないらしい。
夕方の5時頃にバンベルク駅に着いた時には、生憎の雨。しかも雷を伴ったひどい雨(ドイツでは、「シャワー」と呼ぶ)だった。駅の鉄道案内の人に地図のコピーを見せながら、「ここをご存じですか」と聞いて見た。本来自分たちの業務ではないので、断られるのがオチなのだが、案外簡単に、「すぐそこだよ。この道を200mくらい行って右手に曲がったところだよ」と教えてくれた。駅から近いのが有り難い。
ホテルはすぐに判った。小さいが古い建物の、如何にもドイツ人好みの宿だった。部屋も清潔できれいだ。シャワーを使い、一休みしてから旧市街地へ出かけた。徒歩15~20分といったところか。何度も来ているので、裏道を抜けて行く。
途中に、いくつもの居酒屋がある。その内の何軒かは自前の隣接工場で自家製ビールを作って飲ませている。この町には、確かこういう醸造元が9軒だったか、あるという。
全部を回って飲んでみたいところだが、それには住みつくしかない。
旧市街地に近くなると、所々で人だまりが出来ていて、なんだか大道芸の様なものをやっている。
広いマルクトプラッツ(市場が立つ広場)に来た時、そこに大きな舞台が設営されていて、脇の立て看板に「Zauberfest」と書かれていたのが目に入った。
なるほど、夏祭りのせいで今日は特別混んでいるのだ。子供連れが多い。どの子どもたちも、日本の子供たち同様に無邪気にはしゃぎまわっていて可愛い。
運河(マイン・ドナウ運河)にかかる石の橋(これが実に素敵な、雰囲気のある橋だ)を渡り、旧市街地に入る。そこも多くの人だかりで、なかなか前に進めそうもない。
そこで、その脇をすり抜けて、まずヘーゲルが住んでいたという「Haus zum Krebs(カニ座館)」の方に行くことにした。こちらの方にはほとんど人がいない。
「バンベルク・ヘーゲル詣」である。ちょうど今、東京でU先生を中心に仲間と『精神現象学』を読んでいる最中なので、この「ヘーゲル詣」が神通力を授けてくれて、少しは読めるようになれればよいが、などと虫のよいことを考えながら久しぶりにヘーゲル・ハウスを訪ねる。
ヘーゲルは、ほぼ書き上げた『精神現象学』を引っ提げて、ナポレオン占領下のイエナから疎開し、この地でこれを仕上げたといわれる。その記念すべき館なのだ。
しかし実のところは、ヘーゲル・ハウス詣は、単に人込みを避けて無事目当ての醸造所兼用の居酒屋(確か15世紀ごろに既に存在したという由緒ある居酒屋である。ヘーゲル先生もさぞかし、ここを利用したことであろう)に行くための口実で、ここを抜けて裏手から行けば、目的地まで簡単に行けることを知っているからである。次の問題は、この目指す居酒屋にうまく席が取れるかどうかである。時によると、満杯状態で、入れない時もある。特にフェストの時はそうだ。
満席の時には相席をお願いして、ドイツ人たちと一緒に飲む以外ない。それもまた楽しい。
今回はフェストの最中にもかかわらず、簡単に席が取れた。不思議な感じがしたが、よくよく考えると、その日は「サッカーの決勝戦」をやっている日で、おそらく大抵のドイツ人はテレビに釘づけになっていたはずだ。「グリュックリッヒ!(幸運だ)」
以前、9月のフェスト期間(「オクトーバー・フェスト」は10月のはずだが、実際には9月に行われる)に来たことがあったが、道路も超満員で、居酒屋の中も満員。幸いにしてドイツ人のグループが「こっちでどうだ」と言ってくれたおかげで、ちゃんと飲むことが出来た。
ここのビールは、言わずと知れたこげ茶色の燻製ビール(ラオホビア)である。味は各醸造所で違いがある。ここの味は少しきつめで苦さが強い。それが癖になる。度数は、普通のピルスビール(黄金色のビール)よりは少々強い。
昔は500mlのジョッキーを10杯ぐらい飲んでいたのだが、歳と共に弱くなり、今や4~5杯が精いっぱいというところだ。
酒の肴には、バイエルン名物の「ラオホビアに漬け込んだ、豚のハクセ(すね肉の丸焼き)」を食べる。これがまたとんでもなく美味しいし、ボリューム満点だ。
バンベルクは、本来はフランケン地方であるが、その昔、バイエルンに併合された歴史をもつ。今でもこの地は、フランケンワインの名産地であり、ワインの醸造所も何軒かあるという。
ヘーゲルに関しては、彼の「神」に対する考え方は、既成のキリスト教の考えとは異質である(彼の考えでは、「神」は超越神であってはならず、人倫(Sittlichkeit)に内在している)。にもかかわらず彼自身は、根っからのプロテスタントであった。しかし彼はこの地へ疎開するときに、自らカトリックの土地での生活を経験してみたいと望んだという。ここでの彼の生業は、新聞記者(実際には日刊ではなくて、週刊程度だったと言われている)だったが、それも一年足らずでやめ、ニュールンベルクのギムナジウムの校長へと転職している。
バンベルクでのヘーゲルの業績は、『精神現象学』の仕上げということを除いては、いくつかの小品がある程度である。
居酒屋からの帰り道、再び街中やマルクト・プラッツを通り抜けたが、何カ所かで火を使った芸(口から火炎を吹き、松明を投げ上げたりする曲芸)をやっているのが見られた。
Zauber(魔法)という言葉からの勝手な推測にすぎないのだが、やはり「魔女狩り」に関連してのフェストなのではないだろうか。この地には、四つの巨大な塔をもつ「ドーム」(教会)や丘の上にそびえる修道院などがある。旧市街地は独特の雰囲気をもっているのである。
追記:ごく最近知ったことでは、ドイツ(ひょっとすれば、ニーダーザクセンだけかもしれないが)はここ3カ月位日照り続きだったそうだ。農家は大変だ。
バンベルクの居酒屋
バンベルクの石橋から
ヘーゲル・ハウス(カニ座館)
ヘーゲル・ハウスのプレート
(2018.7.20記)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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