2018.ドイツ逗留日記(9)

ドイツ人は挨拶好きだ。「挨拶の国」とも言われている。確かに、朝の散歩ではもちろんのこと、スーパーの買い物の時にも、時には街を歩いている時でも、すれ違う人に挨拶されることがある。最初は戸惑っていたが、最近では、こちらの方からなるべく声をかけるようにしている。

そのせいもあろうが、散歩中に毎日のように出会う方々とは、なんとなく親密度が増す。今、初老のご婦人二人と犬を連れた初老の紳士が、専らそうした挨拶仲間である。

もちろん、散歩中に出会って挨拶を交わすのはこの三人だけではないが、ほぼ定期的に出会うのはこの方たちだ。

時には立ち止まって、どこに住んでるのとか、どこから来たのとか、聞かれることがある。まあ、大抵は今日は涼しいね、といった時候の挨拶ではあるが。

ホームパーティ

友人のCさんの家にお呼ばれで出掛けた。彼女はゲッティンゲンの郊外に、農業を営む息子さん夫婦と一緒に住んでいる。ご亭主を10年前に癌で亡くしている。彼もこの地で農業をやっていたのだが、なかなか多趣味な方で、わざわざカナダまで出掛けて行って釣りを楽しみ、サケなどを釣ってきていたという。また柔道をやっていて、何と、ニーダーザクセン州のマイスター(チャンピオン)だったこともあったそうだ。小柄な方だったが、がっちりした体格をしていた。Cさんが日本文化に興味を持っているのは、おそらくそのせいでもあろうと思う。

Cさん(前にも紹介したことがある60代の「ベルリンっ子」)には、しばしば彼女の車で遠出して、いろんな場所に案内してもらっている。彼女ご自身は、以前はゲッティンゲン近くの町の施設(ロシアその他で移民として暮らしていた人たちの帰国子女、及びドイツ移住を希望する人たちへの「ドイツ語」を中心とした教育施設)の職員(公務員)だったが、既に定年退職している。

息子さん夫婦には、昨年男の子が生まれたようだ。実はこの日、生憎彼らは休暇をとってオーストリアに出掛けていて留守だったため、われわれはまだ写真で見た以外、この子に会えていない。

夏場は大抵のドイツ人が、Urlaub(ウアラオプ・長期休暇)をとっている。ヨーロッパは地続きなので、家族ぐるみ車で他の国へ出かける人も多い。休暇期間も日本のように10日間もとれば…、なんてものではなく、長い人は一カ月近くとっているし、特に夏場でなくてもいつでもかまわない。これは「権利」なのだ。

ご亭主の生前にも、何度かここにはお邪魔している。前には大きなシェパードと、まだそれほど大きくはなかったがいたずら好きの犬と二匹飼われていた。今回はやはり大きいが、シェパードとコリーの間の子(耳が片方はピンと立っていたが、もう一方は時々立つ以外は垂れている)が一匹いるだけだった。

お聞きすれば、前の犬は相次いで二匹ともに病気で死んだという。思いだすのは、応接室のテーブルの上の食べ残しの洋菓子を、二匹がそっと忍んで来て、怒られないようにほんの少し舐めては引っ込み、また舐めるを繰り返すうちに、機を見て一気に食べ尽くしたそのしぐさのユーモラスである。人間のいたずらっ子と同じだ。

今度の犬は、人間にいじめられていたのを警察からCさん達が引き取ったという。見知らぬ他人が来れば、かなり勇敢に向かっていくらしいが、僕らが近づけば、なんとなくおどおどして逃げて行く。可哀想になる。人も犬も、こういうトラウマを引きずって生きている姿は悲しい。

その日は、庭でバーベキューをご馳走になる。ビールもいろんな種類のものが用意されていた。時折車が表の道を通る以外ほとんど物音一つしないドイツの田舎の静寂な雰囲気は、東京で味わうことはほとんど不可能である。それだけでも贅沢なのに。その上美味しいご馳走と旨いビールを腹いっぱい堪能できた。有り難いことだ。

この日に続いて、今度はWさん(先述したJさんの同僚で同じく物理屋さん)のホームパーティに呼ばれて行った。この日は、われわれ以外では、われわれのホームステイ先のP女史、またJさんとその彼女Nさん(大学教員)、Wさんの彼女のCさん(病院勤め)、娘のAちゃん(16歳の生徒)などであった。

CさんやAちゃんとも旧知の仲なのだが、2、3年ぶり位に会うAちゃんがすっかり娘らしくなったのに驚かされた。今回、最初見た時には見分けがつかなかった。

前に会った時は、まだグルントシューレ(小中学校)の生徒で、算数が得意だといっていたことを覚えている。今回もやはり数学が好きなのか聞いてみたら、「そうだ」という。なかなか利発そうな女の子(女性)である。

人見知りせずに私の横に座って話をしてくれたのが大変有り難かった。

Wさんの作る豚の(どこの部位なのか判らないが、)丸焼きはめっぽう旨い。やはりバーベキュー用の道具で焙るのだが、長い時間をかけてじっくり焼き上げる。旨さはそのタイミングの上手さなのだろうか。

彼はなかなかの酒好きで、色々豊富な知識をもっている。外の車庫を小さくした様な小屋におかれた冷蔵庫には、ビール、ワインはもとより、ゼクト(シャンパンの様な発泡酒)などがびっしりと入っていた。ビールは、彼はもともとチェコのブド・ヴァイザーが好みであったが、今回は少し趣向を変えてドルトムントにあるVeltinsというビール会社が特性ビールとして売り出しているもの(残念ながら名前は失念した)を大量に準備していて、呑ませてくれた。さすがにWさん推奨だけあって旨い。

ブド・ヴァイザーと比較すれば、少しコクという点では落ちるかもしれないが、味はなかなかのものだ。どこで買えるのか、聞いてみたら、一般にはなかなかおいていないとのことだった。

Aちゃんには、数学も高等数学になれば、だんだん哲学のようになるというけど、哲学には興味あるの?と聞いてみた。

ちょっと顔をしかめながら、今のところはあまり興味はないが、そうなるということは知っている、との返事。自称へーゲリアナーのWさんが笑いながら、彼女は僕と同じ数学好きなんだよ、と助け船を出した。

Wさんの家は、ゲッティンゲンの住宅街にある。割に広い庭付きのなかなか洒落た家である。庭には小さな池があり、いろんな草花が植わっている。皆で庭を回りながら、いろんな草の実(槳果Beereベーレ)をつまんで食べた。

表通りをバスも走っているのだが、少し中に入った彼の家の庭でのパーティでは、物音などほとんど気にもならなかった。良い環境だ。(以下はWさんの家の庭のスナップ)

 

馴染みの居酒屋

ゲッティンゲンの馴染みの居酒屋には厨房(かなり狭いうえに、日本の様なクーラーは入っていない)の中で5,6人が働いている。夏場の暑さの中では、汗びっしょりで、顔を真っ赤にして働いている。大変な仕事だと思う。

最近そこに、ベトナムから来た男女の若者が働くようになった。もう一人、ウエイター(ドイツ語ではオーバーOber)にも若いベトナム人がいる。都合三人、勤務態度は極めて真面目である。

厨房の中の人とはあまり接触する機会はないが、外にいる人達とは頻繁に接触し、時に下手な冗談を飛ばしたりもする。

ウエイターは、他に以前から働いている若いドイツ人男性が3人いる。チーフは、ギリシャ系のドイツ人D君であり、またカッセルに近い村から出てきた相撲取りのようなでっぷり体形の若者F君、それとゲッティンゲン大学を休学して働いている若者M君である。彼は色々煩悶していたようだが、今年の後期(冬学期)から復学するつもりでいる。

仕事は決して楽ではない。正午にオープンし、3時頃まで働き、5時まで休憩。5時から深夜まで再び勤務。店の外の道路にもテーブルを並べているが、夏場はそちらの方が客は多い。食事の皿を3つも4つも両腕に乗せて、ひっきりなしに運んでいる。かなりハードだ。

それでも彼らは底なしに明るい。

われわれの顔を見るたびに、「元気か?楽しくやってるか?」と話しかけて来る F君。

彼は先ごろUrlaubをとって、一週間ばかり田舎へ帰ってきた。最初の頃は、「田舎は嫌だ。帰っても何もないので、食べて眠るだけだ」といっていたのだが、この頃では、「田舎の方がいいよ。のんびりできる」と言いだしていた。

今回、「どうだった。やはり暑かったかい?」と聞いたら、「すごく暑くて、近くで山火事が起きたぐらいだ」という。

D君が休みをとったのは見たことがないが、M君は今年もUrlaubで、イギリスの方へ行くのではないかと思う(彼の専門と関係しているはずだから)。

客筋も多彩だ。80歳を超えた元大学教授(精神医学者)のRさん、高等学校の教員(あるいは元教員)のDさん、オスナブリュッケという町とゲッティンゲンとを毎週往復しながら働いているSさん。この人は非常に陽気な人で、時々われわれの席の横に座り込んで、早口にまくし立てる。間もなくUrlaubでスイスからイタリアまで行くのだといっていた。

また、先に出たWさんの友人のMさん(彼は、ハーメルンで事業をやっている)。

ゲッティンゲン大学の哲学科で事務員をやっているK女史(まだ若く、20代後半)、最近見かけないが、ゲッティンゲン大学教授で、Max Weber専門の方(名前は知らない)。

一度お話を伺ったことがあった。Weberの有名な「理念型」(Idealtypus)について滔々と語られたのであるが、こちらの方がなかなかついていけなかったのは残念だ。

また昨年ご主人を亡くされたMさん、上品で美しいご夫人だ。またご夫婦でいつも来ているIさんとRさん。Rさんは若い頃、デュッセルドルフ近辺にある東芝で働いていたことがあったという。その頃は「ポパイ」と綽名されていたほどの腕っ節だったという。今は、残念ながら糖尿病患者だ。

そのほか、名前を覚えきれないほどの常連客がいっぱいいる。気軽く話しかけられても、なかなか名前も覚えきれない。

ドイツでは通常、毎週何曜日には誰が来るはずと決まっているようだ。われわれも基本的には毎週水曜日の客なのだが、この季節は、仲間もUrlaubや会社の出張などで飛び回っているため、毎週都合よく会えるというわけではない。その時には、われわれ二人だけでも必ず顔を出すようにはしている。日本的な付き合い(義理)である。

今回はこの店の中心人物、SさんとRさんについては、以前に触れたこともあり、あえて省いた。彼ら二人がこの店を仕切っているのであるが。

終りに、少し話がずれるが、日常必需品(食品も含む)の日・独比較についてふれたい。

これは圧倒的にドイツに軍配が上がる。野菜、果物、乳製品、肉、それにもちろんビールやワインなどなど、どれをとってもドイツの方が品質、ボリューム、価格の全てにわたって優れている。2000円位買い物をすれば、大きなリュックいっぱいぐらいになる。

どうして日本はこんなに物価が高いのか、どうしてこんなに品質が劣るのか。

流通システムの問題なのか?あるいは他に何か問題があるのか?

日本の国民はそんなに豊かなのか?なぜ不満をぶちまけないのか?ほとほと溜息が出る。

金子勝が、以前言っていたが、優秀な人材は海外へ流出しているという。研究費すら満足に与えられないからだという。潤沢なのは、政治家の懐と軍事費ぐらいか?

(2018.8.11記)

 

 

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