7/4世界資本主義フォーラム:レジュメ―中国「新常態」の転換点の意味と新たな課題

中国「新常態」の転換点の意味と新たな課題

1、「新常態」の方向転換

金融緩和依存の矛盾

習近平主席が中国経済の「新常態」と言った1年前は、中国経済の高度成長の時期が終わったという現実をカムフラージュしつつ受け入れようとしていた。住宅建設とこれに関連するインフラ投資は、密接な関連を持つ鉄鋼やセメント産業さらに鉄道・海運産業などの設備投資の拡大と過剰設備を生んだだけでなく、銀行、企業、家計を含めた民間債務の急拡大と地方政府に代表される政府債務の拡大とによる総債務の膨張、「債務中毒」状態を引き起こした。したがって、公式的に言えば安定成長と国内市場の成長に資する産業構造改革を両立させる必要があったが、中国はこの方向に順調に進まなかった。

中国人民銀行が預金準備率の引き下げなどの「量的緩和」政策を継続したため、中国は住宅バブルから株式バブルの方向に向かって再び進みだした。上海総合株式指数は、2014年4月28日の2003から1年間で2.2倍上昇し、2015年4月27日には心理的節目とされる4500に到達し4527となった。これは2008年以来7年2か月ぶりの高値であった。

すなわち、中国経済の減速がはっきりした中で、中国株式価格の上昇が起こっている。中国上場企業2712社の2014年通期決算は、純利益合計で住宅市況の低迷が深刻であった2012年の前期比2.6%は上回ったが、5.6%増に留まった。これは「非鉄金属や資源関連企業」の不振(中国アルミが162億元の赤字と最大赤字額)と、銀行業の純利益(全上場企業純利益の約半分を占める)が段階的な預金金利の自由化と不良債権処理の負担増により2013年の13%増から7.7%増に減速したためである。(日本経済新聞2015年5月3日)すなわち、「債務中毒」の解毒は進んでいない。

中国共産党は直近の2015年4月30日の政治局会議で、「安定成長と構造改革の両立を目指す『新常態』という現状認識は変えなかったが、「景気の下振れ圧力が比較的大きい」として、4月以降李克強首相が繰り返している「安定成長で雇用を守ることが重大な任務だ」によって、追加金融緩和を視野に景気刺激策を示唆した。(日本経済新聞2015年5月1日)。

 

農民工労働力プール枯渇の重要性

安定成長により雇用を守るということは、短期的には必要である。中国の人事社会保障部によれば、2015年1~3月期の都市部の新規就業者数は、324万人と前年同期の水準を20万人下回った。新規就業者数1000万人(を今年の最低目標としているが、新規就業者数が減少したことは、リーマン・ショック後の2009年以来初めてのことである。(ちなみに2014年通年の新規就業者数は1322万人であった。)しかも、2015年には、地方での不動産業や石炭などの資源採掘業を中心に人員を大幅に削減する動きが出てきているという。 したがって、就業問題の解決は、都市化が進む中でのヘルスケア・メディア、金融サーヴィス、ツーリズムなどの新産業の発展により多く依存している。

また中国の大学は、若者の減少により一部の私立大学と高等職業教育機関が定員割れに陥っている中で、大卒者が1999年の85万人から2014年には659万人と15年間で8倍弱に膨れ上がった。日本でもいわれた高等教育のユニヴァーサル化と求職と雇用のミスマッチである。卒業時に就職先が決定している学生が4割前後、大学院進学や企業を合わせて7割、残りの3割が進路未定である。他に留学帰国者が2000年の9千人から2014年に37万人(ほとんど英語圏)になり、価値が急落しているという。

だが、中国の15歳から64歳までの労働年齢人口は、2015年に72%とピークに達し、今後は日本の1990年代以上の速さで低落する。労働年齢人口に対する扶養人口の比率は、2011年から上昇を開始した。出生数は、1987年に2500万人、1997年に2000万人に落ち、2014年には1600万人となった。

したがって、フィナンシャルタイムズが2015年5月5日から特集を組んでいるが、中国の経済発展を支えてきた「中国の農村の労働力貯水池は干上がり、農民工がもたらした奇跡の終わり」が出現し始めたことが「新常態」の根底にある。中国社会科学院人口・労働経済学研究所長のCai Fungは、中国の農民工の数は2014年に2億7800万人だが、2005~10年の増加率4%が、2014年に1.3%に過ぎず、2015年には縮小するかもしれないと予測する。また、彼は中国の労働力のうち農業従事者は約30%だが、統計上の種々の不整合を除去すれば農業労働力の比率は高々20%に過ぎないし、さらに農村で30歳以下の労働者を見かけないのはそこにいないからだという。

それゆえ、農産物の自給率目標を引き上げた中国にも農産物輸入や消費財輸入の増加が迫っている。

 

不動産市場の安定化の失敗から金融緩和による株式バブルへ

フィナンシャルタイムズのJohn Authersは、「中国の株式は高い、だが歴史はさらに高くなることを示している」と題して、次のように評価している。「中国で何が次に起こるか?1年前には当局は、成長が緩やかになることに甘んじ、信用貸し問題を解こうと努力し、輸出主導経済から変わろうとしていた。その時点から180度の転換が続いている」とする。さらにHSBCのチーフアジアエコノミストのフレッド・ノイマンによる「労働市場の発展速度――死活的な重要性を持つ――の低下と不動産市場を安定化させる試みの失敗がこの180度方向転換を余儀なくさせた。建設工事は中国の成長の中心にとどまっているとする」という発言を引用する。この中国経済の状態が、「新常態」が言われてから1年で完全に方向転換したと言う評価は、当たっていよう。

Authersはまた、現在進行中の上海株式バブルは2000年のアメリカのドットコムバブルの経過に酷似していると指摘する。彼は、中国でこれまで不動産市場に流入していた資金が、株式市場に再び流入し、株式価格が過大に評価され――国有企業集団と(不良債権の増加を懸念されている)銀行を除いて、24部門中20部門が収益の30倍以上、また民間非金融部門が帳簿価格の5.2倍(国有企業株式は2.3倍)――と眩暈がするような高価格で取引されている事実を指摘し、これをアメリカの南北戦争後の(鉄道建設ブームを通して引き起こされた)19世紀末の「金ぴか時代」とも、さらに1970年代および1980年代の拡張的な貨幣政策(中国で現在流行っている)の中で到来した強気市場――バブルを引き起こし続くものは金融不安となった――とも比較している。(フィナンシャルタイムズ2015年5月2/3日)

 

2、巨大資本主義にとっての対外関係と対内関係

巨大資本主義における対内関係の重要性

ここで、中国の現在の株式バブルがアメリカの「金ぴか時代」と比較されていることが示すように、中国やアメリカのような巨大資本主義にあっては、国内市場自体が世界市場に相当する意味を持っている。これまで世界のサプライチェーンのセンターとして発展してきた中国は、輸出が重要性(現在GDPの26%)を持っていたとはいえ、労働人口が減少し賃金水準が上昇してくれば、国内市場の内包的発展がより重要となる。これはアメリカ資本主義の歴史においても見られたことであり、1920年代のアメリカが「孤立主義」となったのは、自動車産業の発展を通して国内のフロンティアに向けた内向きの経済発展のためであった。アメリカが第一次大戦後のヨーロッパに対して国際金融などで果たした国際的役割が強調されてきたが、それを支えたアメリカ経済発展の実体は国内市場にあり、それを原因として1929年の大恐慌が生じ、さらに1930年代には世界経済のブロック化に促され、政治経済が一段と内向きの色彩を強めた。

したがって、巨大資本主義の動向を決めるのは、対外関係よりも対内関係である。しかし、現在の中国は、アジアインフラ銀行に代表されるアジアとりわけ東南アジアさらに中東を経てアフリカにまで至る外向きの動きを開始している。この外向きの動きと中国経済の対内面との関係はどうなっているのか?

 

楼財政部長/の国内経済改革継続の主張

毎日新聞2015年4月30日付「木語」(金子秀敏客員編集委員)は、「絹の道の落とし穴」と題して、楼継偉財政部長(国有企業改革と金融改革を進めた朱鎔基元首相の直系で1990年代の改革にも関わった)の4月24日北京でのシンポジウムでの発言を引用している。楼継偉は、高齢化社会に突入しようとしている「中国には、あと5年から7年の時間しかない」それまでに手を打たないと「中所得国の罠に落ちる可能性は50%以上だ」と発言し、高齢化社会に突入する前に中国は社会保障制度を確立しなければならないし、さらに都市化を進めるうえで必要な土地制度改革や戸籍制度改革実行するかどうかを問われていると指摘したこと、「海と陸との『二つのシルクロード』」には触れなかったことを報じている。ちなみに楼継偉は、2013年3月の新任時に「社会保障基金の資金源を増やすことは重要であるが、社会保険方面の制度の穴は大きすぎる」と指摘していた。日本は社会保障制度を維持できるかという問題に直面しているが、中国は信頼できる社会保障制度を作れるかどうかを迫られているからである。

以下、環球時報(4月26日付電子版)が伝えた楼継偉の発言内容を「レコードチャイナ」によって見よう。楼継偉は、中所得国の罠に陥らないためには今後5~7年のうちに、中国市場に依然として存在する歪みの全面的な改革と解決を行っていく必要があると強調し、次の5つの政策を列挙した。

1、農業改革の実施;農産物への全方位的な補填を注視して農産物の輸入を奨励し、農村で余った労働力を利用すれば、製造業やサーヴィス業で不足している労働力を補うことが可能になる。これによって、給料上昇のスピードを緩やかにし、生産効率上昇の速度よりも下回らせることができる。

2、戸籍改革の実施;中国政府は2014年7月に戸籍制度改革を公表したが、これまで14の省・都市で具体的方法が発表されたにすぎず、人々が最も望んでいるような省・市ではまだ改革が進んでいない。労働力移動の阻害要因を打破するため、政府が教育や医療などのサーヴィス資源を提供する必要があり、こうした政策によって流動人口を都市部へ定住させることが可能になる。

3、就業問題の解決;欧米諸国のように労働者が地域や業界としてまとまって雇用主と強硬に交渉するスタイルは中国にはふさわしくない。企業と労働者が個別に決定することによって、就業増加の弾力性を確保する必要がある。

4、土地改革の実施;農村の土地使用権は、農民にわずかな金額を渡した後、あたかも地方政府のものになったように転売されている。土地取引の過程において、政府は勝手に土地収用や建物取り壊しなどを行うべきではなく、農民が自主的に決定すべきである。さらに、農民が買主との交渉にも参加し、農地を失った後の就業問題や社会保険料の納付問題などについても話し合う必要がある。

5、社会保険の整備;社会保険の問題において、国の資金を支出する必要がある。社会保険制度が整備されていなかった1997年以前には、国有企業の労働者は年金の保険料を納めていなかった。これを解決するためには、国が資金を提供して不足部分を埋め合わせする必要がある。また、現在の社会保険制度に関しては、給付や納付、資金の運用など様々な面での調整が必須である。

この中で、戸籍改革の実施(2013年11月に漸進的に廃止することを決めた)は、5の社会保険の整備と密接に関連している。年金・医療・教育などの便益を与える責任を負うのは各地方政府であるが、それぞれ数百万人規模にも上る農民工に対応する資金がないので、財政制度の抜本的改革が必要とされる。財政部長がこれらの問題を重視しているゆえんであろう。金子は、これらを「すべて習政権が2年前に決定した『改革の深化』政策ばかり」であると位置づけている。根本的改革は、始めたら後戻りできないと同時に既得権の根本にかかわるため実行困難である。

 

中国の不安定な均衡状態

阿古智子東京大学准教授が「中央公論」2015年3月号(特集「巨大市場中国の急所」に寄せた「北京の”農村„から見た格差問題――なぜ不満を持つ者たちは連帯しないのか――」を引用しよう。

阿古は、多くの「城中村」(都市の中の農村)を見た経験をもとに、北京の「安家楼」地区(第三環状道路の外側、日本大使館のすぐそば)を取り上げ、「中国の都市制度は都市と農村を区別」するが、戸籍の区分は、「土地所有の形態や社会保障の内容」に関わり、「都市部の土地・不動産は実質的にはすでに私有化している」と述べ、2014年中国政府が「2020年までに戸籍を統一的に管理する」と発表したが、「戸籍改革が容易に進むとは思えない。『戸籍』という呼称を使わなくても、それに準ずる形式で条件の異なる地域を分割管理せざるを得ないだろう。実際、中国政府は都市の規模によって戸籍の規模によって戸籍の開放度を決めると述べている」とする。

中国社会の「格差は日本の感覚でいれば尋常ではないレベルにまで達しているが」、「たいてい局地的な動きであり、広い範囲に及ぶ社会運動につながることは今のところない」。「中国の社会保障制度は地域差が大きいが、国民は政府が構築するセーフティーネットがもろいことは重々承知している。歴史的に中国人は自分の権利が侵害されないように、家族や友人の利益を確保するために、私的な関係ネットワークを発展させてきた。役人が特権を振りかざす一方で、一般の人々も国民やコミュニティのメンバーとしての義務を顧みず、自分の関わる狭い範囲の権利擁護や利益確保にばかり力を入れている。」

したがって、ここで区別されている「私的な関係ネットワーク」と「コミュニティのメンバーとしての義務」との関係は、あらためて考察される必要がある。また、阿古は、現在の中国を「国民の大多数が『自由はいるが、民主はいらない』と考える国」と規定するが、おそらく現実であり、そのことが「抱える、大きなリスク」がある。阿古は「今の中国の均衡状態は、社会階層間の対立や非協力によって意図せず得られた非常に不安定なものであり、経済の悪化などによって急激に崩れる可能性がある」と結んでいる。

 

アジアインフラ投資銀行(AIIB)はスタンドプレーか

先にあげた金子秀敏は、「エコノミスト」2015年5月5日・12日号の「風前の灯火リコノミクス、習・李ツートップの危機」で、「習主席の政治路線が改革派排除に向かっていることを示す動きは、「一帯一路」「政策の指導小組」の「組長」が「石油閥の張高麗副首相」であることから明らかとし、「アジア各地に高速鉄道のレール敷設工事、港湾や橋などの建設工事を進めて、中国国内で生産過剰になった鉄鋼やセメントのはけ口にするというポスト高度成長期の成長戦略」を意味し、「リコノミクスとは正反対の方向を向いている。石油閥の張副首相が先頭に立つのはそのためだ」と規定する。「内需拡大を断念し国外市場へ強引に進出すれば、政治改革は後退し、国内の貧富の格差は拡大し、アジア経済にブロック化がもたらされる恐れがある。中国の危機とは『中進国のわな』ならぬ『共産党体制のわな』だ」と結論する。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)は、中国が主導して資本金5000億ドル(約6兆円)で2015年内の設立を目指し、創設メンバーにイギリス、ドイツ、フランス、イタリアなどのヨーロッパ諸国を含む57か国が参加した。発展途上国として援助を受ける側であった中国が、途上国を支援する金融機関を立ち上げたことは、中国の台頭を明確に示した。

だが、アジアインフラ投資銀行の規模はさして大きなものではない。中国には陳雲の息子陳元が初代行長を務めた国家開発銀行など巨大な政策銀行が存在する。中国国家開発銀行は、2012年末で貸出残高約108兆円と、商業銀行で当時世界1位にあった中国工商銀行の105兆円を上回り、最近新たなプロジェクトに備えて600億ドル強増資した。2012年当時日本で1位の三菱UFJフィナンシャル・グループは84兆円、世界銀行は15兆円に過ぎず、国家開発銀行の貸付規模は、世界銀行の7倍強であった。

アジア開発銀行経済研究所の試算によると、アジアのインフラ投資は2010年から2020年までの11年間で8.3兆ドル(約1000兆円)年間90兆円程度が必要で、電力などエネルギー関連が4.1兆ドルと半分、道路港湾など運輸インフラが2.5兆ドル、通信インフラ1.1兆ドル、水道・衛生0.4兆ドルである。OECDによると先進国から途上国への民間融資は、直近で年間3000億ドルほどである。世界銀行とアジア開発銀行の融資は合わせて1年間300億ドル(約3.6兆円)程度とインフラ投資の4%程度に留まる。アジア開発銀行(ADB)は、融資枠を2017年には現状の1.5倍の200億ドル(約2.4兆円)に拡大し、教育と保険分野への融資拡大を図り、審査5か月と2012年比で期間を6か月ほど早めるとする。

 

アジアでのローカルな覇権を目指すのか?

チャイナウォッチャーのミンシンペイは、中国の「新たな友好的態度」と題して(ニューズウィーク日本版、2015年1月23日)で、中国の戦略の根底にある「アメリカ主導の既存の体制」との「併存主義」とアジアでのローカルな覇権を目指」す「ローカル主義」とを「賢明な考え方」と評価している。

「インフラ整備を進めれば、アジアの貿易中心地という地位を一層強固なものにできると、中国政府は考えているように見える」が、「本当に、アジア全域を結ぶ大規模で充実したインフラ網を築けるだけの経済力を持っているのか」。2014年7月のIMF報告書によれば、アジア途上国の輸送インフラ整備(新規のインフラ建設と既存のインフラの更新)資金は、推定2兆5000億ドルを上回るが、「長期の維持管理費用を計算に入れれば、中国の計画しているインフラ事業にかかる費用は、当初の建設費を大幅に上回る。しかも、中国が国外のインフラ事業の資金を負担する力は、将来的に弱まって行くだろう。経済成長の減速が予測されるうえに、社会の高齢化が進むにつれて、社会保障など国内の資金ニーズが高まるからだ。」と見る。

その上で中国の消費市場規模が3兆ドル相当とアメリカの4分の1に過ぎないこと、インフラ投資でも投資先に振り回される蓋然性があることなどの問題点を指摘した上で、「いま中国に最も必要なことは、期待を高めすぎないことと、大きなリスクを背負い込み過ぎないことだ。しかし中国の指導部は自らの成果をことさらに宣伝し、共産党の一党支配体制の力を誇示したがる傾向がある。この国でいつも不足しているのは、謙虚さと慎重さ、それに常識的な判断だ。」と結論している。

インフラ開発投資の評価に時間を要するのは、環境評価において現地の住民コミュニティやNGOなどと話し合ってまとめる過程が必要なためであろう。中国が主導して「新たな友好的態度」」をとってまとめることができるかが問われるであろう。

 

中国の都市化の特徴

中国の都市化の規模は巨大である。OECDが2015年4月21日発表したレポートは、人口密度や交通のパターンを用いて、その都市の社会や経済に大きく影響している都市周辺の居住者を含めた「大都市圏」・「機能的大都市圏」という考え方をとり、人口1000万人以上のメガシティーを、現在国連に登録されている6都市を超えて15とした。

その結果は劇的であり、1位の上海は2230万人から3400万人、2位華南の広州が1110万人から2500万人と2倍以上に増えた。以下3位北京2490万人、4位深圳2330万人、5位武漢1900万人、6位成都1810万人、7位重慶1700万人、8位天津1540万人、9位杭州1340万人、10位西安1290万人、11位鄭州1240万人、12位汕頭1200万人、13位南京1170万人、14位済南1100万人、15位哈爾浜1050万人までの15都市があり、その人口を合計すると2億6060万人と日本の約2倍になる。改革開放以後の35年間で都市部人口は5億人余り増えたが、その半分がメガシティーに住んでいる。また農村部の住民も、農村部から県の中心地の都市などに移住しているので、全国で年間1万の集落が消滅している。

OECDによると、中国では大気汚染で年間約35万人が死亡しており、世界保健機関(WHO)によれば、PM2.5などの濃度が世界の平均水準を下回ったのは、中国112都市のうち22都市にとどまった。この大気汚染は、胎児にも影響を与えている。オリンピックとAPECの時北京の空はきれいになったが、中国の調査によっても新生児の体重に有意の差が出ており、大気汚染が早産の傾向をもたらすことも明らかになったそうである。したがって、全人代の際に話題になった柴静の胎児の腫瘍の告発は医学的根拠があり、中国における環境対策は待ったなしである。

 

イアン・ブレマーの中国観

「Gゼロ」論のイアン・ブレマーを社長とするユーラシアグループは、2013年の「世界の十大リスク」で、アメリカに依存してきた日本・イスラエル・イギリスをJIBと一括し、アジア、中東、ヨーロッパの変化についていけない構造的な負け組と分類していた。このブレマーは、「中国は米国主導の国際通貨基金や世界銀行にチャレンジするために、そうした組織に匹敵する経済的インフラを構築しようとしている。」「米国はIMFや世銀の構造や指導環境の変革に二の足を踏んでいる。」「長期的に見れば、中国は自国通貨をもっと基軸通貨のように機能させたいと考えているだろう。だが、そのためには人民元をもっと(世界の市場に)流通させなければならない、今はまだそうなっていない。中国の金融システムは十分に開発されていないため、当分、無理だろう」と指摘している。(「エコノミスト」2015年5月12日号)

ブレマーは、「中国を超大国などと思っていないし、もうすぐなるとも思っていない、とはいえ、経済的にはアジアにおける米国標準に挑戦を仕掛けるだけの力を手にした」という。しかも「10年後にはドルの影響力が陰り始めるだろう。しかし、米国では大半の人が関心を払うような問題ではない。指導層でさえそうだ」として、別の機会に「10年後も中国は政治的に安定し、崩壊せずに世界最大の経済大国となると予想しているが、依然として国家資本主義者であり中国がリードする組織はどんどん強固になる」他方で、「中国が国内で抱えるリスクは長期的なものだ。就労者人口の減少と高齢化、未整備の年金制度や医療制度、環境問題など問題は山積しているが、政府は長期的な視点から投資を行っている」と評価し、「問題は、20年後の世界最大の経済圏(中国)が、実は一番不安定であり、軌道が不明確だ」とする。

 

3、「債務中毒」と金融改革の必要性

「債務中毒」の中心は民間債務の膨張

マッキンゼー・グローバル・インスティテュートのレポートは、中国の総負債が、なお処理できる水準にはあるが、グローバル金融危機以来急速に増大したことに注意を促している。

レポートは、中国政府当局が金融危機を引き起こすことなしに、より低い成長率へスムーズに移行する能力を持つであろうとするが、中国の債務の成長の速さが不動産の成長に多く関係している事実を指摘し、20年にわたる中国の都市化とそれに必要なインフラ投資と不動産投資の拡大を原動力とした企業活動の拡張の巻き戻しは、リスクを生み出すとしている。

①2014年の半ばまでに中国の総負債は、GDPの282%まで拡大し、これは発展途上国の平均をはるかに上回っているだけでなく、オーストラリア、アメリカ、ドイツ、カナダなどの先進国の水準よりも高い。

中国経済は、2007年以降20.8兆ドルの新規債務を増やしたが、それは同時期のグローバルな債務増加額の3分の1以上に上った。

③この債務拡大の最大のドライヴァーは、非金融企業とりわけ不動産部門における急拡大であった。マッキンゼーの分析では、2014年の第2四半期において、家計の住宅ローン1.8兆ドル=負債の8%、不動産部門の企業債務2.5~3.0兆ドル=同10~15%、不動産関連部門の企業(鉄鋼などの基幹金属、鉱業債務、セメントなどの高度に関連する産業)2.0~2.5兆ドル=同10~15%、政府(地方政府関連の融資平台、社会性住宅への支出その他の建設計画支出)2.2兆ドル=同10%、合計8.5兆ドル~9.5兆ドルとする。不動産関連の債務総額は、総負債の40~45%に上り、約半分の債務が不動産部門に関係する。これによって企業債務はGDPの125%に上り、世界最高水準にある。

不動産価格の急上昇によって、北京、上海における高価格帯の不動産は、パリ、ニューヨークに近付きつつある。2013年のそれぞれの都市の優等地における高級居住用不動産の価格は、1平方メートル当たり香港4万3700ドル、ロンドン3万5700ドル、シンガポール2万7800ドル、ニューヨーク2万2400ドル、パリ2万2000ドル上海1万9500ドル、北京1万7100ドルとなっている。

以上にレポートで指摘された債務膨張の背景は、中国がアメリカを上回る金融大国となったことである。2013年末の中国の銀行預金量は107.1兆元、年間預金量増加額は12.7兆元(約200兆円)、増加率13.3%であった。銀行貸出量は76.6兆元、年間増加額9.3兆元、増加率13.9%であった。2014年3月時点でのアメリカの銀行貸付10兆2698億ドルを、2013年の平均レート1ドル=6.1958元で換算すれば中国の貸出量約12兆3600億ドルはアメリカのそれを上回り、アメリカの銀行貸付増加率は2013年年間で1.1%にであった。ちなみに、日本は、2013年の銀行預金量が国内銀行634.6兆円(ゆうちょ銀行176.4兆円を含めると預金量は計801兆円)、銀行貸付残高は435.9兆円であった。

中国にとって、国有企業改革とその反面としての金融改革は、2000年代の胡錦濤時代には「国進民退」と言われ進展しなかった長年の課題である。

 

中国民営企業融資とシャドーバンキング

日経新聞(2015年4月24日)は、深圳の投資銀行チャイナ・ファースト・キャピタルの会長兼CEO・ピ-ター・ファーマンの中国民営企業融資の停滞に関する発言を載せている。

ファーマンは、「中国経済を苦しめる問題として高い借り入れコストほど有害かつ破壊的で見過ごされているものはない。・・中略・・中国の優良企業の大半が含まれる民間部門で担保融資の実質金利が10%を下回ることはめったにない。」と、中国の貨幣市場改革の遅れを指摘する。「中国の高利回り借入の市場は巨大だ。国内大手銀行や信託銀行、証券会社は2兆5000億ドルを超える社債や地方債を束ねて証券化して売りさばいている」「シャドーバンキング融資」の拡張が引き起こされている。「銀行とシャドーバンキング部門による融資残高は100兆元(15兆9000億ドル)を超え、米国の民間融資残高の約2倍に」上り、米国と同様に、中国でも金利を国家統制して低く抑えて銀行部門を統制すればするほど、高利回りを求めるシャドーバンキング融資は拡大を続ける。

その結果、借り入れの対象である「多くの企業で利ざやが縮小し、金利コストが利益の大部分を飲み込みつつある。国有が大半を占める中国の銀行の2013年度の利益は2920億ドルで、世界の銀行業界の利益の3分の1を稼ぎ出している。中国の融資は企業利益をかつてない割合で国内の金利生活者に移すように仕組まれた市場」である。すなわち、現在の中国における「国内の金利生活者」とは主要には大型国有企業の管理職およびそれと利害が一体化している党幹部のことなのであるから、大型公共投資に依存してきた国有企業の生き残りが優先されていることの弊害であろう。

したがって、ファーマンが言うところの「法外な借り入れコストの引き下げ手段として海外資本の流入が歓迎されているか着目すべきだ」ということは、企業の資金調達難が深刻なことを指摘している。中国が、国有商業銀行と大型国有企業の資金調達との関係を優先させてきたことは、中国貨幣市場改革の停滞、さらに中国資本市場改革の遅れとなっている。

中国は2015年5月1日から銀行の預金保険制度を導入した。これは中国人民銀行の周小川総裁が全人代期間中の会見で、預金金利の上限を「今年なくす可能性が非常に高い」と明言したことを受けて、預金金利の自由化に向けた安全網の整備のためであった。預金金利を政策で低く抑えていることが、銀行の高収益を支えてきたからであり、預金金利の自由化は銀行の健全経営を促すものとなるとされている。しかし、中国では大口預金者は少ない。99.6%の預金者の残高が50万元(約975万円)以下となっており、預金保護の範囲もこの50万元に設定された。(日経2015年5月2日)つまり、「シャドーバンキング融資」の拡張は、そのことの反面を示す。

 

中国債券市場の遅れた自由化

世界のサプライチェーンのセンター中国の企業活動が旺盛であることを反映して社債市場の拡張は継続されてきた。この社債市場で一部の過剰投資に陥っている産業部門(不動産と関連する鉄鋼、セメント、製紙など)では、企業の社債大幅格下げ(湖南省の湖南雪麗造紙はトリプルBから一気にダブルCに引き下げられた)が相次いでいる。4月21日には国有企業の保定天威集団が国有企業としては初めて債務不履行を起こした。中国共産党は、2013年の3中全会で「市場に決定的な役割を果たさせる」ことを決めており、2015年3月の李克強首相の会見でも「個別の案件は市場の原則に基づき処理する」と、収益力の低い国有企業のうち経営が悪化したものの債務の肩代わりを続けず、金融システムの市場化を進める方向性を示し、国有企業の債務に対する政府の暗黙の保障を外した。

中国の債券市場規模は、2013年9月末では約4.3兆ドル、内訳は国債1.453兆ドル、中央銀行債92億ドル、政策銀行債(中国国家開発銀行・中国輸出入銀行・中国農業発展銀行)1.415兆ドル、社債(8割程度が国有企業)1.347兆ドルであった。

株式市場に比べて遅れていた債券市場の自由化も拡大されつつある。中国の経済成長の鈍化と国内市場金利の低下により、資金流出が加速しつつあり、それに対するヘッジが必要とされているからである。中国は、HSBC、モルガン・スタンレー他30の機関投資家に中国の5.9兆ドル規模の国内債券市場への投資を認め、資本市場の自由化に向けて大きく前進した。中国の債券市場規模はアメリカと日本に次ぐ世界第3位であるが、中国が国際投資家に人民元資産を保有させようとすれば、確定利子付債券の自由化が必要とされるからである。スタンダードチャータードの推定では、すでに50以上の中央銀行がすでに外貨準備として人民元建て債券を保有している。オフショア機関投資家は、3月末で5790億元(930億ドル)のインターバンク債券を保有しており、1年前に比べて44%増加した。(フィナンシャルタイムズ2015年5月5日)

 

地方財政の危機と地方債借り換え

中国の債券市場改革にかかわるもう一つの大きな問題は、長年にわたり持続不可能な借り入れと投資を続けてきた地方政府の債務の再構成である。同時に政府当局者は依然として住宅・不動産とその関連産業のインフラ投資が、景気の減速を和らげるクッションとなることを望んでいる。「日本経済新聞」2015年5月3日付の「中国、行き詰まる『土地財政』、金融緩和に地方救済色」によれば、2014年に中国の地方政府が国有地の使用権を不動産開発業者に売って得た収入は、「約4兆三千億元(約82兆円)」であり、「地方政府はこの土地譲渡収入で歳入全体の3割を稼いだ」が、この土地譲渡収入は、2013年年間さらに2014年第1四半期までは前年比4割増だったものが、2014年第2四半期以降には前年同期比で急速な減退に転じ、第4四半期には前年同期比2割減(年間では前年比3%減)となり、2015年には前年同期比36%減と住宅市場の冷え込みと不動産投資の伸びの鈍化を反映した。

さらにこの記事は、「中国財政省は立ち退きに会った農民への補償などの費用は収入の約8割にあると指摘」したことを挙げており、「農民の権利意識の高まり」に触れている点でも注目される。

中国の税収全体が伸び悩み、2013年までの10年間平均の伸び約2割に対して、2014年の伸び8.6%、2015年第1四半期が前年同期比3.9%増まで縮小した。このため、地方債務の資金繰りの行き詰まりを防止すべく、2015年中に返済期限を迎える借金の半分強に当たる1兆元の債券発行による借り入れを認め、その引き受け手として、年金を運用する全国社会保障基金の「地方債・社債」に投資できる上限を運用資産の10%から20%に引き上げ、最大3000億元を回せる計算だという。

冒頭にあげた金融緩和に対しても、中国国内では「最近の相次ぐ金融緩和について『借金返済に苦しむ地方政府の救済』『中央銀行と財政当局との政策協調』との見方が広がり、しかも、「借り換え目的の地方債は、金利など発行条件を巡る投資家との交渉が難航している」と伝えている。

中国経済の実体面については、別の機会に検討したい。

初出:雑誌『情況』6月号掲載論文を修正しています。

 

74日世界資本主義フォーラムのご案内

<矢沢国光>

●日時 201574日(土) 午後2時~5時

●立正大学大崎キャンパス 五号館2階 524教室

最寄り駅からの地図は http://www.ris.ac.jp/access/shinagawa/index.html

  キャンパス地図は   http://www.ris.ac.jp/introduction/outline_of_university/introduction/shinagawa_campus.html

 

●報告1 五味久壽 中国「新常態」の転換点の意味と新たな課題

      *「情況」20156月号 掲載

●報告2 矢沢国光 機能不全に陥った先進国資本主義世界

         出口なきQE(量的緩和)の「出口」はどこにあるか?

      *『情況』20157月号(6月末発売予定)

●参加費無料。どなたでも参加できます。

● 問合せ・連絡先
矢沢 yazawa@msg.biglobe.ne.jp  携帯090-6035-4686

 

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〔study644:150619]