研究会レジュメ(奥山忠信)
黒田日銀総裁の異次元の金融政策は、通貨(マネタリーベース)を2年間で2倍にすることで物価を2%上げる、という。貨幣量を増やせば物価が上がると考えている点では、マネタリズムの政策であり、その理論は貨幣数量説である。
しかし、貨幣数量説の感覚からはあまりにもかけ離れている。ロック(John Locke)が貨幣数量説を唱えた時には、アメリ中南米からヨーロッパへの金銀の流入による物価騰貴、いわゆる16世紀の価格革命が背後にある。ロックは、貨幣量(当時は金と銀)が10倍になれば、物価は10倍になる、と考えていた。貨幣数量説では、フィッシャーの交換方程式MV=PT(M:貨幣量、V:貨幣の流通速度、P:価格、T:取引量)が有名である。ここでVとTを慣行的に一定と判断すると、MとP、つまり貨幣量と物価は、きれいに比例する。貨幣量が10倍になれば物価も10倍になるのである。リーマンショックの後、アメリカは4ヶ月で貨幣量(建国以来の)を2倍にした。貨幣量は急増し、株価は上がったが、物価は上がっていない。
貨幣数量説にはからくりがある。アダム・スミスの『国富論』よりも9年先に大著、『経済学原理』(1767)を書いたジェームズ・ステュアートは、この問題を明確にとらえていた。貨幣量と需要とは別なのである。需要の増加は物価を押し上げるが、貨幣量が増えても需要が増加するとは限らない。長期の不況の中で、貨幣錯覚が消えた後でも、貨幣にしがみつく政策が取られている。物価が上がるよりも、貨幣量の増大による通貨そのものへの不信が、通貨システムを崩壊させる危機の方が深刻である。
拙著は、貨幣数量説の学説史と理論の研究を踏まえ、金問題を射程に国際通貨問題に言及した。もともとは外貨準備不要のシステムとして喧伝され導入された変動相場制は、実際には介入のために大量の外貨準備を必要とするシステムであった。マンデルの最適通貨圏は、ユーロのような広域通貨圏の祖と言われているが、本来は、通貨圏を経済圏にあわせて再編成して、通貨圏どうしを変動相場制でつなぐ理論であり、広域経済圏の利点を説いたものでも、固定相場制の優位を説いたものでもない。
現在の変動相場制やアジア通貨危機やユーロの危機を踏まえ、マルクスの世界貨幣論とケインズのバンコールを踏まえ国際通貨システムの今後の方向性を模索した。
第278回現代史研究会
日時:9月21日(土)1:00~5:00
場所:明治大学駿河台校舎・リバティタワー1145号(14階)
テーマ:「『貨幣数量説』はなぜ今、問題か」
講師:奥山忠信(埼玉学園大学教授)
コメンテーター:矢沢国光(「世界資本主義フォーラム」)
田中裕之(立正大学講師)
参考文献:奥山忠信『貨幣理論の現代的課題―国際通貨の現状と展望』(社会評論社、2013年7月)
参加費:500円
連絡先:書肆・社会評論社 03-3814-3861(担当・松田)
現代史研究会顧問:岩田昌征、内田弘、生方卓、岡本磐男、塩川喜信、田中正司、(廣松渉、栗木安延、岩田弘)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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