令和出典・万葉集の英訳について

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 令和元年・2019年5月1日の『朝日新聞』23面に「ピーター・マクミランの詩歌翻遊」が眼にとまった。

 ピーター・マクミランは書く。
 ――何年か前、万葉集の研究における第一人者にお会いする機会があった。その方は「万葉集はまだすべて英訳されていない。あなたがやりなさい」と言った。
 ――今回は「令和」の出典となった序文をもつ梅花の宴の歌のうち、宴の主催者である旅人の歌を紹介したい。

  822  わが園に梅の花散るひさかたの
       天より雪の流れ来るかも

       Plum-blossoms
       scatter on my garden floor.
       Are they snow-flakes
       whirling down
       from the sky?

 「万葉集の研究における第一人者」は御存じなかったようだが、実は万葉集はすべて英訳されている。神田外語大学・神田外語学院の須賀照雄教授によって第1首から第4516首まで。同大学・同学院から立派な装幀で出版されている。1991年4月6日である。マクミラン氏は全訳を決心されたらしいから、参考までに一言。

      On to our garden
      Plum-blossoms are falling
      As if some snowflakes
      Were a-floating high above
      And falling down from the heaven.

 万葉集の全訳はロシア語にもある。ソ連科学アカデミー・東方学研究所・ナウカ出版、1971年である。第1首から第4516首までА.Е.グルスキナという女性研究者が露訳している。第822番は以下の如し。

      Не в моем саду ли
      Ныне опадают
      Белые цветы душистой сливы?
      Или с высоты извечной неба
      Снег струится, падая на землю

 一読して気付いたことのみ述べる。マクミラン訳は、「天」の枕詞「ひさかた」を省略している。須賀訳ではhigh aboveでその気持を表現している。グルスキナ訳は、извечной(ずっと昔からの)を利用して、「天のはるか昔からの高み」のように「ひさかたの天」を訳している。枕詞「ひさかた」に形容詞「久し」を関連付けたのであろう。
 また、「散る」と「流れ」の所。マクミラン訳もグルスキナ訳も異なる訳語で表現している。それに対して、須賀訳は同じ語fallingを繰り返してくどくなっている。「流れ」の方はそのままflowingで良かった気もする。
 全訳と言っても、露訳は梅花の宴の序を訳していない。須賀訳はそこも英訳している。そこで、令和の典拠となった「令月風和」の英訳を見てみると、in the pleasant monthとthe wind was balmyとなっていた。新聞報道によると、令和をbeautiful harmonyとすることになったようだ。佐々木信綱は岩波文庫『万葉集』では「令(よ)き月、風和(なご)み」と訓じている。「なごみ」をharmonyと訳してよいのならば、「よき」も令字の語感を生かして、coolにしてもよいかも知れない、cool harmony。cool Japanがプラスイメージであるから、cool harmonyの方が何かを過度に強調するようなbeautiful harmonyより落ち着いている。

令和元年5月1日

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