はじめに
以下は読売新聞「社説」の引用である。「科学的には、100ミリ・シーベルト以下は被曝(ひばく)による健康への影響はないとされる。…放射線審議会で、国際的な考え方を改めて検討し、政府は法令に基づく明確な基準を打ち出すべきだ。」(2017年2月9日)
読売新聞「社説」はその前後にも同じような主張を掲載している。(2014年4月11日、2015年11月4日、2017年年6月26日)。この「100ミリ㏜以下健康影響なし説」(以下「100ミリ㏜影響なし説」という)は、一部のマスコミが世論を先行的に誘導する段階を経て、本格的に登場することになった。政府による広宣活動が始動したのは2017年12月12日、復興庁「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」がその号砲であった。その後、矢継ぎ早に歪んだ情報が発信された。
復興庁「放射線リスクに関する基礎的情報」。
放射線審議会(現規制庁諮問機関)「答申」。
復興庁『放射線のホント』(廃刊・撤回・署名運動展開中)。
文科省『放射線副読本』(全国小中高生へ配布、1450万部、回収自治体も)。
復興庁「風評払拭」の広報展開。
国・福島県は広告費240億円を「電通」経由でマスコミへ投入。
だが、その内容は露骨なウソを織り込んだ安全広報である。次のような記述は真っ赤な作り話であった。「日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしている」(1)という。だが、この比較・引用は数字のトリックであった。日本の基準値は「平常時」の数字を、外国の基準値は「緊急時」の数字を並べて比較している。このような異なる基準で比較すれば「世界一」となるのは当り前である。注記するように(2)、これはほんの一例に過ぎない。原発事故の隠された現況を取り繕うには、このような露骨なウソ、ごまかしで人々を欺く他はないのである。
政府は被曝の実態解明を闇に葬り去ろうとしている。事故3年後に明らかになったことのひとつは放射性物質流出の実態であった。「最初の4日間で全体の25%、その後の2週間で残り75%が放出された」とされている(NHKスペシャル、2014年12月12日)。このような事故初期の集中的な放射能汚染は福島県をはじめとした東日本全域に及んだ。しかし、日本政府の広域被曝対応はわずか福島小児甲状腺ガンに限定されている。その多発事態も「原発事故とは無関係」とされている。他の被曝疾患に関しては、東日本全域の検証は対象外とされている。このような行政と加害当事者の無責任は人災史上例をみないほど悪質である。
原発立地自治体のひとつ大熊町では、町内40%の地域の避難指示を解除し、役場庁
舎や集合住宅を新築して行政の最前線拠点にしようとしている。その場所は第1原発事故現場から直線距離にして8㎞である。だが、同町内の「国道6号に近い地点は毎時4~6マイクロシーベルト(年間35~52ミリ㏜)、国道6号から福島第一原発に向かう道上は毎時8マイクロシーベルト(年間70ミリ㏜)前後にまで上昇」している(東京新聞2019年4月10日)。また、現地避難住民たちは累積被曝による危険からの避難という道を選択した。にもかかわらず、政府・福島県はうわべの除染を理由にして避難指示解除を強行し、住宅援助を打ち切り、汚染地への帰宅を強要している。
福島県2019年4月発表によると、県面積の70%を占める山林ポイントで測定した1300個所のうち362個所(28%)の年間空間線量率(単位時間当たりの線量だから「率」がつく)は、2011年8月の線量率の75%に低減したという。また、線量率も年間1ミリ㏜以下(毎時0.23マイクロシーベルト、この基準値も厳密ではない)になったという。しかし、これらの減衰の主因は自然減衰に過ぎない。いまも、手つかずの山林や原野では半減期30年の放射性セシウム137は、事故8年が過ぎても線量82%が累積被曝の線源となっている。いわば、山林原野は放射性物質(不溶性微粒子)の貯留庫である。決して外部・吸入・経口被曝の危険が去ったわけではない。メルトダウンした事故現場はたんに中性子衝突による「臨界」が止まっただけである。溶け落ちた超高濃度の核燃料(デブリ)の回収は目途さえたっていない。2号機の原子炉には42トン、溶け落ちた格納容器には195トンが確認できている。他の原子炉からも放射線の排出や汚染地下水流出は続いている。解体・廃炉への道は険しい。
いま、日本原子力ロビー(政府、原子力官僚、推進企業、原発専門家)は、公然と「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)をまき散らし、偽りの線量、線量率操作を行っている。その意図の背後には、事故現場が制御下にあると見せかけて、福島復興を象徴する五輪開催の体裁を整える狙いがある。また、事故災害への無責任、除染を口実にした冷酷な棄民策、再稼働と核潜在力への野望という国策が隠されている。
だが、100ミリ㏜安全説は日本原子力ロビー固有の論理であり、世界の定説から大きくはみ出している。福島事故を口実にして世界に先駆けて理論を捏造しているに過ぎない。いわば、これは異次元の被曝防護体系である。この無謀は「世界の非常識」「新たな神話」(3)と論断されている。このような似非論理は原発事故が起きた日本において登場し得たとしても、いずれは立ち枯れになる代物である。
本稿の目的は、日本原子力ロビーが目論んでいる100ミリ㏜安全神話のウソを暴くことである。この虚構の全体構造をえぐり出し、そのなかから真実を取り出すことである。そのことによって、低線量被曝リスク論が内包する問題の本質を解明することにある。
第Ⅰ部 リスク係数でみる危険度
1 100ミリ㏜の被曝リスクは、ICRPリスク係数でも1万人で50人
100ミリ㏜影響なし説の無謀さを明らかにするために、まず、被曝線量100ミリ㏜のリスク(危険度)をみていくことにしよう。ここで適用するリスク係数は、現行の「国際放射線防護委員会」(以下ICRPという)の係数である。これは一般住民を対象にした世界公認の公衆リスク係数とされている。
ICRP公衆リスク係数が対象とする集団は、老若男女を含む一般公衆である。この公衆1万人集団が、平均1ミリ㏜被曝したとして、その集団がこうむるガン・白血病などの生涯リスク係数は「0.5人」(成人のみでは「0.4人」)としている。(ただし、ICRPリスク係数は1㏜を単位としているが、本稿では1ミリ㏜=1000分の1のリスク係数で算定)。このICRPリスク係数を用いて線量100ミリ㏜(=0.1㏜)の放射線誘発ガン・白血病などの生涯にわたる死亡率を推計してみよう。「線量-反応関係(被曝線量とリスクの関係)」は正比例しているから、結論を先にいえば、100ミリ㏜の被曝リスクは、結局、被曝1ミリ㏜のリスクの100倍(50人)となる。
◇ 対象:一般公衆1万人集団。被曝線量:平均100ミリ㏜。リスク:生涯にわたってこうむる、ガン・白血病死者数=50人(0.5×100)。死亡率0.5%。また、事故前の福島県民人口約200万人規模で推計すれば、平均100ミリ㏜被曝したとして、死亡者数=1万人(50×200)のリスクとなる。
この被曝推計値は2つの問題点を浮き彫りにしている。
①100ミリ㏜影響なし説(安全説)は、一般公衆1万人中の50人、県民規模人口200万人中の1万人の犠牲を切り捨てることによって成り立つ論理であること。
②この1万人中の50人、200万人中の1万人は、リスクの過小評価が批判されているICRP公衆リスク係数に基づく数字である。実際のリスクはさらに高くなること。
とくに②のICRPリスク係数の過小評価を不問にすることは背理である。ICRP公衆モデルの対象は幼若男女をふくめた「一般公衆」であり、これは通常の人口構成集団(住民)を対象にしている。ところが、生体の被曝感受性に関するかぎり、年齢別、世代別集団でみると大きな落差がある。その被曝感受性はそのまま被曝リスク増に結びついている。感受性が最も高いのは子宮内胎児であり、リスクも高い。そのあとに続くのが幼児・子供・少年・青年である。あとの壮・老世代のリスクは低い。このように、ICRP公衆リスクはこの世代間のリスクギャップを無視する構造になっている。たんに、ICRPリスク係数はこのリスクギャップを素通りしている。「子どもは大人の2~3倍」(ICRP2007年勧告)として補足扱いしているに過ぎない。
この年齢間の被曝感受性の違いから派生する被曝リスク差を、数値として明確にしたのはアメリカ放射線医学研究者ジョン・W・ゴフマンの年齢別・性別リスク係数である。(4)
ゴフマンは元国立放射線研究所副所長であった。在任中に既成のリスク評価を批判して自説を貫いた。職を辞した後も独自に研究を続けて、全年齢別、性別リスク係数を算定して、世界唯一の年齢別リスク体系を作り上げた。その妥当性はチェルノブイリ事故評価において実証され、高い評価を受けている。たとえば、世界の被曝防護機関や研究者によるチェルノブイリ事故の推計リスクは、最小値と最大値のひらきは概数で1対225(4000人対90万人)となっている。ゴフマン推計の被曝死者数(約47万人)は全推計値のほぼ中間に位置している。この推計値は人口動態統計による別な推計値に近似しており、決して実数らしきものとかけ離れてはいない。なお、そのゴフマンのリスク論については、後日別稿で詳述する。
ICRP公衆モデルとゴフマンモデルのリスク係数を対比すればどうなるか。先にみたようにICRP公衆モデルリスク係数は「一般公衆1万人・1ミリ㏜被曝・リスク0.5人」である。これをゴフマンモデルのリスク係数と比較すると大きな開きがある。結果だけいえば、ICRPリスク係数(一般公衆、1万人集団、1ミリ㏜被曝、死者0.5人)とは、ゴフマンモデルではほぼ「46歳集団」のリスク係数に等しいことになる。すなわち、同じ1万人集団、1ミリ㏜の被曝リスク=0.5人であっても、ICRPモデルの対象は「一般公衆」1万人であるが、ゴフマンモデルの対象は「46歳」集団1万人集団である。
このような年齢別リスク差の違いを鮮明にしてくれるのは、そのリスクを年齢集団別にみればよい。下記の表がそれである。ゴフマンモデル、年齢集団別1万人集団が、1ミリ㏜被曝したとした、各被曝集団のリスク差を示したものである。つまり、集団被曝線量=1万[人・ミリ㏜]当たりの、主要な年齢集団の被曝ガン死リスク係数である。
0歳 0歳時被曝集団 15.1人(件) 20歳時被曝集団 4.5人
5歳時被曝集団 13.3人 30歳時被曝集団 3.8人
10歳時被曝集団 10.5人 40歳時被曝集団 1.7人
15歳時被曝集団 5.1人 50歳時5 50歳時被曝集団 0.07人
表 ゴフマン著『人間と放射線』の「年齢別、性別ガン線量一覧」p.250以下を参考に作成
◇ ICRPのいう「一般公衆」という集団概念は、ゴフマンモデルでは「混合年齢集団」(ほぼ30歳集団)に相当する。このゴフマンモデルで集団リスクを推計すると、混合年齢集団1万人・100ミリ㏜被曝(100万[人・ミリ㏜])当たりの生涯リスク(ガン・白血病死亡率)=373人。ゆえに、両者(一般公衆と混合年令集団)のリスク係数比は、「50人対373人」(1対7.4)である。このリスク係数のひらき(7.4倍)が、ICRPリスク係数の過小評価を示している。
◇ ゴフマンモデルにおける世代間の被曝リスク構造をみれば、その違いが鮮明である。福島県民の事故前の人口構成のうち、20歳未満の人口集団は全体の19%に過ぎない。ところが、この20歳未満集団(19%)が引き受けるリスクは、県民全体リスクの59.8%である。つまり、等しい空間線量を浴びたとして人口上でみれば20%の若い世代が、リスク全体の約60%を占めていることになる。この事実は何を意味しているか。それはリスク係数を全世代一律に設定することの絶対矛盾を示している。このように、ICRP公衆リスク係数は実質的に世代間のリスクギャップを無視したリスク体系である。
◇ 一例を示しておくことにしよう。ゴフマンの年齢別リスク係数で推計すると、0~10歳未満1万人集団が、100ミリ㏜被曝すると死亡者数=1300人(死亡率13%)である。ところが、ICRP公衆モデル係数では、この幼少1万人集団は一般公衆に解消され、リスクの実数は推計不能である。あえて推計すれば、その子供リスクも「一般公衆=50人」(26分の1)のなかに解消されている。また、10~19歳1万人集団が100ミリ㏜被曝すると死亡者数 =670人である。だが、 これも「一般公衆=50人」(同13分の1)と計上される。
いずれにせよ、問題はたんに世代間リスクの多寡にとどまらない。世代別の集団1万人中の死者50人であれ、670人であれ、1300人であれ、これほどの犠牲を強いる線量「100ミリ㏜」を安全量とみなすこと自体が暴論である。まさに、線量100ミリ㏜とは〈合法的殺人線量〉というべきである。
2 線量100ミリ㏜は、事故前の年間自然空間線量率の333倍
線量「100ミリ㏜」のリスク(危険度)を、線量率「年間100ミリ㏜」のリスクと比較してみよう。この比較は「線量」と「線量率」の比較になるが、すくなくとも線量100ミリ㏜のリスクの度合いを知る目安にはなる。なお、ここで用いる線量率「年間0.30ミリ㏜」(政府は「年間0.4ミリ㏜」と高めに設定)とは、福島事故が起きる直前の国内実測値である。東京都健康安全センターが2011年3月1日~11日までの11日間に実測した、1時間当たりの平均値を年間に換算したものである。測定場所:東京都新宿区百人町地上20m、線量率:毎時0.0345マイクロシーベルト、換算年間空間線量率「0.30ミリ㏜」に換算したものである(5)。
結論を先にいえば「100ミリ㏜影響なし説」がいう「100ミリ㏜」とは、自然空間線量率「年間0.30ミリ㏜」の「333倍」(100÷0.30)となる。この倍率は異常である。
補足すれば、日常的に浴びている日本の自然放射線(バックグランド)の線量率は、宇宙線や大地からの線量をふくめて「年間2.1ミリ㏜」(世界年間2.4ミリ㏜)とされている。線量100ミリ㏜とは、その自然放射線量率「年間2.1ミリ㏜」の「約47倍」となる。累積線量率では「47年分」となる。どうみてもこの線量100ミリ㏜は安全量とはほど遠い。
さらに、線量100ミリ㏜を医療被曝と比較してみよう。Ⅹ線によるCT検査(コンピュータ断層撮影)に関しては定説がない。信頼度の高いオーストラリア(リンケージ研究、2007年、(6))によると、0~19歳、68万人を対象にした、追跡期間9.5年の統計によると、CT検査一回の平均被曝線量は4.5ミリ㏜で、その人工放射線過剰発症率は24%である。
線量100ミリ㏜は、この1回平均「4.5ミリ㏜」の22倍分(100÷4.5)である。また、日本では1回当たり5~30ミリ㏜とされているから、線量100ミリ㏜のリスクはCT検査の「3~20倍」相当のリスクとなる。さらに、胸部Ⅹ線撮影は側面撮影約0.25ミリ㏜(100ミリ㏜は約400倍)相当、正面撮影約0.06ミリ㏜(同約1600倍)相当のリスクとなる。さらに、医療被曝は日本人ひとり平均年間3.8ミリ㏜という。100ミリ㏜はその25.8倍相当のリスクになるという統計もある。
日本原子力ロビーは、これほど高い放射線を「被曝影響なし」「自然放射線被曝を除いた生活習慣病のリスクに紛れてしまう線量」(放射線審議会、後述)と強弁している。このように、線量100ミリ㏜は自然放射線や人工放射線と比べてみても大きな線量乖離をみせている。
これはどうみても安全線量とはいえない。これまでの環境中の生命体は長い進化の過程を経て自然放射線のリスクを受け入れ、それと折り合いをつけてきた。この自然の摂理に背いた過剰な人工放射線は、生命体の分子構造を脅かすに十分過ぎる犯罪的線量である。たとえ、20ミリ㏜や100ミリ㏜の線量が、一時的であれ、年間であれ、累積であれ、また、外部被曝や内部被曝をもたらす線量であれ、被曝ダメージをもたらすことに変わりはない。このような法外な線量、線量率、線量域の導入は、福島事故を口実にした便宜主義的・恣意的・犯罪的リスク論の導入であり、許し難い。
なお、自然放射線や人工放射線の人体影響や、その物理的性質には違いがあるかのような間違った論理構成の論文が掲載された。朝日新聞「WEB論座」2019年7月2日、国立天文台特任教授大石雅寿論文である。だが、放射線は自然であれ、人口であれ「受ける放射線の種類と量が同じであれば人体への影響の度合いは同じ」(東京都環境局(7))である。間違った論文の撤回と訂正、編集責任を問うべきである。
3 人類史が到達した被曝線量限度の100~1000倍
線量100ミリ㏜の危険性は、別な比較によって浮き彫りにすることができる。それは線量100ミリ㏜と放射線被曝防護の人類史が長い年月をかけて到達した被曝受容線量(年間線量限度)との比較である。その違いは桁違いで、100~1000倍となっている。
人類史における被曝防護の歴史は低線量限度を模索する歴史であった。世界の被曝防護機関は自然放射線(バックグランド)以外の過剰な人工放射線の被曝リスク(過剰相対リスク)の低減をめざした。その初期リスク防護の対象は作業者を対象にした「職業被曝」であった。その線量限度の出発点は「年間720ミリ㏜」とされた。その後、ICRPの前身「國際Ⅹ線及びラジウム防護委員会」(IXRPC)は作業者「年間500ミリ㏜」(1934年)、「年間250ミリ㏜」(1935年)を勧告した。1940年代からはじまった核兵器開発期における被曝防護は野放しであった。いわば、空白の10年間である。とくに、核実験全盛期下の被曝兵士や原爆被爆者は被験者とされ、被曝防護体系の埒外におかれた。
やがて、「核の平和利用宣言」(1953年)を合言葉に原発開発が追加された。これを支えたイデオロギーは、資本主義エネルギー論と社会主義生産力論(電化社会主義論)の左右両体制イデオロギーであった。核科学は体制に深く組み込まれていった。反核運動と反原発運動は一個二重の関係にはなり得なかった。その核・原発開発過程のなかでICRPは被曝防護機関として再建された。その再建6年後、ICRP1956年勧告は作業者被曝線量限度「年間150ミリ㏜」とした。その2年後の1958年勧告では、作業者「年間50ミリ㏜」に引き下げた。あわせて、周辺人(公衆)「年間5ミリ㏜」(作業者の10分の1)を勧告した。この線量率「年間5ミリ㏜」は、一般公衆を対象にした人類史上初の放射線の被曝線量限度であった。
なお、一般公衆の被曝線量率を作業者の「10分の1」にしたとはいえ、この数字に明確な根拠はなかった。基準はたんに被曝労働の代償(賃金)を受け取っているか否かという、その一点であった。このことからもわかるように、被曝現場の労働者は命と引替えに被曝労働の代価を受け取っているに過ぎない。これが原発労働の本質である。
その後も低線量限度への志向は続いた。その際に、LNT直線モデル(後述する)は大きな駆動力となった。そして、ついにチェルノブイリ事故前年の1985年ICRP「パリ声明」は、線量率「年間1ミリ㏜」という科学史上の到達点にたどり着いた。さらに、世界のさまざまな被曝防護機関も後続し、低い線量限度を勧告した。
医療用放射線を例外として、「人類と核との共存」ははじめから虚構に過ぎなかった。とはいえ、人類は究極的に「年間0.1ミリ㏜」という極点にまで到達した。下記一覧はその象徴的な勧告の歴史である。一覧には各防護機関が勧告した年間線量率と、線量率「年間100ミリ㏜」との比較倍率も併記した。その比較倍率は100~1000倍である。この数字の異様さが「100ミリ㏜影響なし説」の特徴のひとつである。
◇ 1985年ICRPパリ声明「年間1ミリ㏜」、100ミリ㏜との比較倍率は100倍(100÷1)。
◇ 1987年イギリス放射線防護庁(NRPB)「年間0.5ミリ㏜」、倍率は200倍(100÷0.5)。
◇ 2001年ドイツ放射線防護令(2016年令で再確認)「年間0.3ミリ㏜」、倍率は333倍(100÷0.3)。
◇ 2005年米国科学アカデミー(NAS)「年間1ミリ㏜」、倍率:100倍(100÷1)。また、医療被曝限度は「年間0.1ミリ㏜」。
◇ 2010年欧州放射線リスク委員会(ECRR)勧告(福島事故前年)、「原理と勧告」(第15・2節)「年間0.1ミリ㏜」、倍率は「1000倍」(100÷0.1)。
4 低線量限度設定の根拠
上記の低線量率の勧告は、最初に発したパリ声明を除いて、すべてチェルノブイリ事故後の検証を経た勧告である。これらの低線量率実現に至る歴史過程をみると、一貫して高い値から低い値への志向過程であった。以下、その低線量限度設定の論拠と背景となった歴史の一端をみてみよう。
① 1956年、イギリス医師・疫学研究者アリス・スチュアートは、子宮内胎児に対するレントゲン照射の影響を12年間にわたって調査した。その結果、1回平均20ミリ㏜のⅩ線を浴びた胎児は、生まれてから10年間にガン・白血病の発症率が50%(2人に1人)であることを明らかにした。これは世界初の妊婦のレントゲン撮影に対する警告であった。その後の追試で明らかにしたことは「妊娠後期に写真を撮った場合は、15ミリ㏜当たり小児がん及び白血病の発生頻度が2倍になることであった。さらに、妊娠初期の3か月間では、たった3.3ミリ㏜で、生後10年間に発生するがん及び白血病の発生頻度が2倍になる」(ゴフマン、タンブリン)(8)というものであった。
② 1975年、アメリカ・ロスアラモス研究所は、広島・長崎の放射線放出線量をあらためて分析し直したところ、従来の原爆線量評価の誤りが明らかになった。ガンマ線や中性子線の放出線量を2倍に過大評価していたことから、従来のリスク係数が過少評価であったことを突き止めた。その結果、原爆生存者寿命調査(LSSモデル:Life Span Study、T65D、1965年)にはじまった過去のリスク評価を改訂することにした。最後的には「DS86」(1986年、チェルノブイリ事故の年)の改訂を経て「DS02」(2002年)が確定した。この検証過程に関して、ある研究者は次のように総括した。「線量見直し問題は、低線量被曝の危険性を指摘する原発反対派と、これに対抗する推進派との科学的・政治的争いの中で生み出されたひとつの副産物であった」(中川保雄)(9)。
③ 1976年、アメリカ公衆衛生研究者マンキューソも政府・原子力委員会の圧力に屈しなかった。10年間以上にわたる調査研究のすえにある結論に達した。それはアメリカ原子力委員会やICRPなどの従来の公認リスク評価は「10分の1も過小評価している」(10)というものであった。その根拠はアメリカ国内最大のハンフォード核再処理施設の被曝労働者約2万8000人に関する統計資料(ガン・白血病死約3500人・死亡率14%)であった。また、「ミラム報告」(11)は同じハンフォード核施設の労働者の死亡率は、他の核施設労働者よりも25%高いことを明らかにした。この他にも「ICRP、10分の1過小評価説」(温品淳一)もある (12) 。
④ 1979年、アメリカ・スリーマイル島原子炉冷却材喪失事故(レベル5)が起きた。その7年後にチェルノブイリ事故(最上限レベル7)は起きた。その貴重な知見は低線量被曝リスク論の実現に多大な貢献をもたらした。旧ソ連現地研究者ヤブロコフらの『チェルノブイリ事故の全貌』(岩波書店)をはじめとした、多くの研究文献・資料が発表された。同書によれば、その数はスラブ語系出版物3万点以上、文書・資料数百万本がある。(Google:1450万点、YANDEX:187万点、RAMBLER:125万点が検索可能)。
⑤ 1990年、「ガードナー報告」はイギリス・セラフィールド再処理工場周辺の小児白血病の多発を調査した。生まれる半年前に10ミリ㏜被曝した子どもの白血病罹患率はイギリス全国平均の7~8倍増であった(13)。これらの知見を裏付けた論文は数多ある。
⑥ 世界の研究者たちは低線量限度の実現をめざして研究を重ねた。そのなかには動物実験の他に人体実験もあった。アメリカ政府の公式発表によると1944~1974年までの30年間に、政府支出資金による約4000件(年間平均130件)におよぶ放射線人体実験をおこなった(14)。また、アメリカアリゾナ砂漠核実験場では6500人の兵士が投下実験直後の仮設戦場に進撃演習した。低線量リスク論はこのような地獄をくぐり抜けて、線量率「年間1ミリ㏜」以下を実現したのである。
参考文献 (はじめに、第Ⅰ部)
1 放射線被ばくを学習する会、パンフ『放射線のホント』の廃刊を求める申し入れ書
http://anti-hibaku.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-990dd8.html
2 厳密に飲料水で比較をすれば、1リットル当たりのセシウム、日本10Bq、EU8.7Bq、アメリカ4.2であり、日本は世界一ではない。
3 今中哲二「“100ミリシーべルト以下は影響ない”は原子力村の新たな神話か?」『科2011年11月、81巻、1152。 www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/etc/Kagaku2011-11.pdf
その他、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、ドイツ・スイス・フランス・日本「東京2020-放射能オリンピック」キャンペーン開始。
http://www.radioactive-olympics.org/information-in-japanese.html
4 アメリカ放射線医学研究者ジョン・ゴフマンは、生体への被曝影響を調査・研究する責任者として、ローレンス・リバモア原子力研究所副所長に任命された。報告書は「リスク評価を20倍に高める必要性がある」との検証結果であった。ゴフマンはアメリカ原子力委員会から「撤回」を求められたが拒否した。職を辞して大著『人間と放射線』を著した。『新装版 人間と放射線』(明石書店)、訳者伊藤昭好、小林佳二、小出裕章、小出三千恵、今中哲二、海老沢徹、川野真治、瀬尾健、佐伯和則、他、2011年。
5 東京都健康安全センター、新宿区百人町、地上20mで測定。2011年3月1日~11日、毎時平均0.0345マイクロシーベルト、推計「年間0.30ミリ㏜」。『環境放射線測定結果 – 大気中の放射線量/1日単位の測定結果(新宿)』。
http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/mp_shinjuku_air_data_1day.html
6 ndrecovery.niph.go.jp/trustrad/ct_australians.html
「小児や青年期にX線CT検査を受けた68万人でのがんのリスク」
7 自然放射線、人工放射線、東京都環境局
www.kankyo.metro.tokyo.jp
8 ゴフマン、タンブリン著『新版 原子力公害』p.148、 訳者 河宮信郎、明石書店。
9 中川保雄、前出、p.181。
10 中川保雄、前出、p.168。
11 「カール・ジーグラー・モーガンについて」。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/zatsukan/036/036.html
12 温品惇一、「ICRPは外部被ばくリスクを10分の1に過小評価している」。
anti-hibaku.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-d47e.html
13 セラフィールド再処理工場をめぐる動き。
www.rist.or.jp/atomica/data/dat‗detail.php?Title_No=14..
14 「米国における人体実験と政策」。
www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/…/exp-lec5.html
第Ⅱ部 ある定説
1 しきい値なし直線モデル(LNTモデル)
「100ミリSv影響なし説」が臆説であることを論証するには、別な視点からのアプローチが有効である。それは世界的な定説となっている「直線・しきい値なしモデル」(LNT直線モデル:Linear Non-Threshold) の存在事実である。この低線量被曝リスク論は、いまから42年前にICRP 1977年勧告(第26号)が採択したもので、現時点においても社会通念として厳存している。この事実は「100ミリSv影響なし説」が臆説であることへの有力な批判の論拠となり得る。
一般的に「しきい値」(閾値)とは境界線上の値とされている。ある値以上では影響(反応)が現れ、ある値以下では影響(反応)が現れない、というときの「境目の値」である。この「LNT直線モデル」の考え方を簡単に説明しよう。
ひとことでいえば「低レベル放射線による線量(被曝)と反応(影響)の間にはこれといったしきい値がなく、しかも、両者の間には直線的な比例関係が成り立つ」ということ。さらに、別ないい方をすれば「どんなに小さい線量でもリスクはゼロではない」(放医研広報の回答)、または「放射線にはがんのリスクがゼロで安全であるという線量は存在していないという合意が国際的に成立している」(アメリカ国立がん研究所)という。ただし、このLNT直線モデルの妥当性に関しては科学的に実証されていないので「LNT直線仮説」ともいわれている。(なお、ECRRなどによれば、この低線量リスクは、直線ではなく、極低線量域に急峻な上昇部のある2つの山となるという指摘もある)。
さらに、放射線による被曝傷害は確定的影響と確率的影響の2つに大別されている。一般的に、前者の高線量被曝は急性傷害をもたらし、被曝の反応は確定的である。これを「確定的影響」と称している。これに対して、後者は低線量放射線による誘発ガン・白血病・遺伝的影響などがある。これは被曝してもすぐには発症せず、一定時間を経て発症が臨床的に明らかになるので、これを晩発傷害と称している。この発症は確率的(個別的)であることから確率的影響という。ただし、この両者の間には明確な線量範囲が設定されているわけではない。
ところが、日本の原発推進専門家はこの確定的影響だけでなく確率的影響にも「しきい値がある」と主張している。「100ミリシーベルト程度よりも低い線量では発がんリスクの有意な上昇は認められない」(電力技術研究所)(1)という。また「人体に無害なしきい値以下の放射線が存在する」(IAEA・国際原子力機関I996年報告書)(2)と明記している。このように一部では線量100ミリ㏜をしきい値としていることから、この論理を「100ミリ㏜しきい値論」といいかえることができる。だが、この誤った論理は長い歳月をかけて築いてきた人類史的、科学的、経験的研究成果を全面的に否定するものである。その点で、この論理は世界の低線量被曝リスク論からの批判に耐えることはできないだろう。後述するが、いずれはあの原爆投下直前の予測値「100ミリ㏜以下は影響なし、調査の必要なし」と同じように立ち枯れになるだろう。
2 LNTモデルに対する評価
世界の主な被曝防護機関は、「100ミリ㏜影響なし説」に対しては否定的である。以下、3例をあげておく。
① 2005年アメリカ国立科学アカデミー調査委員会「電離放射線の生物学的効果に関する報告」(BEIR-Ⅶ報告・ベアー第7報告)は次のように論断した。「低線量被曝による健康影響は科学的に証明された。…どんなに低い線量でもDNAの損傷が生じ、それは確率的に突然変異とがんとに関連することから、リスクと線量の関係はLNTモデルで記述できる」(3)という。これはしきい値なし直線モデル認定論である。この「ベアー第7報告」の目的は、2004年に出された「フランス科学アカデミー、フランス医学アカデミー共同報告」に対する批判であった。そのフランス両アカデミー共同報告は「100ミリ㏜以下の線量域で、LNTモデルを適用することはリスクを過大に評価することになる」とした。だが、この原発大国フランスアカデミーのリスク評価は世界の定説を歪めるものであった。
② 奇妙としかいいようがないが、ICRP2007年勧告(後に詳述)は、先のフランスアカデミー共同報告に対しては、アメリカ・ベアー第7報告同様に批判的立場を表明している。次の引用はICRP2007年勧告の本文冒頭「緒言」(いわば表看板)の一文である。このことからわかることは、ICRP2007年勧告はLNT直線モデルの堅持というその一点においてのみ、世界の定説と認識を共有していることになる。
「(ICRP)委員会が勧告する実用的な放射線防護体系は、約100 mSvを下回る線量 においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応モデルは一般に“直線しきい値なし”仮説又はLNT モデルとして知られている。」(4)
さらに、冒頭「緒言」引用の数ページ後では次のように断定している。これはLNT仮説の立場そのものである。
「委員会は、本章で論じられた情報を考慮した上で、委員会が勧告する実際的な放射線防護体系は、引き続き、約100 mSv未満の線量でも、線量が増加すると、それに直接比例して放射線に起因するがん又は遺伝性影響の発生確率は増加するという仮説に基づくこととする。委員会は…LNTモデルを引き続き利用することが、放射線防護の実際的な目的、すなわち、予測的状況における低線量放射線被ばくによるリスクの管理に慎重な基盤を提供すると考える。」(5)
ただし、このICRP2007年勧告「緒言」を手放しで評価することはできない。同じICRP2007年勧告の別稿「付属書」では、いま引用した「緒言」(建前)の内容とは真逆の〈裏看板〉を、さりげなく、だが公然と掲げているからである。それは絵にかいたような自家撞着である。その点で、福島事故後の日本原子力ロビーの主張に関連づけていえば、ICRP2007年勧告は最悪の橋渡し役を演じた。つまり、ICRP2007年勧告の〈裏看板〉は「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)の導入に有力な足掛かり(口実、論拠)を与えることになった。ICRP2007年勧告は被曝防護史上最悪であり、結果的には福島事故が悪の発信源となった。
③ ある研究者の一文を引用しよう。福島事故2年後、2013年に出された世界保健機構(WHO)報告も、LNT直線モデルを高く評価した。
「(WHO2013年報告は)『…放射線防護の目的から、低線量放射線による発がんリスクが放射線量に比例するとして、このLNT仮説はつくられている。線量―影響関係の基礎は、しきい値無しの線量関係である』と明記している」(山田国廣) (6)という。さらに、同じWHO2013年報告(P.32)は、旧ソ連南ウラル核惨事などに関する12本の疫学研究を引用したドイツ「ヤコブ論文」(7)や、広島・長崎の原爆資料を対比させながら、線量-反応効果などの同一性を詳細に論証しているという。
以上概括したように、LNT直線モデルに対する世界の評価は、日本原子力ロビーが垂れ流している「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)が臆説に過ぎない事実を明確に立証している。
3 画期的な放影研第14報
福島事故発生翌年の2012年、「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)を実質的に否定する重要な論文が発表された。その論文は日米共同研究機関・放射線影響研究所(放影研)の原爆資料「生存者寿命調査(LSS)」第14報である。
ただし、この研究機関放影研の前身は「アメリカ原爆傷害調査委員会」(ABCC)である。「調査すれど、治療せず」が設立目的であった。その放影研が果たしてきた役割も、被爆者の期待に応えるものではなかった。さらに、1990年放影研理事長重松逸造はIAEA調査団長としてチェルノブイリ事故現地にはじめて国際機関として乗り込んだ。1年後の報告書では被曝影響を公然と否定し「精神的ストレス主因説」を世界に向けて発信(10年後に撤回)した(8)。
しかし、今回の放影研LSS第14報に関する限り、それ自体は科学研究の成果として評価することができる。その結論は「ゼロ線量が最良のしきい値(推定値)であった」というものである。これは究極の低線量リスク論といえる。(原文:Zero dose was the best estimate of the threshold)。
原爆生存者寿命調査(LSS)の対象者は約12万人、第14報の統計期間は1950~2003年(53年間)である。だから、LSSは原爆投下初期の5年間の大量死者数を除外していることになる。とはいえ、投下5年後の国勢調査を基本データとした、長期間にわたる継続的な調査・研究に基づく疫学統計資料である。その意味で第14報の結論に異存はない。以下の引用は、日本語版和文(正文は英語)「要約」である (9) 。
「全固形がんについて過剰相対危険度(引用者注:自然放射線リスクを除いた人工放射線リスク)が有意となる最小推定線量範囲は 0―0.2 Gy (引用者注:0~200ミリ㏜)であり、定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず、ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」
要約しよう。この引用は主に3つの部分から構成されている。
① 人工放射線による低線量被曝リスクが有意差(明白な差)を示す最小推定線量域は0~200ミリ㏜以下の範囲であった。
② 低線量しきい値直線モデルの解析では「しきい値」は示されなかった。
③ LNT直線モデル(しきい値なし直線モデル)に関する解析結果「最良のしきい値はゼロ線量」であった。(注: 線量“dose”とは浴びる側の線量を意味する。だから、自然放射線が存在している限り「ゼロ線量」は空間的には存在しない。だが、概念としての「線量ゼロ」は存在しており、人工放射線の「ゼロ線量」も成立する)。
この放影研LSS第14報の画期的な意義は、これまでの低線量被曝リスク論(LNT直線モデル)からさらに発展させた論理だという点にある。とりわけ、被曝影響の有無を示す線量域は100ミリ㏜レベルではなくて、ゼロ線量として、これを認定したことにある。これはきわめて重要な意味をもっている。
たとえば、これまで「100ミリ㏜しきい値論」の立場から描いた線量-反応関係を表すグラフは、100ミリ㏜以下の範囲では実線ではなくて破線(点線)であった。その理由は、100ミリ㏜以下からゼロ線量までのリスクは実証されていない、だから仮説ということになる。また、これまでのLNT直線仮説の場合「どんなに少ない線量でも安全ではない」という場合の「少ない線量」と、このゼロ線量との間を結ぶグラフ上の直線は、実線ではなくて破線であった。さらに、ICRP2007年勧告も「破線」の意味を「ある有限のリスク」(10)と表現している。
ところが、放影研LSS第14報はこれら破線をすべて実線におき替えたことになる。実際に、放影研LSS第14報を額面通り解釈すれば、しきい値がゼロ線量であること から、次の立論が成立する。「閾値なしの直線モデルはゼロ線量から成立する」(私信、山田国廣)ということになる。つまり、人工放射線による過剰な被曝影響は〈ゼロ線量+α〉の瞬間からはじまることになる。これは被曝防護体系史上の快挙である。しかも、後述するようにこの結論は、広島・長崎原爆生存者寿命調査(LSS)における疫学的検証が到達した結論であるという点で二重に大きな意義がある。
ところが、ここでも異変が起きた。先に引用した放影研LSS第14報の日本語「要約」は、1年3ヶ月後(2013年6月10日)には書き換えられた。改訂版(改ざん)は、最初の第14報を訂正し、別な一行を書き加えた。以下は、その日本語改訂版「今回の調査で明らかになったこと」(11)からの引用である。
「総固形がん死亡の過剰相対リスクは被曝放射線量に対して直線の線量反応関係を示し、その最も適合するモデル直線の閾値はゼロであるが、リスクが有意となる線量域は0.20 Gy以上(引用者注: 200ミリ㏜以上)であった…。」
このように原文の「0~200ミリ㏜」は、改訂文「200ミリ㏜以上」へと書き換えた。その表向きの理由(弁明)は「内容は変わらないが、前のままだと誤解が生じるから」(12)という単純な内容である。本稿筆者も放影研広報に直接問い合わせて回答を得たが、それ以上の内容ではなかった。
状況証拠から判断して、この改訂は政治が科学を歪めた典型例と思われる。改訂版LSS第14報では「ゼロ線量しきい値論」をそのまま残して、その線量域「0~200ミリ㏜」を書き換えて「200ミリ㏜以上」とした。これは両論併記型のような奇妙な改訂版である。その背後で何が起きたのか。〈ナゾの1年3ヶ月〉である。
いづれにしても、第14報の2つの和文基本論旨の間には大きな違いはない。両者の違いは、たんに線量幅をかえて分析するという検定力にかかわる問題に過ぎない。「たいしたことではない」(13)とされている。その意味で「ゼロ線量しきい値論」の画期的な意義を損なうことにはならない。
このように、日本原子力ロビーがつくりあげた「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)は、皮肉にも自ら依拠した放影研LSS疫学論文の第14報によって全面的に否定されたことになる。そのために第14報より前の疫学論に依拠した「100ミリ㏜影響なし説」は、自ずから論拠を失うことになる。その欠格理由を補完してくれるものが次の引用文である。「低レベル放射線によるがんのリスクを評価する場合は、主に広島・長崎の原爆被爆者集団の疫学調査の結果を用いている」(日本原子力学会、2009年論文)(14)という事実にある。この動かし難い過去の公認疫学論は、「ゼロ線量しきい値論」の新規登場によって立論上の根拠を失うことになる。
参考文献(第Ⅱ部)
1 「LNT仮説について」電力技術研究所・放射線安全研究センター
criepi.denken.or.jp/jp/rsc/study/topics/lnt.html
2 「チェルノブイリから10年後の事故の影響のまとめ、ポスター発表 – 第1巻」
原文One decade after Chernobyl:Summing up the consequences of the accident
Poster presentations — Volume 1、 1 8–12 April 1996.、P.6 SESSION 1 XA9745442
www-pub.iaea.org/…/one-decade-after-chernobyl-sum…
3 AESJ-PS004 r1「低レベル放射線の健康影響」(日本原子力学会、2009年)www.aesj.or.jp/info/ps/AESJ-PS004r1.pdf
4 『国際放射線防護委員会207年勧告』(以下『ICRP2007年勧告』という。訳:日本アイソトープ協会)p.17(65)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
5 『ICRP2007年勧告』p.23、抄録、判断と不確実性、(99)。www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
6 山田国廣『初期被曝の衝撃』(風媒社)に詳細、p.119。
7 ヤコブ論文名とタイトル(ウラル核惨事に関する疫学論文)、
Jacob P et al. Is cancer risk of radiation workers larger than expected?
(放射線・被ばく労働者の発がんリスクは想定されているよりどれくらい大きいのか?)。英文:Occupational and Environmental Medicine,2009,66(12).789-769.
(職業と環境の医学、2009年、66(12)、p.769~789)
https://oem.bmj.com/content/oemed/66/12/789.full.pdf(Is cancer risk of radiation workers larger than expected?)
8 IAEA報告「被ばくによる健康影響はない。最も悪いのは放射能を怖がる精神的ストレス」。引用、今中哲二・原子力資料情報室編著「再刊『チチェルノブイリ』を見つめなおす」p.3。
9 寿命調査報告書シリーズ、第14報、RR 4-11「原爆被爆者の死亡率に関する研究」 (要約)、 小笹晃太郎 清水由紀子 陶山昭彦他6名、,掲載:Radiat Res 2012年3月。
10 『ICRP2007年勧告』p.9(38)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
11掲載論文-放射線影響研究所【今回の調査で明らかになったこと】https://www.rerf.or.jp/uploads/2017/10/lss14.pdf
12 フクシマボイス「放射線影響研究所が論文の日本語概要を改ざん」http://fukushimavoice.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html
13 濱岡豊論文 「科学」岩波書店 2015年9月号、p.875-888
14 日本原子力学会、保健物理・環境科学部会。 AESJ-PS004 r1「低レベル放射線の健康影響」(2009年)www.aesj.or.jp/info/ps/AESJ-PS004r1.pdf
第Ⅲ部 歴史の逆動
1 「100ミリ㏜影響なし説」の元祖
人類が放射能を発見したのは19世紀末である。既述したように、その初期の時代の被曝線量限度は「年間500ミリ㏜」(IXRPC1934年勧告)であった。この線量率を出発点にして、実質的な被曝線量低減の歴史がはじまった。そして、人類史は1世紀以上の長い歳月を経て、ついに「ゼロ線量しきい値論」に到達した。
この長い過去の歴史過程をたどってみると、「100ミリ㏜影響なし説」が最初に登場した時期は、1945年の広島・長崎の原爆投下時にまでさかのぼる。すでにふれたように、アメリカ軍事調査団は原爆投下直後の現地調査に際して、次のような調査の枠組みを決定した。
「爆心地から半径2㎞以遠の被爆線量(遮蔽なし)は、100ミリ㏜以下であり、被爆の影響はない、調査の必要もない」とした(1)。
しかし、この事前の予測値は科学の領域ではいつの間にか立ち消えになった。その主な理由を推測すると、予測値が実態とかけ離れていたことにあるものと思われる。イギリスの原爆調査団もこの高い数値には早い時期から強い疑念を抱いていた。
結局、この「100ミリ㏜被曝影響なし説」は一過性に終わった。実際に、その予測値が果たした社会的政治的役割は限定的であった。アメリカによる原爆大量殺戮の犯罪性に対する非難の広がりを軽減し、ピカドン投下(現地の住民呼称)の過小評価と免責の一助に限られた。また、広島・長崎の被爆者に対する、日本政府の被爆補償を値切るための論拠に悪用された。そのために、被爆者は厚い壁に対する闘いを強いられた。
それとは別に、アメリカ原子力委員会(AEC)は旧IXRPCに代わる民間防護機関として民間被曝防護機関ICRPを改組・再建を主導した。ICRP1950年勧告、職業被曝「年間150ミリ㏜」が新たな出発点となった。その後、ICRP1958年勧告は作業者「年間50ミリ㏜」を勧告した。同時に、「周辺人」(一般公衆)の線量率「年間5ミリ㏜」を併せ勧告した。この公衆被曝「年間5ミリ㏜」は遅きに失したとはいえ、被曝防護史上初の試みとして重要な意味をもっていた。
その後、公衆被曝の線量限度は徐々に低減された。先にみたように年間1ミリ㏜、年間0.5ミリ㏜、年間0.1ミリ㏜を経て、ついに「ゼロ線量しきい値論」へと到達した。これらの低線量リスク論は究極の到達点であった。人類の放射能発見(1895年)以来の科学的検証を経た防護体系である。その意味で、不可逆的な線量目安であり、線量率であり、明白な歴史・科学事象である。
2 極悪-ICRP2007年勧告
このように、ICRPが歩んだ歴史は低線量限度実現の歴史であった。その一連の経過をたどれば、実行可能な低い線量という表現にはじまり、やがて、容易に達成可能な線量→合理的に達成可能な線量→科学的にを削除して経済的社会的へと変貌した。この過程がALAP原則(1959年)、ALARA原則(1965年)、新ALARA原則(1977年)を経て、正当化論や最適化論への変質過程であり、やがて、2007年勧告への逆動となった。それは自らの低線量被曝リスク論の骨抜きであり、民間独立防護機関としての基本理念の放棄であった。また、このICRP2007年勧告はチェルノブイリ事故21年後、福島事故発生4年前であった。この事実を時系列でみると、ICRP2007年勧告はチェルノブイリ事故に続くであろう、次の巨大過酷事故(福島事故)を想定していたことになる。このようなICRPによる事故に対する過去の教訓と未来をみすえた不気味な周到さは戦慄である。
チェルノブイリ事故被災住民たちはチェルノブイリ法をかち取った。線量率年間1~5ミリ㏜未満の汚染域を「避難権利区域」に、年間5ミリ㏜以上の汚染域を「強制避難区域」に指定した。また、政府は被災者に対しては避難、移住、治療、就業、就学を保証した。その事故災害の莫大な財政負担の代償が、ソ連崩壊の引き金になったといわれている。ICRP2007年勧告はこのような社会的現実を見逃すことはなかった。
とはいえ、ICRPがチェルノブイリ事故から学んだ邪悪な教訓とは、体制崩壊をもたらすほどの厳格な低線量限度設定に手を加えることであった。それは正しい教訓を学ぶことではなくて、〈悪しき教訓〉と〈負の教訓〉を引き出すことであった。
福島事故はICRP2007年勧告の4年後に突発した。それは歴史の偶然とはいえ、ICRP2007年勧告が果たした役割は、必然の結果として用意されていたも同然であった。行政に好都合で、被曝住民には不利な犠牲を強いる勧告であった。
日本原子力ロビーは真っ先にICRP2007年勧告に飛びついた。居住可能な線量率を事故前「年間1ミリ㏜」から「年間20ミリ㏜」(20倍)へと緩和するというお墨付きを得た。それだけではない。日本原子力ロビーはICRP2007年勧告の一文を拡大解釈し、「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)へと線量体系をつくり替えた。その結果、年間線量限度の基準値を実質100~1000倍へと緩和することになった。この悪辣さを数字でみてみよう。
3 発信源:ICRP2007年勧告、3つの「被ばく状況」
ICRP2007年勧告は、以下3つの線量域を勧告した(2)。これがICRPの歴史的大転換の発信源であった。その線量範囲や定義・解説を知るには、環境省が作成した解説「防護の原則-被ばく状況と防護対策」(3) が簡潔である。【 】内には、問題点を併記した。
① 「計画被ばく状況」(線量域の範囲:年間1ミリ㏜以下)/定義:「被ばくが生じる前に防護対策を計画でき、被ばくの大きさと範囲を合理的に予測できる状況。」
問題点:【「合理的に予測ができる状況」という定義は画餅に過ぎない。ICRPが「年間1ミリ㏜以下」を数字として残しているとはいえ、それは〈汚染地以外はこれまで通り1ミリ㏜ですよ〉というアリバイ証明に過ぎない。このたぐいの大義名分は事故が起きない限り面目を保つことができる。だが、いったん事故が起きると、本性を丸出しにする。これがICRPの本質的性格と実体である。】
② 「現存被ばく状況」(居住線量域の範囲:年間1~20ミリ㏜)/定義:「管理についての決定がなされる時点ですでに被ばくが発生している状況」。
問題点:【この上限線量率設定の意味は深刻である。大規模原発事故が発生した直後の居住可能な線量率を「年間1ミリ㏜」から、上限値「年間20ミリ㏜」へと引き上げ、これを「正当化」「認定」している。これは汚染地域住民に対する、新たな被曝の過重である。この線量率「年間20ミリ㏜」は現行法定の職業被曝/放射線管理区域(レントゲン室、研究炉など)の線量率「年間5.2ミリ㏜(3ヵ月1.3ミリ㏜)」と比べると、その3.8倍(20÷5.2)である。この管理区域「年間5.2ミリ㏜」では、18歳以下立ち入り禁止、宿泊・飲食禁止、用具持ち出し禁止、外に出るときはシャワー使用を法的に義務付けている。だから、一般公衆に組み込まれた被曝感受性の高い若年世代にとって「年間20ミリ㏜」は〈煉獄値〉である。しかも、このような高い線量率を、居住可能な空間線量率と認定する合理的根拠はどこにも示されていない。ゴフマンモデル(累積被曝を含む)のリスク係数で算定すると、10歳1万人集団、20ミリ㏜被曝、リスク210人、死亡率2.1%となる。】
③ 「緊急時被ばく状況」(線量域の範囲: 年間20~100ミリ㏜)/定義:「緊急を要する、かつ、長期的な防護対策も要求されるかも知れない不測の状況」。
問題点:【このような上限「年間100ミリ㏜」を線量域として設定すること自体が無謀である。自然の気象条件(風向、降雨など)による汚染の地域的ばらつき、年齢別被曝感受性などの諸条件を考えると、有効な対応は実質的に不可能である。結果的に、上限年間100ミリ㏜の汚染地域の設定は、高濃度汚染地域に住民を閉じこめ、正当化するための行政基準に過ぎない。このリスクは10歳、1万人集団、死亡率10.5%の大量被曝死ゾーンとなる。】
4 悪の教典
ICRP2007年勧告における低線量被曝リスク論は、疑いもなく悪の教典である。本文とは別の「付属書A」(裏看板)のなかに、それとなく「100ミリ㏜無害説」を忍び込ませている。そのわずか数行に凝縮された回りくどい言いまわしは、アドバルーンを彷彿させる。結果的に、次のようなICRP2007年勧告「付属書A」の引用が、その4年後に突発した福島原発事故において、不条理な橋渡しの役割を果たすことになった。
「(A86)…委員会は 非常に広範な生物学的データと概念を考察する必要がある。 放射線の腫瘍形成効果から人を防護するための勧告を策定するに当たり…多くは現在議論が行われており、あるものは論争の的となっている。しかしながら、がんリスクの推定に用いる疫学的方法は、およそ100ミリ㏜までの線量範囲でがんのリスクを直接明らかにする力をもたないという一般的合意がある」(4)。
問題点1、そもそも「立証する力をもたないという一般的合意がある」というあいまいないい方は、判断主体が不明確である。この奇怪な伝聞話法は、言葉に責任が生じない間接的手法である。本稿冒頭でみた読売新聞「社説」の「100ミリSv影響なし説」と比べる、それは断定を避けた表現になっている。この欺瞞的手法はたとえ「合意」が存在しなくても、また、論理を捏造したとしても、立論が成立する言語表現上の便法となり得る。この間接的手法の狙いはどこにあるか。ICRPの世界的権威の下、それとなく一石を投じておけば、その時点でICRPの役割は終わる。あとは体制側に寄生し、原発産業の利権に群がる世界の原発推進専門家たちが次なる役割をひき受けてくれる仕組みになっている。「一般的合意」という文言を拡大適用して「100ミリ㏜以下健康影響なし説」へと作り替え、一般論へと仕上げてくれる。この手口たるや両者による暗黙の共謀作戦である。
問題点2、被曝影響の有無に関しても、引用の前半部分では「多くは現在議論が行われている」としている。ところが、後半部分では「100ミリ㏜までの線量範囲でがんのリスクを直接明らかにする力をもたないという一般的合意がある」と歪曲している。だが、この「立証力がない」といういい方は、別ないい方が可能である。つまり「無害性を立証する力をもたない」と置きかえることができる。だから、この立論の妥当な帰結は「影響の有無を立証する力がない」とするべきである。ところが、彼らはこのような単純な理屈を捨象した。都合のよい論理「リスクを立証する力がない、つまり無害である」と歪曲している。
問題点3、解釈の仕方によっては、このICRP2007年勧告「付属書A」の論理は、人類が歩んできた約1世紀以上にわたる被曝防護の研究成果を全否定するに等しい。繰り返せば、日本原子力ロビーの「100ミリ㏜影響なし説」(安全説)は、世界の多くの防護機関が勧告した低線量限度を無視してはじめて成立する論理である。
問題点4、ICRP勧告の本来の任務は、汚染地域における住民の安全・避難・移住の線量目安を勧告することであった。だが、いまやICRPにその資格はない。新たな任務たるや、事故時や緊急時を口実にして法外に高い汚染域のなかに、住民を閉じ込めるための《 殺戮認可証 》を交付することである。また、年間100ミリ㏜以下の被曝傷害に対して《加害免責認定証 》を発行することである。ICRPはその資格を取得した瞬間か ら、国策としての原発至上主義と便益主義を推進する原子力ロビーへとなり下がったことになる。
5 事実や論理のすり替え
民主主義という政治形態は、代議制・三権分立・多数決原理という形式論と、基本的人権という本質論を基底にすえている。だが、根源的には二面性をもっている。多数決原理を建前とする形式主義的原則から逸脱して「多数の専制」(全体主義)へと変貌する。多数決の下で正当を装い、事実をゆがめ、論理をすり替え、正義を偽造し、科学や学問を支配し、全体を体制化する。権力や権威はあいまいな理屈、推論、仮説、ときにはウソやデマさえも併呑して自己を増殖させ、やがて偽を真に転化させ、少数を異端に仕立て上げて、これを圧殺する。その典型例をICRP2007年勧告がもたらした福島の現況にみることができる。
実際に、福島小児甲状腺ガンは異常な多発をみせている。2018年3月時点で、当時0歳~18歳以下38万人中、273人のガン疾患が確認された。事故7年後の累計では100万人で年間平均約710人となる。事故前は100万人で1~2人(7年累計7~14人)とされているから、7年後時点で事故前の約50~100倍という概数になる。政府、福島県、検討委員会がこの多発事実と事故影響を否定するのであれば、この多発事実に関する別な原因を論証すべきである。にもかかわらず、多発事実を「事故影響とは考えられない」と決めつけている。これはクロをシロといいくるめる学術上の猿芝居である。科学の装いの下に欺瞞を押し付けている。このようにして、ICRP2007年勧告「付属書A」(A86)にはじまる筋書きは、思惑通りに進んだ。
たとえば、日本原子力ロビーは福島事故6年後の2017年、文科省諮問機関(現原子力規制委員会)「放射線審議会」において、本稿冒頭にみた読売新聞「社説」の提言を全面的に受け入れた。その導入の悪辣な手口を知るには、以下引用する「放射線審議会報告」をみればよい。この審議会報告と先のICRP2007勧告「付属書A」とを読み比べてみれば、共謀の手口がより鮮明になる。その捏造事実、論理のすり替え、勝手な憶説を定説にでっち上げていく立論過程がよくわかる。科学を装った詐術の本質がそこにある。
◇放射線審議会報告(2017年12月10日):「多くの調査において、線量とともに罹患率・死亡率が増加することが確認されているが、およそ 100 mSv 以下の、いわゆる低線量における影響の有無については、現在の科学的知見からは明確になっていない。この線量域では放射線によるがんの増加があったとしても、その程度は被ばくしない者と比べて疫学研究でも有意な増加として認められないほどわずかであり、生活習慣等の放射線以外の要因によるがんの変動に紛れてしまうために、低線量の影響の有無が明確でないからである。」(5)
この放射線審議会報告の引用からもわかるように、被曝影響の有無をめぐる論理のごまかしは、原発推進専門家の欺瞞と詐術を象徴している。あらためて、その手口を放射線審議会報告から読み取ってみよう。
① 立論の始点は、ICRPがいう「100ミリ㏜以下の被曝影響を立証する力がないという一般的合意」という論理である。ところが、いまこの論理は「論争の的」になっているという。だとすれば、これは科学的論拠にはなり得ない。これを前提にすることは、合理性を欠いた論理に依拠することになる。
② この不合理な論理を補強するかたちで広島・長崎の原爆疫学資料を持ち出している。だが、この疫学資料は放影研第14報の「ゼロ線量しきい値論」によって否定された代物であり、疫学上の論拠にはなり得ないことが明らかになった。にもかかわらず、100ミリ㏜以下の被曝リスクは「生活習慣等の放射線以外の要因 (喫煙、飲酒、野菜不足等・引用者注) によるがんの変動に紛れてしまうくらいわずかである」と断定する。誰が、いつ、どこで論証したのか、裏付けはない。
③ このような論証抜きの推論、反故にも等しい理屈、荒唐無稽なウソの論理を持ち出して、言葉のうえで「100ミリ㏜以下は被曝影響なし」という論理の正当化を試みている。常識的な低線量被曝リスク論の枠組みさえも飛び越えている。
いまや、このような粗雑な論理構成によって理屈に整合性を与えることが、原子力官僚や原発推進専門家の日常的役割と化している。彼らは科学的知見や事実を積み上げて論証するのではない。結論ありきの恣意的な論拠を仕立て上げるためである。数え上げればきりがない。事実の隠蔽、調査・統計のサボタージュ、針が振り切れるほどの体表面の汚染線量を測定・記録しないという証拠隠滅、数字のずさん・改ざん、計測・統計・検診規模縮小などを策動している。これは体制による科学の占有であり、底なしの学問の荒廃である。
補記
2019年9月現在、ICRPは大規模原発事故への対応策(Publication.109、111)を改訂して新しい勧告(ICRP1XX)を準備している。一般公衆への被曝線量限度年間1ミリ㏜を事実上投げ捨て、年間10ミリ㏜(10倍増)に引き上げようとしている。さらに、新勧告は参考レベル年間線量限度100ミリSvを認定しようとしている。それだけではない。放射線致死線量の下限値(1Sv=1Gy=1000ミリ㏜)(10%未満致死量)を被曝許容線量に記載しようとしている。消防士、警察官、医療関係者、作業員、市民ボランティアなどの事故への「対応者に対して…すべての実行可能な対策が1Gyを超えないようにすることを…勧告する」としている。この事故対応者(決死隊)への線量設定は、最大10%の死亡基準が前提である。このような大規模原発事故による犠牲をあらかじめ想定した被曝防護策への大転換は、公然たる大量虐殺の正当化である。もはや、安全神話崩壊後の大義名分は存在しない。残された道は公然とひらき直るだけである。その背後にあるものは何か。①次の大規模原発事故が切迫している、②トランプの「使える核」を使った核戦争による兵士・住民の被曝被害が現実化している。③宇宙戦争と核爆弾の宇宙使用の結果としての「核の闇」(大停電と電力システムの崩壊)が多数の原発を制御不能にし、核戦争と原発事故が同時多発する、という3つの破局的事態が想定されていると考えざるを得ない(渡辺悦司私信)。
参考文献(第Ⅲ部)
1 放影研広報出版室で確認済、2017年7月
2 ICRP2007年勧告』5.2. 被ばく状況のタイプ、p.44、(176)。同、p.75、(300)、表8。www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
3 環境省「防護の原則-被ばく状況と防護対策」
www.env.go.jp/chemi/rhm/…/h28kiso-04-01-04.html
4 『ICRP2007年勧告』p.131、付属書A、A.4.1.ICRP 放射線反応に関する基礎デー(A86)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
5 2018年1月、放射線審議会「放射線防護の基本的考え方の整理」p.3。
www.nsr.go.jp/data/000216628.pdf
なお、福島事故発生の直後に「100ミリ㏜影響なし説」をいち早く公式表明したのはの「原子力災害対策専門家・内閣官房」(座長・長瀧重信)である。低線量被ばくのリスク管理に関する ワーキンググループ報告書」(まとめ)には以下の一文がある。主に依拠した論文は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR、アンスケア)報告である。「国際的な合意では、放射線による発がんのリスクは、100 ミリシーベルト 以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明する ことは難しいとされる。」(2011年 12 月 22 日)
www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study1057:190906〕