ごちゃごちゃせんといてや

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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「ドライブビジネスへ」

https://chikyuza.net/archives/102344の続きです。

 

一ヵ月半もの製品トレーニングを終えて帰国した。トレーニングはこれ以上ないだろういう充実したものだったが、売るのは製品でトレーニングじゃない。市場に受け入れられる製品がなければどうにもならない。資料をめくりながら製品はと見渡しても、もしかしたらという製品が一つしかない。その一つにしても、どうみても大きすぎて、売れっこないだろうというものだった。こんなものを持って、これからどうするのか。考えれば考えるほど、どうにもならないとしか思えなかった。

 

七十三年のオイルショック以来、日本は国をあげて省エネを推進してきた。その成果はドライブ市場にはっきり現れていた。日米欧のドライブ市場をみれば、インバータ化は圧倒的に日本が進んでいた。かなり遅れてアメリカがつづいて、ヨーロッパは労働組合との関係なのか、メンテナンスに手間暇かかる昔ながらのDCドライブが主流でインバータ(ACドライブ)への移行が遅れていた。

インバータ化がもっとも進んだ日本にやっと開発したばかりのインバータが一機種だけ、それも肝心のモータがない。ごつい、重い、いかにもアメリカ製というインバータを抱えて、負け戦どころか戦にもなりそうもない。アメリカのエンドユーザの指定でもなければ、使ってくるところなんかありっこないと思いながらも前に進むしかい。

 

毎日、事務所で気が重い。どうしたものかと資料をめくっていたら、日本に持ち込んでも違和感のない製品が一つでてきた。なぜかトレーニングでは聞かなかった。資料の写真で見る限り、ちょっと古臭いが、小型でどことなく日本製を思わせるものだった。日本で日本製まがいのものをぶつけて勝ち目があるとも思えないが、もしかしたらという期待もあって事業部に問い合わせた。余っていたのか、頼みもしないのに一台デモ品を送ってくれた。

梱包を開けたら、一世代前のような製品がでてきた。作りが柔くて、小さくて軽い。アメリカから届いたものには見えない。なんだこれと思いながら、製品の裏ぶたを開けたら、日本のご同業の銘板が貼ってあった。なんのことはない。後発で製品開発が間に合わないから、相手先ブランドで調達したものだった。そんなもの日本で売れるわけがない。

 

市場開拓に飛び込み営業はつきものだが、既存客や既存の販売網の活用から始めて、そこから伝手をたどって新たな枝葉を伸ばしてが先になる。この定石でいけるところまでいって、もうこれ以上はという限界にきたところで飛び込みになる。ただ飛び込むにしても、調べられることは調べて、できる限りの準備はする。大した役に立たないにしても、何もせずに訪問先に時間を割いていただいてでは失礼になる。

 

初めての訪問、二度と会うこともないかもしれない。しれないからこそ、出たとこ勝負の丁々発止でなんとか話をつなごうとする。相手にされなくても見下されてもかまいやしない。どんな些細なことであっても、知らない業界で初めて訪問する客、たとえビジネスにならなくても知識の一つも拾えれば先につながる。

同行した営業マンは、それ見たことかと馬鹿にしている。代理店の営業マンは口にはださないが、こんな訪問に時間を割いて、どうしてくれると思ってる。誰にも相手にされずに、どうにもならない。このままいけば、来年はないかもしれない。そんなプレッシャーを肌に感じながら、それを楽しみに変える気持ちの余裕が、たとえそれが無理してつくったものでも、なけりゃやってられない。

 

日本に支社を開いて十五年以上、まだまだ開拓しなければならないにしても、それなりの顧客を持っていた。毎期、固い注文を出してくるところもあれば、プロジェクト次第の客もいる。見積にまでは進んだものの、見積合わせに使われたとしか思えないのもある。展示会かセミナーで名刺を交換しただけのコンタクトも多い。驚くことに、そのすべてに担当営業マンがついていた。営業マンの先には代理店、ときにはSI(システム・インテグレータ)がいる。代理店も含めて営業マンという人種は、実ビジネスにならなくても、どこでもここでも名刺を出して、なんでも唾をつけておく呆れた習慣の持ち主だった。貰った名刺とその延長線であれば、何かのたびに「それはオレの客だ」と主張する。

 

十人以上いた東京の営業部隊にIHI(石川島播磨)にインバータの紹介に行きたいんだけど、誰かコンタクトあるかって訊いたら、全員が口をそろえて、「そりゃオレの客だ」という。IHIからの注文は随分前にFordの車体プレスライン向けがあっただけで、それ以外に商談になった話を聞いたことがなかった。プレスラインは、アメリカの営業部隊が何年もかけてスペックイン(標準採用)に持ち込んだおかげで転がってきた棚ぼたのご指定案件でしかない。日本支社は価格の交渉と納期の管理をしただけで営業という営業はしていない。それでも営業マン全員がなんらかのかたちでIHIにコンタクトがあった。

 

代理店のなかにはコンタクトどころか日本のご同業の製品をもって固いビジネスを続けているところもある。そのビジネスをちょっと出のアメリカの製品で置き換えようなどとは思わない。そんなものを別の代理店経由で紹介されるのは迷惑でしかない。営業マンが顧客と代理店の関係を知らずに動いたら、いくら外資だからということでは済まされない。営業マンでこの代理店の障害に遭遇したことのないのはいないだろう。

新規市場の開拓を責務とするものの目には、既存の営業網は何をするわけでもなく、唾をつけたというコンタクトまでで既得権益を主張する障害にしか見えなかった。本来マーケティングの先にいるはずの営業マンとそのまた先の代理店の営業マン、活用しなければならない既存の販売網がこれほどまでに邪魔になるとは思いもよらなかった。

 

PLCを中心においた制御機器とそのソフトウェアを販売してきた営業マン、インバータやモータのような動力系の営業知識はない。技術知識ではない。求めているのは営業知識だが、類似製品すら扱ったことのない営業マンにはそれすら期待できない。アメリカからのご指定案件の処理をしてきただけで、売れる保証のない製品に興味はない。彼らにしてみれば、ある日突然インバータの市場開拓に協力しろと、形ながらに上から降ってきた話でしかない。期ごとの売り上げで評価されて、ノルマを大きく下回ればレイオフの可能性さえある。レイオフの崖っぷちに追い込まれたか、なにか特別な事情でもないかぎり、売れっこないような製品に手をだそうとするお人よしはいない。

 

ちょっと持ち上げておくかという俗な気持ちもあって、関西以西の三菱重工(Mitsubishi Heavy Industries、略してMHI、あるいは重工)を担当している大阪支店の営業マンに訊いた。勤続十年以上のベテラン、ルートセールスよろしく神戸から広島、長崎まで漫遊旅行のような訪問を繰り返していた。

「三菱電機のインバータとモータを使ってると思うけど、どのくらいの大きさのものが多いのか、ちょっと聞いてもらえないかな」

ひと月たっても、うんでもなければすんでもない。

いい加減になんか言ってこいよと、それでも押しつけがましくならないように努めて軽く訊いた。

「重工、モータ絶対使ってるはずなんだけど、どうなんだろう」

聞こえてるはずなのに無視された。ちょっとたってから、また訊いた。

「ああ、重工のエンジニアに訊いてみたけど、モータは今まで一度も使ったことないって」

おいおい、頭は確かか。あれほど大きないろんな機械ものを作ってきて、モータを使ったことないなんてことあるわけがない。

「そりゃ、ないだろう。動力系は油圧かエアしかないってのか。絶対モータ使ってんだろうが」

と言っても、なんの反応をすることもなく無視された。

言い合ってもしょうがない。知り合いの工業雑誌の編集長に頭を下げ、親切なコンタクトを何人か紹介してもらった。普通なら、これで紹介に行けるのだが、担当営業の許可なしでは電話もかけられない。

なにかのたびに、まるでオレの財布に手を突っ込むなという感じで言われていた。

「よけいなことせんといてや」

「なにしてもかめへんけど、ごちゃごちゃせんといてや」

担当のお前がしっかりセールをすればいいだけで、何もしないで「ごちゃごちゃ言ってくるな」と言い返したかった。

 

大阪の担当営業の許可を待っているところに、メコンのドライブ・システムから電話がかかってきた。

「ワシントン・ポストがドライブ・システム(PLCとインバータとモータからなるターンキーシステム)の使用を要求してくるはずだから、できるだけ早く、MHIに挨拶に行ってこい」

「輪転機担当のマネージャをそっちに行かせるから、紹介訪問のスケジュールを立てろ」

 

担当営業にことわりの電話をいれて、三原(MHIの印刷機械事業部の所在地名)に電話した。要件を言って担当者に電話を回してもらった。技術とお願いしたのに、出来てきたのは営業と総務を兼務した便利屋のようなマネージャだった。社名を伝えて、紹介訪問の話を切り出したことろで遮られた。

「ああ、アメリカの事業部から来るんなら会うけど、日本支社とは会う理由がないから……」

会う理由がないって、なんのことか。

「お忙しいところ、申し訳ないです。なんとかご担当のスケジュールを調整して頂けませんでしょうか。あのー、会う理由がないって、どういうことなんでしょうか」

ちょっと口ごもって、努めて平静にと気を使ってるがわかる。

「ご存じですよね。うちはシカゴの工場で御社のPLCを標準採用してますから、御社の名前はよく聞いてます。でも、日本支社からは、

サポートしないって言われましたから」

声は穏やかだが、切り捨てる言い方だった。サポートしないって、なんのことだかわからない。

「あのー、どこかで何かのすれ違いがあったんじゃないかと思うんですけど、そのサポートしないってなんのことですか」

飛び込み電話の面倒くさいヤツと思ったのだろう、いやいやなのが声にでてる。

「シカゴの工場で標準採用したものがこっちに届いたとき、プログラミングの説明をお願いしたんですけど、大阪支店ですか、向こうで買ったものは日本ではサポートしないって言われて。天下のACが、まさかそりゃないでしょうって、ちょっと言い合ったんですけど、取りつく島もなかったから……」

担当営業のずるっこい顔が目に浮かんだ。ふざけやがって、何やってんだお前。オレたちはメーカの営業・サポート部隊で代理店じゃない。自分の売ったものですら、ろくにサポートしようとしない商社上がりの営業マンはメーカでは使い物にならない。

「申し訳ないです。社員教育が至らずにご迷惑をおかけして」

言い終わらないうちに言い返された。

「担当営業でもないし、技術の人でもないですよ。支店長にまでお願いしたんですけど、うちが売ったもんじゃないからサポートしないって断われましたよ」

もう完全に馬鹿にした口調だった。

なんてヤツらだ。わかってんのかこの馬鹿たれどもがと思いながらつないだ。

「今回はアメリカ本社の事業部からの指示で動いてます。訪問を機会に日本支社の姿勢を叩き直しますから、ご指導をお願いします。愚生はアメリカ本社に直結の立場ですから……、事業部のマネージャもつれての紹介訪問、よろしくお願いします」

 

担当営業をつれて三原に入った。アメリカからマネージャが来るからということで、しょうがなく日程を合わせただけというのがわかる。挨拶も終わらないうちに、総務のマネージャが電話でいったことを繰り返した。

「アメリカではお世話になってるから、アメリカの事業部の人とは会う理由があるけど、日本支社とは会う理由がない。今日は同行訪問ということで……」

それを聞いても、いつもは口数の多い営業マンが言い訳一つするわけでもなく、ニヤニヤしてる。この馬鹿が、上方商人のいやらしさだけが目に付く。新聞輪転機用のドライブ・システム、安く見積もっても二千万円は超える。何をするわけでもなく棚ぼたの売り上げが転がり込んでくる。訪問しても挨拶以上のことをする能力も意思もない。できることは名刺交換だけの勤続十年以上のベテラン営業マン。

 

熱のこもった話にはならないが、社交辞令もあって、技術担当の主任と若い技術屋が対応してくれた。ドライブ・システムの要求仕様を聞いても、対応できるのかどうかはマネージャしかわからない。英語と日本語の通訳に入ってつないでいるうちに、だんだん詳細が分かってきた。概要の確認はするっといったが、システムの処理速度になったとたん、マネージャが質問されていることに正直に答えようとしない。故意に質問の視点をごまかして、答えにならないことをうだうだと言っている。ここまできて、何を言っているのかと、質問を確認しながら、聞き間違えようのない、平易な単語を使って通訳したが、どう言い換えても、まともな返事がでてこない。なんどか、わけのわからないやり取りを繰り返して気がついた。

 

こいつは使えない。三流のセールスマンというより、人間として信用ならない。それでも間に入って話をまとめるしかない。エンドユーザであるワシントン・ポストが指定してきているから三原としても拒否できない。多分引き合いの段階で何度も拒否して押し切られたのだろう。いやいやながらもACでいくしかないという諦めがみえた。あとは、システム・ソリューションの見積書を出して、価格交渉で折り合いをつけて一件落着のはず。と甘く見ていたのを後日思い知らさせることになるとは思いもよらなかった。

営業担当は腑抜けた置き物のようにそこにいるだけで、英語でのやり取りについてこれない。仕様の最終的な詰めと確認も英語でのやり取りになるから、最初から最後まで何もせずに売り上げとそこから生まれるインセンティブをもらって、これほど楽な仕事はない。十年もこんなことをやっていたら、まともなヤツでも馬鹿になる。

 

ドライブ・システムが納入されて、ACのPLCへのアプリケーション・ソフトウェアの移植のお手伝いということで、東京からアプリケーション・エンジニアを派遣した。棚ぼたの売り上げなんだから、派遣コストぐらい日本支社の営業で負担しろと交渉したが、大阪支店長がうんと言わない。事業部に市場開拓に向けたフィールド・トレーニングだと言い張って予算をとった。

 

ソフトウェアの移植も終わって、機械に搭載して検証作業に入って大騒ぎになった。日本の制御機器は、機能は限られているが処理速度という性能では優れていた。アメリカの制御機器はハードウェア単体よりシステム化とアプリケーション開発を容易にするソフトウェアの開発に重点が移っていた。日本とアメリカの制御機器に精通している、三菱電機のアメリカ人営業マンが自虐的に言っていた「Great hardware and miserable software」を逆の立場で確認することになった。

 

輪転機が必要としているモータの加減速にPLCの処理が間に合わない。インバータでモータに供給する電源の周波数を上げ下げしてモータの回転数を制御するが、インバータの出力周波数はPLCが指令する。ところがPLCが制御しているのはドライブ・システム全体であって、モータの回転数はその一部でしかない。あれこれの制御に手をとられて、モータの制御が間に合わない。そのため、モータが加速するときも、減速するときも、次の指令を待って息つきする。輪転機は慣性で動いているから稼働に問題はないが、モータはスーッと加速してスーッと減速してほしい。アクセルを踏んだら、スッと加速はしても、息つきしてからまた加速して、また息つきするような車など誰も運転したくない。

 

いくらPLCのアプリケーション・プログラムを工夫しても、PLCのハードウェアの性能の限界でどうにもならない。どうにもならないと分かっていても、現場に出たアプリケーション・エンジニアはできる限りのことをしようとする。その努力はいいが、一ヵ月以上経っても人質にとられて帰ってこれない。現場に張り付いたところで、もうできることは何もない。最後は、客が何を言ったってかまいやしない、私物とパソコンをもって帰ってこいと指示した。事業部とマネージャに騙されたのは客だけじゃない。

 

数週間後、丸の内の本社の購買から封書が届いた。本社には挨拶に行ったことがあるだけで付き合いはない。それは取引厳禁の通達状だった。右下に押してあった四センチ四方もあろうかという大きな朱印が鮮烈だった。仕事をするということは、いつもトラブルと背中合わせ。なにがあっても驚かなくなってはいたが、そこまでの通達を出しておいて、翌月には見積依頼がきた。

 

いったいどうなってるのか。購買の担当者に電話した。

「出入り禁止のご通達まで頂戴して、ほとぼりも冷めないうちに、お引き合い。どうしたんですか? どうせ見積合わせ用でしょうけど、簡単なものでも出しておきましょうか?」

「ああ、あれですか、一応社内規定もあるんで……。そりゃ気になっちゃいますよね。でも気にすることないです。それより見積、お願いしますよ」

何のことはない。決まりがあるから、出さなければならないとうことで出したまでの通達。ビジネスが必要とするなら、そんな決まり、気にしちゃいられない。コングロマリットのような巨大組織、どこかでみそをつけたところで、こっちもあっちも関係ない。その後、なんどか大きな仕事をさせていただいた。

 

何もないところから新しい市場を開拓しなきゃならない立場、固定客のお手盛りをしていればいいルートセールスでもなし、ごちゃごちゃを恐れていてはいられない。障害があれば、そんなもの突き破ってでもと思わないわけじゃないが、手間暇かけるのも馬鹿馬鹿しいから迂回に迂回を重ねる。好き好んでごちゃごちゃする気はないが、たとえごちゃごちゃしたところで、なんらかの手の打ちようはある。

ごちゃごちゃもないところから、次の体制をかたちづくる価値あるものが生まれてくるとは思えない。出来上がったものに安住していたら、先がない。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9644:200414〕